第七魔法の使い手になりました   作:MISS MILK

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次の話から第一特異点の物語を始めます。
今話は幕間の物語となります。では、どうぞ。


マイルームでの一幕

 ────────ある日のカルデア。

 

 

「なあ、ゴッホ」

 

「──────は。はい。な、なんで御座いましょうか? ゴッホ、なにかしてしまったでしょうか?」

 

「あ、いや、そういうことではないんだが」

 

 

 俺は居心地悪く身を捩った。

 なんだかこうしてジッと見られると落ち着かない。社交界とかでよく受ける、懐疑の目線になら慣れているんだが、こう真摯な視線にはどうにも慣れん。

 

 

「ゴッホさ、俺を描いてて楽しいか?」

 

「──────?」

 

 

 あっこれ分かってないやつか。

 

 現在、俺はマイルームにてゴッホに絵のモデルにされていた。

 

 どこから持ってきたのか古びた安楽椅子に座り、本を読む俺。わざわざ魔眼殺しの眼鏡まで掛けさせてまで俺の絵を描きたいらしい。

 

 創造科(バリュエ)の人達からも言われたが、俺には芸術への関心ないし興味がないようだ。

 

 

「えっと、な…………俺なんか描いてて楽しいのかなーって思ってな。描けるものはカルデアの中にごまんとあるだろう?」

 

 

 ピタっと筆を止めたゴッホはキャンバスから視線を上げた。

 橙の前髪から覗く紺碧の瞳と目が合う。

 

 ゴッホはパレットと筆を置き、前髪をかき上げた。

 

 

「う~~~~~~~~ん…………なんと言えばよいのでしょうか? ゴッホは昔から絵を描いていたから絵を描くのは当然好きなのですがああ! 無論マスターさまを描くのも同じくらい好きなのですが…………描き続けないとわたしはわたしじゃなくなると言いますかゴッホはゴッホのためだけではなくと言いますか……」

 

「要するに?」

 

「マスターさまを描くのが好きなのです」

 

「そっか」

 

 

 悩み始めたかと思えばスッパリ割り切る彼女。

 

 俺はそこで、とある提案をしてみる。

 

 

「じゃあさ」

 

「はい?」

 

「俺もゴッホちゃんを描いてみてもいいかな?」

 

「ふぇ!? ごごごゴッホをですか!? 5っほをですか!?」

 

「うん」

 

 

 俺はゴッホちゃんみたく専門的な画材は持っていない。

 持っていないがスケッチブックとかカラーペンシルとかは持っている。

 

 興味はないが、魔術師としてイメージの反映は必須技能。模写もその過程の一環として何度かやったことがある。…………どれだけ鈍っているかが問題だが。

 

 

「マスターさまが言うなら…………ですけど、ゴッホですよ? わたしですよ? いいんですか? 後悔しません?」

 

「しないさ。俺はゴッホちゃんだから良いんだよ」

 

「………………そっ」

 

 

 そうですか…………、とゴッホちゃんは尻すぼみに承諾した。

 

 俺はやや姿勢を崩し、スケッチブックを開く。

 まずは下書きからかな? 

 

 

「じゃ、宜しくね」

 

「ははっはい! 優しくして下さい!」

 

「何を言っているんだ」

 

 

 よく分からないボケ方を笑い飛ばし、俺は、俺を描くゴッホちゃんの絵を描き始めた。

 

 

「なんだか…………初めての感覚です」

 

「そうか?」

 

 

 ゴッホちゃんはいつもの言動を収め、しおらしく呟いた。

 チラッと見てみると、キャンバスから目を反らさず、筆を動かしながらだった。器用だ。少なくとも俺には出来ない。

 

 

「わたし、いつも描く側だったもので」

 

「ああ…………」

 

 

 俺は思わず、納得してしまった。

 

 かつてゴッホは「タンギー爺さん」を始めとし「ジャガイモを食べる人々」など、他人を描くことは数あれど、自らが描かれたことはない。それは、当時のゴッホの不人気が理由だが、周りの人間が大成していく中、足踏みしている自分をゴッホはどう思ったのだろうか。

 

 もし、それにコンプレックスを抱えていたなら、数ある自画像にも納得がいく。

 

 

「なら──────俺がゴッホちゃんを初めて描いた人だな」

 

「ヒ………………っ…………。──────そうです、ね

 

 

 俺は滲まぬようにペンをさっと引き上げた。

 

 これで下書きは終わりかね。

 俺は次のぺージを捲り、薄く映った下書きの上に本描きを始める。

 

 

「実はね、俺、絵を描くのが嫌いだったんだ」

 

「それは…………またどうしてでしょうか?」

 

