【完結】二十七歳シンボリルドルフ   作:くまも

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送り狼にご注意を!!

 

私の異性関係はどうなのか。

トレーナー君にそう水を向けられて、これまでの男女の交流……"お付き合い"の経験について振り返る。

 

仮にも三十手前まで生きてきただけあって、一応そういうものに縁がなかったわけでもない。

自分で言うのもなんだが、彼の言葉の通り良い感情を向けられた事は多々あった。しかし、その大多数は純粋な恋慕ではなくどこか畏敬も混じっているというか、これも自分で言うのはなんだが所謂『高嶺の花』という扱いだったように思う。

具体的に声をかけられたり、誘われたりする事は少なかったな。もっとも、私とて自ら動いた事など一度たりともないのだから、これも勝手な言い種かもしれないが。

 

ただ、あくまでも少ないというだけであって、食事やプライベートに誘われたことは何度かある。他にも、実家経由で縁談を持ちかけられたことも。

いずれの殿方も高材疾足な優れた人物であり、それなりにいい雰囲気になった記憶もあるのだが……結局、どうにも合わなくて自然解消となるのが常だった。

『自分ではついていけない』と言い捨てられたこともあったし、口には出さずとも皆心の中でそう思っていたのだろう。とりわけ相手と同じ職場だと、出会った当初は近しい立場でも、少しすれば私が上の役職に取り立てられるという繰り返しだったのだから。

 

「そうだね。いい関係に行きかけたことはそれなりにあったが……最後はどうにもウマが合わないというか」

 

「分からないな。このシンボリルドルフを捕まえておいて、よほど見る目のない男たちだったのか」

 

面白くなさそうな、釈然としない様子で眉をひそめるトレーナー君。

彼の視点からすれば仕方のない話かもしれないが、私は力なく首を振って否定する。

 

「そう言わないでくれ。非は私にあるんだ……なにせずっと、仕事が恋人のようなものだったからな」

 

それもまた、彼らに何度も言われてきたことだった。

 

陰口や謗言ではなく、単純にそういう生き方をしているのだとシンボリルドルフは周知されている。そもそもトレセン学園の生徒会長であった頃から、その職務のために無理をしてきたものだから、これはもう私の性分なのかもしれない。

 

それでもあの頃は、トレーナー君が側で支え続けてくれたし、時には無理やりにでも休ませてくれたりしたものだが……今の私はもう社会人だからな。

いくら懇ろな間柄とは言え、こちらの身を慮かって支えてくれ等とは頼めない。彼らも私を信頼して、私の自主性に任せてくれていたわけだし。

 

勇往邁進と言えば聞こえはいいだろうが、たまには立ち止まることも必要だったのかな。

それでも、脇目を振らず走り続けてきたからこそ、この歳にして副会長という破格の地位にまで辿り着けたわけで。たとえ十年前からやり直せるとしても、私は全く同じキャリアを繰り返しただろう。

 

本当に………性分なのだろうな、これは。

 

「仕事が恋人か……あぁ、俺も似たようなものだったよ」

 

「中央トレーナーという職業なら、皆そういうものではないのかな。特に君の場合は」

 

トレセン学園のトレーナーは慢性的に人手が足りない。

屈指の人気職種ではあるものの、採用試験のあまりの門の狭さがネックとなっている。それでも全国最高水準の質を保つためには、厳しい選抜が不可欠だった。

 

対する生徒の人数は二千名。

担当契約の成立がデビューにおける必須要件である都合上、全員に担当が行き渡っている状態が理想であり……それに少しでも近づけるためには、必然的に各々のトレーナーへとかかる負担が大きくなる。

ましてや彼のように、学園を代表するトレーナーであれば尚更。

 

「育成はいいんだ。事務作業にしたって、十年以上も繰り返せばいい加減慣れるし、手の抜きようも理解している。問題はアイツらでな」

 

「アイツらと言うのは、君が率いているあの生徒達のことかな?皆いい子だったと記憶しているが、なにか問題でも」

 

「距離が近い」

 

「……あぁ………」

 

ため息混じりに絞り出されたその告白に、私はただただ曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。

何故って、自分の現役時代を振り返れば心当たりがありすぎるから。ここで迂闊な慰めを口にしてしまえば、高確率で私に投げ返ってくる。

 

