観光を満喫した二人は鏑木の下へ挨拶に向かい、そこで櫻庭はお決まりの使い走りの仕事を押し付けられる事となる。
URAファイナルズ開催。その発表から再び一月が経った四月の末日。
俺とサクラチヨノオーは京都へと出向いていた。
「んー。美味しいです!」
「流石京都の稲荷寿司は違うな」
甘い油揚げと酢飯の味が口いっぱいに広がり、思わず息が溢れる。
「人参も甘酸っぱくてたまりません!」
人参入りの稲荷寿司を選んだサクラチヨノオーも、向かいの席で頬を抑えて顔を綻ばせている。
伏見と言えば伏見稲荷。稲荷と言えば稲荷寿司。神社へのお参りの前に是非食べておこうと二人で計画し、到着して真っ先にやって来たのだ。
「腹を空かせてきた甲斐があった」
「本当ですね。食べきってしまうのが勿体ないです」
「ならお土産に買って帰ろう。そうすれば中央でも食べられるから」
「良いですね。それならアルダンさんとヤエノさんにも買わないと」
鏑木の前では仕事次第などと言っておきながら、実際にこうして待ちきれずに前日から京都に来ている。
我ながら子供かと思うが、サクラチヨノオーが楽しんでいるのだから後で何を言われてもそれを言い訳にしよう。
「トレーナーさん。おかわりいいですか?」
「ああ、せっかくだし俺も頼もうかな」
「ありがとうございます!」
人参入りの稲荷寿司を注文し、テーブルに置かれた緑茶を一口飲む。
「温かいな」
「苦味もしつこくなくてご飯に合いますよ」
「確かに....良くできてる」
しかし、とにかく稲荷寿司が美味い。
店員がテーブルに置いた稲荷寿司を食べ、続いて緑茶を口に含むと、油揚げから染み出す甘いたれの味と混ざり合いあっさりとした味わいを産み出す。
「さて、次はどこに行こうか」
「お団子なんてどうでしょう。きっと美味しいですよ」
「まだ食べるのか。太るぞ?」
「なっ!」
「はは、冗談。ウマ娘はよく食べるからね」
「良いじゃないですか。せっかくの旅行なんですよ!」
赤らめた顔で頬を膨らませながら抗議するサクラチヨノオーに苦笑を返し、少々デリカシーがなかっただろうと内心反省する。
「分かった。夜まで時間もあるし、もう少し楽しもうか」
「はい!そうしましょう!」
ぱっと表情を明るくして笑うサクラチヨノオー。相当楽しみにしていのだろう。
近くの和菓子屋で団子を購入し、休憩所の長椅子に座って団子を口にする。
稲荷寿司とは違った優しい甘味が舌に残った味を塗り替えて行く。
「トレーナーさん。和菓子お好きなんですか」
「ん、好きだよ。実家が饅頭屋で昔から母さんの作る饅頭を良く食べてたから」
「ほほう、そうなんですか」
「最近の人は和菓子離れが進んでるなんて聞くけど、俺は洋菓子の方が得意じゃないな」
三色団子の最後の一つを串から引き抜いて口に含み、味わうより先に飲み込む。
「苦手ってワケじゃないけど、あんこの方が舌に馴染んでるっていうか......分かるかな」
「うーん。ケーキやクッキーも美味しいと思いますけど。でも、あんこが好きなのは私も一緒ですよ」
「へえ、サクラチヨノオーは和菓子好きか。母さんが聞いたら喜ぶよ。若いお客が入らないって嘆いてたから」
「もしかして、トレーナーさんって和菓子の事にも詳しいんですか?」
「どうだろう。人並みには知識もあると思うけど、君がどの程度を期待しているかによるかな」
曖昧な回答になってしまったが、話しているサクラチヨノオーの声は弾んでどこか嬉しそうだ。
二本の団子串が乗っていた竹皮を模した紙皿も空になり、腹ごしらえを終えた所でサクラチヨノオーに一つ提案をしてみる。
「稲荷神社に行こう」
せっかく伏見にまで来たのだから、宿泊施設で何をするでもなく時間を潰すだけなのはつまらない。
