その変遷
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松永譲治の起こした事件は元の歴史と比べて変遷した。
被害者の数がずっと抑えられた事もあるが、その認知度に大きな差を示していたのだ。藩属国である尾張の内だけでなく、他の藩属国で魔王軍の先遣隊と捉えるか、まったく無関係な怨恨であるかが大きな分かれ目と言えるだろう。
「個人の怨恨ですか? 随分と小さな評価ですね」
「まあ仕方がないんじゃないかな。松永譲治も他の国では手控えたようだし、今回の事件で一番被害を被った王都組が怨恨だと言い張ってるからね」
肩をすくめるのは尾張の王であり、この国の大貴族である織田信長だ。
彼の招きで熱田の教師や生徒の内、今回の事件に大きく関わった者が呼ばれている。その屋敷の奥まった場所で、他の藩属国の反応や王都での知見を教えてくれるという事に成ったのだ。屋敷の中でも信長の母である島崎氏の別館を用いることで、秘密の会合では無く身内のお茶会と言う事に成って居る。
「細川君の次男が被害者であったと聞きますが、良く納めましたね」
「転移で外に逃げ出してたらしいよ。そこでも危険だったらしいけど……前田君だっけ? 彼の手配した冒険者が運よく保護したんだってさ。後は体面の問題さ。怨恨があるからこそ用意周到に狙われた。だから気が付けなくても仕方がないって事にしたいらしい」
細川武人が前田啓治より資料を奪った事がキッカケではある。
彼は松永譲治が隠した資料を奪取し、あわよくば研究ごと自分たちの物にしようとしたのだ。それが警備システムに引っ掛かり、大量のジャイアント・アントや蟻型ゴーレムに襲われてこちらに来ていた王都の学生は多くが死傷した。話を聞くに影の転移を使える者が細川武人を抱えて逃げ出すことに成功したらしい。
「報告書を見たけど良くできてるね。いや、報告書もだけどゴーレムの話だよ。パっと見では中身の差に気が付けないし、理屈としては成立するんだ。何処の魔導師があれほどの部隊を怨恨なんかの為に使うのかって気はするけど……。重要なのは他の王国貴族がどう考えたいかって事。魔王軍が来たら団結せざるを得ないけど、予兆の疑いレベルで経済やら何やら没入させたくないんだよ」
「それで多くの死者が出るのでは、犠牲に成った生徒や教師が浮かばれませんな」
蟻型ゴーレムには二種類があり、量産用と魔法無効化用がある。
これに強化個体である兵隊蟻の数を合わせれば、ちょっとした軍隊規模だ。熱田魔法学院全体で挑むならまだしもその一部、しかも魔力をほとんど使った状態で戦った割りに犠牲者は少ないとすら言える。しかし重要なのはそこに言い訳の要素が残り、同時に王侯貴族たちが『まだ金や人材をフル投入したくない』と思っているのが問題であった。本当に予兆であるならば、この段階で気が付けたのはむしろ行幸だろうと言う者まで居るのだとか。
「他所は他所、うちはうちということでひとまず現実的に対処しよう。『よくやった、褒章を取らせる』ということで熱田に研究費用を投入する。魔王軍に対抗できるだけの準備は無理だけど、そのための装備開発くらいはできると思うよ。それと俺の権限で今回の事件に関わった生徒の何名かを、上級生ならびに教師補佐に取り上げる」
「……それが現実的ですな」
ここまでのすり合わせを行った林教諭が溜息を吐いた。
彼は持ち前の英雄願望もあるので魔王軍と戦いたがっているが、同時に奮戦した生徒たちの為に何とか報いたいという考えも持っていた。ここで一足先に熱田が動き出せば、後に魔王軍の仕業と判明した時に振りかえって評する事もできるだろう。それで死んだ生徒や教師が報われる訳でもないが、何もしてやれないのはツライ。そして現実的に、魔王軍が来ると思って居るのに棒立ちと言うのは愚かとも考えていた。
「それで……いかがいたしましょう? 予算を投入すると言っても、何もかもと言う訳にはいきませんが」
「だろうね。うちの家中でも疑っている奴も居れば、他と同じようにまだ早いと思ってる奴も居る。でも同時に今が投資のし時と考える奴もいるんだ。魔王軍襲来前に功績を稼いでおけば、後でうちが大きな顔をできるってね。さて、それで何処に金を入れるかだけど……やっぱり素材か錬金術かな? 実現した時の幅が大きいし理由も作れる。後は現物が目の前にあるんだもん、研究しなきゃ嘘でしょ」
魔王軍が襲来すればすべての人類が共同で当たる事に成って居る。
その時にただの協力者で終わるか、それとも大きな研究成果を用意して居るかでは大きく違った。重要な研究であれば見返りを要求できるし、今の段階から行動していたということで先見の明があったと主張することも出来るだろう。
「確かに『月土』の現物は熱田が確保しております。しかし理由ですか?」
「明良が丹羽先生の研究室に居たでしょ? 身内に甘くする気は無いけど、何のかんのと言って最後はコネだよ。同じ条件であればコネがある方を選ぶ。明らかに優秀な相手が居れば別だけどさ。と言う訳でまずは魔法金属の実現を目指し、その成果物でこれまた何かを作ってもらおうか」
魔法を無効化するゴーレムで無事な物は撤退して、残っているのは破壊した物だ。
しかし倒した中で素材の性質を残した物もあり、量産型や元となった強化個体と比較する事で研究が進むだろう。少なくとも同じ研究をしている他の学校と違い、現物の有る無しは大きい差であった。そして身内の研究に金を使うという理由が出来れば、対外的には問題ないし、尾張家中にも言い訳ができるのだ。
「と言う訳で良いかな? 後は自分で頑張るんだよ」
「はい、兄上。必ずやご期待に添って見せます。丹羽先生たちと一緒に研究して、柴田君や森先生の所に持ち込みますね」
(うん……なんだあ、この流れと生暖かい視線はよ)
信長と明良が微笑み合うのは良い、だがどうして柴田哲章に二人の視線が向くのか?
