ウマ娘 ~伝説の好敵手~   作:とんこつラーメン

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彼女の物語はまだ終わらない。

否、終わらせない。

寧ろ、ここから始まるのだから。







勝負

「…ごめん。なんかカッコ悪いところを見せちゃった」

「んーん。別にいいよ。寧ろ、モンスニーの本心が聞けて嬉しかった」

 

 声を出さずにシービーの胸の中で泣いたモンスニーは、目を赤く腫らしながらもスッキリとした顔をしていた。

 体を離してから傍にあった芝生に座り込み、二人で静かに中庭を見つめた。

 

「そういえばさ…モンスニーはやっぱり退学しちゃうの?」

「そのつもりだったんだけどね……」

「しないの?」

「しないって言うよりは、させて貰えなかったって言った方が正しいかな」

「…どゆこと?」

 

 モンスニーは理事長室であったやり取りを説明し、それをシービーは黙って聞いていた。

 

「…と言う訳で、退学は理事長に見事に却下されました。おまけに退学届も取られちゃったし」

「で、その足が治るまでは無期限の休学になる…と」

「そーゆーこと。ま、どっちにしろまずはメジロの療養地で足を治す事に専念するんだけどね。普通に歩けないのはこっちも困るし」

「そっか……」

 

 親友が目の前から去る事だけは回避できたのは嬉しいが、それだけでは何も解決はしていない。

 シービーはなんとかあげたかった。

 大切な友人の心を過去の呪縛から解き放ってあげたかった。

 けど、本当は分かっている。

 他者が何をしても、何を言っても意味がない事を。

 自分の過去を乗り越えられるのは、いつだって自分自身だけなのだ。

 

「さっきの話さ…アタシだけじゃなくて、トレーナー達にもした方が良いと思う。流石に見知った全員にしろとまでは言わないけどさ…チームメンバーぐらいには…ね?」

「ん…そうかもだね。ちゃんと今後の事を話し合わないといけないし…」

 

 最初は退学する事だけしか頭になく、適当な話になってしまったが、頭が冷めた今ならばちゃんと話し合えるような気がした。

 

「…怒られるかな」

「あの人の事だから、それだけは有り得ないでしょ」

「…確かに」

 

 なんだかんだ言って、大久保トレーナーと二人はかなり長い付き合いになる。

 それこそ、彼女達が入学をしてチームレグルスに入った頃からの仲なのだから。

 

「んじゃ、チームルームに行きますか。きっと戻ってきてるだろうし」

「それはいいけど、その前に自販機に寄ってくれる? 思い切り泣いて喉が渇いたから」

「はいはい。了解しましたよ、お嬢様」

「うむ。くるしゅうない」

「ぷっ……」

「あはは……」

 

 二人揃って笑みが零れ、それを見た他のウマ娘達が一斉に彼女達に注目した。

 メジロモンスニーが生まれて初めて、心から笑った瞬間だった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 トレセン学園に作られたチームには、それぞれに割り当てられた専用の部屋が与えられている。

 そこは主にチームメイトであるウマ娘達が集まって憩いの場としたり、色んな事を話し合ったりする場所でもある。

 無論、それはチームレグルスとて例外ではなく、少数ながらも日本有数の実力者ばかりが集ったチーム故に、中々に広い部屋が与えられていた。

 

「…ってことなんだよね。今まで黙ってて…ごめんなさい」

「「「…………」」」

 

 既に部屋に戻ってきていた大久保とクリーク、タイシンの三人は何も言わずにモンスニーの話を聞いた。

 初めて彼女が自分の心を吐露したことで、それぞれに思う事があったようだ。

 

「…やっぱりね」

「タイシン?」

「今までに何回もモンスニーさんが走ってる姿を見て来たけど、いっつも表情が暗かったっていうか…苦しそうに見えてたし。なんとなく、そんな気はしてた」

 

 腕組みをしながら壁に寄りかかり、大きな溜息と共にタイシンが呆れた顔でモンスニーを見る。

 失望というよりは、まるで手のかかる子供を見ているような顔だった。

 

「じゃあ、どうしてタイシンちゃんはそれを言わなかったの?」

「クリークさんだって知ってるでしょ? 本人に直接言っても、絶対に適当に受け流されるに決まってるじゃん。だから、言わなかったの。モンスニーさんの口から聞けるまではね」

 

