実は物凄い鉄道マニアだったりする。
一通りの復帰挨拶回りを終えたモンスニーは、ジャージに着替えた後にトレーナー室へと向かい、大久保と一緒に練習用のターフに行った。
「いやー…ここに来るのも久し振りですにゃー」
「半年振りぐらいだからな。けど…いいのか? 今日ぐらいはゆっくり休んでても…」
「んー…最初は私もそう思ってたんだけどね。でも、こうして実際に学園に帰ってきて、さっきシービーと少し話しちゃったら…その…何と言いますか…無性に今からでも頑張りたくなっちゃいましたと言いますか…」
照れくさそうにしながら要領を得ない話し方をするモンスニーではあるが、要は触発されたのだ。
久し振りに感じた学園の雰囲気と、一番の親友であり宿命の好敵手である少女が発する熱に。
「…分かった。お前がそこまで言うなら、今から始めるか。と言っても、文字通り怪我から復帰したばっかりの状態で無理はさせられない。今日は軽く流す程度に留めておくぞ。本格的な練習は明日からな」
「はーい」
柵を潜って芝のコースへと入っていくと、そのタイミングでナリタタイシンがジャージ姿でやって来た。
「何? もしかして、戻って来て早々に練習を始める気?」
「本人たっての希望でな。勿論、いきなりキツいのはさせないつもりだ」
「当たり前でしょ。今はモンスニーさんの体が第一なんだから」
そんな風に半ば説教染みた事を言うタイシンの右手にはクーラーボックスが握られている。
どうやら、モンスニー達に差し入れを持って来てくれたようだ。
「で、今から走るの?」
「まぁな」
「ふーん…」
言葉だけを聞けば興味なさげに聞こえるが、実際には耳がピコピコしているし、シッポもめっちゃフリフリしているので、本当は凄く見たいと思っているタイシンだった。
「モンスニー! あんまし速度は出さなくてもいいから、まずは一周走ってみよう!」
「ほーい」
某嵐を呼ぶ5歳児のような返事をしながらモンスニーは走り始めた。
少し前まで怪我をしていたとはいえ、そこはウマ娘。
あっという間に目の前から消え去った。
「足の方は…問題なさそうだな。病み上がりと言っても体にフォームが染み付いてるお蔭で速度も安定している」
「そうみたいだね。それに……」
難なく第一カーブを突破し、二つ目の直線へと突入する。
流石に一人で走っている時は追い込みを意識していないのか、一定のリズムで足を動かし続けた。
「なんだか楽しそうにしてる気がする。よく見たら笑ってるし」
「ホントだ」
今にして思えば、日常生活などではよく笑うモンスニーではあったが、今のように走っている最中に笑った事はこれまでに一度も無かった。
走行中に意識して笑うなんてことは難しいだろうし、あれは恐らく彼女が無意識のうちにしている自然の笑みだ。
「あ…戻ってきた」
気が付けばもう二つ目のカーブを超えてスタート地点へと戻ってきていた。
何かを話す暇も無くモンスニーは大久保とタイシンがいる場所を通過してからゆっくりと速度を落とし、それから特に疲れた様子も見せずにテクテクと歩いてきた。
「お疲れさん。足の具合はどうだ?」
「全然大丈夫。もしかしたら、前よりも調子が良いかもしんない。なんか体っていうか…肩が軽くなったような感じ? 不思議だよねー…入院生活で体が鈍ってる筈なのにねー」
少しだけ汗を掻いてはいるが、呼吸は安定している上に足を痛がる様子も無い。
彼女が我慢をしているという可能性もあるが、それならば歩き方などに違和感がある筈だ。
それが見られないという事は、少なくとも足の方は本当に問題は無いという事だ。
「はい、モンスニーさん。タオル」
「ありがとー」
タイシンに手渡されたタオルで汗を拭く。
何気ないことなのに、それすらも何故か楽しそうにしている。
「しっかし…余計な事を考えずに走るのって気持ちが良いわねー! なんか『私、今生きてるー!』って感じがした」
「どこぞの若手芸人が言いそうなセリフだな…」
心なしか口調も前よりも明るくなったような気がする。
別に昔は暗い性格だったという訳ではないが、当時のモンスニーは『仮面』を被って彼女なりの『理想のメジロのウマ娘』を演じていた。
しかし、今のモンスニーからは全く『仮面』を感じない。
初めてメジロモンスニーというウマ娘の素の表情を見れた…そんな気がした。
「おやおや…誰が走っているかと思ったら、メジロ家の次期御当主様じゃないか」
「「「ん?」」」
いきなりの挑発的な声に誰かと揃って振り向くと、そこには挑戦的な笑みを浮かべた『シリウスシンボリ』がジャージ姿で立っていた。
「シリウスー。やっほー」
「やっほー…じゃねぇ。ついさっき会ったかと思ったら、もう練習かよ」
