それぞれの戦いが始まった。
「はぁ…なんとなく、そう言うと思っていましたよ」
「「へ?」」
メジロ家のウマ娘達が良く利用している病院。
そこは通常の医療だけでなく、ウマ娘を専門とした医療もしていて、マックイーンを初めとした者達もとても世話になっている場所だった。
モンスニーはそこで、トレーナーである大久保と一緒に自分の主治医に事の経緯を説明し、レースに出る許可を取りに来ていた。
最初は反対されると思っていた。
だから、主治医を説得できるように二人で色々と言葉を考えて来たのだが…彼が開口一番に放ったのは、まさかの一言だった。
「私とて、これまでに多くのメジロ家のウマ娘達を診てきました。そのいずれも、一度や二度、怪我や病気をした程度で走るのを諦めるような子達は一人もいなかった。誰もが今のモンスニーさんのような目をしていました。そう…何があっても決して諦めない不屈の目をね」
「不屈の目…」
今の自分ってそんな目をしてるんだ。
どんな目なのか気になって、部屋に設置してある鏡で自分の顔を見てみるが、そこにはいつもと全く変わりのない顔がそこにあった。
「これまでにも多くのウマ娘達が『復帰不可能』とされていた状態から奇跡的な復活を遂げてきた。なので、私も全ての可能性を否定する気はありません」
「「じゃあ……」」
「ですが、それでもモンスニーさんの足が危ない事には違いが無いのです。ですので、ちゃんと足の骨が治癒するまでは絶対安静にする事。リハビリやトレーニングの際も決して無理や無茶だけはしない事。そして、レースまでの間、私の元で定期検診を行う事。これらを守れると約束してくれるのであれば…特別に許可を出しましょう」
「「約束します! 約束します!」」
声を揃えてからの即レス。
この二人に最初から『無理です』なんて選択肢は存在していないのだが。
「ふぅ…少しは迷ったりしないんですか?」
「迷う理由が無いもので」
「…本当に変わりましたね。モンスニーさん」
「そうですか?」
「えぇ…何が起きたのかは知りませんが、まるで別人のように変わっている」
多くの患者を診てきているだけあって、人間観察において医者に敵う者はそういないだろう。
変わった自覚が無いモンスニーは、それを指摘されて目が点になっているが。
「ここに来た頃の貴女の目には生気を感じなかった。全てを諦め、全ての希望を失った…そんな目をしていました。けど、今の貴女は違う。前を向き、未来を見つめ、やりたい事を見つけた…そんな顔をしている。ただなんとなくで言っているのであれば、こちらも絶対に反対していましたが、医者として自らの意志で歩き出すことを決めた患者に協力しない訳にはいきません」
「「おぉ~…」」
もっとも難攻不落と思われていた人物の攻略に成功した。
これで、後はもう足を治してからリハビリに専念するだけだ。
因みに、最も攻略が簡単な人物は秋川理事長だったりする。
下手すると、こっちが全文を言う前に許可を出している可能性すらある。
こうして、メジロモンスニーの本格的な復帰が始まった。
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一方、場所は変わってトレセン学園のトレーニング用の芝コース。
クリークとタイシンに見守られながら、シービーが一人で走り込みをしていた。
「シービーさん…いつも以上に気合入ってるね。本命のレースは来年だってのに」
「それだけ、モンスニーちゃんとのレースが楽しみであると同時に、本気で勝ちたいと思っているんでしょうね」
「…あのシービーさんをそこまで本気にさせてる時点で凄いって、どうして本人は気が付かないんだろうね」
確かにモンスニーのレースの成績はお世辞にも良いとは言えなかった。
だが、彼女の走りに奇妙な違和感を感じたタイシンは、こうも思ったのだ。