 自分を子供扱いするクリークも苦手にしているが、それと同じぐらいにいつも本心を隠して飄々としているモンスニーの事も少し苦手としていた。

 それとは別に、一人のウマ娘としては尊敬してるのだが。

 

「ははは…タイシンには隠し事は出来ないね。流石だよ」

「っていうか、レース中に自分がどんな顔をしているのかって自覚してなかったの?」

「そんな余裕も無かったしね…」

「はぁ…モンスニーさんって、こんなにも重いウマ娘だったっけ…?」

「失敬な。これでもちゃんと自分の体重管理はしっかりしてるつもりだよ?」

「そーゆー意味じゃないよ」

 

 少しだけ調子が戻ってきた。

 因みに、モンスニーの体重がどれぐらいなのかはトレーナーである大久保もちゃんと把握していない。

 知っているのはルームメイトであるメジロブライトだけである。

 

「モンスニー……」

「トレーナー…?」

 

 拳を強く握りしめ、体を震わせながら俯いている大久保。

 やっぱり怒らせてしまったのか。

 そう思った瞬間、この場にいる全員が驚くような行動をした。

 

「すまなかった!!!」

「「「「えっ!?」」」」

 

 いきなり、大久保が謝りながら土下座をしたのだ。

 余りにも突然すぎて、モンスニーやシービー、クリークは愚か、タイシンすらも思わず声を上げてしまった。

 

「ちょ…いきなりどうしたの?」

「お前がそんなにも苦しんでいる事に全く気が付く事が出来なかったばかりか…お前をレースに出させてしまっていた…。トレーナーなら、誰よりも真っ先に気が付くべき事だったのに…!」

「大久保さん……」

 

 彼は凄く誠実な男だった。

 曲った事は許せないし、チームに所属しているウマ娘達を守る為ならばなんだってする覚悟を持っている。

 だが、一度に複数のウマ娘を担当すると言うのは想像している以上に大変で、彼がモンスニーの心に気が付けないのも無理は無いのだ。

 

「トレーナーが謝る事は無いよ。元はと言えば、私が黙ってたのが悪いんだし…」

「いや…そんな事は無い。自分にとってトラウマとも言える過去を告白なんてそう簡単に出来る筈が無い。今回のように誰かに背中を押して貰わないと不可能な筈だ」

 

 己が情けない。

 トレーナーにとって最も大切な事は、ウマ娘達をレースに勝たせる事ではない。

 担当しているウマ娘を守り、彼女達が望んでいる場所へと導くことだ。

 勝つこと以上に大切なことなんて、それこそ山のように存在している。

 なのに、そんな簡単な事を忘れてしまっていた。

 その事が彼は許せなかったのだ。

 

「…理事長から聞いたよ。自主退学が却下されて、脚が治るまでの無期限休学になったって」

「うん…」

「けど、モンスニーがこれ以上、レースに出たくないって言うのなら…退学をしてもいいと思っている。俺は…お前の意志を尊重したい」

「トレーナー…」

 

 いきなりの全肯定姿勢に、流石のモンスニーも戸惑いを隠せない。

 確かに少し前までは、なんとしてでも退学をしたいと考えていたのだが、自分の過去がバレたり、心情を吐き出したことで彼女の心の中で迷いが生じ始めていた。

 

「アタシは…まだモンスニーに退学して欲しくない」

「シービー先輩…?」

 

 普段ならば決して見られないシービーの真剣な表情に、タイシンが目を丸くする。

 こんな顔をした彼女は始めて見た。

 

「だってさ…モンスニーはまだ『本当のレース』を経験してないじゃん」

「本当の…レース?」

「そうだよ。今までは責任感や義務感だけで走ってたんでしょ? けど、あたし達のレースってのは、そんな物を背負ってやるもんじゃない。もっと単純なものなんじゃないの?」

 

 各々で走る理由は様々かも知れないが、それでも元を辿って行けば彼女達が…ウマ娘という種族が求めているものはたった一つだけだ。

 モンスニーはそれを忘れ…否、忘れるように矯正されて走っていた。

 最も大切な事を封印され、ただ勝利の身を求めるマシーンになりかけていた。

 

「走るのってさ…レースってさ、すっごく楽しいんだよ? 頭の中を空っぽにして全力で体を動かしてさ…負けたらそりゃ悔しいけど、それと同じぐらいに楽しくて、面白い事なんだよ。これは完全なアタシの我儘だって分かってる。分かってるけど…『走る事の楽しさ』を一度も経験しないままに引退とかしたら…絶対に勿体ないよ…。アタシは…モンスニーに走ることの楽しさを…レースの面白さを知って欲しい。もっと言えば……」

