「ぶふぅ…!」
「油断しやがって!」
幽華の回し蹴りによって大きく吹き飛ばされたシン達。
身体中を地面に打って土臭くなってしまった彼らは、大の字になって地に転がっていた。
幸いダメージはそこまで大きくない、彼らは立ち上がり、大きく頭を振って思考をリフレッシュする。
「あれは油断じゃねぇよ…ジャンケンしてたら目潰しが飛んで来た様なモンだ」
「理解はしてやる、共感はしないがな!さっさと立て!すぐ来るぞ!!」
ヴェノムは幽華の居る方向を睨み付け、シンの意思と関係無く前傾姿勢を取る。
そんな彼を、シンは緩やかに諌めた。
「いや…今すぐ追撃は来ねぇよ、10秒程度は余裕がある」
「…なに?」
理由を言語化するには、些かシンのボキャブラリーが不足している。
明確な言葉に出来ない以上、ただの直感と言い換えても良いだろう。
『シンが幽華の立場ならこうする、だから追撃はされない』。
そんな、戦闘狂同士のイカれた心の通じ合いだ。
「それよりも、だ」
会話が途切れる程の、右手の違和感。
シンは視線を其方にやり、内心で冷や汗を流して言った。
「俺達、
「…!?」
視線は右手の先を超えて、ソレに向けられる。
いつの間にかがっしりと握られていたソレは、なまくらの青銅刀。
何処までも彼らを付け回す、呪いの品だ。
「やっぱ尋常じゃねぇ刀だぜ、何にも切れねぇ癖に」
「クソ刀がどうとか考えるな!!今度こそ来るぞ!!」
ヴェノムが苛立って叫ぶ。
空気が張り詰めるこの感触、突き刺さる殺意、近付く轟音。
さしものシンも察せざるを得なかった、駄弁る時間は無い、束の間の休息は終わった、と。
導かれるままに、シン達はその手の青銅刀を振るった。
———竜巻の様に迫り来る彼女目掛けて。
彼女の拳、彼らの剣。
双方が衝突し合い、生じた衝撃波が周囲の木々を揺らす。
「休憩はもう飽きたか!?えぇ!?」
「お陰様でね…!」
互いに鍔迫り合うことはせず、反発を利用して互いに距離を取る。
幽華の姿は万全、シン達が腹を貫いた部分は素肌が露出しているのみであり、彼女の再生力の高さが伺える。
こういう手合いは面倒だ、シン達自身の存在がそれを証明している。
体力が切れぬ限り、いつまでも最高のパフォーマンスで進撃してくる、それが怪我を恐れないバトルジャンキーなら尚更。
「…っくく」
嗚呼、つくづく。
シン達と幽華は似ている。
「全開で殺してやるよ、それこそが決着だ」
「えぇ、全てを出し切りましょう、私達にはそれが相応しい」
両者、再び構える。
ヴェノムは青銅刀を正面に、正眼の構え。
対して幽華は妖しき光を掌に集めてピンクの日傘に仕立て上げ、それをもって無造作に構えた。
ヴェノムに合わせてわざわざ獲物を取り出したのは、ただの親切か、はたまた先の勝負の謝罪か。
兎も角、ただの日傘では無いことは明確。
刺々しい妖気が漏れ出しているその傘は、見た目以上の切れ味を誇る筈だ。
「…フゥ」
得体の知れない武器を持っているなら、中途半端は許されない。
圧倒的な先手か、切り返しの後手か。
シンが選んだのは、前者。
「…!?」
幽華が構えながらに目を見開く。
その瞳には、徐々に液体化し、ドロドロに溶けゆくヴェノムの姿があった。
「『
脱力、瞬発。
その二つを極めたこの突進技、初見の者には反応すら許さない———
「…っ!!」
「っこれを防ぐか!!」
ヴェノムによる上段の振り下ろし、防いだのは、紛れもなく幽華の日傘。
傘を通じて衝撃が全身に流れ、彼女の骨がミシミシと唸り、苦悶の表情が浮かぶ。
目で追えてなどいなかった、身体だけが意思に先行して突き動かされていた。
それを為したのは、彼女の動物的な、妖怪的なセンスの賜物。
「…っ…!」
戦況はそこで定まらず、劇的に流動していく。
ヴェノムの前蹴り、またの名をヤクザキック。
彼らが未だ幽華の手札の全貌を把握していないからこそ、膠着を嫌った末に繰り出した一撃。
回避、防御、カウンター、いずれも幽華には成し得ない一手だ。
しかし、彼女は数少ない選択肢から『最適』を掴み取った。
ヴェノムの前蹴りと同時に生じた重心のずれを利用、彼らの刀を弾き、そして前進。
彼らの懐へ潜り込み、衝撃のタイミングとインパクトをずらす———!
