南西。
それは一口に言っても、分かるのは方角のみであり、距離がどれくらいかまでは明記されていない。しかし、目的地への方向が分かっているだけマシだとも思う。何も分からない状況下よりかは楽でいいだろう。
「だから、文句は慎め」
「えーでもー、沖田さん、疲れちゃいましたよー」
「そろそろ静かにせんと置いてくぞ」
「待ってくださいよー!」
「なんだ。動けるじゃないか」
戦闘終了時から既に六時間が経過。俺たちは道なき道を歩み続けていた。
残念ながら引き払われた人里に馬車や行商が通るはずもなく、ライダーのサーヴァントもいないため、足での移動が続いている。
俺は大丈夫だが、沖田やゴッホちゃんは存外に辛そうに見える。
沖田の場合はスキルのせいか、性根のせいか分からんが。
というか、さっきからピーチクパーチク煩くて適わん。
「まぁ…………仕方あるまい。今日はここをキャンプ地にする」
「本当ですか!? やったー! これで休める!」
「馬鹿者めが。寝床を作ったり、火を起こしたり色々あるだろうが」
日も傾き、紅の色味が強くなってきた日暮れ。
雨が降っても大丈夫そうな森の外縁にキャンプ地を立てる。外縁なら獣の被害も少ないだろう。
元気そうな沖田は乾いた薪を集めにいかせ、ゴッホちゃんには晩飯の用意を任せる。
晩飯と言っても、カルデアから持ってきた携帯食料やら、森や道中で獲った獣肉やら木の実だったりする。
「うぅ、疲れました…………」
「なんで英霊が人間より先に悲鳴上げてんだ。ゴッホちゃんを手伝ってこい」
「非情です」
項垂れる沖田の尻を蹴り、手伝いに向かわせる。
ぐだぐだせずに、はよ行って来いってんだ。
と、その間に、俺は適当な大樹を見つけて木の根元にドングリの実を植える。ピッタリ三つだ。
そこへスーツケースから取り出した小瓶の中の液体を振りかける。
「“
妖精の垂れ雫。別名を妖精の祝福。
その実、妖精の鱗粉と俺の血液を混ぜた魔術触媒だ。鱗粉はフィンランドに行ったときに、邪精と化していた妖精から搾り取ったもの。
宙を不思議に揺蕩った
大樹と複雑に絡まったドングリは、その先端を巨大な球体状に膨らませて、しな垂れる。
巨大ドングリの中は、空洞となっており、植物特有の保水と保温が効いていた。
多少、触媒の値は張るが、即席ツリーベッドの完成だ。
「なんですかコレ! 御伽噺でしか見たことない奴です!」
「ゴッホも思わず感動してしまいました…………」
「む。料理は終わったのか?」
「あ、はい。沖田さまと作りました」
「味見もバッチリです!」
晩飯の支度も終わったようで、沖田とサムズアップを決めており、ゴッホちゃんも恥ずかし気に親指を立てていた。
空を見れば、日は完全に沈み、月が顔を出している。青白い、美しい月明かりだ。
「そうだな。飯にするか」
人差し指を回し、組み立て式のカンテラに火を付ける。
「「「いただきます」」」
今日の食事は猪肉と山菜シチュー。普通に美味かった。
作るのは大変でも片付けは簡単なもので、器には状態保存の魔術が掛かっているので適当に水で洗い流せば終了だ。
「ほれ、ヒイロ」
「Beeee」
食後は蜂の使い魔──────名前はヒイロに決まった──────に餌をやる。
適当に余った部位の生肉を与えてやれば、皮や骨ごと嚙み砕く。
蟲というのは、よく気持ち悪いと忌避されがちだが、キチンと観察し、飼えばそれも薄まると思う。
元来、魔術界隈でも、常日頃から進化と適応を続ける虫/蟲に対して神秘を見出す流派や家系は、少なくない。
特に西洋魔術の部類では、
魔術師になって極めると分かる。
間桐の一族は、一般人の倫理的観点から見ると行いは兎も角、魔術師としては正しいことをしているし、随分とコスパの良いことをしているな…………とは思った。