「俺の魔法のことはゴッホちゃんにも話しただろ?」

 

「ええまあ…………なんでも、疑似的に時を止めるだとか。ゴッホなんかよりも何倍も使える結界です……」

 

 

 突然、自失(バット)状態に入ったゴッホちゃんに苦笑を漏らす。

 俺はペンの色を変えた。

 

 

「俺はさ。あの停まった空間が意外にも好きでね」

 

「はい」

 

「俺は傲慢にも、どこかあの停まった世界が全て自分のもののように感じてたんだ」

 

「………………」

 

 

 皆は、人物画を描くときにどこから描き始めるだろうか。

 

 とある友人は頭頂部から描き始めると言っていた。なんでも頭の寸借から体のサイズを決めるとかなんとか。

 また現代かぶれした別の友人は足元から描き始めるんだとか。曰く、3Dプリンターの、物体が生えるように作られる工程を魔術に転用したが故、とか。

 

 俺は、俺が知り得る誰とも違って「顔」から描く。

 特に理由はないが、人間が個体別に識別できるのは顔と声だ。俺達人間は赤ん坊の頃にそれを刷り込んで母親と父親を識別する。

 

 その知識が最初に浮かんできた時点で、俺はほとんどの人間を──────FGOに登場する…………Fate系列の作品に登場するキャラクター以外を識別できていなかったんだと思う。

 

 

「だから、俺はその場の風景を切り抜いて保存できるカメラとか、写真とか…………絵が嫌いだったんだ。俺だけの景色が奪われるような気がして」

 

 

 (あまね)く総てが静止した世界では、俺だけがそれを自覚出来てれば良い。

 

 俺は心のどこかでずっとそんな傲慢を抱いていた。

 ましてや、かの英雄王ですらないのに。

 

 そう思っていたからこそ、風景のその場その時その様子を紙に保存できる写真や絵が嫌いだった。

 

 

「でもゴッホちゃんの絵は好きだぜ。知名度とか云々関係なく」

 

「えっ」

 

「なんて言うのかな? 必死さ? 違うな…………生存欲。そう、生きようとしてる感じがして、とても好きだった」

 

 

 彼女の絵は生きようとしてる絵だった。

 

 法と安寧に甘える一般人でもなく、称賛と畏怖を一身に受ける英雄でもなく、恐怖と悲劇を齎す怪物でもなく、燃やされる世界を救う主人公でもなく、異界の神に与えられた世界を滅ぼされる演者でもなく。

 

 俺は、生きようとしている彼女の絵が好きだった。

 

 前世の俺も、今世の俺も、疲れてる…………と言ってはなんだか雑だが、どこか壊れてたんだと思う。

 

 

「出来た」

 

「──────わたしもです」

 

 

 俺は完成した絵をスケッチブックから破き、ゴッホちゃんに見せた。

 

 ただ絵と向き合う彼女の絵だ。

 色を塗るのは苦手で、小さい頃にトンボの絵を描くときも色塗りだけを失敗していた。

 だから今回は漫画みたいに斜線を引いて、更にその斜線間に斜線を描き込んだ。

 

 魔術師っぽい。それこそ機械的な絵だった。

 

 

「交換、ですね」

 

「む。いいのか? 俺の絵はゴッホちゃんの絵ほど上手くはないが」

 

「良いんです。これが良いんです」

 

 

 ゴッホちゃんは「虚数美術」で描かれた絵を、無理やり俺に押し付け、俺の手からスケッチブックの一端を奪い取った。

 

 

「ありがとうございます、マスターさま」

 

 

 奪ったページを大事そうに胸に掻き抱いたゴッホちゃんはペコリと頭を下げた。

 

 

「こちらこそ」

 

 

 俺も貰った絵を見つめ、お礼を言った。

 

 

 

 

 

 ────────―その後は俺もゴッホちゃんも特にやることなく、解散した。

 

 

 

 

 

 俺とゴッホちゃんは、あれから一度としてお互いを描くことはなかった。

 揃って描く時は、風景画が多い。

 

 あのマイルームでの出来事が、特に俺へ影響を与えることはなかった。

 

 けど、少しだけ変わったのは、俺が絵を描くことがちょっとだけ楽しみになったことと、お互いの部屋にあの日描いた絵が額縁に入って飾られていることだ。

 

 何かと言って変わらないが、ほんの少しだけ変わった。そんなある日の出来事だった。

今回の話のゴッホの宝具のように、特殊タグを付けた「揺れ」や「色付き」はあった方がいいでしょうか?それともない方がいいでしょうか?

  • あった方がいい
  • ない方がいい
  • どっちでもいい

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