モンスニーはまだ本領発揮していないんじゃないか…と。
無論、彼女が手加減をして走っているなんて考えてはいない。
どこかこう…何かがモンスニーの真の実力を縛っている…そんな気がした。
その予感は見事に的中したのだが。
「あ…もう戻ってきた」
「けど…なんだか納得してないって顔をしてるわねぇ~」
まずは一周してきたシービーではあったが、息を整えつつも表情は険しいままだった。
「はぁ…はぁ…はぁ…ダメだ…こんなんじゃ絶対にダメだ…!」
袖で汗を拭いながら二人の元へと戻って来るが、大きな溜息を吐いたことで心配をされてしまう。
「どうしたのさシービーさん。どこか調子でも悪いの?」
「ううん…そんなんじゃないんよ。ただ……」
「ただ…なんだ?」
「「あ」」
シービーが理由を話そうとしたところに、ジャージ姿のシンボリルドルフがやって来た。
どうやら、彼女もこれからトレーニングをするようだ。
「ルドルフ…」
「お前達の話は私達も聞いている。来年の天皇賞にて、お前とモンスニーが再び激突する…とな。今の走りも私から見れば理想的に見えるが…何が納得出来ないんだ?」
彼女に問われ、目を瞑ってから言葉を考える…が、自然と自分の思った事を口に出していた。
「ルドルフはさ…知ってるよね。アタシとモンスニーが初めて戦った皐月賞と日本ダービーを」
「勿論だ。今思い出しても心が熱くなるようなレースだった。図書室に映像資料として残されているぐらいだしな」
「そうだね。あの時のことはアタシもよく覚えてる。いや…正確には忘れられない…かな」
「忘れられない…?」
「うん…」
当時の事を思い出したのか、震えている自分の握り拳を見つめる。
そこには、走ったのとは違う汗が滲んでいた。
「あの皐月賞…確かに勝ったのはアタシだった。けど、真横にモンスニーの顔があったんだ。凄いプレッシャーだった…一瞬だけ本気で『あ…負けたかも』って思ったぐらいだし」
「それ程…なのか」
「そして、すぐ近くに顔があったからこそ見えた物もある」
「…何を見たんだ」
「……モンスニーの目から少しだけ『赤い火花』が散っていたところ」
「なっ…!?」
目から散る火花。
それが何なのかは一部のウマ娘だけが知っている現象。
通常ならば決して辿り着けない絶対の領域。
「当時から既に至っていた…のか…?」
「多分…『至りかけていた』んじゃないかな? あの頃のモンスニーはまだ色々な事に縛られていた時期だし…」
「シービーと言う『強者』の存在が、モンスニーを一時的とはいえ『領域』へと至らせていたのか…」
「多分ね。アイツの『本当の実力』を最も近くで垣間見たアタシだからこそ想像出来る事もある」
「それは?」
自分のバックに入れていたタオルで顔の汗を拭き、ドリンクで水分補給をしつつ、その疑問に答える。
言う直前、シービーは大きく息を吐いていた。
「アイツの…メジロモンスニーの『本当の実力』はこっちが考えている以上に凄まじいんじゃないかって。忌まわしい出来事だったとはいえ、モンスニーは非常に高いレベルで下地を作り上げている。今までは精神的な意味でそれを存分に発揮出来なかっただけ。でも、今のモンスニーは必死に頑張って『過去』を乗り越えようとしている。分かる? 今までずっと自分を縛り続けていた『しがらみ』が無くなったモンスニーには…生半可な事じゃ勝てない」
タオルとドリンクを鞄の中へと戻しながら、シービーの顔が急に険しくなる。
まるでGⅠレースを直前に控えているかのように。
「さっき走ってる時さ…見えたんだよね。『本気』になったモンスニーの走ってる幻影がさ」
「…どうだった?」
「全く追いつけなかった。それどころか…影さえも踏めなかった。今のままのアタシじゃ…戻ってきたモンスニーとは勝負にすらならない。自分で喧嘩を売っておきながら恥ずかしいね…」
現在のシービーはもう既に伝説級の実力を秘めている。
