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前田啓治はレポートを二本まとめると林教諭にその内の片方を提出した。
言われた事だけをするだけなのと生前の知識も踏まえたので、なんだか億劫で別の教諭へ持って行こうと作っておいたのだ。
「90点。悪くはないがそれだけだ。君にはここからの展望に欠けている」
「それは申し訳ありませんでした。論文では無くレポートを提出するつもりでしたので」
その反応を見て林教諭は面白くもなさそうな顔をした。
そして目線を啓治が抱えているレポートに向けて、手を出しながら付け加える。啓治の方は明一杯この男に対して歩み寄ったつもりのレポートにケチを付けられ、模範解答が欲しい気分である。
「もう一本のレポートで完成するというわけではなさそうだ。見ても?」
「先に手を出しといて断るも何もありません。森先生のところに持っていく前にご意見を拝聴でき、ご指導ご鞭撻を受けられれば幸いです」
もう一つのレポートは『魔法使いの魔法と、戦士の魔法』というタイトルだ。
この学校の生徒を含めて一般的な魔法学院の生徒が想像する魔法と、戦士や冒険者が必要とする魔法に突いてレポートにしている。生前からよく話題にあった事であり、啓治自身が体験したことを冒険者からの聞き取りという形で表したものである。
「評価する前に君の目標を尋ねよう」
「飛行船を実現して所有することです」
「ならば30点だな。このレポートにはその見地が完全に欠けている。君自身が飛行船を研究し、手に入れる為にはまったく関係ない。せいぜいが『飛行船が有ったら便利だ』という意見に共感して居る程度とか思えない。興味をそそられない上に、何の為に用意されたレポートか見当がつかなまあ森君のところで学生が研究する時の意見の一つというところか」
見せるつもりのない物を見ておいて、散々な評価と言う他はない。
そもそも付与魔法を研究する森教諭に見せて、付与魔法を覚えたいから興味を引こうというレベルのレポートであった。それなりに役立つ見解としてまとめたつもりであり、別に意見書や報告書として挙げたつもりはないのだ。暇な時に見てもらい、有象無象の学生が志望の書類を提出する前のポイント稼ぎでしかなかったと言える。
「ひとまず付与魔法の研究室に入ってからのつもりでしたが、参考までにどうしたら良かったのでしょうかね?」
「……そうだな。まずは有用性を説き、その上で自分が作りたい物に関して夢でも語り給え。具体例を示せばなおよろしい。例えば『魔法の絨毯』には飛行と輸送の能力を持たせた呪符として面があるのを知って居るかね? 馬に劣る性能ではあるが、空を飛んで輸送できるという意味では破格のコストだよ」
啓治は林教諭……林健次郎という男を改めて眺めた。
嫌味な男で色々と文句を付けたがり、何事につけて点数の増減を自分の中で完結している男だ。教条主義者で基本に忠実、それでいて理論の集大成である付与魔法・ゴーレム魔法よりも現実的な生産物を量産する男である。学生たちからの綽名はクソ爺であり、実際に年齢も初老の域はすでに超えていた。学生でなくともナイスミドルと呼ぶには怪しい所なのだが……。
いま、夢を語れと言わなかったか?
今までの評価にこれほど似合わない言葉はない。似合わないという生前の知識に引っ張られて行くと同時に、二周目分の人生を合わせた年齢経過で目線が近づいたことで、その様相が変わって見える。
「私が夢と口にしたのが意外かね?」
「はっきりと申し上げれば」
「私は夢を大事なモチベーション・リソ-スだと思っている。自分の望みを語るだけなのに、テンションが上昇し精神的疲労度を容易く超える。同じ夢に強化する者同士の垣根を容易く取り払いもするな。その上であえて言おう、君のレポートは必要に合わせて枠組みに放り込んだものに過ぎん。テストに対するようなつまらない回答でしかない」
薬品の効用を語る如き口調。現実的で生々しい内容。
ショックといえばショックだが、夢を薬品の様に解釈したことよりも、ずっと話せる大人であった事に意外性を禁じられない。生前にはこんなことを思いもしなかったし、こういう面を見られるのであればもっと面白そうな評価を学生は抱いていたのではないだろうか? 知らなければ今後の問題から無視できたのにと言うという重いと、知ったからこそ二周目と言う人生を面白いと思える矛盾がそこにあった。
「ではどのように修正したら?」
「そんな事は知らん。自分で考え給え。自分の夢などは自分以外には判らぬものだ。同好の士以外には語られても面白くもなんともない」
もう少し話してみたい……。そう思って尋ねてみたがにべもなく断られる。
後は自分で考えろとばかりにレポートを突き返され、片手を振って部屋から追い出されるに至った。だから最後に少しだけ、疑問に残った事だけを聞くことにした。
「ちなみに林先生の夢をお聞きしても?」
「英雄だよ。物語に出るような一騎当千の英雄になって見たかった。今となっては武装や補給を用意する程度の事しかできんがね」
