友との決着をつける。
ただ、その為だけに。
足を治し、久々にトレセン学園に帰ってきたモンスニーは、まずは理事長室へと向かった。
「…というわけで、この通り帰ってきました」
「うむ! よくぞ戻って来てくれた!」
『歓喜!』と書かれた扇を広げ、見た目相応の眩しい笑顔で出迎えてくれた。
たづなに聞いた話によると、秋川理事長はあの日からずっとモンスニーの事を心配し続けていたらしく、来年の天皇賞(春)の話を聞いた時は飛び跳ねるように喜んでいたとのこと。
その時の光景をちょっとだけ見てみたい気もしたが、今は純粋に理事長の優しさに甘えようと思う。
「本当は、私もたづなと一緒にお見舞いに行きたかったのだが、仕事が忙しすぎてな……」
「全然いいですよ。その気持ちだけでも十分ですって。それに、お見舞いにはチームの皆を初めとした色んな子達が来てくれてましたし」
正直、モンスニーは自分に対してあそこまで見舞いに来る人間がいるとは思わなかった。
精々、来たとしてもトレーナーとかだけだと想定していた。
けれども、実際に蓋を開けてみればこの通り。
チームの皆は勿論のこと、ほぼ毎日のようにゴルシが来てくれたし、メジロ家の子達も交代で訪れてきた。
「念の為に聞いておくが、もう足は大丈夫なのだな?」
「えぇ。医者からも『無理や無茶さえしなければ問題は無い』と太鼓判を押されました。トレーナーにはかなり沢山の注意事項を言ってたみたいですけど」
二回目の怪我からの復帰。
別にそれ自体はそこまで珍しくは無い。
問題があるとすれば、そこから本当にレースに復帰できるのかどうかという事だ。
どれだけ体が大丈夫でも、精神面で参ってしまっている場合が多い。
トウカイテイオーなどがまさにそのパターンであり、彼女は完全に復帰するまでに文字通り血反吐を吐くような努力をし、その末に奇跡の復活劇を見せた。
だが、今のモンスニーにはそれは愚問でしかない。
「今日から早速、トレーニングを開始するのか?」
「そうですね。個人的にはそうしたいですね。今までずっとベットとリハビリルームを行ったり来たりしてるだけでしたから。ぶっちゃけ体力と元気が有り余ってるんです。勿論、トレーナーと相談してから…になりますけど」
モンスニーはこれまでが精神的に追い詰められている状態だったのだ。
けれど、今の彼女に逸れは無い。
精神的自由と開放を手にしたモンスニーは誰にも止められない。
「そうか! ならばもう私からは何も言う事は無い! 天皇賞…楽しみにしているぞ!」
「はい。それじゃ、これで失礼します」
「次はどこに行くつもりだ?」
「生徒会室に。ルドルフ達にも心配掛けちゃいましたし。顔ぐらいは出しておきたいなーって思って」
「それがいい! きっと彼女達もモンスニーの事を待っているに違いない!」
退出する際に、次期メジロ家当主として相応しいお辞儀をしてから、モンスニーは理事長室を後にした。
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宣言通り、次に訪れたのは生徒会室。
モンスニー的にここはそこまで気を使う必要はないので、気楽にノックをしてから入ることに。
因みに、役員でもないのに生徒会室に入るのに緊張をしていないのはモンスニーを除けばトウカイテイオーやビワハヤヒデといった役員と何らかの形で関係が深い者達だけだ。
「ノックしてもしもーし。失礼しまーす」
部屋からの返事を待たずにドアを開ける。
これがもしモンスニーでなければ、次の瞬間にでもエアグルーヴの説教が飛んできている事だろう。
「モ…モンスニーっ!? 戻ってきたのかッ!?」
「いえーす。戻ってきましたよー」
驚きの余りシンボリルドルフが椅子から立ち上がってこちらを見る。
彼女が本気で驚いた顔なんてそうそう見れるものじゃない。
復帰早々にいいものを見たと、モンスニーは心の中でほくそ笑んだ。
「おや? エアグルーヴがいる事には驚かないけど…まさかブライアンまでいるとは思わなかった」
「それはどういう意味だ」
「そのまんまの意味だけど。だってブライアン、生徒会副会長って割には、あんまり生徒会室に来てないじゃん」
「それは……」
ナリタブライアン。
あのビワハヤヒデの実妹であり、シービーやルドルフと同じ三冠ウマ娘の一人。
そして何故か、モンスニーの事が気になっているウマ娘でもある。
その理由は本人しか知らない。
「モンスニー先輩。怪我の回復、おめでとうございます」
「ん…ありがと。まぁ…一番大変なのはここからなんだけどね」
「そうですね。幸いなことに年単位にはならなかったとはいえ、それでもブランクはかなり大きい…」
「そゆこと。そこら辺はトレーナーと一緒になんとかしていくけど」
モンスニーとエアグルーヴの会話を聞いていたルドルフは、ある事に気が付いた。
今の彼女には嘗てのような『壁』が感じられない。
以前までのモンスニーは、まるで目の前に見えない壁でもあるかのように自分の本心を悟らせないように細心の注意をしながら会話をしていたような節があり、それがどこか堅苦しさを感じさせていた。
だが、今のモンスニーにはそれが一切感じられない。
本人が自覚しているかどうかは不明だが、少なくともルドルフには今のモンスニーに壁は感じない。
どこまでも自然な笑顔が出来ている。そんな風に見えた。
「おい」
「ん? どったのブライアン?」
「怪我が治ったんなら、とっととブランクを取り戻してレースに復帰しろ」
「言われなくても、そうするつもりだよー」
「私はアンタとも走ってみたいと思ってるんだ。あのシービーを二回も追い詰めた実力…この身で確かめたい」
