誰がどこで聞いているのか分からない。
そして、噂と言うのは収まるのに時間は掛かるのに、広まるのは一瞬である。
学校と言う閉鎖社会では特に。
ミスターシービーとメジロモンスニーの天皇賞での対決。
聞く者が聞けば飛び上がりそうなまでの大スクープなのだが、彼女達が話をしていたのはチームルームという名の密閉空間。
後々には色んな者達に散られる事になるかもしれないが、今はまだ知っているのはチームレグルスのメンバーだけ…の筈だった。
「ね…ねぇ…今のって…」
「うん…凄い話を聞いちゃったかも…!」
あろうことか、その時に限って換気の為に部屋の窓を開いていて、その近くを偶然にも通りかかったウマ娘達によって話を聞かれてしまっていたのだ。
因みに、彼女達が聞いたのはモンスニーとシービーが来年の天皇賞に出場する云々の話の所だけであって、その前のモンスニーの過去や彼女の心情に関する話は全く聞いていない。
「シービー先輩とモンスニー先輩の対決…!」
「確か、あの二人って今までにも何回か対決してるんだよね?」
「うん。いずれもシービー先輩が勝ってるけど、そのうちの二回ぐらいは本当に僅差だったって聞いてる。だから、もしも怪我をせずに菊花賞にモンスニー先輩が出てたら、シービー先輩の三冠を阻んでいたかもって言ってる専門家もいたらしいよ?」
「ホントに凄いよね…あの二人って…」
「そうだね…だからこそ、急いで皆に知らせないと!」
「これは間違いなく大ニュースよ!」
年頃の少女達の噂話に関する食いつきを甘く見てはいけない。
人の口の戸は建てられないとよく言うが、それはウマ娘も同じこと。
彼女達の好奇心を阻む事が出来る者など、少なくともこのトレセン学園にはいないだろう。
勿論だが、中で話をしている彼女達はこのことに全く気が付いてはいない。
それだけ大事な話をしていたのだから当然だが。
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チーム内で今後に関する話し合いが終わり、レグルスのトレーナーである大久保は、急いでチームスピカのトレーナーである沖野を捜す事にした。
以前、彼は怪我をしてレース復帰を断念しかけたトウカイテイオーを献身的に支え続け、更には同じチームメンバーであるメジロマックイーンとの対決すらも見事に実現させたという実績がある。
それらを真似…は流石にしないが、話を聞く事で参考にはする事が出来るし、同時にモチベーションの向上にも繋がる。
「さて…と。沖野の奴はどこにいるのかな? この時間帯だと、練習用のコースか、もしくはスピカのチームルームか? いや、もしかしたら喫煙所で息抜きをしてるかもしれないな…」
ここで迷っていても仕方がない。
時間はあると言っても、無駄にしていい理由はどこにも無い。
心当たりのある場所を片っ端から探していくことにした。
「…なんか、さっきから妙に視線を感じるような…気のせいか?」
道行くウマ娘達がジロジロとこっちを見つめてくる。
侮蔑や蔑むような感じではなく、まるで芸能人でも見つけたかのような反応。
何かしただろうかと首を傾げていると、探し人が向こうから手を振って歩いてきた。
「おー! 大久保じゃないか!」
「沖野…」
なんだか向こうもこっちを捜していたような声の掛け方。
何も知らない彼には本当に何が何だか分からない。
「聞いたぞ? お前んとこのシービーとモンスニーが久し振りに対決するんだってな!」
「えっ!? なんでそれを知ってるんだっ!?」
「いや…学園中、今はその噂で持ちきりだぞ?」
「はぁ?」
レースの話をしたのは本当についさっきだ。
それなのに学園に広まっているとは、これいかに?