だが、桜ちゃんみたく人間を依り代にするんじゃなくて、母体に聖杯の欠片を埋め込んで、それから生まれ出てくる蟲同士を蟲毒の術式で極めれば…………あるいは至ったかもしれんのに。惜しい。随分と惜しい。
斯く言う俺も、実家に蟲蔵を作って蟲毒で延々と最強の虫を作っているんだけどネ。
マキリ・ゾォルゲンもオルロック・シザームンド氏のように意識を転写出来る分野を研究すれば良かったのに勿体ない。
「お前たちは先に休んでて良いぞ。火守りはやっておく」
「そう、ですか……? では、先にゴッホはお休みさせて頂きます」
「良いんですか!? 沖田さんも失礼しまーす! お休み!」
毛づくろいしているヒイロを見やりながら俺はサーヴァント組に休めと指示を出す。
サーヴァントは受肉していないだけに、休まなくても大丈夫と思われがちだが、実の所そうではないことをご存じだろうか。
サーヴァントは霊体の存在だが、いや、寧ろ霊体の存在だからこそ精神的な部分での休息が必須なのだ。特にスキルによる弱体化やサポートを行うサーヴァントに関しては。
俺は、ヒイロの毛並みを撫でる。
手足や胴体は甲殻に覆われているが、頭や腹に至ってはそうでもない。荒れて血の付いたヒイロをブラッシングして整える。
俺的には、蟲は可愛い。特に昆虫、空を飛ぶ類は大好きだ。但し、ゴキブリ、テメェは駄目だ。
「う~む、やっぱりこれは魔術師になったが故になのか…………それとも御家の魔術故なのか」
考えれば考える程、ツボに嵌っていく感じがする。
魔術師だから神秘を有す蟲に嫌悪しないのか、御家の魔術が自然にまつわるものだからか。
それはとても難しい問題だ。
実際問題、実害とかないし究極どうでもいいが、興味本位に気になる。
だが、得てしてこういう哲学的問題は一人では解決しないことが多い。
故に俺は
「なぁ、君はどう思う、
「──────はは!
そりゃぁ、バレるだろ。そんだけ見てりゃ。
と、俺は言う。
「やっぱ、
ふわりと、空間が揺らぎ、薄紫と桃色が混ざった色をした花弁が宙を舞う。
花弁の一枚一枚に、五……いや、十年来の宝石レベルの魔力が籠っているのだから驚きだ。
「いいや、そうでもないさ。マーリン、お前さんが魔術師としても英霊としても
俺は、のべつ幕なしにマーリンに言った。
マーリン。
それはアーサー王伝説に必ずと言ってもいい程よく現れる魔術師のことだ。
FGO……または型月作品に連なる作品では、またの名を“ろくでなし”と呼ばれる。
「背負える者?こう見えても私は、一応、グランドキャスターの資格を持っているんだけど」
「夢魔が人間に張り合うなよ。たかが知れるぞ」
そもそも時計塔規格の
「かの英雄王も、とある聖杯戦争で言っていたとも」
思い出すのは、冬木で起きた聖杯戦争の一幕。
原初の英雄にして、無限の可能性を秘めた宝物庫を持つ英雄王の言葉。
「『──────英雄とはな、己が視界に入る全ての人間を背負うもの』だとさ」
マーリンは、遺憾反応を示さず、儚げに微笑を洩らすのみ。
「──────私も」
「ん?」
「私も、あの子の咎を共に背負えば、
マーリンが弱気な声音で言う。
これは珍しい。夢魔たるマーリンがそんな感情を発露していたとは。
「うん?お前さんは、王作りを趣味の一環で行っていただけと記憶しているが」
「まあね。でも、あの子の………理想の王の最後は、あの王国の末路を思うとね」
「あん……?要するに自分の作った最高傑作が大失敗してるの見て落ち込んでるってとこか」
「うん。そうなんだろうね。彼女は王としては完成していた。でも、結局はあの始末。私は、正しきキングメイカーでいられたのかなって」
「ぶはっ」
俺はマーリンの言葉に思わず吹き出す。
シリアスな雰囲気の中やることではないんだろうが、笑いが止められない。
ゴッホちゃんや沖田は起きていないだろうか? 心配だ。
「何が
「バッカお前! これが可笑しくなくてどうすんだよ!
