鏡合わせの吉原 ~死んだら吉原にいました~   作:翔田美琴

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16話 遊女の水揚げ

 稲葉諒に突然、遊女の水揚げの儀式を頼まれた零無(レム)は念の為に訊いた。

 その遊女の水揚げとはどんなものなのかを。

 そして、何故、稲葉自身がそれをやらないかについてもだ。

 

「その遊女の水揚げとはどんな儀式なんだ?」

「お前、この遊廓に来て、小さな女の子が奉公に来ているのを目撃はしたか?」

「そういえばよく花魁達の側に女の子が居るな」

「女の子達はきちんとした理由(わけ)があって証文を作成して妓楼に奉公にきた女の子達だ。大概が家庭の都合だな。食い扶持(ぶち)を減らす為に、借金返済の為に売られてきた女の子達だ。彼女らは将来的にはうちの売り物になって貰う。その子達は禿(かむろ)と言われる」

「早い話が人身売買か。何処にでもそういう話は聞くね」

「その様子だと別の場所でも見かけてきたと言いたげだな」

「で、話を続けるが、俺や若い衆の男達は実は遊女との体の関係は強く掟により禁止されている。昔からの慣習でね。そうしないと遊女達との恋愛が起きて女郎屋を営む俺達の首が回らなくなるし、生活も成り立たなくなる。こっちも生活がかかっているんだ。そのために掟がある」

「……」

 

 零無は黙って内所の部屋にて窓の外の景色を眺めた。

 顔は少し憮然としている。

 稲葉諒は説明を続ける。

 

「彼女らにはしかし、来るものがくるまでは客を取るのを控えて貰っている。まだ"それ"が来るまでは一人前の女性とは言い難いからな」

 

 零無はそれが何かわかった。

 女性の月に一度くる、生理と言われるものだ。

 なるほど。生理がくるまでは客は取らせないのか。

 その女の子に初めての月のものが来たら……。

 

「露骨な表現だが初潮を迎えて、それが終わった直後。彼女らには初めての性行為に及んで貰う。そのために必要なのが、女の扱いに手馴れている初老の男性だ」

「まさか、俺がその初老の男性だと言いたいのか? まだまだ衰えはしないと思っているがね」

「この時代では、45歳は"初老の男性"に数えられるんだよ。ここまで話せば後はわかるだろう? 彼女らの初めての男性にお前になって欲しいんだ。見た目は俺に似ているから彼女らも少しは安心してもらえたら目論見通りだがな」

 

 しかし思う所もある。

 零無もここの内芸者だ。つまりは若い衆との立場と若干似ている部分がある。

 厳密には若い衆ではない。

 しかし桜華楼に勤務する内芸者だった。

 だが、大法にも抜け道はあるのが常である。

 零無はここに来て日が浅い。

 しかも、禿(かむろ)達は零無の姿を目の当たりにしている機会はあまりない。

 しかも、明らかに余所者の顔をしている。

 日本人のそれとは違う外見はこの上ない利益になると、諒は踏んだのだ。

 この男性に自分ができない事を頼むにはうってつけであった。

 零無は諒に訊いた。 

 

「俺に利益はあるのか? 確かに女の初めてを奪うのは男冥利に尽きるが、もっと具体的な利益は?」

「利益……か」

「お前、ここに来て、こう言ったな? "遊女すらも目にくれない程の人気者になる"と。その人気を彼女らからも集めてみないか。お前に夢中にさせる事が近道になるとは思わないか?」

「彼女らにとっての生き甲斐となるならお前を桜華楼の専属の幇間にした俺も助かるし、お前は遊女からの支援も期待できるぞ?」

 

 これは稲葉諒からの商談だと零無は感じた。

 それをしなければたぶん、ここを追い出されてしまう。

 割り切るしかないな。

 この桜華楼で、俺に似ているのが楼主で、楼主にできない事をする為に呼ばれたなら、何だってやってやる。

 もう、元の世界になど戻れる術などないのかも知れないなら……。

 

「わかった。その役目は引き受ける。具体的なやり方の指南はお願いしたいな」

「……助かるよ。直近に迫っている水揚げは二件程ある。やり方は若い衆の友蔵(ともぞう)十郎太(じゅうろうた)に聞いてくれ。後は二階を仕切るお(たえ)さんにも、指南を仰ぐといい」

「直近に控えているって何日後に?」

「明日の夜から一人目が控えているよ」

「明日の夜!?」

 

 零無は驚いた。

 確かに女を抱いた夜はあったにはあったが、随分、いきなりな話である。

 それまでに覚悟を決めるとか難しくないか?

 稲葉諒は驚愕して薄い紫色の眼を見開く零無に笑った。

 

「そんなに驚くなって。とりあえず今までしてきた通りに女を抱いてやればいい。多少の禁じ手はあるけど基本的にその禁じ手も実践して貰うからさ」

「花の吉原の床入りに禁じ手なんかあるのか?」

「もちろんあるとも。それはまあお妙さんが詳しく教えてくれるだろう。お前がする事は明日は客人の一人になり、性の手ほどきを彼女にする事だ。そして一端(いっぱし)の遊女として仕込んでやってくれ」

 

 宵も更ける深夜2時。

 零無は居室にて布団で横たわりながら考えを巡らせていた。

 明日の夜。俺は誰かの夜の相手になる。

 生前の記憶でも、そんな夜があったような気がする。

 身体的に疲れても、精神的には、衝撃的な依頼もあり目が冴えてしまって眠れずにいた。

 それにしても、女郎屋の主ともなると、あんなに淡々と割り切れるものなのだろうか?

 それとも、元より性格が冷淡なのだろうか?

 鏡合わせの吉原が零無を深く、艶やかな世界へ誘っていく……。

 

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