そんな彼女すらも軽々と凌駕してしてしまうのが『領域』へと至ったモンスニーなのか。
それだけモンスニーの中に秘められている潜在能力が凄いということになる。
「そっちも気を付けた方が良いよ…『皇帝』サマ。来年の今頃には…モンスニーがアンタを玉座から引き摺り下ろす存在になっているかもしれない」
「それは今から楽しみだな…!」
一瞬だけルドルフの顔が『変わった』。
それを見て近くにいたタイシンが本気でビビったが、それを本人に言えば蹴られるのでやめておこう。
因みに、クリークは以前に『本気のルドルフ』を見た事があるので、そこまでビビりはしなかった。
「『今の自分を越える』…まさか、今頃になって本気でやる羽目になるとはね」
「イヤか?」
「まさか! 一年後の自分がどうなっているのか、モンスニーとどんなレースが出来るのか、今から楽しみで仕方がないよ!」
「そう言うと思った」
シービーと話をしながら、今から一年後の天皇賞が楽しみになって来たルドルフであった。
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同時刻。チームスピカのチームルーム。
そこでマックイーンがトレーナーである沖野と話をしていた。
「はぁ? モンスニーが復帰するのを手伝いたいだぁ?」
「はい。私だけではありません。ライアンもドーベルもパーマーもアルダンもブライトも同じ気持ちですわ」
「それは…お前達が同じ『メジロ』だからか?」
「そうではありません」
興奮しそうになった自分の心を落ち着かせてから、マックイーンは幼い頃の事を思い出しながら静かに語り出す。
「私達は皆、モンスニーさんの背中を見て育ってきました。あの方が走る姿を見て憧れ、あの方に色々な事を教わった。今でも私はモンスニーさんの事を『姉』のように思っています」
「成る程な…メジロとしてではなく『妹』として『姉貴』の復帰を手伝いたいってことか」
「その通りです。無論、自分のトレーニングやレースを怠るつもりはありません。モンスニーさん…いえ、モンスニーお姉さまはそれ以上に困難な道を行こうとしているのですから。私だけが弱音を吐く訳にいきません」
嘗て、テイオーとのレースの時にも見せた揺るぎのない瞳。
この目をしている時のマックイーンには何を言っても無駄であると沖野は学習していた。
「…分かった。まぁ…俺も前に大久保の相談に乗った事もあるしな。お前の事は言えねぇよ。それに…」
「それに? なんですの?」
「純粋に楽しみでもあるしな。あのミスターシービーとメジロモンスニーの対決ってのが。宿命のライバル対決再び…ってか?」
まだ世間には知れ渡ってはいないが、それも時間の問題だろう。
ミスターシービーが今まで以上に自身を仕上げ、メジロモンスニーの二度目の復帰戦にて激突する。
これに食い付かないウマ娘ファンは一人もいないだろう。
「なんか面白くなりそうだし、おハナさんや南坂、黒沼にも話をしてみるか?」
「ちょ…リギルやカノープスも巻き込むつもりですのッ!?」
「リギルにはルドルフやマルゼンもいるし、カノープスに至ってはこっちが何も言わなくても勝手に巻き込まれそうだしな」
「会長達はともかく、カノープスに関しては強く言えないのが悲しいですわね…」
勝手に巻き込まれる…そう言った時にふと、二人はある事を思い出す。
「そういや、ゴルシの奴はどうした? 今日は一度も姿を見かけてないような気がするんだが…」
「私も見かけていませんわね…。道理で学園内がいつもよりも静かだと思いましたわ」
ゴルシの事を話した途端、猛烈に嫌な予感がしたような気がしたが…二人は杞憂だと判断して忘れる事にした。
勿論、ゴルシに関することが杞憂で終わるだなんて絶対に有り得ないのだが。
次回から本格的にモンスニー復帰までのお話突入。