鏡合わせの吉原 ~死んだら吉原にいました~   作:翔田美琴

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第一部 美しき幇間 零無
1話 ここは吉原!?


 そこは何処かの軍隊の基地だった。

 しかし敵軍の特殊部隊がその基地に奇襲してきた。

 荒々しく廊下を走る複数の兵士が自動小銃を手に部屋に駆け込んできた。

 敵兵は何も言わずいきなり彼らに発砲する。

 弾丸の嵐が彼らが身構える前に襲う。

 彼も拳銃を手に応戦するが、自動小銃の弾丸が無情にも彼の胸を貫く。

「レム中佐ーッ!!」

 下士官の悲痛な叫びと共に血に塗れる彼。

 血に塗れる暗緑色の軍服。

 自分自身の視界が血の赤に染まった。

 彼は己の死を茫然としたまま受け入れるしかなかった。

 痛みなどもう感じない。

 

 俺は死んだか。人間の人生の幕引きというものは思ったよりも呆気ないものなんだな。

 呆気ない最期だった。よりによって敵兵の銃弾に殺られるなんて。

 戦争中に起きる事だからそういう事が起きるのは薄々感じていたが、自分が殺られるなんて……。

 もう意識は何処かへ旅立っている。

 俺の世界とは別れの時だな。

 呆気ない幕引きだった。

 

 次に意識が戻りかける頃には、畳の藁の匂いと朝食が用意されているのか味噌汁の匂いを感じた。炊きたてのご飯の匂いも。

 ここは何処なんだ…?

 肌には布地の感触を感じる。少なくとも畳の上の布団の上には体はありそうだ。

 目を醒ますと白い布団の上に体があって、俺は両腕を使って体を起き上がらせた。

 すると自分の眼にとある男の姿があった。

「よう。零無。うなされていたぞ。大丈夫か?」

「こ、ここは…?」

「寝ぼけているなぁ。ここは吉原の揚屋町の一角の長屋だろう?」

「へ!? 吉原!? 揚屋町!?」

 何故、俺は吉原にいるんだ?

 何だってこんな事に?

 いきなり吉原と聞かされて、頭の中がパニックになりそうだ。

 そういえば服装がいつの間にか浴衣姿になっている。水色の無地の浴衣。

 ちょっと待て。姿を見たい。

 丁度側に鏡があった。思わず鏡を覗き込む。

 姿は生前の姿と同じだった。

 見慣れた銀髪と髭もそのまま残っている。

 体の感触も生前と同じ感覚だ。

 一体、俺の身に何が起きたんだ……。

 信じられないという感じで啞然とする俺に一緒の部屋にいる男は呆れていた。

「一体、どうしたんだ。零無(レム)

 そうだ。その名前。

 俺は生前、レムと呼ばれていた。

 何故、この男は俺の名前を知ってるのだろうか?

 そんな事を訊く俺に目の前の男は呆れ返って大笑いして突っ込んだ。

「本当、お前、寝ぼけているなぁ。大丈夫か? お前、きちんと見番登録して零無(レム)として男の芸者【幇間(ほうかん)】になったんだろ?」

 どうもそういう事になっているらしい。

 それにしても一体、ここは吉原だとして、何時の時代なんだ?

 何気なく置かれている新聞があったので日付の確認した。

 大正3年3月22日……!?

 ちょっと待て。大正三年だと?

 思わず日付を二度見した。

 やっぱり大正三年三月二十二日だ。 

 どういう事だ。大正時代に来ている?!

 新聞の文面を追った。

 普通に読めるぞ。生前の俺は日本語は嗜んでなかったのだが……。

 茫然とする俺に朝食を用意する男は、俺にこう言って慰めた。 

「余程悪い夢を見ちまったようだな。まあ、気にしないで朝飯にしようぜ」

 白いご飯に大根の漬物、焼き鮭と味噌汁が出て食べた。なんとなく懐かしい。

 そういえば箸もあんまり使った事が無かったが体が覚えているのか普通に扱えた。

 ところで目の前で一緒に朝飯を食べるこの男は何者だ? 一体、誰だ?

「な、なぁ。名前、何だっけ?」

 これで呆れるのは何度目か? という感じで呆れたこの男は、やれやれという感じで名前を教えてくれた。

酒井(さかい)酒井成広(さかいなりひろ)。お前と同じ幇間だよ。宜しく頼むぜ、同僚」

「よ、宜しく」

 酒井……か。何処かで聴いた事があるような名前だ。一体何処で聞いたのだろう?

 生前の記憶を探ろうとした途端に頭に鋭い痛みが走った。まるで刃物で切られるように。

「うっ……!」

 思わず頭を、後頭部を手で触る。

 脈打つように痛みが走る…!

 何なんだ、これ?

 昔というか、生前の記憶を探ろうとすると鋭い痛みが走る。

「大丈夫か? 頭痛がするのか? 医者に罹った方がいいんじゃないか?」

「……だ…大丈夫。もう収まったよ」

 あまり昔の事は思い出すな、ということか。もう吉原にいるのだから。

 朝飯を食べている間にラジオが流れていた。

 でも俺達にとっては関係ない雲の上の話で、今は現実を知らないと。

「仕事はきたのか?」

「なんでも京町二丁目の楼閣【桜華楼(おうかろう)】から俺とお前と別の長屋に住む、池本(いけもと)さんと夏村(なつむら)さんが指名されたようだよ。三味線ができるのだろう?」

「あ、ああ」

「きちんと手入れしておけよ」

 そうして朝飯が終わると午前中は自由時間なので揚屋町を散策した。吉原の中にある普通の町。

 そういえば草履も初めて履くような。でも履き心地は良い。

 大正になり、この揚屋町も近代化している。

 カフェなるものが多いし、吉原の女郎の居場所も「貸座敷」とか「楼閣」と呼ばれる。

 引手茶屋は相変わらずだが近代化してカフェのようになっている。

 そして遊女達は表向きは解放されたかに見えたが実情は違う。

 そして、ここから、俺の数奇な運命も廻り出す。

 

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