中央では大半の時間をトレーナー室で過ごし、鏑木の付き添いでレース観戦に出ても当日のレースを見終えたら中央に直帰すると言う味気のない日々にも退屈を感じていた事もある。
仕事とは言え今だけは貴重な休暇だ。サクラチヨノオーを口実にして存分に羽を伸ばしたいと思っていた事も事実である。
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陽光を浴びて輝きを放つ朱色に彩られ堂々と聳える二つの大鳥居を抜け、二匹の狐の像に守られた楼門を潜る。
分厚い屋根の下、本殿の朱の柱に施された精巧な金と碧の装飾、しめ縄に取り付けられた幾つもの紙垂れの奥には、四隅を金に彩った分厚い扉が構えている。どれも何百年も前の物とは信じられない程丁寧に作られており、その全てが過去の人々の敬虔さを物語っている。
「お参りはしていきますか?」
「そうだね。必勝祈願じゃないけど、芸能上達のお祈りならレースの力になってくれるはずだよ」
「なるほど」
二人で並んで手を合わせて祈り、本殿を後に更に奥へと進む。
鳥居の立ち並ぶ山道を山頂を目指して登る。
軽い足取りでぐんぐんと前に進み、時折振り返って俺を待つサクラチヨノオーに必死に付いていくが、慣れない運動はどうにも足が重く一向に遅れは取り戻せない。
ウマ娘の身体能力の事もあるのだろうが、それ以上に体力不足な自分が情けない。
「怠け過ぎだな.....」
「トレーナーさん。頑張って下さい」
気付くとサクラチヨノオーが隣まで階段を降りてきており、汗の浮かんだ俺の顔を覗いている。
「心配しないで。先に山頂で待っていてよ」
「いえ、一緒に行きましょう。二人で歩めば、足跡は四つです」
「へえ、良い格言だな」
「えへへ、ありがとうございます。さあ、もう一踏ん張りです!」
「もう一踏ん張り.....ね」
ウマ娘にはそう映るのだろうが、ここまでの道のりですっかりバテてしまった俺からすればこの先は更に苦行になるだろう。
サクラチヨノオーは果てなく続く鳥居に目を輝かせながら歩き、その隣で俺は春だと言うのに息を切らして額の汗を拭っている。
これが人間の男とはとんだ笑い者だろう。
「情けないな」
「そんなことないですよ」
「そんなことあるだろう」
「ないです」
「.....優しいな」
「トレーナーさんは他に立派なところがありますから」
「待て今何かフォローされたのか怪しくなったぞ」
「そうですか?」
「.....まあいいや、少し元気も出たし。ありがとう」
「どういたしまして!」
にっこりと笑うサクラチヨノオー。京都に来てからずっと笑っているように見えるが、それほどに楽しみだったのだろうか。
「トレーナー冥利に尽きるな」
「何か言いました?」
「いや。楽しんで貰えて何より」
棒になりかけた足を
頂上にたどり着く頃には軽口を叩く余裕も無くなり、肩で息をしながらふらつく足取りで休憩所の長椅子にドンと重い音を立てて腰掛ける。天を仰ぐように顔を空に向けて荒い息で呼吸を整える。
「.....よく歩いた」
「お疲れ様です。トレーナーさん」
サクラチヨノオーは余力充分といった様子で労いの声を掛けてくれるが、それも息が切れてぼんやりとした頭には染み込んでこない。
「少し休んでいきますか?」
「そうしたいけど、時間大丈夫だっけか」
携帯電話の画面に目を向ければ、予定していた時間を過ぎている。
「うん。見事に遅れてる。先輩に挨拶していかないといけないし急ごうか」
「そうですね。あ、辛かったら言って下さいね。肩ならお貸ししますから」
「酔っぱらいじゃないんだから。それに君の力を借りちゃ悪いよ」