「──────!!!」
まさか、これほどまでにマーリンが王作りにご執心だったとは……。趣味に傾倒し過ぎるのも考え物だな。
こう言ってはなんだが、ギルガメッシュ王の言う、「愉悦」と言うものが多少は理解出来た気がしたよ。
「マーリン、お前が作ったのは英雄でもなんでもねぇよ。作ったのは、人を、国を、纏め上げるためだけの舞台装置だよ」
「だけど、それでも彼女は英雄と、王と呼ばれた」
「アルトリアのことか? だったら、尚更笑えねえよ。『英雄』、
駄目だ!
もう、腹が痛くて仕方ねぇ!
なーんで、マーリンファンはこんなのを尊敬するのか分からん。
直面して分かる。
マーリンは本物の自己中だ。クラスをキャスターからエゴイストとかに変えた方がいい。
「俺はとっくの昔に気付いてたぞ。気付かせてくれたのは、
「気付いていた?」
「ああ。英雄ってのは、
「しかし」
「志して大成した者もいるってか?」
マーリンは未だ、納得していないのか不満げに眉根を潜めて頷いている。
少しは自分で考えようぜ?
こりゃ、アルトリアが嫌悪するはずさ。
「One murder makes a villain, millions a hero. Numbers sanctify」
「──────?」
「現代の皮肉屋が綴った映画の台詞だよ」
「『一人殺せば殺人者、百万人殺せば英雄になる』だね?」
「正解。俺は、これを中々的を射ていると思っている。何せ、百万人も殺せば──────
「それは…………」
「この世に存在する全ての英雄に対して、英雄と称えた民衆が全員抱いた本音だと俺は確信してる。俺を
「極論だ」
「極論だぜ? だが、英雄が凡百とでも?」
「………………」
「そういうコト。英雄ってのは恐怖を抱かれて初めて勇者になる。後は導けたかどうか、信仰を得られたかどうか、称賛を得られたかどうか、だ」
「つまり、アルトリアは…………」
「うむ。後者二つ、信仰と称賛を得られた結果の善性の英雄だ。俺から言わせれば、英雄として完成していても、王としては未完成にも程があるってトコだな」
マーリンは沈黙する。
深く。深く祈るように、しっかり目を瞑って何事か考える。
手に持った杖が小刻みに震えているのが分かった。
やがて、マーリンは目を開けた。
「でも、
「変えられない、の間違いでは?」
「そうとも言う。でも、所詮、英雄はエゴを貫き通した者だ」
「は。………………言うじゃねぇの」
これはトンだ皮肉だ。
俺は民衆に主眼を置いて恐怖された者が英雄と呼び、マーリンは個人の自我を貫いた者を英雄と呼ぶ。
生きた年月………否、観点の違いだ。
俺は第三者視点──────プレイヤー目線としての観測者目線。観客だ。
反してマーリンは、主観的観測者。舞台上にいる
見る場所、居る場所が違えば、基準が違う。
作ったか、そうでもないかで、英雄像の在り方も変わる。
「ま、それぞれだってことだな」
「うんうん。そうだとも。じゃあ、キャスパリーグのことを頼んだよ」
「キャスパリーグ…………フォウか」
「うん。君は知ってるみたいだしね」
俺とマーリンはお互いに背を向けた。
進む
「バイバイ。我らが魔法使い殿」
「じゃあな。我らがキングメイカー」
辺りに花弁が舞った。視界が塞がれる。
きっと、アヴァロン。あるいは第七特異点で戻るのだろう。
…………ふと、誰かが笑った気配がした。
「──────ボクからしたら、君も充分、英雄だけどね」
空気を伝わる言葉は、粘着質に耳の奥に残る。
俺はやるせない気持ちを追い払うように、頭の後ろを掻く。
パチパチと弾ける焚火が、現実味を俺に運んで来るのだった。
「ケッ」
まだまだ、特異点も、夜も、長い。
2022/04/05/00:40に本文の内容を一部修正致しました。
理由としては、マーリンへの過度なヘイト・スピーチ、また、設定の異なるように解釈出来る表現を使用してしまったためです。大変申し訳ございませんでした。
今回の話のゴッホの宝具のように、特殊タグを付けた「揺れ」や「色付き」はあった方がいいでしょうか?それともない方がいいでしょうか?
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あった方がいい
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ない方がいい
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どっちでもいい