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西へ西へと飛び一同は内海に存在する、水軍の一大拠点である『鞆の浦』へと到着。
細い路地だけで構成された陸側と、無数の入り江に隠れた小舟による防備網。それらを無視して飛行船は町の郊外へと着陸する。そこには先行して到着していたと思わしき、別の飛行船が停泊してあった。
「やあやあ。よく来てくれたね。ボクの領地じゃないが懇意にしている貴族の持ち家なんで、羽を伸ばしてくれる分には構わないよ」
「そいう事なら補給と乗組員への酒を頼むわ。俺らは酒よりも別のモンが欲しいけどな」
待ち構えていたのは京都組の細川武人である。
彼は第一期生産の飛行船を確保して貴族間の情報を集めたり、軍事提携の橋渡しを行っていたらしい。前田啓治たちの来訪を受けて情報交換の為にこの鞆の浦で待っていたとの事である。
「もう商談かい? せっかちなのは得をしないけどねぇ」
「俺は貴族じゃねえよ。駆け引きは交渉以外の所で勝負さ。あん時だって俺の言う事は嘘じゃなかったろ? お互いに信用を持てたらもっと違った結果だと思うがね」
「……」
交渉ごとで優位に立とうとする細川に啓治は直球で返した。
松永譲治の起こした事件を引き合いに、自分が持っている情報網や予測能力について説明。あの時に予測は正しかったが、細かい情報交換を行っていなかったために、松永が用意したトラップであり戦力の一部でお互いに追い込まれたのだと皮肉ったのだ。これに対して勇み足で突っ込んでいった細川としては渋面にならざるを得ない。
「……こっちだ。前もって防諜対策はしてある。そっちの情報は確実なんだろうね?」
「下剋上が起きて魔王が入れ替えつーオチがなきゃ問題ねえさ。今まで見つかって居ない以上、十中八九はそっち方面だと思ってるがね」
縁のある貴族の持ち家だが、全てが万全ではない。
細川はどの部屋であれば秘密裏に話し合えるかを事前に調べ、緊密な話合いをするつもりであったのだろう。本来であれば恩を着せたりしっつう、啓治の持つ情報を少しずつ引き出そうとしたに違いない。彼本人としてはそちらの方が好みなのであろうが……。
「まずはそちらが確保すべきターゲットの情報。そして周辺状況を後から渡す。その中間でそちらの情報を寄こしてもらおうかな。正式な返事と調整はお前たちが生きて帰ってからにする」
「構えねえが勝手に移動するなよ? 今んところ無事に辿り着けるかも怪しいからな」
細川と啓治は狭い部屋へと移動していった。
明智彰や柴田晶子は別件で一緒に行動することで、お互いに見張り合っているという態勢だ。もちろん明智以外にも細川がスパイを用意している可能性はあるが、細川自体があちこちを飛び回っているので、可能性は低いと思われた。また居るとしても、別口の情報収集に駆けまわっているだろう。
「君らが確保すべきは高橋……いや立花李依という女だよ。最近になって高橋家から立花家に嫁入りしたんだ。資料は読み終わり次第に破棄してくれ」
「……随分と歳が離れてんなあ。政略結婚つーたらそんなものかもしれねえが」
「ああ、それには理由があるのさ」
細川は椅子に座ると小さな机の上に二枚の紙を放り投げた。
一枚目には一人の女のプロフィールと簡単なスケッチが描かれている。そこには大友家の遺臣団の中で、主絵の血が入っている数家のうちの一つである高橋家の出身であること。女だてらに部隊を率いて魔物相手に有能な戦績を上げている事などが記載されていた。
「知っての通り大友家と大内家は縁戚があり、お互いに支え合う本家と分家の態勢を入れ替えながら何代も続けている。大内家まで潰れてしまうまでは、何代か前に姫が降嫁して血を受けた程度の家臣団には継承権など無いも同じ状態だったんだよ」
「なるへそ。大内家から誰も養子にやって来れない。立て直せるか怪しい大友家よりも、まだ潰れ切ってない大内家の方が大事だと」
この二つの家は同格であるが、ここから立て直す余力は違う。
本城を落されただけで奪還すればまだ大丈夫だと言える大内家に対し、大友家の方はこれから勢力を立て直すところからスタートである。また本来の関係を考えれば、大友家の方が立て直した後に声をかけて、血の交換からやり直しても良いくらいだと踏んだのであろう。
「そういうことだね。そこで遺臣の中で部門の評判高き高橋家と立花家の間で、俄に縁戚を結ぼうという話になったわけだ。二つの家が手を組めば相当な戦力を動員できるからね。戦功を稼いで大友家を継ぐことが王都にも認められるかもしれない。大内家と縁戚に成って今まで通りを繰り返すにしてもその後でも良い訳さ」