一つ息を吐いて立ち上がり、伸びをしてから帰りの順路を下りていく。
サクラチヨノオーは帰り道でも隣に並んで歩き、俺の様子を見ながら声を掛けてくれていた。
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レース場近くの宿泊施設に到着した俺とサクラチヨノオーは鏑木に連絡を取っていた。
「それで、チームメンバー用のスポーツドリンクを買って来いと....」
「あはは、また良いようにお使いを頼まれちゃったってことですか」
「連絡も無く観光とは良い御身分だと。全く、あんたがいたらゆっくり景色も見てられないっての」
「私も荷物を運ぶのをお手伝いしましょうか?」
「いや、先に先輩に挨拶を済ませておいて。すぐに合流するから」
「分かりました。ではお先に失礼します」
「くせ者揃いだけど気を付けて」
「ええっ!?」
見事な反応を示してくれるサクラチヨノオーに思わず吹き出してしまう。彼女なら上手くやるだろう。
宿泊施設の売店で購入したスポーツドリンクを提げてトレーニングコースに向かう。
ウマ娘用のトレーニング施設も併設されているとは恐れ入る。地方レース場もウマ娘の育成には余念が無いらしい。
休憩室前の廊下にさし掛かったところで、一番近い部屋の扉が開き人影が現れる。
シャワーを浴びた後なのか、少し萎れた特徴的な耳のある白雪を思わせる髪にはいくつも小さな水滴が蛍光灯の光を反射し、艶のある色は不自然にありもしない冷気を放っているように冷たさを感じさせる。
「......あ」
「......ハルマ?」
薄目を開けこちらを一瞥した相手が名を呼ぶ。
耳を掠める風のように静かな声。遠くで鳴る鈴の音のように短い言葉に、足の動きが止まる。
髪をかきあげたままの姿で横目に俺を見ていた相手が向き直り、淑やかに微笑む。
「ただいま」
「お帰り....じゃないだろう」
聞き慣れた訛りのある口調。契約を結んだ当時からすれば随分と達者になったが、未だ彼女の言葉にはたどたどしさが残る。
「ううん。今度中央に戻れることになったから」
「へえ、なら体調は万全ってことか?」
「楽しみにしてて。明日のレースで教えてあげる」
「やっぱり君が出るんだね」
「私の目標だから」
誰をも魅了する容姿を持つウマ娘、その中でもいっとう端麗な彼女は神話に語られる精霊の様に映る。
「ミスリルリボン」
遠い北米のカナダから日本に留学し、中央のレース界を震撼させた白毛のダークホース。
追い込みの作戦を得意とする稀有な性質から多くのトレーナーに敬遠され、その果てに偶然出会った俺が契約を結んだ相手だ。
常人離れした末脚を武器とし、レースの定石を度外視した走りで多くの観客とトレーナーを呆れさせ、同時に震え上がらせた。
愚か者の灰を被り、その灰の内に白銀の宝石を潜める。
『灰輝石の雪崩』
G1連覇の偉業を成した彼女はその冠名で一躍トゥインクルシリーズ注目株の一人となった。
「変わりは無いのか『灰輝石の雪崩』さん」
「うん。ミチルを説得するのは苦労したけど、ハルマと別れてからもずっとあの走りは変えてないよ」
「今思えばあれが負担になってたのかとも考えるけどな」
「それだけどね、お医者様も驚いていたよ。どれだけ丈夫な体をしているんだって」
口元に手を当ててクスリと笑い、彼女が続ける。
「ただの疲労骨折だって。やりすぎとは言われたけど」
「冗談だろ?」
「ミチルについてもハルマに嘘はつかない」
「依怙贔屓ウマ娘」
「お互い様」
「.....だな」
整った歩調で彼女が歩みだしたかと思うと、水に湿った冷たい細指が俺の手を取る。
「ミチルの言った通り。ちゃんと来てくれた」
「叶うならトレーナーとして見たかった」
