「手始めに…………“
俺は、俺の肩に止まっていた蜂に魔術を掛ける。
先程までは空中に退避してもらっていたが、今は問題ない。
それに、この使い魔のレベルだと対サーヴァント戦において足手纏いにしかならないが、生憎と今回は
「B,B,B,B,B,Beeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee」
「ヒッ!?」
ただでさえ巨大な蜂が更に肥大化する。
全長は一メートル弱にまで変容し、巨大な翅が空を叩く。
筋肉質な肉体が甲殻の間からはみ出す程の巨体。
俺は結構好きだ。沖田には悲鳴を上げられたが。
あ、ゴッホちゃん、鎧に蜂の絵を描き足すのは止めて下さい。
「さぁ、存分に食い散らかしておいで……!」
「Beeeeeeeeeeeaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
金切り越えのような鳴き声を上げた蜂は、豪風を巻き上げてワイバーンへと一目散に向かった。
ガチガチと打ち鳴らす顎が生理的な嫌悪と恐怖を醸し出す。
「無様ね…………潰れなさい」
カーミラが迫る蜂に向けて錫杖を振るった。
虚空から出でて落ちるのは、世界で最も有名な拷問器具と言っても差し支えない
自由落下運動に任された
「ははっ、甘い」
俺が丸一か月霊薬に付け込んだ触媒の魔術だ。そう甘くない。
蜂は
殺したいなら直接殺すことをお勧めするぜ?
「Beeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee」
「チッ、汚らわしい」
「何あれキッモっ!」
蜂は二人の乗っていたワイバーンの喉笛を食い千切る。
彼女らは悪態をつきながら飛び降りた。
俺はそのまま蜂にワイバーンの殲滅を指示して構えを取る。
「あの蜂、後で名前付けてあげよ…………」
「え゛? 飼うんですか? あれを?」
「ゴッホもお世話したいです!」
「マジですか。沖田さんもこの主従にはビックリです…………」
俺はスーツケースを持っている左半身を前に出し、警棒を持っている右半身を後方へ隠す姿勢。
スタンダードな騎士剣術の構えだ。
「うん、ゴッホちゃんは俺へのサポートを沖田の方へ回してくれるかい? 二人であの過激な格好の方を任せたい」
「ええー…………ま、仕方ないですよね。了解しました!」
「えへっ、お願いします、沖田さま」
沖田は「病弱(A)」があるため心配だが、ゴッホちゃんだって近接戦闘が出来ない訳ではない。相手が生粋の武闘家でない以上、やりようはあるだろう。
対して、俺の相手は「ヤンキー聖女」こと聖マルタ。
プレイヤー間ではステゴロ聖女とも呼ばれる猫かぶりの聖女だ。
相手がパワー系なだけに、ゴッホちゃんと沖田が相手するには厳しいだろう。
「あら、マスターが相手をするの? 死なないのかしら?」
「は────────ほざいてろッ」
俺は聖杖を構えたマルタへと向かって地面を蹴った。
同時期に沖田とカーミラの戦闘もスタート。ゴッホちゃんも遅れながらに、追い掛けていく。
「ハッ」
初手は攻守一体の一手。
盾を正面に持ち、シールドバッシュを行う。
「せいっ」
…………効果なし、かな。
受け止められた拍子にカウンターを貰う。
盾でガードしたため目立った外傷はない。
ヘラクレスほどの威力はないが、少々
言うならば、剛はないが武がある、柔はないが技がある、と言ったところか。
「光を!」
「洒落臭い」
聖杖から魔力弾が放たれる。
だが、単純な魔術戦であればこちらに分がある。
練った魔力を警棒から放出し、相殺。
空いた隙に接敵する。
「調子が悪いのかな──―?」
「お生憎様、操られててね!」
それから交わす数十の打撃。
若干、動き辛そうなマルタの攻撃を盾でいなし、防ぎ、叩き落す。
返す刀で俺は、特殊警棒で体を打ち据えて、動きを制限する。
これぞ騎士剣術の本懐。
騎士は攻性ではなく、防御に重きを置く職。
本質は守ること。襲撃者に何もさせずに制圧することこそが真の技だ。
「チッ…………鬱陶しいわね!」
「おや? 化けの皮が剥がされてきたようだ」
「──────あら? うふふ。なんのことかしら」
戦闘を続ける毎に現れていくマルタの本性。
マルタは「あの御方」から杖を授かる前、拳で戦闘を行っていた。
その腕前は幻想種の最高峰、竜種のタラスクを屈服させる程。
まあ、そっちの武術の方が強いせいで、クロノス神と同レベルの英霊の「あの御方」から授かった杖が「拘束具」だなんだの言われてしまうのだけれども。
聖ヤコブ、聖モーセから代々伝わる、最強のステゴロ武術。
名を──────。
「ああもう! うざったいわね! こんなの要らないわよ!」
──────―ヤコブの手足という。
「さてさてさーて…………」
俺は一歩退き、重心を落とす。
聖杖を投げ捨てたマルタに対して正面から向き合い、相対する。
初期のマルタは聖女ムーブがしたいがため、聖杖を使った戦闘を行う。
しかし、本番は素手を使い始めてからだ。
ヤコブの手足。
それは極めればキリスト教における大天使にすら勝利するという、
だが、古の格闘技だからといって油断は出来ない。
「はあああぁぁぁ! セイッ!!!」
「く…………っ」
パァンッ。
腰の捻りを加えた右のジャブ。
それは空気を切り裂いて俺の盾を掻い潜り、兜に衝突した。
「かったいわね~。タラスクより堅いんじゃない?」
「………………冗談じゃない」
ボロッとフルフェイスの兜の一部が崩れ、マルタと目が合った。
今回はそんなに魔力を込めてないとはいえ、元来が高位の魔術装具。割られるとは思っておらなんだ。
「
「聞こえてるわよ!」
「やっべ」
そう言えば、マルタは欧州出身だから英語分かるんだった!