「そこで別々の婚姻を結ぶはずだった所で急遽一つにねえ。また面倒な問題が起きそうじゃあるが……まあ俺らの知った事じゃねえな」
高橋家も立花家も子弟の年齢が大きく違い、元は別々の婚約者が居た。
しかし大友家の立て直しが危うくなったこともあり、戦力と名声を一本化するために今回の婚姻が結ばれたという事らしい。両家とも魔物との戦いで親族の多くを無くしており、片方の家が断絶する事を覚悟しての婚姻政策である。余程の覚悟であろうが、今後に色々な問題が起きるのは想像に難くない。
ここで一度を流れ切って話を理解できるのを待ち、同時に情報提供役を交代することになる。啓治の持つ情報の方が確度が低いが、魔王城の話ゆえに見つけた時の功績が大きいために問題は生じて居なかった。
「まずは魔王城の在りかをどうして絞れたから話すか。魔物には地政学がそれなりに関係してる。最初の魔王は大陸を席巻したケンタウルスの大王で、鬼やラミアすら制圧して筑紫島まで手を伸ばして来た。だから防衛都市が大宰府を中心になって築かれ、流れによっちゃ越の辺りまで鬼王や兵棒の伝説が残ってる」
「大陸から流れに乗ると筑紫島に到着するからねぇ。流れ過ぎると越に向かうんだったかな」
場所を直接告げても信じられない為、どうして特定したかをまず述べる。
ここまではどちらかといえば教養の範囲で、細川も特に異論はないようだ。大陸から船だろうが巨大な魔物だろうがナニカに乗って移動すると筑紫島に辿り着き、九の州のうち大友家の担当する何処かに辿り着き易い。それゆえにこの家は縁戚に成っている大内家ともども優遇されていたし、互いに血筋を共有化して強固な援護態勢を築いているとも言えた。もちろん海流と風の問題であり、風が強く吹いたり大型の魔物であれば海流を無視して移動することがある為、越地方まで移動することもあるのだが……。
「第二の魔王の勢力はそんな筑紫島を始めとしてあちこちに手を伸ばしている。主に南岸であることを勘案すれば、南側なのは間違いがないが、これまでの定説では位置的に南西だと思ってたんだ。筑紫島の薩摩から西回りで大友家のある北側まで流れて来るからな。土佐であったり大阪・長島辺りに来るのは、越に来る大型と同じコースを辿ってるとみんな思ってたわけだ」
「そんな事は百も承知だとも! だが土佐と中心に薩摩や讃岐まで回ったが何も情報はなかったよ」
細川は話の流れから判って居たろうにあえて怒って見せた。
啓治のように前置きが不要と言うよりは、むしろ駆け引きの内容だろう。啓治が不安がって大きく情報を口にしたり、何らかの交渉を持ち掛けて来るのを期待しているのだと思われる。
「そう急ぐなよ。ここまで説明しねえと、どうして気が付いたのか判らねえんだし。これまで勘違いを誘う要素は近海の海流と風の流れつーこと。南岸の周辺ともっと離れた遠洋はまるで流れが違うんだとよ。どっからどういう向き何だと思うよ?」
「……正確な位置が南西ではない? つまりもっと大きな流れで一度そこに辿り着くだと? まさか……」
「おうよ。筑紫島どころか、ここから南西じゃねえ、おそらくは真南から南東方向だ」
啓治は右手と左手を上下に動かした。上に動かした右手は頭の方に向け斜めに、下に動かした左手はできるだけそのまま真っすぐ横倒しのままだ。遠くからみれば三角形を示そうとしたのか、あるいは何かの呪文を放とうとしたかのように見えるだろう。
「江戸は穢土とも呼ばれて居た時代もあるよな。もし王都から遠いって意味だけじゃなく、昔は南から直接風が吹いて居たとか大型の魔物が多かったとしたらどうよ? いかにもな名前じゃねえか? 少なくとも現時点で見つかってねえ説明になり得ると思うね」
「……」
細川は手を口に当て考え事を始める。
驚愕を表に出さない為か、それとも考え事をする時の癖なのか? いずれにせよ否定する程の根拠を見いだせないでいるようだ。あるいは啓治の話が続くかどうかを様子見しているのかもしれない。
「可能性があるのは認めよう。だが……いや。もっと先に確認すべきことがあるよね。どうして君は今この話を出した?」
「俺の予測よりも早く魔王軍の進行が早かったからだよ。松永譲治が失敗とは言わずとも上手く行ってねぇみたいだろ? ならも少し時間があると思ったんだが……このままじゃあ、魔王軍として動き出したら江戸が落ちて穢土に成るんじゃねえかと思ってよ」
啓治の一度目の人生では、この時点で滅びた貴族家は無かった。