「ふっぐ…っ!!」
しかし、直撃は直撃。
空気やら吐瀉物やら血反吐やら、彼女の口から様々な物が漏れ出る。
それで止まらないからこそ、彼女は
「っはっ!!」
密着状態、幽華の健脚が弧を描く。
垂直180度、I字バランスの様なハイキックだ。
体格差も相まって、ヴェノムの顎に直撃のコース。
マトモに受ければ脳震盪は必須。
だからこそ、彼らは脱力した。
迫る鉄板を易々と抉り取るだろう剛脚、まさに死神の鎌。
そんな凶器で顔をぶち抜かれたならば、どんなに防御しても脳に衝撃が届く。
だとすれば、口が半開きになる程に脱力すればどうなる?
答えは簡単。
「…ふふっ…っ!」
その姿はさながら蜥蜴の尻尾切り。
脳に衝撃を通す前に、顎、正確には下顎骨が丸ごと削り取られる。
鼻から下が消えた彼らの瞳には、動揺の色さえ表れない。
勝利の為、容易く身体の一部を捧げる度胸、幽華は込み上げるものを抑えられずに微笑む。
———私だって、そうするもの。
「でも残念」
ヴェノムがその手に持つ刀を振り上げる。
だが、幽華の行動がまだ早い。
「まだ、もう一手動ける」
筋肉の緊急収縮、妖力を身体に馴染ませ、無理矢理に身体を縮こめる。
そうして生まれた回転力を利用、ハイキックの後隙を誤魔化す。
さながらスケートのアクセルの如く。
そして、拳を握る。
碌な踏み込みじゃない、所詮は苦し紛れの一撃に近い。
ヴェノムの青銅刀が幽華の脳天に迫っている。
幽華の攻撃後、そのゼロコンマ一秒後にはヴェノムの攻撃が直撃するだろう。
それでも充分、なにせこの一撃は———
「はぁっ!!」
アッパーカット。
顎の無い相手×アッパー。
答えは明白、脳を揺らすどころじゃない。
敢えて答えよう、脳をブッ壊す。
だかその脳破壊は、幽華にも訪れる。
「〜〜〜ッ!?」
「ふぐっ!?」
下方からの拳、脳髄直撃アッパー。
上方からの刀、頭蓋骨破壊振り下ろし。
互いに互いの頭部を粉砕する一撃。
前者は前頭葉部が弾けて宙を飛び、後者は粘土細工の様に頭蓋に刀が陥没する。
結果として、ヴェノムは空を見上げて極彩色に揺れる景色に身を投じ、幽華は項垂れて真っ暗闇の無意識に意識を落とした。
「グルル…!!」
「っハァッ…!!」
怯むか?
否。
止まるか?
否。
それで彼らが満足するのか!?
否!
意識と呼べる物は失っても、彼らは本能で動き続ける。
「っ…い〜い微睡みだったわ…!!」
数度の撃ち合い、泥臭く殴り合った先に意識を取り戻したのは幽華。
ズクン、ズクン。
頭痛の様な甘い疼きが彼女を襲う。
初めて訪れた鮮烈な死の暗闇、もしくは死そのものの幻像によって、彼女のインスピレーションがバチバチと弾ける。
蒙が啓かれたかの如く、覚醒した彼女の脳は熱暴走を始めていた。
「ぁあああっ!っ最っ高!!瞬きが止まらない!!」
相手を殺す為の術式の閃きが、湯水の様に湧き出る。
今すぐ吐き出さないと、脳からそれらが滲み出て爆発しそうだ。
彼女は時間稼ぎに妖力で象られた植物を操り、ヴェノムの身体を捉える。
『花を操る程度の能力』、戦闘にはまるで向かないが、意識の無い相手を縛り付けるだけなら充分。
そして日傘を媒体とし、溢れ出る全ての要素を魔法陣として組み込んだ。
人間ならば何十世代にも渡って繰り広げられるだろう大発明。
異常化した魔法構築速度の元で術を組み、陣を合わせ、法を編み、織り、重ねて。
これでは足りない、足りないと継ぎ足して、やがてそれは至高の魔法へ至る。
「貴方を殺す為の魔法!!貴方の事だけを考えた私の魔法!!貴方にだけ捧げる特別な魔法!!」
術式が完成するに従い、心を埋め尽くす満足感と多幸感に、彼女は思わず叫ぶ。
「っ受け取って頂戴ッ!!」
数百と創造した魔法陣に妖力が通い、日傘の周りに幾何学模様が淡く光る。
幽華の、今度生涯の
「『マスタースパーク』ッ!!!」
解放、破壊の権化が暴風を伴って発射される。
ヴェノムの意識が虹色の宇宙から戻ってきたのは、まさにその瞬間。
「…っ…これは…マジか… 」
「避けろ!!これはマジで死んじまう!!」
圧倒的な熱波に細胞が反応し、危険信号を出した故だ。
暴力的な光と熱、地面を抉り取りながら進む高密度エネルギー流体、弾丸の如きスピード。
ヴェノムの声掛けがあろうが、死に際の精神で体感時間が引き伸ばされていようが、身体に巻き付いた植物を引きちぎるのに精一杯。
瞬間、光の束から漏れ出す熱によって植物が発火した。
彼ら自身の体もダメージを受けている、推定500℃はあろうか。
(余波だけでこれかよッ!!)
