「うわあああっ! ……って、死んでない!?」
その男は荒い息を吐いて目を覚ますと、部屋の隅に置いてある水差しへ乱暴に口を付ける。
思ったよりも大きなサイズである事もあるが、見慣れない形状……いや何処か記憶を掘り起こさせる形に顔をしかめる。そして洗面器に張られた昨日の水を覗き込んで一層に驚いた。
「これは俺か? いや、俺の顔だが……セイガクん時の姿じゃねえか」
男はペタペタと自分の顔を触り、ついで体を撫でまわして苦笑する。
自分の体をまさぐるような趣味はないし、そこそこに鍛えて筋肉があるはずの体は柔らかかったのだ。幻覚魔法で姿だけ変化したわけではないらしい。
「……ここは相部屋で誰も居ねえ。つーことは記憶が確かなら中等部の後半以降だな。相部屋の連中は芽がで無くて家に帰ったころ……ってとこか? いやいや、それ以上に何で死んだはずの俺が中等部まで若返ってんだよ!」
この男、一度目の人生では魔法使いの研究職をやっていたのだが、色々あって芽が出なかった。
腐れ縁で結婚した女房との離婚を契機に冒険者としてドロップアウト、やはり色々あったが最終的に初見殺しの罠に嵌って死ぬという散々な人生と言えただろう。
「全部夢だったにしちゃあ死ぬまでの記憶が生々し過ぎるし、昔の記憶が妙に鮮明になってやがる。死後の世界……それとも噂に聞く二度目の人生ってやつか? そんな加護があったと聞いたこともあるけどよ」
ポイントとしては記憶であろうか。長年忘れていたようなことも思い出せるのだ。
学園の初等部は基礎教育メインで、魔法を始めとした様々な才能を伸ばすのが中等部。そして高度な専門教育を施すのが高等部であるなど、大人になってからは思い出す事もなく埋もれていた記憶を、その気になれば幾らでも思い出すことが出来た。もちろん生前の冒険者暮らしや研究職時代の仕事もである。
「こいつが『二周目の加護』ってやつか。ホントにあるとは知らなかったぜ」
この世界にある神の加護は基本的にランダムで、しかも直ぐに判るとも限らない。
欲しい加護を望んで得られることはなく、また職業や性格に相応しい加護である保証も無い。運が良ければ判り易い『剛力の加護』を木こりや兵隊が手に入れ大成することもあるし、その逆であれば途中まで、下手をすれば気が付かずに有用な加護が埋もれることもある。笑い話として聖女や勇者と言われる種類の加護が、アラサーになった頃に判明することもあった。
男は苦笑しながら、ゆっくりと状況を把握することにした。
「前田啓治、熱田魔法学院高等部編入の許可を与える……。うん、俺だな。おあつらえ向きに高等部入学前ね。判り易いし何かするにしても丁度良い」
どんな加護か判明したとしても、メリットとデメリットからは免れない。
デメリットで言えばこの前田啓治と言う男は二周目の存在など知らなかった。当然準備などできないし、そもそも人生をやり直したいなどと思った事も無い。もちろん小さな選択肢ではあったであろうが、別に恨み言も無ければ大きな後悔をするような決断などなかったのだ。あえて言うならば……無難過ぎた人生から、博打じみた人生に変えてみたいという程度だろうか?
「しっかしセイガクの時分たあ随分巻き戻されちまったな。まあジャリん時よりマシだが……古代魔法語に中等魔法理論ねえ、結構覚えてるもんだな。お、この当時から教育原理は魔法学でも変わってねえのか」
メリットとしてはこの男は
詰め込み教育式の暗記授業の類では困らないし、特に言語系の知識・経験はその後の人生を大幅に楽にしてくれるだろう。研究者の時に専門だった素材系の知識は冒険者時代に役だったが、これも役立ってくれるはずだ。何よりこれから何が起きるかと言う未来の中で、魔王が攻めて来て、どんな魔法技術が開発されるのかを知っているからだ。
「と言う事は魔王の来襲までまだまだ時間があるが……。予兆の事件まではあんま余裕がねえな。林のクソ爺はともかく、柴田パイセンとか平手センセとか世話になったしなあ。どうすっべ」
復讐する相手や功名心の無いこの男には、具体的な目標がない。
しかし世界の歴史は無情にも進行し続ける。無為に過ごせば同じような流れに遭遇してしまうのは間違いがない。鳴かず飛ばずに終わった同じ人生を、当時の記憶のまま過ごすのか? それとも起きる出来事を修正するのか決断するならば早ければ早い方が良いだろう。
「とはいえ運命を変えるつってもなあ。事件が起きた『研修』に潜り込むにゃあ上級生であるか、魔法の腕前が必要。……もちろんスキルポイントが増えたりはしてねえよな。余った時間で鍛え直すにしても相当に吟味が必要だぞコリャ。しかも……その後で起きることを考えたら迂闊に決断も出来ねえ」
男が取り上げたのは入学許可証の脇に置かれた一枚のカードである。
人類を滅ぼそうと魔王が襲来するたびに、人類は一致団結してこれに当たる。全滅戦争において勝利する為、尋常ではない予算が投入されて様々な技術が発展し、色々な産物が目まぐるしく変わってくのだ。このスキルカードもまたその一つであり、二度目の魔王襲来時に発明された物で、心身に働きかけて、効率よくスキルや魔法を覚えさせてくれる物である。
「何がマズイかって、この後が飛行船時代なんだよな。戦闘に特化しても歩兵にしか成れねえ。研究に関わる以外のポイントを一部に特化してぶっこむか、程ほどにバランス良く抑えといて……アー! もう面倒くせえったら!」
今代の魔王襲来に対し、大きな技術開発が起きる。
特に大きいのが飛行船であったり、騎乗型ゴーレムなど何かを操縦する技術の登場だ。この為に単純な戦闘力は現地での戦況にのみ関わる事になり、個人単位での活躍の幅は狭くなってしまうのである。魔王軍との戦いで大活躍するのは勇者と呼ばれる有用な加護を手にしている者であるか、あるいは幼いころから鍛えられる王侯貴族の縁者のみであろう。この男が悩むのも仕方がないと言える。
「研修に潜り込める程度に何とかするのが大前提としてどの魔法系統をメインにするかだよな。……ハイ! 悩むのは今度今度! これ以上はハゲちまうぜ」
この世界では地水火風の基本系統、習得が難しいが強力な光と闇の魔法が存在する。
これらの魔法を習得しつつ、やがては研究する分野の上級魔法を覚えていくのだ。問題なのは飛行船やゴーレムに関わる際に魔法系統が影響してくるし、上級魔法でどんな分野研究するかが重要になって来るだろう。あえてこの時点で決断できるとしたら、戦闘魔法をメインにしたりはしないということか。二周目の加護はもはや意味がなく、誰もが持つはずの加護を彼は持っているとは言えないのだから。
「……後はオンナ、か」
もし本当の意味で、この男に心残りがあるとすれば女性関係だ。
別れた女房はこの当時からの縁であるし、初恋の人は憧れのマドンナでしかも年上と恐れ多かった。そしてお姫様が在学しているとは聞いていたが、勇者と共に魔王相手に戦う事になるのだとは思いもしていなかったのである。口説けば恋人になれるとも限らないが、彼女たちに関わるのも面白い選択肢ではないかと思う。少なくとも何をするか悩んでいる二度目の開始時においては。
と言う訳で二周目系にそれなりの理由を付けてみました。
なお登場人物の名前は面倒なので、戦国武将の苗字+声優の名前です。
主人公は『ひろし』とか『サージェス』とかになります。