意外ではあるが何となく理解できることもあった。
この男はきっと精鋭を指揮する隊長格や、万軍を支配する将軍になりたかったのだ。しかし頭の働きはむしろ管理者にしかならず、英雄としての行動など無理無茶無謀だとハッキリと自覚しているに違いない。そしてだからこそ……魔法使いの魔法と、戦士にとっての魔法の違いを指摘されて腹が立って居るのだろう。
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話してみると林教諭は意外性の塊だった。
いかめしい年寄りが実は好々爺であったとか、ロマンスグレーな老紳士におちゃめな部分があったとかそういうレベルではない。何しろ学生たちの間ではクソ爺と綽名されるほどの教条主義者だと思われていたのである。
「しっかし……夢、夢ねえ」
啓治は話したこと以上にショックを受けていた。
何しろ彼の前世では夢を語るどころでは無かったのだ。学生として頭角を現す以前の段階で学院は大打撃を受け、面倒見の良い先輩を始めとして見知った教師たちの多くが死んでいる。彼らは先輩の研究者でもあり導く者はおらず、流されるままにドロップアウトして死んでしまったのだ。そして二周目の人生がいきなりあたえられ、夢など抱く時間など持ち合わせていなかったのである。
「飛行船で空を飛ぶってのも必要性つーか、これからそうなるって知ってるからだしなあ。魔王軍だって将来設計を邪魔しなきゃ心底どうでもいいわけだし。……こんなことなら光の魔法で雑魚でも蹴散らして満足してればよかったのか?」
有用性なら幾らでも思いつける。
これまでとは行動半径が飛躍的に広がりを見せ、素材収集だろうが魔王軍の本拠地探索だろうが簡単にできるようになる。しかしソレが夢かと言われると違うのだ。それならまだしも光の魔法で雑魚の魔物相手に無双する方がよっぽど楽しいだろう。いやそれすらも面白いとかスカっとするだけで、夢かと言われたら首を傾げざるを得ない。
「まあ、しいて言うなら、以前とは違うもんを見て見てえくらいだな」
例えば先ほどの林教諭の様に、知らない部分を見つけるだとか……。
腐れ縁である柴田晶子と『誰も他に居ないから』とか、研究用リソースの問題で結婚するのではなく、違った魅力を見たいからであるとか今度こそ幸せにしたいとかの方が前向きな気はする。少なくと不幸せになった人々が笑顔でいるのは気分が良い。マドンナやお姫様を口説くかは別にして、声を掛けて面白い話をすれば随分と違った物を見れるようになるだろう。
「その辺は追々探していきますかね。当面は事件を何とかしねーとマズイしな」
ひとまず何処かの研究室に顔を出す理由と実績は出来始めている。
このまま修練を積み重ねて戦闘力共々向上させ、適当な理由を付けてチームを組めばその辺の魔物なら簡単に勝てるはずだ。堕ちた魔導師の用意する特殊な環境に対して備えを怠らなければ、何とか対抗できるのではないかと思われた。佐々香奈のように有用な加護があればオーガくらいなら余裕なので、それ以上の魔物を用意して居るだろう。罠だって準備してこちらを分断しようとするだろう。それらに対する備えをしなくてはならないのだ。
「……ひとまず声を掛けて現地に迎えに来てもらうか? 適当な理由って意味なら、付与魔法で造った品を実験で渡すとかできるしな」
研修中の遺跡に警備以外の冒険者は入れない。
しかしながら研修が終わった後でマジックアイテムを渡すという約束をすれば、近くに呼んで置けるのではないだろうか? 先ほどの林教諭の話と前回の香奈の要望を踏まえれば報酬は簡単い思い付く。付与魔法で魔法の鉄槌でも用意して、新機軸のアイデアがあるから試して欲しいと言えばよいのだ。付与魔法を習う予定の森教諭に特殊な魔法武器を研究したいと伝えるのも良いだろう。自分たちと合わせて、二チームほどの戦力を揃えれば生前よりよほどマシな流れになるのではないかと思われた。
「となると、おもしれーやつを思いつけばいいってか? さーさんが大活躍できるような装備で、できれば俺も強くなるようなやつだ。ジャンプする靴とか空飛ぶ背嚢とか。そういうので戦場を駆けまわって颯爽と現れる……ガラじゃねえけどな」
随分とロマンのある光景ではないかと思う。
恥ずかしげも無く目標にするのは躊躇われるが、格好良さと強さの両立では悪くあるまい。そうなると作るとしたら空を飛ぶ方か? 付与魔法は作成者がその呪文を使える方が、ほかのメンバーに頼むより早く造れるので、飛行船の実験の失敗や行き来に覚えるつもりの啓治ならば無駄にはならないからである。
「後は現地の情報とかだが……。まあこいつは調べることも授業の内だから良いだろ。……俺らの目線と、冒険者の目線と、そいつを出し抜こうとする奴の視点……」
そうして色々な物を用意して、当面の敵である堕ちた魔導師を何とかできたら、今度こそ夢を探すのも良いだろう。
本当は対策を色々考える予定だったのですが、面白みに欠けたので
「お前はつまらん!」と指摘されて、ショックを受ける話にしてみました。
必要に迫られて妥当なだけの話というのも面白くないですしね。