< 受けるしかない!!避けられない!! >
迫る、迫り来る。
太陽の如き光の巨人がヴェノムを踏み潰そうと迫っている。
一か八か、防御しか選択肢は無い。
「こいやァアアアアアッ!!」
発火により脆くなった植物を引き千切り、ヴェノムは叫ぶ。
吹き飛ばされぬ様、足を地面に突き刺し、青銅刀を盾として構えた。
軍来祭でカレンの雷撃砲を突き進んだ時とは訳が違う超出力。
雄叫びを上げるシン達を嘲笑うかの様に、マスタースパークは空間を裂く絶叫を上げながら、彼らの姿を飲み込んだ。
「———— 」
ヴェノムの雄叫びも悲鳴も、幽華の耳には届かない。
ただ極太光線の為す轟きに大地が震えるだけ。
彼らの姿も、黒い巨漢が僅かに透けて見えるのみであったが、5秒、10秒と経つに連れてその黒色も黄金色に掻き消された。
15秒、20秒。
先までの激闘が嘘かの様に時間が過ぎていく。
やがて、幽華の妖力の大部分を喰らい尽くしたマスタースパークは、少しずつその身を収縮させ、音もなく消え去った。
幽華はふらつく身体に喝を入れ、手持ちの日傘を握り締める。
煙を上げ、炭化を残す破壊の跡先に、ヴェノムの姿は無く———
———ボコリ。
「ッぐるぁッ!!」
幽華の足元後方、ゾンビの様なボロボロの腕が、ヴェノムの上半身が飛び出す。
その姿は悲惨なものであった。
片手は肘から先が消え、顔の半分が溶け、下半身は殆ど骨だけ。
徐々に再生しているといっても、最早死に体である事は明白。
従って、これは決死の奇襲だった。
マスタースパークそのものを隠れ蓑にして、地中に退避。
高速で地面の中を掘り進み、彼女に奇襲を仕掛ける。
(どっちも満身創痍…ッ!先にイイのを入れた方が勝つッ!!)
その考えは正しかった。
この奇襲にミスが無かった事も事実。
ヴェノムは、彼らは完璧なステルスアタックを果たしていた。
惜しむらくは———
「…残念…♡」
幽華にとって、それが奇襲に成り得なかったという事である。
「…あ…?」
気付いた時には、彼女は日傘を振り抜いた状態でヴェノムを見下ろしていた。
いつソレが完了していたのか、熱によって低下したヴェノムの認識能力では反応する事が出来なかった。
事の顛末は単純明快、『花を操る程度の能力』によって、厳密には地に張り巡らせた植物の根によってヴェノムの行動が察知されていた、それだけである。
彼らが彼女の能力に気付けるだけのヒントはあった筈だが、戦闘に向かない非力な能力という事もあり、能力の全貌に至れなかった。
———ピシリ。
半分しか見えない視界が、ふらりと揺れる。
幽華に殴り掛かろうとした腕の肘辺りに、黒い境界線が現れる。
何が起こっているのか、はっきりと理解してしまった。
———ズリ。
腕が、肘から先がずり落ちる。
重力に従い、ゆっくりと。
日傘によって切断された、最早疑い様も無い真実だった。
果たして、幽華が切り捨てたのは腕
彼女の追撃が無い、それが答えだった。
そして、既に首から下の感覚が喪失していると言う事も。
ヴェノムの首に、亀裂が入る。
「…貴方、熱に弱かったのね…そうじゃなかったら、負けたのは私だったかしらね…」
「……ッ… 」
幽華が膝を突いて、ぼそぼそと蚊の鳴くような声で呟く。
まるで葬儀の様に、悼む様に目を伏していた。
ふざけんな、せめてもと声を張り上げるも、喉から空気が吹き出して空気を振るわせるのみ。
ゆっくりと、空が遠くなり、地面が近くなる。
「……
敗北の自覚が身を襲うと同時、遂にシン達の首が、ずり落ちた。
落ちる頭を支えようと腕を伸ばすが、ピクリとも動かず、自由落下に任せて崩れ落ちる事しか出来ない。
『敗北』。