「ずっと休んでたからねー。少しでも早くブランクを取り戻したいんだよ」
「本当は?」
「走りたくて走りたくて仕方がありませんでした」
「だと思ったよ」
シリウスシンボリは、あのシンボリルドルフの幼馴染という事もあってか、彼女繋がりでモンスニーとも交友があったりする。
と言っても、友人と言えるほどに仲が良いわけではないのだが。
この二人の関係性を一言で表すならば『入学時からの腐れ縁』である。
「ま…別にいいか。お前がどこで何をしようと私には関係ねぇ話だ。それよりも……」
「なんじゃらほい?」
ズカズカと大久保とタイシンの間に割り込むように入って来て、モンスニーに顔を近づけてから静かに呟く。
「丁度、ついさっき準備運動を終えたばかりでな…ちっとばっかし併走に付き合ってくれや。お嬢サマ」
完全に何かを企んでいるような笑み。
飄々としていながらも、その手の事には非常に敏感なモンスニーにはそれがすぐに分かった。
因みに、偶然にも近くを通りかかってモンスニーとシリウスが超至近距離で顔を近づけて、まるでキスでもしているかのような光景を目撃してしまったアグネスデジタルはまた至福の表情を浮かべて昇天していた。
「私は全然いいけど…トレーナー」
「お前が良いなら、俺としては構わないよ。勿論、無理をしない事が大前提だけど」
「分かってまーす。って事でトレーナーからもOKサインが出たから、いつでも行けるでゴルシ」
「フッ…それでこそ…って、なんだその語尾は」
「あー…メンゴメンゴ。療養中、ほぼ毎日に渡ってゴルシがお見舞いに来てくれてたから語尾が移ってしまってた」
「変なもんを真似すんな!」
「ゴメンでゴルシ」
「…お前…絶対に私に喧嘩売ってるだろ…」
さっきまで上から目線だったのに、あっという間に形勢逆転。
顔中に血管を浮き上がらせて今にもブチ切れそうだ。
勿論、モンスニーにはそんなつもりはない。
完全に天然な行動である。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…!」
「いやー…誰かと一緒に走るのも久し振りねー。本当に楽しかったー!」
芝の上で膝に手を置いて呼吸を整えようとしているシリウスとは裏腹に、モンスニーは両手を空に掲げながら大笑いしている。
別にモンスニーも疲れていない訳ではなく、疲労よりも喜びの方が勝っているのだけだ。
シリウスの要望通りに二人は併走を行った。
それ自体は特に何事も無く終える事が出来たのだが、問題はゴール直前の事だった。
「おいモンスニー…」
「どったのシリウス…ふにゃっ!?」
完全に怒り心頭なシリウスが、いきなりモンスニーのほっぺたをブヨーンと引っ張って弄り回す。
「テメェなぁ…『併走』の意味知ってるか? 『並んで走る』って意味なんだよ! 分かるか? 並ぶんだよ、最後まで!」
「ひっへふよー」
「だったら、どうして最後の直線でいきなりスパート掛けやがったんだ? えぇ? これはレースじゃねぇンだ…ぞ!」
「ふにゃっ!?」
突き放すようにモンスニーのほぺったを放す。
赤く腫れた頬を擦りながら涙目になる。
「うぅ~…モンスニーちゃんのモチモチほっぺが腫れちゃったでゴルシ…」
「ははは…お前いつか絶対に泣かす」
シリウスからの宣戦布告いただきました。
「癖で思わず最後に末脚しちゃったのよぉ~。なんつーか…併走してるとなんかシービーとのレースを思い出しちゃって…」
「なんだと…?」
ミスターシービーとメジロモンスニー。
この両者が同じレースに出走した時、ゴール直前の直線で常に互いの隣には好敵手の姿があった。
シービーの隣にはモンスニーが。
モンスニーの隣にはシービーが。
伝説の三冠ウマ娘が最後に放つ爆発的な末脚に追従出来たのは彼女がこの世でたった一人だけ自分が『好敵手』と認めた相手だけだった。
「チッ…! もういい。私は少し休憩してくる」
「お疲れー」
バツが悪そうにしながら、シリウスは背を向けて去って行った。
そんな彼女に呑気に手を振っていたのはモンスニーだけであった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
自販機でスポーツドリンクを購入してから、近くのベンチにドカッと座ってからグイッと豪快に飲むシリウス。
彼女の顔には、何とも言えない表情が浮かんでいた。
「ハァ…なんなんだよ…クソが…」
「どうやら、モンスニーの足は大丈夫そうだな」
「ルドルフか…」
よりにもよって一番苦手な相手が来た。
腕組みをしながら、凄く満足そうな笑みを浮かべている。