 

 真っ直ぐにモンスニーの目を見つめ、ハッキリと言った。

 

「『本当の全力』のモンスニーと一緒に走りたい。出来れば、凄く大きな舞台(レース)で」

「シービー…」

「ねぇ…トレーナー…ダメかな?」

 

 縋るようにシービーが大久保に視線を送るが、彼はゆっくりと立ち上がりながらモンスニーを見つめた。

 

「…さっきも言った筈だ。俺はモンスニーの意見の尊重すると。決めるのは俺じゃなくてモンスニーだ。君は…どうしたい?」

「私は……」

 

 退学は無くなった。もう自分を縛るものも無い。

 背負うべき責任も無い。

 今のモンスニーは殆ど自由に近い状態なのだ。

 それでもまだ彼女は迷っていた。

 全てのしがらみから解放されたと言われても、どうしたらいいのか全く分からない。

 

「分からない…私には何も分からないよ…。だけど…」

「だけど?」

「…シービーの言った『本当のレース』ってのは体験してみたい…。走る楽しさってのを知りたい…知りたいよ……」

 

 モンスニーの言葉を聞き、タイシンは『やれやれ』といった顔をし、クリークは両手を合わせてから笑顔を浮かべた。

 

「…そうか。モンスニー、医者からはどれぐらいで足が治るって言われてたっけ?」

「えっと…治す事に専念していれば、最短でも半年ぐらいって言ってた気がする」

「半年…か。頑張れば今年中には足は動くようになるって事か。なら、出るとしても来年のレースになるな…。リハビリとトレーニングをこなしてブランクを取り戻して、更にシービーとモンスニーが出走できるGⅠレースとなると……」

 

 腕を組んでから指導者としての顔になり、ブツブツと呟きながらトレーナーモードになる。

 暫く頭をフル回転させた後に、大久保がある結論を出した。

 

「来年の天皇賞(春)…芝3200…これならどうだ?」

「天皇賞の3200…」

「いいんじゃない? シービー先輩もモンスニー先輩も生粋のステイヤーじゃん。しかも、お互いに追い込みが得意。二人の決戦の場としては最高の舞台なんじゃないの?」

「それに、過去の天皇賞で二回もモンスニーちゃんは苦汁を舐めさせられてるから、二度目の復帰戦としては申し分ないんじゃないかしら?」

 

 タイシンとクリークも賛成してくれた。

 これでもう殆ど決定したも同然だ。

 

「モンスニーの主治医には俺から話をする。色々と言われるかもしれないが、なんとしても説得してみせるよ。それと、同じチームメンバー同士でのレースになるから、今まで以上に忙しくなるけど、構わないよな?」

「「「勿論」」」

「よし! 後でチームスピカの沖野の所に行って話を聞いてこないとな…。あいつも前にトウカイテイオーとメジロマックイーンの対決を経験してるし、テイオーが怪我から復活する時にどんな事をしていたのか話を聞きたい」

 

 決まった途端にとんとん拍子に話が進んでいく。

 なんかもう完全に『やっぱりイヤ』なんて言えない空気となっていた。

 

「まずモンスニーは療養所で足の治療に専念するんだ。あ…理事長にも話しておかないといけないよな…。いきなり忙しくなったぞ」

 

 忙しくなったと言いつつも、大久保は凄く楽しそうにしていた。

 彼もまた他のトレーナー達の例に漏れず、ウマ娘達にとことんまでつくしたいと思う生粋のトレーナー気質の人間なのだろう。

 

「じゃあさ、私はモンスニー先輩の方に付いててあげる事にするよ。クリークさんはシービー先輩の方をお願い」

「は~い♡」

「え?」

「ついててあげる…って?」

 

 退学騒動はどこへやら。

 いつの間にかモンスニー二度目の復帰レース&シービーとの宿命の対決ムードに早変わりしている。

 

「これからどうなるの…?」

「さぁ? でも、楽しくなりそうじゃない?」

「あんたね……」

 

 いつもとは立場が逆転してしまったモンスニーとシービー。

 

 こうして、メジロモンスニーとミスターシービーにとって長いようで短いような時間が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここからが大変。

さぁ…どうなるかな?
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