「トレーナーでしょう?」
「訂正。君の専属トレーナーとして」
「ごめんなさい。それは私の責任」
「言うな馬鹿。俺の管理不足だ。満足にトレーニングの一つもさせてやれないで、目の届かない所で怪我をした。俺の監督責任以外の何が問題だよ」
そんな彼女が俺の下を離れて鏑木の運営するチームに所属してるのは彼女が皐月賞の後に負った負傷が原因だ。
度々鏑木が話題に出す事だが、その負傷で彼女はクラシック級の殆どを療養に費やすこととなった。
どう言われようとその原因を作った自分を責めずには済まないのだ。
「それ、持っていってあげなくていいの?きっと皆待ってる」
「君は来ないのか?」
「主役は先に休みなさいってミチルが。続きは明日しよう。ハルマにも担当がいるんだ。私が借りたままでは申し訳ないから」
「丸くなったか?」
「どうかな」
俺の手を離し、隣を抜けてミスリルリボンが歩いていく。
「そう、ハルマ」
「なんーーー」
振り返ろうと首を回すと頬を冷たい指で突かれる。
「騙された」
「うっせ」
「じゃあね。チヨノオーだっけ。彼女の事も震え上がらせてあげるよ。勿論ハルマも」
「言ったからには期待外れな走りはしないでくれよ」
「当然」
音も立てず背を向けた彼女が宿泊施設に向かって歩き出す。
一切の乱れが無い足音で遠退いていく彼女の存在を認識しながら、グラウンドに向かう。
______
「やあ、久々の再会はどうだった?」
「だろうと思いましたよ」
「わわっ!皆さん落ち着いてくださいー!」
「待ってよチヨノオーちゃん!」
鏑木の担当ウマ娘に追いかけ回されるサクラチヨノオー。その姿を眺めながら鏑木と話す。
「元気そうで何よりです」
「あの子の手伝いには骨が折れた。君もよくやっていたものだよ」
「性格が合っていただけですよ」
「明日のレース。君を後悔させないように努力はしたつもりだ。どうか彼女を信じてやって欲しい」
「信じない理由があるんですか。俺は最後までミスリルを応援しますよ。トゥインクルシリーズが終わろうが、彼女が走ることを止めるその日まで」
「そうしてくれたまえ。それが彼女にとって何よりも心強い言葉だ」
安心した。と鏑木が笑う。
「......サクラチヨノオー。今日は休もう」
鏑木にスポーツドリンクを詰めたビニール袋を手渡し、誰に似たか悪戯好きな先達の鬼ごっこに巻き込まれている担当の名を呼ぶ。
「あ、はい!それでは皆さん、失礼します!」
彼女の到着を待ち、二人でグラウンドを去る。
「時間がかかったみたいですけど、何かあったんですか?」
慌ただしい時間から解放され安堵の色が見える表情でサクラチヨノオーが質問してくる。
「懐かしい顔にな」
「あ、それってトレーナーさんの前の担当ウマ娘さんですか?」
「ああ」
「凄いウマ娘なんですよね。私もお会いしたかったです」
「明日には嫌でも会えるさ」
サクラチヨノオーとは別々の部屋にチェックインし、ベッドに仰向けになって携帯電話を弄る。
ネットニュースにも天皇賞(春)の記事が幾つも掲載されており、注目のウマ娘紹介の中にはミスリルリボンの帰還に期待を寄せる物もあった。
「頑張れ。ミスリル」
携帯電話をベッド脇のテーブルに置き、カーテンを閉めて眠りに就く。枕元をぼうと照らしていたスタンドライトの薄明かりが消え、部屋に暗闇が訪れる。
暗がりに沈む意識の中、長く胸の内に居座り続けていた靄に小さな晴れ間が差し、褪せ色の夢を覚ます糸の一つが降りるのを感じた。
タグ付けてないですがオリジナルウマ娘になります。
追込戦術を得意とするカナダ生まれのステイヤー。史実競馬でも希少と言われる白毛のウマ娘です。
遅刻は改善。続けていきます。