桜華楼が惣仕舞された夜。
桜華の間にて宴席に出た後は特にすることもなく騒ぎ疲れて眠りにつく頃に、不意に誰かの声がした。
真夜中だから遠慮がちに、少しでも聞こえるように障子を叩く音が聴こえる。
俺は布団から起き上がると、障子をずらした。そこには池本さんがいた。
「池本さん。こんな真夜中にどうしたんですか?」
「零無さん。ちょっと散歩でも行きませんか?」
確かにこんな時に廊下で話すのも難だしな。
俺は慌てて布団を畳んで端に置いた。
こんな真夜中にどうしたのだろうか?
番頭の友蔵さんは家路について今の桜華楼は夜の見廻り組が「火の用心」と拍子木を叩いている。
「お二人共。こんな真夜中に何処に行くので?」
「ちょっと散歩してきていいかな? 眠れなくてさ」
「へい。とりあえずお気をつけて」
吉原の真夜中の雑踏に出た。
真夜中であれどその雑踏はまだかなりの人達が夜の吉原を堪能している。
8月の吉原は晴天30日間は『
いわゆる幇間や芸者達の見せ場であり、活躍時でもある。
今の時間は真夜中の12時。流石にこんな時間までは『俄』もやってない。
それでも賑やかな雑踏の様子が見えた。
俺と池本さんの姿は浴衣姿だった。
並んで雑踏を歩く。
「こうして二人で夜の吉原を歩いたのは初めてですね」
「ええ。でも何だか俺も今夜は眠れなかったんで、丁度良かったですよ。池本さんに誘って貰って」
彼らは雑踏を歩きながら汗が滲むのを自覚した。珍しい熱帯夜だ。
しかし真夜中ながらかき氷を売る店は営業している。
そこかしこを見渡せば、こんな夜でも営業する店もかなりあるのに驚いた。
「かき氷でも食べませんか?」
「そうね、頂こうかしら」
適当な茶屋に寄る。ちなみにここは大正時代ならではの喫茶店で、引手茶屋ではない事は断っておくよ。
「いらっしゃい!」
「かき氷、二つください」
「はいよ!」
店主の親父さんは大きな塊の氷をやすりにかけるように、下に置いてある硝子の器に氷を削り出しいれている。
そして苺味と思われる紅いシロップをかけて俺達に振る舞ってくれた。
「どうぞ!」
「ありがとう」
椅子に座りながらかき氷を食べる俺達。
銀のスプーンで、氷をすくいながら口に運ぶと懐かしい味が広がった。
やっぱり夏にかき氷は食べるものだよね。
柄にもなく俺は笑顔になっていただろうな。
池本さんはかき氷を食べる俺を見て笑ったよ。
「零無さん。かき氷、好きなんですね」
「なんでそう見えるのですか?」
「顔が嬉しそうになっている。零無さんは喜ぶ時は素直にそれを顔に出せる人なんだって思えるの」
「池本さん。あの【ハツコイ少女】って歌はどんな風に作詞したの?」
「あれはね、貴方を想いながら書いたの」
俺は目を見開く。
そしてかき氷を食べるのを一旦やめた。
池本さんは遠くをみながら話す。
「ずっと不思議に想っていたの。貴方の事を。あんまり見ない顔なのに懐かしい気持ちになれる。桜華楼に移ってからは、一緒の座敷で、一緒の歌を唄って、危機になったら駆けつけてくれる」
「旦那様によく似ているって皆は言うけど、貴方は自分自身をしっかり持っている。貴方と組む度に嬉しくなって……あの歌を書いたの」
かき氷が溶けてなくなる前に俺達は氷を口に運んだ。
甘いシロップの味がさっきより甘く感じるのは何故だ?
