鏡合わせの吉原 ~死んだら吉原にいました~   作:翔田美琴

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22話 甦る記憶と罪の意識

 桜華楼から出て引手茶屋【桜花の里】に置かれた外の椅子に座る俺は、みたらし団子を食べつつ女将の行木さんと共に桜華楼の新造出しの道中が行なわれるのを待っていた。

 仲の町は相変わらず賑やかで見物客もかなり来ている。すると呼び込みの十郎太が仲の町を歩く人達に宣伝している様子が見えた。

 

「本日のお昼12時に桜華楼の【新造出し】の道中が催されます。お暇な方はぜひご覧あれ! 噂の花魁衆も後見人として道中致しますよ!」

「おお〜。桜華楼の【新造出し】か。俺も観て行こうかな?」

「桜華楼の振袖新造で最近、売れっ妓がいるらしいぜ」

「薄紅って娘だろう? 今じゃ引き手数多の売れっ妓だぜ。俺も行こうかな?」

 

 茶屋の赤い布が敷かれた長椅子に座る俺に行木さんはお茶を入れて、代わりのみたらし団子も持ってきてくれた。

 みたらし団子を頬張りながらその【新造出し】の噂をする俺だった。

 

「【新造出し】の道中も桜華楼にとっては大事な行事みたいなものだよな」

「ええ。また実際に姉花魁の顔を直に見られる好機(チャンス)ですので皆さん、それも狙っているようですね」

「そういうのが無いとやっぱり物足りないよね。この吉原は娯楽都市みたいな場所とも言えるし」

 

 そうして昼12時を回る頃に桜華楼の【新造出し】道中が華やかに行なわれる。

 前に道中する艶やかな振袖新造の4人。その中に昨夜、俺が水揚げをした紅葉(もみじ)の姿もある。その他にも振袖新造が3人もいたのか。

 あの中に俺が水揚げする娘はいるのかな?

 左右を固めるのは若い衆の友吉と健太の2人。彼らは振袖新造の左右に位置して、桜華楼の行灯を持ち、自分達が桜華楼の者であるという事を示していた。

 独特の八重桜の商標が入った法被(はっぴ)を着ているからよく映えて判る。

 仲の町の人々の視線は振袖新造の後ろに続く姉花魁衆に自然と移る。

 花魁道中で着るようなあれ程華美な衣装ではないにしろ、元々花魁衆は美しい佇まいを醸し出すので俺も振袖新造の後ろに続く花魁衆を見つめてしまう。

 花魁衆は3人いた。中央にはお職花魁の菖蒲(あやめ)花魁。右側には2枚目花魁の孔雀(くじゃく)花魁。左側には3枚目花魁の杜若(かきつばた)がそれぞれ艶やかな衣装を纏っている。

 菖蒲花魁は菖蒲の模様が入った紫色の着物。

 孔雀花魁は孔雀が描かれた着物。

 杜若花魁は杜若色と呼ばれる茶色が少し入った紫色の着物に蝶の模様が入った着物だった。

 しかも彼女らは高下駄を履き歩き方もとても品の良い歩き方だったのだ。

 仲の町を歩く観衆やそこで暮らす人々もだんだんと集まり人だかりになっていく。

 引手茶屋【桜花の里】を通り過ぎると彼女らはそこの表の椅子に座り観賞に興じる俺を観てそれぞれ顔を少し向けて微笑った。

 紅葉(もみじ)も昨夜の相手だった俺に顔を向けて照れた様子で微笑った。

 これからあの子達は女郎として生きてゆくのか。

 華やかな道中の間、俺は複雑な気分だったよ。

 それは果たして幸せなのか。

 不幸の入口なのか。

 観衆達はそれぞれ色々な事を言っていた。

 

「やっぱりお職の菖蒲花魁は魅力的だよなぁ」

「いやいや。2枚目花魁の孔雀もなかなか良いじゃないか?」

「杜若花魁も上品な色気だよな」

「俺もあの人達と一夜でもいいから過ごしたい」

「桜華楼の引手茶屋に揚がらないと無理だよ」

「桜華楼は振袖新造も品が良さそうだな」

「振袖新造ならまだ希望はありそうだよな」

「俺はあの若葉色の着物の子が気に入ったぜ」

「あの青灰色みたいな色の子は誰だろう?」

「桜華楼は色の名前がそのまま女郎の名前になるっていうしきたりがあるから紅碧(べにみどり)って名前じゃないか」

 

 桜華楼の【新造出し】道中を観覧した俺は、【桜花の里】の計らいで昼食は鰻の蒲焼きだった。道中が終わった吉原の仲の町にまた喧騒があった。

 今度は別の妓楼の【新造出し】道中があったらしい。

 二階にて鰻の蒲焼きを食べる俺は、そこから覗くと確かに他の妓楼の【新造出し】がされている。

 こうやって吉原では妓楼同士がしのぎを削るんだな。

 そうして毎日が行事みたいな仲の町の【桜花の里】にて時間を潰した俺は午後15時には、また見世に戻る。

 桜の座敷に案内された俺は少し暗い部屋の中で考え事に耽った。

 軽く微睡む為に窓際でボーッとする。

 いつの間にか寝息をたてていた。

 

『……レム。私以外の人を抱くなんて……あなたの愛の営みって軽いものなの……?』

『……まさか。これは仕事だよ』

『仕事で肌を晒すなんて、いつの間に己の身体を売り物にしたの?』

『……違う。俺は売り男じゃない……!』

『信じて欲しい。俺は君のことを……』

 

 また、だ。今度の夢は俺を責めている女性(ひと)がいた。違う。俺のこの愛の営みは嘘の感情なんかでしているんじゃない。

 ……やめてくれ。……やめてくれよ。

 俺をこれ以上、痛めつけないでくれ。

 吉原にきてまで俺を痛めつけないでくれ。

 俺は今、世の極楽にいるんだ。

 確かにこの吉原には理解できない面もある。

 だけど、ここにいれば、俺は戦いを忘れる事ができるんだ。

 もう人が血を流す所は見たくないんだ。

 あの軍で散々見た、真っ赤な血の世界なんか見たくないんだ。

 苦痛に喘ぐ人は見たくないんだ。

 

 喘ぐように苦しむ夢の中の俺は耳に入ってくる怨嗟の声を塞ごうと躍起になる。 

 今にも叫ばないと気が狂いそうだ……。 

 すると誰かが俺に声を掛けていた。

 

零無(レム)さん! 零無(レム)の旦那! 大丈夫ですか!?」

「……はっ」

「また、うなされてましたぜ」

「健太……俺はうなされていたのか?」

「はい。とても苦しそうにしていましたよ」

「今夜の水揚げも紅葉が相手ですから、彼女に縋ってもいいでしょう。桜華楼は苦しみを癒やす為に存在する場所ですし」

「情けなく見えないかな?」

「とんでもないです。女郎はそんな男の弱みを見せられると自分を信じてくれているとむしろ喜びます」

「新しい所にきて零無の旦那も少し参っているんですよ。そういう時こそこの桜華楼を楽しんでくださいよ」

「……そうだな。紅葉に今の事を話してみようかな?」

「きちんと酒の肴も用意しますんで、話してみてください。吉原の女郎は聞き上手になる事も売れっ妓になる秘訣なので」

 

 そうしてまた、夜が再び訪れた。

 今夜は紅葉を一時の恋人と想って色々話してみようかな。

 そう想うと気が少し楽になった……。

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