「さっきの併走…見ていたよ」
「そーかよ」
「相変わらず、モンスニーの末脚は凄まじいな。いや…気のせいか、前にも増して鋭さが増したような…」
ルドルフが隣で、まるで自分の事のように喜んでいるの対し、シリウスはずっと黙って手に持っているペットボトルを見つめている。
「なぁ…モンスニーって本当に病み上がりなんだよな?」
「その筈だが…どうかしたのか?」
当然の疑問をぶつけてくるシリウスに、ルドルフも組んでいた腕を解いて思わず彼女の顔を見つめる。
「あの併走の最後…私はモンスニーにいつ抜かれたのか全く分からなかった。気が付いた時にはもう…遥か前にいるモンスニーの背中を見ていた」
「………」
「正直、それ自体はどうでもいい。一瞬のうちに抜き去るなんて芸当をやってのける連中は、それこそ大勢いる。例えば…テメェとかな」
「光栄だな」
「チッ…!」
生真面目なルドルフには皮肉すら通用しない。
いや、本当は皮肉と知って敢えて受け流しているのかもしれない。
「問題なのは、前を行くモンスニーに全く追いつけなかった事だ。ただ追いつけなかっただけならまだいい…けど、あの時の私は……」
ペットボトルが悲鳴を上げて壊れそうになり、少しだけ中身が零れた。
「奴の影すらも踏めなかった…!」
「……っ!?」
その時、ふいにルドルフは嘗てシービーが言っていた言葉を思い出した。
『来年の今頃には…モンスニーがアンタを玉座から引き摺り下ろす存在になっているかもしれない』
練習中にシービーが見た幻影は決して間違いではなかった。
自分の過去と父親、そしてメジロ家との問題を乗り越えた事でモンスニーは精神的な意味で絶頂期にいると言っても過言じゃない状態になった。
それが、メジロモンスニーというウマ娘の『本当の潜在能力』を引き出す結果を生み出した。
「あいつ…昨日まで療養所にいたんだよな? 半年に渡ってずっとベットの上にいたんだよな? 今日、戻ってきたばかりなんだよな? それなのに、あの走りはおかしいだろ? どう考えてもブランクがある奴の走りじゃなかった」
「そうだな。確かにシリウスの言う通りだ」
フルネームではなく略称である『シリウス』と呼ぶ。
それは即ち、この場には生徒会長としてではなく彼女の幼馴染『シンボリルドルフ』として立ち、話しているという事だ。
「今のモンスニーはお世辞にも本調子とは言い難い。なんせ、ようやく本当の意味での『自由』を手に入れ、そこから更に怪我からの復帰もしている。ここから来年の天皇賞に向けてゆっくりと調整をしていく段階だろう」
「って事は何か? もしもモンスニーの奴が『本調子』になったら、さっき以上の走りをすると…そう言いたいのか?」
「そうなるな。今のモンスニーはもう…嘗ての彼女と同一人物とは思わない方が良いだろう。その認識が出来ないようであれば…確実に足を掬われる」
「…………」
決してモンスニーの事を舐めている訳ではない。
あのシービーに勝利と敗北の狭間を二度も味あわせている時点で、彼女もまた十分過ぎるほどに『向こう側』の住人だ。
それでも、今の状態であんな走りを見せつけられたら誰だって色々と考えてしまう。
「シリウス…君に一つ尋ねたい」
「なんだよ」
「もしも絶好調かつ本気のメジロモンスニーとレースでぶつかった場合…勝てる自信はあるか?」
「当たり前だ…と言いてぇがな……」
あの常に本気であろうとしているシリウスが言葉に詰まる。
「正直、絶対に勝てるとは言えない。お前が言った通り、今のモンスニーは完全に別人だ。まるで、今まではずっと全身に重りでも付けて走ってましたと言わんばかりの軽快さだった。なにより……」
「なんだ?」
「あいつ…笑ってやがったんだよ。心の底から楽しそうに」
「楽しそう…か」
走ることが苦痛に感じるほどに思い悩んでいたモンスニーが、その全てから解放された。
彼女は今、初めて走る事の喜び…即ち『ウマ娘の本能』を開放している。
これまでずっと抑え込まれていたバネが解放された時にどうなるか。
現在のモンスニーはまさにそれである。
「実際に楽しいのだろうな。だからこそ強くなった。いや…『本来の実力』を取り戻したというべきか」
「本来の実力…ね」
膝に頬杖を付きながら、さっきまでいた練習用ターフの方を見る。
そこではモンスニーが再び軽く走っている姿が見えた。
「なーにが『メジロの面汚し』だ…ふざけやがって…。テメェも十分に『化け物』だっつーの…『伝説の好敵手』サマよ…」
まるで悪口のように呟くシリウスであったが、その顔には微笑が浮かんでいた。
【メジロモンスニーのヒミツ】
実は、日本語と英語以外にもイタリア語とフランス語が話せる。