やっぱり体の奥が"疼く"。
散々内側に封じていた何かが甦る。
池本さんは続ける。
「あの歌は私の願いなの。そして誰でもない眼の前の人にそれを叶えて欲しい」
「池本さん……」
かき氷を食べた後に冷えた麦茶が出た。
店主の親父さんはこの会話を聞いていたようで、何気なく俺に言った。
「男冥利に尽きるじゃないか。男ならここはひかないで想いを受け止めてやりな」
「男の努めだと俺は思うね。そこに好きな女がいるなら抱いてやりな」
どこかで躊躇っていた俺はその言葉に後押しされたような気がする。
確か、俺達みたいな者達の為の裏茶屋が近くにあったはずだ。
ここは揚屋町の一角だった。
ひとまず、一息いれた俺達はまた雑踏に戻る。
自然と手を握った。
「零無さん」
「まずは手を握りたくて、いいかな」
「大きな手ですね」
「そうかな?」
すると花火大会でもしているのか、丁度花火があがるのを観る事ができた。
こんな真夜中だから吉原の花火だな。
それを二人で見上げる。
「綺麗です」
「久しぶりに観たなぁ」
「行こうか?」
桐屋の行灯を見つけた俺達。
先に俺が入ってみた。
「いらっしゃい。今夜は空いてますよ」
「助かるよ」
「一通りの用意はしてあるから安心してくれ」
初めて裏茶屋に入った俺達は、意外と洒落た内装に驚いた。
質素ながら硝子細工が置いてある所に吉原ならではの粋を感じたね。
布団もしっかり敷かれている。
俺達は二人して胸が高鳴っていたのだろうな。
障子をきちんと閉めると池本さんは内側に封じていた女を表に出して、俺を壁に押し込んで唇を重ねる。
「ンっ……」
「零無……零無……っ」
俺も舌を絡ませる。
そのまま接吻に溺れながら布団に倒れる。
池本さんが帯を緩めて、取り払う。
薄めの白い襦袢姿になる。
俺も水色の浴衣を外した。
池本さんが両方の手で胸板を触り始める。
「なんて艶のある肌……こんなに綺麗な人も初めて……」
「池さん……」
右手で池本さんの顎を少し上げてまた接吻をする。
それは激しくなる一方だ。
俺達はお互いに封じていたものを互いに解放するように体を重ね始めた。
池本さんの襦袢を外した。
枕に寝かせると俺は首筋に甘えるように唇を這わせる。
空いてる手は池さんのふくらみや脇腹を擦って微妙な感覚に身をよじらす池さん。
池さんの両方の腕が俺の背中に絡まる。
その手が気持ちいい。
俺の唇は池さんの体を隅から隅まで味わう。腕、鎖骨、お腹、ふくらみや太腿、脚。
いつにも増して情熱的な俺に池さんは喘ぎながら願いが叶ったのを感動している。
「この吉原で願いが叶うなんて夢にも思わななかった! でも、今は違う。愛しい人の肌の匂いを感じる……!」
「どんな気分? 俺は嬉しいよ」
「本当? 本当なの? 零無」
「本当さ」
池本さんの下半身は燃えるように俺を待っていた。
俺は池さんの下半身を熱く見つめると一声かけて優しく舌を這わす。
「いくよ……池さん」
「アン。アアン。零無……零無…っ」
「もっと呼んで、俺の名前を……! 呼んでくれ、もっと、もっと……」
「私も、
「奈津実……君のここは美味しい。もっと舌で君を味わいたい」
「はウッ。はウッ! 気持ちいい……!」
「奈津実……凄い湧いてくるよ」
「もう、もうっ! 駄目…っ! 逝っちゃう!」
激しく乱れる池さんに俺は喜ぶ。
俺に対してこんなに乱れてくれるなんて嬉しい。
嬉しいんだ、池さんは。
少し脱力して息を乱す池さんに見せるように
そして焦らすように腰を落とす。
「奈津実……俺はもう待てないよ……」
「アッ……アッ……零無」
「君と結ばれたい。深く、深く結ばれたい」
「来て、零無、お願い」
その夜に俺達は互いに結び合った。
深く結ばれるとお互いに体を抱き締めあって、逃したくないようにきつく抱いた。
茶色の長い髪が乱れて咲き、藍色の輝きを宿した瞳が俺を狂しく見つめる。
真夏の吉原で体験した夏の夢桜。
今は眼の前で綺麗に咲き誇って、俺の内側の情熱を完全に甦る。
絶頂に導く俺はどういう顔でこの時間を楽しんだのか。
俺は嬉しいんだ。
これは偽りじゃない。
これは偽りの想いじゃない。
遊女達にしたものとは違う。
これは、この想いはどうか嘘ではありませんように……。
真夏の夜の夢は甘く美しく融けてゆく。
俺達はそうして一歩も二歩も進んだ関係になってゆく……。