「来年の天皇賞(春)で走るんだろ? しかも、モンスニーは二度目の怪我からの復帰戦ときてる。お前も今から大変だな~」
「はぁ…そこまで知ってるんなら話は早いわ。お前に色々と聞きたい事があったんだよ」
「俺に聞きたい事?」
なんだか込み入った話っぽいので、二人だけで話が出来る場所…喫煙所に行くことに。
あそこならば少なくともウマ娘達は入ってこない。
今いる場所から喫煙所まではそう遠くも無いのですぐに辿り着く事が出来て、室内には誰もいない。
というか、トレセン学園内で煙草を吸う人間が極端に少ないのだ。
なので、この場所は殆どが大久保や沖野と言った喫煙者達の貸切みたいになっている。
「…で、俺に話ってのはなんだよ?」
「テイオーとマックイーンの時の事を聞きたいと思って」
「あ~…って、過去にも何回かシービーとモンスニーは戦ってるじゃねぇか。今さら俺から聞くような事ってあるか?」
「あの時はお互いに体調が万全だったからな。でも、今回の場合はモンスニーは二回目の長期療養の直後のGⅠだし、色々とメンタルな面もあってな…今までとは事情も状況も全く違うんだよ」
大久保は今回の対決の話をしている時、ふとテイオーとマックイーンの対決の時の事を頭で思い浮かべていた。
細かい事情こそ違うが、どことなく彼女達と今回のシービーとモンスニー達が似ているような気がしたのだ。
マックイーンとモンスニーが同じ『メジロ』な事が、更にその考えを助長させた。
「成る程ねぇ…。確かに、テイオーも一時期はかなり精神的に追い詰められてたしな…」
「あぁ…あの時の事は俺もよく覚えてる。けど…モンスニーが抱えてた闇ってのが俺の想像を遥かに超えててな…」
「そんなになのか?」
「完全にあの子のプライベートな部分になるから詳しくは話せないけど、ショックは隠せなかったな…。シービーや他の子達のお蔭でなんとかなりそうな兆しはあるんだが、もうひと押し…何かが無いといけないだろうな…」
走る事を本能としているウマ娘が、走る事を苦痛に感じる。
それは普通の人間である自分達では想像すらも出来ない程の地獄だろう。
なのに、自分はその事に全く気が付く事が出来なかった。
だからこそ、今度こそは絶対に間違えたくない。
万全の態勢でモンスニーもシービーも支え、最高のレースにしたい。
「流石に心の問題は本人がどうにかするしかないだろうよ」
「俺だってそれぐらいは理解してるさ。だから、俺は俺で出来る事を全力でするんだよ。トレーナーとして、大人としてな」
「相変わらずだな、お前も」
「お前がそれを言うのかよ…」
この二人、トレセン学園に来たのもほぼ同時期と言う事もあってか、割と仲が良い。
ウマ娘にかける情熱も同じで、昔はよく二人で酒を飲みながらウマ娘談義に花を咲かせていた。
「正直、やることはマジで沢山あるんだけどな…。この後はモンスニーの主治医と話をしなくちゃいけないし、理事長にもまた話さないとだよなぁ…。足を治した後のモンスニーのトレーニングメニューもまた一から改めて組み直さないと…」
「だよなぁ~…。その苦労、マジで理解出来るわ…」
テイオーの時も沖野は文字通り不眠不休で出来る事を全てやり尽くした。
その果てに今の彼女達がいるのだ。
「俺の話で良ければ幾らでも話してやるよ」
「マジか!」
「おう。まずはだな……」
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大久保が沖野と話をしている頃、モンスニーはスーパークリークに車椅子を押されて中庭を移動していた。
後ろにいるクリークがずっとニコニコ笑顔なので、言葉に出来ないプレッシャーを感じている。
「シービーは本当に元気よねぇ…。話が終わった途端に『今から練習してくる!』とか言ってコースの方に行っちゃったし…」
「それだけ、モンスニーちゃんとのレースが今から楽しみな証拠なんじゃないかしら?」
「楽しみ…ねぇ…」
レースを楽しみにする。
それすらも今までのモンスニーが一度も感じた事の無い感情だ。