思えば、当時の私の行動力には凄まじいものがあった。やはり勝負の世界に身を投じていただけあって、目的達成意識やら闘争心やらが旺盛だったんだろうな。

別に今とて牙を抜かれたつもりはないが。それでもあの無鉄砲さは再現出来そうにない。

 

「トレーナーと担当ウマ娘はプライベートを分かつべきだな。もっともこの場合、保護されるのはトレーナーの方だが」

 

「そのためのダミーの指輪かい?効果が無かったのかな」

 

「それならまだ良かった。最悪なのは、効果があった上での現状だということだよ」

 

「君も大変だな。しかしなにはともあれ、担当との仲それ自体は良好で……」

 

良かった。

 

そう締め括ろうとして、何故だかその言葉が出てこない。喉の中程で突っかかり、そのままするすると奥に引っ込んでしまう。

歯切れの悪さを誤魔化そうと、無言でグラスを傾けた。彼もまた、そこに触れてはこない。

 

 

沈黙が私たちの間を支配する。

 

鋭敏なウマ耳が捉えるのは、穏やかに店内を包み込むBGMのみ。

 

 

そこに居心地の悪さを抱きはしない。

袂を分かったとは言え、仮にも担当として数年間を共に戦ってきた者同士、会話が無ければ落ち着かない程打ち解けない間柄ではないのだから。

 

それでも頭の中で高らかに鳴り響くのは、このまま黙ったままではいけないという警鐘。

そもそもこのバーに来て以来得られた成果は、トレーナー君のエンゲージリングがダミーであると判明したというただそれだけであり、つまるところマイナスがゼロに戻っただけである。

違う。ゼロじゃない。先の話のニュアンスからして、あの子達は彼に担当以上の想いを抱いている可能性が高く……つまりはライバルだと言うこと。そうなれば、確実に状況は悪化している。

 

「…………」

 

無言でグラスを傾ける。

ウマ娘向けに特別アルコール度数の高いこれは、まだ数杯目だというのに既に頭にきていた。

ふわふわと宙に浮くような心地よさの中で、どうにか状況の整理を試みる。

 

 

私のアドバンテージとはなんだろうか。

 

 

彼にとって初めての担当であり、トゥインクルにおいて無敗の三冠且つ前人未到の七冠という偉業を成し遂げたウマ娘として、少なからず印象に残っている部分はあるだろう。故にあの指輪にしても、あえて私との繋がりを残していたのだろうし。

しかし、そうは言ったところで、シンボリルドルフは所詮昔のウマ娘だ。記録は不朽不滅だとしても、十年に及ぶ蓄積の果てに存在が薄れていることだって大いにあり得る。

 

逆にその後に得たもの…URA副会長という肩書きは、連れ添う相手として一つの魅力にはなるだろうが、彼がそういう部分だけで心を動かすとは思えない。

なら実家の太さはどうか。シンボリ家はレース競技界の名門だ。その名声に惹かれることは……ないな。というより、こういう発想が出てくる時点でウマ娘としてどうかと思う。

だいたい中央ウマ娘なんて良家のお嬢様もざらにいるし、本人にしても高給取りだ。彼の担当とて皆G1を勝っているのだから、名声やら肩書きやらで張り合ったところでどうなる。

 

「……………」

 

新しいものを注いでもらって、さらに一呷り。

ニンジンの風味が、爽やかに鼻腔を突き刺す。

 

勘違いで無ければ、トレーナー君も私に対してかなり良い感情を抱いていると思う。

それでも、私より一回り年下の、ずっと若いウマ娘から好意を寄せられれば……靡かない保証はどこにもない。彼だって男なのだから、むしろそうならない方が不自然だ。

あのダミーにしたっていつバレるか……そもそも、彼自身に続けるつもりが無くなったとしたら。

 

 

そうだ。最適解なんて一つしかないだろう。

図らずもトレーナー君と二人きりになれた、今ここで勝負を仕掛けるほかあるまい。

 

 

「……………」

 

底に残った最後の一口を、味わうこともなく喉の奥まで流し込んだ。

 

さぁ、もう十分に酒は入った筈だ。覚悟を決めろシンボリルドルフ。

初めての告白は夜景の望めるレストランがいいなぁとか、今さら言ってられる場合ではないのだから。

 

「なぁ……トレーナー君。私は君と――――」

 

アルコールで気が大きくなり、どうにでもなれと半ば投げやりじみた心持ちで左を向いて。

 

 

