桜華楼の惣仕舞から月日が経ち、また何時もの喧騒に戻る桜華楼。
今夜の酒宴は2枚目花魁の孔雀花魁と客の中尾裕二の酒宴がある。そして桜華楼にて歌われる流行歌の新曲を聴きたいという中尾裕二の言葉で、俺達芸者衆は、曲の制作をしている。
すると、夏村さんがとても良い歌詞を思いついたのか、それを俺達に見せにきてくれたのだ。しかも琴や三味線の旋律も考えてきてくれていた。
その曲の吟味をしている池さんと酒井と俺は、この曲なら行けるのでは? と言う直感が働いた。
「夏村さんのこの曲、今の季節にもぴったりよね」
「それにとても情緒豊かな雰囲気もあるし、まさに魅せるならお誂え向きな曲だよな」
「零無? お前はどう思う?」
「俺もこの曲には文句はないよ。三味線の旋律も琴の旋律も、和太鼓の部分も最高さ」
「ちょっと通しで稽古をしておくか」
桜華楼のピアノが置いてある洋室は、俺達芸者衆の稽古場になっている。ここなら楽器を鳴らしても、皆、文句は言わないし、ごく最近では暇を持て余す女郎達も見学にやってくる始末だった。
見学に来る女郎達は座敷持ちと呼ばれる女郎で、俺がいつも拝見している花魁クラスの女郎には会うことはない。彼女らは昼間の時間でも己を磨く事に忙しく、暇な時間というものはあまりないのだ。
この新曲の歌詞は、日本の風情そのものな歌詞で、何処か切なく、そして何より美しい歌詞だ。自然と俺自身も思わず物思いに耽ってしまうような優しい世界の歌だった。
もう8月も終わりに近付いている。空を見上げると満月が優しく輝いているのも見えた。
夕暮れが近づくにつれて、桜華楼も徐々に喧騒に包まれる。開店前の何時もの儀式を済ませて、夜が訪れると、その2枚目花魁の孔雀花魁の今宵の相手が桜華楼へと訪れた。
応対には楓姐さんが当たる。今夜の楓姐さんの着物は黒系の着物で、所々には牡丹もあしらわれた着物を着ている。髪の毛の艶もまた良い。
傍らでは番頭の友蔵も雑務に追われて、勇太はてきぱきと客人の靴を下駄箱に入れる雑務をこなしている。
「これはこれは、ようこそお越し下さいました。中尾裕二様」
「今夜も世話になるよ」
「孔雀が待ちわびておりますわ。どうぞ、お揚がりになって下さい」
彼らは2階へ上がると廊下にて、桜華楼の流行歌を歌う芸者衆の話をする。
「すっかりここの名物になったよね。桜華楼の流行歌。新曲を頼んでおいたのだが、彼らはきちんと作ってくれたのかな?」
「それには心配はありません。昼間、通し稽古がされているのを目撃しましたから」
「……それは楽しみだな……」
彼らは松の座敷へと入る。
今宵の松の座敷の酒宴の面倒を見るのは賢治だ。彼は既にある程度の準備を整えて、座敷にて正座をして待っている。芸者衆も、幇間達は袴を着て、羽織り物もきちんと羽織り、準礼装の装いをしている。芸者も豪華な着物を纏い、楽器の調子を合わせて、静かに待っていた。
孔雀花魁がそこで悠然とやってくる。艶やかな装いをして中尾裕二の隣へと腰を下ろして、場は整った。
「こんばんは。幇間の零無(レム)でございます。今夜の中尾裕二様の宴にお呼び頂き誠に感謝しております」
「零無君……君も中々の貫禄が滲み出てくるようになったね。良い色気を感じるよ……」
「……ありがとうございます。では、早速……聞きますか?」
「……聞かせてくれ。君達の新しい流行歌を」
【虹色蝶々】
星空をひらりふわり雲に隠れた月の夜
なんとなく迷い込んだ埃まみれの小さな部屋
蝋燭の灯り... アカリ
近く遠くまた近く
灼熱の心... ココロ
そんな不器用さに似て
ゆるやかに舞い降りて
あなたの側で羽広げた
同じ世界を見てみたいと
そんな視線を投げかけてる
その指先に触れてみたら
何故かとても温かかった
どのくらい過ぎたでしょう
冷えた部屋にふたりきり
泣きそうな顔をしてさ、飛べない私を見てる
「願わくば忘れて」 と
其れが最初で最後の嘘
今 手の中に包まれたら
温かくて瞳を閉じる
空を覆った雪の華は寂しそうに流れた雫
優しい気持ちを教えてくれた
切ない気持ちを教えてくれた
それはとても大事なことで
忘れはしないよ
いつかどこかでまたあえたら
きっと 側で羽を広げて
雪は次第に雨となって雲が千切れて虹を架ける
私の羽と同じようなとても綺麗な色に変わる
【終わり】
ゆったりとした歌に、良く刻まれる三味線に、艶やかな響きの琴、日本の風情をこれでもかと詰め込んだ曲が桜華楼の松の座敷から、その外側の部屋や様々な場所に優雅に流れた。
その瞬間に、客人も、若い衆達も、楓も、そして珍しく内所から出て、大広間にて聴く諒にも、切ない何かを思い出させた。
皆を聞き惚れさせる桜華楼の芸者衆に、客人達は次の機会には彼らの歌を聴きたいと若い衆に伝える。
若い衆は、零無も、池本さんも、夏村さんも、酒井さんも、本当に凄い人達だな……と軽い嫉妬と共に尊敬もする。この流行歌を聞いていると不思議と仕事も楽しく感じる。彼らは俺達にも必要不可欠な芸者衆なんだと感じた。
中尾裕二は感動をして、芸者衆へと祝儀を弾んでくれた。期待通りの出来の良さに気持ちよく孔雀との一夜に没頭出来る。
彼らの評判はとどまる事を知らずに上がり続けるのであった。まるで昇り竜のように。