「その時が来たらねー」
自分と同じように三冠を取ったシービーのライバルと称されるモンスニーのことがずっと気になって仕方が無かったブライアン。
彼女自身もシービーのズバ抜けた実力はよーく知っているので、そんなウマ娘を一度ならず二度までも追い詰めてみせたモンスニーと本気のレースがしたくてたまらないのだ。
「私もモンスニーの復帰は嬉しい。それ以上に、お前とシービーとのレースが楽しみだがな」
「あの噂が立ってから、もうかなりの時間が立ってる筈なんだけど…まだ皆それを言ってるの?」
「流石に当時ほどの賑わいはありませんが、それでも会長と同じように楽しみにしている者達は多いみたいですよ? シービー先輩がトレーニングをしている姿を見る度に、その話は浮上しているようですし」
「うーわー。プレッシャーがハンパないんですけどー」
「なんて言ってる割には楽しそうに見えるが?」
「そう?」
表情が明るく、軽い。
まるで憑き物が取れたかのような、今まで背負っていた見えない荷物を降ろしたかのような。
そんなスッキリとした顔をしていた。
「んじゃ、そろそろお暇しますか」
「もう行くのか?」
「うん。これ以上、仕事の邪魔をする訳にはいかないし、まだ行くところがるし」
「行くところ?」
「ほら、トレーナーやチームの皆の所。後はメジロの子達にも一応は回復報告しておかないとだし」
「ふふ…流石にメジロ家次期当主様ともなると大変だな」
「……んん?」
ルドルフの予想外のカウンターを受け、ここで初めてモンスニーが変顔になる。
「そ…それ…どこで知ったの? まだ誰にも話してない筈なんだけど…」
「マックイーン達が話しているのを偶然にも聞いてしまってな。凄いじゃないか」
「それ…誰かに言った?」
「いいや? でも、マックイーン達が言っている可能性はあるな」
「そっかー……後でちゃんと言って聞かせとかないと…」
自分が次期当主なんて話、恥ずかしくて悶絶死してしまう。
別の意味で精神が破壊されるかもしれない。
「そ…それじゃ…もう行くから。またね」
「あぁ…またな」
最後は冷や汗を掻きながら出ていったモンスニー。
普段は決して見られない彼女の一面を見られ、図らずも大満足といった感じのルドルフであった。
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「はぁ…まさかとは思うけど、学園中に広まってたりはしないよね…」
天皇賞の一件だけでも相当に目立ってしまったのに、これ以上の悪目立ちだけは何としても回避したい。
別の意味でドキドキしながら廊下を歩いていると、目の前に腕組みをした一人のウマ娘が立ちはだかった。
「あ…シービー…」
「この時が来るのをずっと待ってたよ…モンスニー」
ミスターシービーとメジロモンスニー。
二人の目が合った瞬間、互いの間に独自の空気が流れる。
「いやいや…まだ早いでしょ。寧ろ、ここからなんだし」
「それもそっか。でも…モンスニーならあっという間にブランクなんか取り戻して、前以上に強くなるに決まってる」
「もー…前からずっと思ってたけど、どうしてシービーはそうも私の事を過大評価するのかなー」
「モンスニーがあたしの一番のライバルだから」
全く恥ずかしがることも無くハッキリと言ってのけた。
そんな彼女にモンスニーは思わずキョトンとなってしまう。
「モンスニーが学園に戻ってくるまでの間、あたしはずっとモンスニーの幻影を追ってトレーニングをしてた」
「ちょっと…やめてよー。それだとまるで私が生霊にでもなったみたいじゃない」
「あたしの妄想だと言われればそれまでだけど、それでもあたしには不思議な確信がある。トレーニング中に見たモンスニーの幻影は、近い未来のモンスニーの姿なんだって」
「え…なに? トレーニングのし過ぎで遂に未来予知の能力を身に付けちゃったの?」
モンスニーのツッコミなんてお構いなしに自分の気持ちを言い続けるシービー。
今はこの場にいるのが二人だけだから良いものの、他に誰かがいたら確実に変な目で見られていただろう。
「幻影のモンスニーは…今のあたしじゃ全く勝てないぐらいの強さがあった。追いつけないなんてレベルじゃない。その影すらも踏ませてくれなかった」
「ソッカースゴイナー」
もう深くツッコむのは止めた。
好きなだけ言わせてあげよう。
「だから、あたしも今まで以上に本気で自分を鍛えてる。じゃないと、戻ってきたモンスニーとは勝負にすらならない可能性があるから」
「シービーの中の私はどんなチート仕様になってるのよ…」
過大評価もここまで来ると立派だ。
未来の事なんて誰にも分らないし、決めつけて欲しくも無い。
ここからどこまで強くなれるかは、全てモンスニーにかかっているのだから。
「モンスニー…」
「なに?」
「あたしは先に行って待ってるからね」
「…りょーかい。のんびりと追いつきますよ」
いつも通り、呑気に手を振りながらシービーの横を通り過ぎるモンスニー。
だが…彼女の横を通り過ぎた瞬間、モンスニーの表情が一気に変わる。
(シービーなりの宣戦布告…ってところか。ったく…あんな目をされたら嫌でもマジモードになっちゃうじゃない…)
無意識のうちに拳を握りしめ、モンスニーは静かに廊下を歩いて行く。
これまでずっと自分とは無縁だと思っていた『闘争心』に初めて本気で火が付いた。
今まで燻り続けたソレが業火へと変わるのは時間の問題だった。
次回、特訓。
因みに、ブライアンがモンスニーを気にしているのは、史実で両者の調教師が同じ人だったことに基づいています。