そうして目に入ってきたのは、両腕を枕にカウンターに突っ伏したスーツ姿。

浅く肩が上下し、指先に引っ掛かっているのは空のグラス。

 

「…………トレーナー君?」

 

軽く背中をさすってやるものの、一向に起き上がる気配はない。

彼はかなり酒に強いと聞いていたが、流石に飲み過ぎたのだろうか。時計を見れば、いつの間にやら入店してから既に五時間も経過していた。

こういう時、ウマ娘の感覚でヒトを測ることは難しいものだと実感する。

 

それにしても、恐ろしく静かに潰れるんだな君は。

まるで電池が抜かれたかのようにうんともすんとも言わない。呼吸で肩が動いていなければ、正直生きているかどうかすらかなり疑わしい寝姿だった。

 

「まったく……君は仕方ないな」

 

まぁ、この方が楽といえば楽なのでむしろ助かるのだが。

枕にされていた腕をとり、肩に回して空いた手は彼の腰に添える。

元々男性にしてはそこまで体格に恵まれているわけでもなく、ウマ娘としての膂力もあって運ぶことなど造作もない。

 

片手で二人ぶんの会計を済まし、注意深く階段を上がって地上へと出た。

 

ざぁっと、ひんやりとした夜の風が髪を揺らす。

普段はやや肌寒いと感じるそれも、酒精で火照った身体には心地が良い。

ほぅと息をつき、天を仰げば雲一つない晴れ渡った夜空。ちょうど私達の正面にて、妖しい光を放つのは見事な三日月。

 

「いい夜だ。月が綺麗だなトレーナー君。さて、そろそろ酔いも醒めたかな?」

 

「……………」

 

私の背中に己の全てを委ねて、静かに寝息を立てるトレーナー君。

外に出たばかりであり得ないと理解しつつも、敢えてそう問いを投げ掛ける。当然、答えは返ってこない。

 

「ふむ。前後不覚だな。このまま放っておいては危険だ。同伴者が責任もって懐抱してやらなければ」

 

「……………」

 

「さて、取り敢えずは私の家に行こうな」

 

やむを得ず。そう、仕方ないのだ。

だって私は、彼の家を知らないわけだし。

 

現役の頃の部屋番号こそ覚えているが、しかしトレーナー寮の部屋割りは毎年のように変更される。そもそも現在、彼が変わらず寮に籍を置いているかも分からない。

事務局に問い合わせようにも、この時間はとっくに職員も出払っている。明日は休日だから、今頃は飲み屋にでも繰り出しているか家でくつろいでいる最中だろう。

だいたい連絡がついたところで、学園外の人物にそう易々とプライバシーを開示する筈もないだろうからな。

 

そこまで理由付けて、ふと思い至る。

 

別に学園を通さずとも、免許証を確認すれば普通に住所は分かるのか?確か、いつも財布のポケットに入れていた気が……

 

……いや、止めておこう。親しき仲にも礼儀あり。勝手に他人の財布を覗き見るのはルール違反だからな。うん。

 

「私の家は大きいぞ。それと車ぐらいしかお金の使い道がなくてね。まぁ、もて余しているんだが……」

 

「…………………」

 

「ふふ、返事がなくても寂しくはないよ。家で世話をしているアロエにも毎日話掛けている。無視されるのは既に慣れっこさ」

 

「…………………」

 

「いや、サボテンだったかな。まぁどちらもそう違いはないか」

 

全く意志疎通の取れない彼に一方的に喋りかけながら、彼の両手をその腹の上で揃えさせ、両膝裏と脇の下にそれぞれ腕を差し込んでしっかりと保持する。

所謂お姫様抱っこだ。普通こうして抱き上げられるのも、なんなら先に酩酊して送られるのも女性の側な気もするが。そんな認識も、昨今の意識改革の上では既に時代遅れなんだろうな。

 

 

さて、ここから私の家まではそれなりに距離がある。

タクシーを呼んでもいいが……ここは折角だから走ってみよう。酔い醒ましにもなるし、なにより後輩達の指導に当たって以来、妙に身体が疼いて堪らない。

 

「さて、久し振りに本気で走るよトレーナー君。振り落とされないよう気をつけてくれ」

 

「……………くぅ………」

 

「ふふっ」

 

剣呑な宣言にもまるで目を覚まさず、呑気に腕の中で横たわるトレーナー君。

 

その寝顔に微笑みつつ、私は厳かにウマ娘専用レーンへと降り立った。

 

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