前田啓治はずっと眺めていたが、これまでにない流れに内心で思わず首を傾げた。そして哲章に目をやると照れており、訳も判らずにその妹である柴田晶子に視線を移すと何やら微笑ましい視線で兄とマドンナを交互に見つめているではないか。
(なんだろう。前に無い流れつーか、麗しのマドンナはむしろ気落ちして傷心で、どうにかしようと奮戦して芽が出なくて困ってる感じだったが……。何だろう、この違和感は。もしかして俺、何かやっちゃいました!?)
一周目では別の研究室だったが、啓治のいた素材部門と織田明良の居る錬金術は近い。
信長の妹でもあり色々と注目されていたので、横断的にあちこちに顔を出して必死で頑張っていたはずだ。死人が出た事にショックこそ受けているが、一周目よりも遥かに活き活きとしているし、どうして柴田哲章と良い雰囲気なのだろうか? そう考えた時、啓治はようやく自分が歴史を変えてしまった事実に思い至る。
「……なあ、もしかしてマドンナと柴田のアニキって良い雰囲気じゃね? ここは応援すべきなのか?」
「そーだよ。明良先輩は貴族の令嬢だから政略結婚もあり得たんだけど……この流れだとお兄ちゃんと結婚できるかも。魔王軍との戦いで織田家が大きくなれるなら、無理して政略結婚する必要はないってことじゃないかな? お兄ちゃんは尾張でもかなり優秀な方だから」
晶子に尋ねてみると、まさにドンピシャであった。
何と言うか歴史を変えてしまったというか、平和な状況でも政略結婚はありえた話だ。相手先のレベルが違うだけで、貴族の娘には付き物である。一周目では熱田魔法学院が大きな被害を被っており、柴田哲章も死んでいる。少なくとも不利な条件を覆すために、何処かに嫁ぐのは当然だったろう。しかし今回はむしろ逆だ、織田家は大きく勇躍するだろうし妙な貴族と婚姻を結ぶよりも、有能で面倒見の良い哲章に嫁がせて国内を整えると言う事も選択肢に入るだろう。
(何つーか、二周目の人生で目標にしていた一つが何もしねー内から終わっちまったな。声を掛ける前じゃ始まってすらも居ねえ。つーか、どうして熱田に御姫様が居たんだ? もしかしなくても信長公とお見合い? まあ女の件は努力目標だし、まっいいか)
不意の二周目でする事を思いつかなった啓治は、幾つかの目標を作った。
魔王軍を何とかし熱田を救う事で自分の人生設計を良くすること。そして麗しのマドンナを口説いてみたり、お姫様を守って魔王軍と戦うとか色々計画だけは立ててた。しかし織田明良は柴田哲章とくっ付きそうな上、お姫さまが藩属国に居るという事自体が不自然過ぎる。興味が無かったので良く知らなかったが、信長の婚約者であるとかお見合いの途中であったとうう方がよほど自然だろう。そして尾張が熱田と共に没落したので、話が立ち消えて王都にでも戻ったのだろうと考えれば不自然では無かった。
「なによ? なんだかゴキケンじゃない?」
「そう見えるか? まあそうだろうな。周りの人が幸福になるって、ちょっとした事件だろ。なら笑いも自然と零れはするさ」
二次的な目的であったが、柴田哲章も織田明良も幸せそうだ。
晶子も微笑ましい目で見ているというのはそういうことだろう。あまり考えてはいなかったが、周囲全体が幸せになるのは、きっと何より得難い事なのだろうと思う。そして生前の結婚生活や、冒険者人生を振り返れば、別に女を侍らして楽しかったわけでもない。大出世してハーレムを作れたとしても断っていただろう。一周目で離婚したむ晶子はずっと沈んでいたし、今の笑顔の方が好ましいとすら言えた。
「飛行船を作るかどうか分かんないけど、あんたにも良かったことがあったじゃない」
「そうさな。まずは魔法金属を作っていこうぜ。そしたら婚約指輪でも作るか……って、あの二人にだぞ」
「あっ、あったりまえじゃない!」
なんてことを言いながら、新しい年と目標に向けて熱さ魔法学院は動き出した。
一章の経過報告と、二章の始まりです。
まだストックが残ってるのと書き足したので、二章までは毎日UPかも。
『織田信長』
織田信長+島﨑信長のハイブリット信長。
同類として島津冴子という女傑がその内に登場する。