そんな言葉が脳を支配する。
諏訪子の時のマグレとは違う、完全な黒星。
心は不思議とあっさりしていて、波風も少ない。
こんなにも気の合う奴に殺されるのだから、俺は———
『違うだろ』
真なる激情が、耳元で囁く。
『俺は誰にも負けない、誰よりも強くなる、強くあれば———』
「玄楽だって、死ななかった」
その瞬間、執念が爆発した。
地面に落ちていた視界をギョロリと幽華へ転回させる、そこに宿るは修羅の炎。
凪いだ水面はもう何処にも無い、そこに在るは燃え上がる勝利への欲求。
「…なんて…!イイ『目』…!」
首の断面からヴェノムの触手が飛び出し、分かたれた首と身体を繋ぐ。
神経回路が通った全身を力任せに再生、本能のまま突き動かし、まるでタックルの如き勢いで幽華の首を掴み取る。
「…ぐぅ…っ…」
「グルルルル…ッ!!!」
彼女は抵抗という抵抗もせず、その手を受け入れた。
妖力も殆ど空、ここまで接近され、完璧なタイミングのカウンターも効かなかった、逆転の手立ては完全に消え去った。
「…ふふっ…あんな目を見せられたのだから…満足ね…」
「諦めは、悪い方だからな」
< 危うく死ぬところだったぞ、お前が死を受け入れたら、俺達は死ぬんだから >
彼女はヴェノムに持ち上げられながら、瞼を閉じ、ある光景をその裏に描いた。
それは首だけのヴェノムが幽華を睨め付けた際の、その眼球。
修羅を体現したかの様な、燃える瞳。
常人には理解できないであろう鮮烈な芸術、あの瞬間は強烈な身震いが彼女を襲っていた。
最期に見た景色がそれなら、満足だ。
「残念だ、お前みたいな奴を喰っちまうなんて」
「ふふ、遠慮は要らないわ…貴方と別れるのは、残念だけど」
シンとしては、殺したくないし、殺さなければならない。
嫌だと思いつつも、殺す動作に躊躇いは無い。
奇妙な矛盾だが、それが少しばかり心地良かった。
「さらばだ、良き理解者」
「えぇ、さようなら、またどこかで会いましょう」
会話は終着点に辿り着き、遂にその時が訪れる。
和やかに笑う彼女へ、顎門を開いて一息。
———ブチリ。
首から上を捥ぎ取り、一息に飲み込む。
花を失った向日葵はピクリと痙攣すると、鮮血が勢いよく飛び出てヴェノムの顔面に付着した。
彼らは舌でそれらを舐め取ると、ゆっくりと彼女を地に下ろし、その場を後にする。
埋葬も火葬も必要無い、葬儀は今この場で終わったのだから。
「美味すぎる!今までで一番の質と量の脳内麻薬!!」
「お前はまだ空気を読んで黙ってろ!センチメンタルなんだよ!!」
◆◆
ヴェノムが去ったこの空間。
死臭もせず、ハエも集らず。
無機物の様な幽華の骸が鎮座するその場に、一つの線が生まれた。
やがてそれはリボンで結ばれた空間の裂け目へと変異し、中から一人の少女が舞い降りる。
浮き足だったような足取りの彼女、
彼女はるんるんと幽華の元へ駆け寄ると、つんつんと首筋に指先を当てた。
そして、にんまりと笑う。
「ライバルだけど、良い物が観れたお礼に、ベットぐらいは貸してあげる」
次の瞬間には、二人の姿は掻き消え、その場には破壊の爪痕だけが残っていた。
ご拝読、ありがとうございますなのぜ!まぁ頭食われたくらいじゃ幽華は死にませんけどねなのぜ。
サカタ休日様、しんめん様、☆9評価大変ありがとうございますなのぜ!
登場人物紹介っている?
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やってくれ 必要だろ(いる)
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それは雑魚の思考だ(いらない)