今までの彼女にとってレースとは仕事であり作業でしかなかった。
『メジロの栄光』を捧げる為の通過点でしかなかったのだ。
因みに、生粋のお母さん気質であるクリークは、トレーナー以外のチームメンバー全員を例外なく『ちゃん』付けで呼んでいる。
それは歳上であるシービーやモンスニーも同じで、最初こそは二人揃って戸惑いはしたが、今ではもうすっかり慣れてしまった。
「なんか話が凄い事になってきたなぁ…。一度、メジロの家に戻ってからおばあさまに色々と説明しないといけないよね…はぁ……」
あれだけ啖呵を切って家を出て来たのに、子供の家出の様な早さで戻って来てしまっては幾らなんでも恥ずかしすぎる。
今までとは別の意味で自分の事が情けなくなってきた。
「あら? 向こうからやって来てるのって、メジロの子達じゃないかしら?」
「え?」
クリークに教えられて前を向くと、そこには確かにマックイーンを初めとしたメジロノウマ娘達(ラモーヌを除く)が再び勢揃いして歩いて来ていた。
こちらを見つけた途端、いきなり凄い形相でダッシュしてきた。
ウマ娘の速力なので、文字通りあっという間だ。
「「「「「モンスニーさん!!」」」」」
「は…はいっ!?」
「聞きましたわよ! 来年の天皇賞…出場なさるおつもりだと!」
「う…うん。シービーやトレーナー達と色々と話してたら、何か流れでそうなったと言いますか…」
コロコロと意見を変えて優柔不断と怒られてしまうのだろうか。
そんな不安が頭をよぎった時、マックイーンが泣きそうな顔をしながらモンスニーの手を優しく包み込んだ。
「マ…マックイーン?」
「よかったですわ……モンスニーさんがまだ走る事を諦めていなくて…」
「うん…どうにかして説得しなきゃって皆で話してたもんね…」
「春の天皇賞と言えば、芝の3200ですよね。かなり大変だろうけど、モンスニーさんならきっと大丈夫ですよ!」
「その通りです。私達にお手伝いできることがあれば、何でもやりますわ」
「敬愛するモンスニーお姉さまの為ならば、私も喜んで助力を致します~」
「皆……」
想像しているような反応は全く無く、それどころか全員が自分の事を応援してくれている。
そう言えば、今まで自分は一度でも彼女達の声にしっかりと耳を傾けた事があるだろうか。
恐らく、一度も無かった。話を聞く精神的余裕が無かったからかもしれないが。
「ん…ありがと。というか、どうして私がレースに出る事を知ってるの? まだ誰にも話してない筈なんだけど…」
「そうなんですの? 学園中で噂になってますわよ?」
「うんうん。誰が最初に話し始めたのかは知らないけど、いつの間にか広まってたよね?」
「ここって実質的に女子高みたいなもんだしね。些細な事でも簡単に噂になるし、あっという間に広まっていくもんでしょ」
「それはあるかもしれない……」
ヒトでもウマ娘でも、年頃の少女と言うのは往々にして噂好きである。
以前に『ミスターシービーとシンボリルドルフはメジロモンスニーを取り合って三角関係になった事がある』なんて根も葉もない噂が立った時は、三人で必死に弁明をして噂の消火をしたものだ。
「ところで、今回のレースの事はおばあさまにも…?」
「うん…話さなくっちゃって思ってるから、後でメジロの家に行ってみるつもり。こーゆーのは変に引き延ばしたりすると却って話しづらくなるしね。思い立ったが吉日って事で」
「それならば、私がお連れ致します」
「ふぇ?」
これまた聞き覚えのある声が背後から。
全員で声のした方を見ると、そこには綺麗な屹立しているじいやがいた。
「モンスニーお嬢様。御当主様とお話をなされるのであれば、私めがお連れ致します」
「じいやさん……いいの?」
「勿論でございます」
「……ありがとう」
こうして、じいやの車にて再びメジロの邸宅へと向かう事にしたモンスニー。
だが、まだ彼女は知らない。
そこでモンスニーにとって運命の再会があることを。
まだ一日経ってないんじゃよ。