そもそも松永譲治が各地で暴れたばかりであり、熱田学院を始めとして大きな打撃を受けて団結したともいえる。それゆえに警戒態勢は敷かれていたし、逆に魔王軍の方は一度引き上げたばかりで猛威が収まっていた訳だ。それが再攻勢する数年後までは大きな変化はなく、その大きな変化こそが江戸・下田・館山などへの同時上陸と、それによる小田原城などの陥落であったのだ。
「なるほどねえ。君の予想じゃあ様子見をして数年後だったが、それどころか攻勢を早めて来た。場合によっては大攻勢もありえる。ボクらがあの遺跡で奮戦して松永譲治を退けて考えを変えた……かもしれないと」
「そういうこった。余裕かと思ってたら手痛い反撃を受けたわけだしな。考えてみろよ、伊豆下田あたりに魔王軍がやって来たとして、警戒して防備を固めてるか、それとも警戒すらしてないかで大違いだぜ」
「堅城と言われた小田原城の目の前だからねぇ」
街ぐるみで城に成った小田原と言う城が坂東地方の出入り口にある。
そこを守っている北条家と言う大勢力が健在ならば問題はない。ちゃんと警戒態勢を整えて居るならば、目の前なのだから万全の態勢で戦えるだろう。しかし逆に警戒しておらず、アッサリ奇襲で落ちてしまったら東国の情勢が一気に変わってしまいかねなかった。
「そういう訳でよ、どうせ陸路と海路を往復するなら向こうでやりてえわけよ。伊豆下田と安房館山あたりを拠点に周辺を探れば警戒体制としちゃあバッチリだし、島伝いに南下していけば……」
「もしかしたら魔王軍の拠点があるかもしれないねえ。……判った。こちらからも追加の情報を渡そう」
此処に来て細川も啓治の目的が判ったようだ。
江戸方面から南下するといってもあまりにも広大過ぎる。仮に敵の中に飛行型の魔物が多くいた場合、個人行動で探すとしても限界があるだろう。ゆえに腕の良い飛行船乗りを多く育てる必要があり、最低でも警戒網を早い段階で仕立て上げなければならないのだ。もちろんそこに至るまでに、情報の発信源として発言力も必要だろう。そういう意味で、今回の一見は功績が大きいとも言える。
「問題の根本は立花家の若当主がまだ少年だという事だ。それゆえに輿入れして来た高橋家の息女がそのまま武将として活動せねばならなかった。しかし高橋家も立花家も先代当主を相次いで亡くしたり引退を余儀なくされたばかりだ。まともに戦えると思うかね? まあ両家の共同自体は数を減らしたから上手く行ったようだが」
「それって、要するにボコボコにされてるからこそまとまってるって言う奴じゃねえか」
数カ月前の段階で、徐々に筑紫島の西岸に魔物が増えていた。
東でも織田家が長島攻略を計画している最中であり、思えばその頃から徐々に攻勢が始まったのだろう。問題は次から次へと増え続ける魔物に対して、筑紫島の北西部全域で戦う大友家の遺臣たちがまとまり切れなかった事だ。主家は既に亡くなっており、大内家から次の党首を迎えようと文官たちが躍起になって居る頃だったのだから。結果として大友家の遺臣たちもまた壊滅しかかっているのだという。
「ん? 待てよ。それだと助けに行っても断られるんじゃね?」
「そうさ。だからこの後での動きが重要なんだ。もし君が話を切り上げて勝手に向かって居たら困って居たろうね。判り易く言うと、島津の力を借り過ぎない程度に留めて、何処かで撤退戦をやり遂げる必要がある。既に魔王軍の跳梁は知られている以上は、戦い抜いたという実績だけだ」
「……一つの家が殴り合う段階はとっくに過ぎてるってことか」
現在は立花家と高橋家が共同で、名前を挙げるべく戦っている。
しかし敵がただの魔物ではなく、魔王軍であると判った時点で戦功としては十分だ。無駄死と知って戦う時期は過ぎたのだ。無理せずに撤退して全滅せずに生き残るという、未来を見据えた戦いの方が重要になって来る。難しいのはそれはそれとして、ただ『逃げた』と言われないために、それなりの活躍をしてから脱出せねばならないのである。
「ボクとしてはゴーレムを上手く使うべきだと思うね。何処か狭い場所に誘き寄せて戦えば良い。ただし、島津の方向に逃げちゃダメだよ? あそこは撤退と見せて戦う独自の戦術があるからね」
「ありがたい御教示痛み入るよ」
それが好意なのか皮肉なのかは別として、細川は作戦を提案してくれた。
上手に逃げろ、ただし最大の味方が居る方向に逃げるなとはずいぶんな注文ではあるが……。
と言う訳でおおよその作戦目標が提示されました。
魔物と戦ってる最中の味方を連れて逃げろ。強い味方が居る方向はNG!
釣り野伏せをしたらダメとか言う指示ですね。