操られているにしては威力が強過ぎるような気がせんでもない拳を防御する。
単純な筋力は少ないが、技があるため内部への攻撃が辛い。
原理的には中国武術の浸透勁のようなものか? 魔力を纏わせているからか、魔術へのダメージも多い。
「あんま女性を怒らせないことよ!」
「女性…………ふ」
「何で笑ったぁ!!」
今まで出会ってきた女性を思い返してみたら思わず吹き出してしまった。
なんか自分自身でも悲しくなってきたよ。
「そろそろ幕引きかな」
「…………何を」
俺はゴッホちゃんの方を見やりながら、呟く。
沖田はどうやら大丈夫のようでいい感じに立ち回れている。
武道の道を行く者ではないカーミラでは、沖田たちの相手は身に余る。間も無く、退去させられることだろう。
「さぁ、準備はいいかい?」
「さっきから何を言って──────なっ! これッ!?」
俺は指を鳴らす。詠唱破棄の
すると、地面から成人男性の胴回りはあろうかという蔦が数本以上生え、マルタを拘束した。
なに、俺も馬鹿正直に戦っていた訳ではない。ぶつかり合う度に特別製の種を落として準備をしていたのだ。
「悪いね。生憎、俺は魔術師なもんで」
俺は、拘束されたマルタに向かって笑い掛け、指を組んだ。
鎧を解除して跳び去りながら、
「喝ッ」
「キャアアアァァァァァァ!!??」
蔦は一斉に燃え上がり、焼却する。
ドルイドの魔術も取り入れた、超簡易的な
魔術的意味も含めて、対サーヴァントでもそこそこの威力が望める。
「沖田! 魔力リソース自体はカルデア持ちだ! やっちまえ!」
「マジですか!? それじゃいきますよ!」
俺は沖田へと叫んだ。
沖田はハッとした表情で頷き、刀を正眼に突きの姿勢で構えた。
「──────早く」
一歩目。
カーミラとの距離を詰めた。
「──────早く」
二歩目。
間合いを図り、息を整えた。
「──────早く」
三歩目。
沖田の姿は掻き消え、桜の花弁に消えた。
「──────『無明三段突き』!!!」
現れた沖田は、刀を振り抜いた姿勢で静止していた。
そう、既に刀はカーミラを貫いていた。
「──────―」
カーミラは悲鳴を上げる間も無く、消滅する。
「けほっ」
「おいおい、締まらないな」
沖田は、膝をつき血を吐く。
最後の最後でスキルが発動してしまったようだ。
寄って回復用の霊薬を手渡す。
「んくっ、んくっ…………ぷはぁー。ありがとうございます!」
「礼には及ばんよ」
俺は襟元を緩める。
流石にレイシフト直後の運動は疲れる。
汗も掻いたし、少し不快だ。
俺は強化魔術を解除した。
「──────―『
「なっ!? まだ生きてたのか!」
魔術を解除した瞬間、盛っていた豪炎より甲羅が飛び出した。
その上には──────―マルタ。
「呪いが薄まって助かったわ! またね!」
「あぁ…………そういうこと」
回転するタラスクはマルタを連れて遠い彼方へと飛んでいく。
はぁ…………ウィッカーマンに連なる魔術は、処刑の魔術だ。
性質は、罪や罰の浄化。
聖杯によってバーサク化されていたのが、魔術によって解除されたのだろう。
「マスターさま」
「──────…………いいや、追わなくていい。今はリッカちゃん達と合流するのが先だ」
「そうですか」
ゴッホちゃんに、それっぽく返す。
今ここでマルタを追ってまで倒す必要はない。
後々、リッカちゃんやマシュ、ジャンヌの成長にもなる。
ほっといても大丈夫だ。
俺は空中でワイバーンを食い散らかす蜂を見ながら、呑気にそんなことを思うのだった。
名前、何にしよう?
今回の話のゴッホの宝具のように、特殊タグを付けた「揺れ」や「色付き」はあった方がいいでしょうか?それともない方がいいでしょうか?
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あった方がいい
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ない方がいい
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どっちでもいい