鏡合わせの吉原 ~死んだら吉原にいました~   作:翔田美琴

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15話 水揚げの儀式が迫って

 新しい演物(だしもの)として流行歌を一つ披露した俺達、芸者衆は今は王道の芸に戻り座敷を盛り上げていた。

 虎虎(とらとら)と呼ばれるお座敷遊びの定番の踊りながらのじゃんけん。

 金比羅船々(こんぴらふねふね)という、童歌(わらべうた)のような歌を唄いながら台の上に載っているものを駆け引きを交えながら取り合う遊戯(ゲーム)

 お座敷遊びの初めの演物として、安本さんは俺達芸者衆に最大の褒め言葉を添えてくれたよ。

 

「ハイカラな演物って言うから何だろうなぁと思っていたら流行歌とはね。しかも私も何個か流行歌は聴いた事があるがどの流行歌とも違う。面白い宴だったよ。楓さん」

「あの零無(レム)という内芸者はいかがです?」

「ノリの良い幇間(ほうかん)だ。ちょっと不慣れっぽいけど陽気な部分は気に入ったね」

「それは何より嬉しいです。彼らへのご祝儀は?」

「それなりに弾ませて貰うよ」

「ありがとうございます。安本(やすもと)さん」

 

 あの流行歌は座敷から漏れていたらしいが、後で聞いた話だが、あのときは随分と桜華楼の中は騒然としたらしい。

 隣の座敷も一体何の曲が歌われているのか知りたい衝動に駆られたらしい。

 誰も、彼もが、聴いた事がない流行歌で、今度の座敷は俺達を迎えて一つ酒宴して、吉原の新しい演物を見物してから床入りしようか? そんな話になっているらしい。

 これは思っていた以上に受ける演物かも知れない。

 内芸者である池本さんと俺はそんな感想を言い合った。

 そんな演物も今は終わり、共に組んだ幇間(ほうかん)、中村さんと萩原さんはそれ以降の宴にも参加していた。

 

 そうして宴もたけなわになり、床入りの合図の「おしけでございます」が宣言されて本日の仕事を終えたと思った矢先だった。

 俺は楓姐さんから呼び出しを受けた。

 

「零無さん。旦那様がお呼びになっております」

 

 その頃。

 稲葉諒は桜華楼に引かれた固定電話で実は伊勢谷と何やら話し込んでいた。

 

「伊勢谷さん。別に今晩で無くても宜しいので水揚げの儀式を頼めませんか?」

『悪い。諒君。しばらく桜華楼にはこれそうに無いんだよ。戦争が間近に迫っていて、私の会社では戦闘機の生産が上がり、今が稼ぎ時だからね』

「でも、伊勢谷さん自ら、売買契約を取る訳では無いでしょう?」

『それがねぇ、今回の契約は国が相手なのだよ。うちの会社は飛行機というか戦闘機の会社だからね。今のうちに戦闘機を納品してどうやら何かをしでかすつもりらしい』

「困りましたね。伊勢谷さん程のベテランに頼むしかないのですよ。遊女の水揚げは」

『こちらとしてもやりたいんだがね。どうやら世界は戦争でも始める気でいるぞ。我々としては見逃せない時期なのだよ』

 

 そこで伊勢谷は稲葉諒にあの気になる幇間(ほうかん)を自分の代わりに水揚げをさせればいいだろうみたいな提案を出す。

 

『彼女らの水揚げが初老の男性で無ければならないならお前がすれば良いのでは?』

「それが出来ていたらとっくにやってますよ。楼主たる者は遊女の水揚げはしてはならないのですよ?」

『じゃあ、お前に似ているあの幇間ならどうだ? 彼も顔を見る限り、性の経験豊富な顔をしているぞ。"知りません"って奴じゃない』

『お前の事だからな。そういう目論みで内芸者に迎えたのだろう? ならやらせてみればいい』

 

 まあ確かに水揚げを頼むにはこの上ない身代わりになる。本当なら伊勢谷に頼んで水揚げの代金として新造の揚代、30日分を請求すると売上としては最高なのだが。

 しかし、既に初潮を迎えた遊女を何時までもタダ飯食わせておくのも腹ただしい。

 この際、水揚げをあの零無に頼むか。

 水揚げの儀式さえ終われば遊女には客をどんどん取らせて、すぐに30日分くらい取り戻せるだろう……。

 

「わかりました。これから戦争になって忙しくなるでしょうけど息抜きに来てくださいよ。待っておりますから」

『本当にすまないね。後日に改めて頼むよ』

 

 電話をきった。

 夜もだいぶ更けて来たな。

 この時間帯ならみんな床入りをして、芸者衆はもう自室へと帰る頃合いだろうな。

 諒は楓を呼び出し、零無を連れてくるように若い衆に言伝を頼む。

 程なく楓から呼び出しをされた零無は、稲葉諒がいる私室にて、こんな事をおくべもなく訊いた。

 

「なんですか? 一体?」

「お前を見込んで頼みがあるが、二個、三個、確認させて欲しい。お前、いま年齢はいくつだ」

「45歳だが」

「女との性行為は馴れているか?」

「随分と踏み込んだ質問だな。全くの初心者でもないよ」

「なるほど。お前に折り入って頼みたい事は、遊女の水揚げなのだ」 

 

 その場で固まる零無。

 それは一体、何の儀式だろうか?

 まさか……! 遊女との初めての相手に……?

 零無の予感は的中した。

 

「お前に頼みたい事は遊女の初めての客となり、彼女の初めての性行為の相手となって欲しい」

 

 彼はあまりに驚き、薄い紫色の瞳を大きく見開いてしまった。

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