夕食時になり、各ウマ娘達はそれぞれの寮で食事をする。
今日も今日とて勉強や激しいトレーニングで疲れ果てた彼女達のお腹はすっかり空いていて、ともすれば腹の主が鳴る子もいたり…?
「お腹が空いた…早く食べようタマ…」
「わーっとるって。そない焦らんでも、すぐに食べられるっちゅーねん」
その筆頭の一人であるオグリキャップがお腹をさすりながら同室でありライバルでもあるタマモクロスに宥められる。
ある意味、いつもの光景だった。
「スペちゃんもお腹空いたの?」
「はいぃぃ……今日の小テストの結果があんまり良く無くて、居残りをさせられちゃって…練習の時間が少なくなった分、いつも以上に頑張ろうと思って、そしたらぁ~…」
「ふふ…スペちゃんらしいわね」
その近くでオグリの腹の虫に釣られるように腹を鳴らしているのがスペシャルウィーク。
『黄金世代』の筆頭とされている彼女も、空腹には勝てないようだ。
隣に座っている尊敬する先輩にして同室であるサイレンズスズカが、そんな顔を見てクスクスと笑っている。
「あれ?」
「どうかしたの?」
「あそこ…美浦寮のライアンさんとアルダンさん、それにドーベルさんがいます。なんで、こっちにいるんだろう?」
スペの視線の先には、大人数が座れるテーブルにライアンとアルダン、ドーベルが栗東寮のパーマーやブライト、マックイーンと一緒に座っている。
見事にメジロ家大集合状態だ。
因みに、ちゃんと寮長の許可さえ取れれば、他の寮のウマ娘が別の寮に入ることも可能である。
「きっと、あの人が戻ってきたから一緒に食事がしたいんじゃないかしら?」
「あの人?」
「そ。トレセン学園に在籍しているメジロ家のウマ娘の中で一番の年上で、あのミスターシービー先輩のライバルでもある、あの人…」
スズカが食堂の出入り口を注視していると、彼女が言った『あの人』が入って来る。
「お待たせー。いやー…またここで皆と一緒にご飯が食べられるなんてねー。なんだか感慨深いわー」
メジロモンスニー。
今日、半年間の療養から復帰したばかりのウマ娘。
あのシービーと同期のウマ娘であり、本人は自覚は無いが、数多くの後輩たちからも尊敬されている。
生徒会長であるシンボリルドルフと対等以上に話せる数少ないウマ娘でもある。
「私達も、こうしてモンスニーお姉さまと一緒に食事が出来る事を嬉しく思いますわ」
「そうだね。というか、なんかモンスニーさん、前よりも元気になってない?」
「私も同感。前々から明るい性格はしてたけど、なんていうか…柔らかくなった感じ?」
「きっと、ゆっくりと休む事が出来たからに違いありませんわね」
「どちらにしても、こうしてモンスニーお姉さまとまた同じ時間を過ごす事が出来る…これ以上の喜びはありませんわ~」
「これでまたトレセン学園も賑やかになるね」
モンスニーからしたら、ここにいるメジロのウマ娘達は全員が妹のような存在だ。
そんな彼女達に無用の心配を掛けてしまったという罪悪感があったが、こうして直に顔を見た事でその感情は『心配してくれた事への感謝』に変わった。
物事を前向きに考えられるようになったのも、彼女が昔の自分との決別を果たしたからなのだろう。
「テンションが上がってるからって、あんまり食べ過ぎないでよマックイーン? この間も体重計と睨めっこをした挙句、必死に体を動かしてたじゃない」
「な…何を仰いますのパーマーさん!?」
「そうだったの? じゃあ、私と一緒に運動する? マックイーンならきっといい筋肉が付くよ!」
「ライアンお姉さまと御一緒出来るのなら、どんなトレーニングもこなせそうですわ~」
「あはは…程々にね。ライアンのトレーニングはかなりハードだから」
「けど、一度ぐらいはやってみたくはありますわね。きっと、ライアンお姉さまの強さの秘訣でもあるんでしょうから」
モンスニーが来た途端、急に饒舌になるメジロ御一行様。
それだけ、彼女達の中でモンスニーの存在が大きいという証拠なのだろう。
「ぷっ…くくく…! やっぱ面白いわねー…あなた達って」
「「「「「「え?」」」」」」
急に笑い出したモンスニーに全員揃って目が点になる。
一体何がおかしかったのだろうか。
「うん…昼間の練習の時もそうだったけど、なんかめっちゃ『戻ってきたー』って感じがする。トレセン学園はこうでなくっちゃね」
心からの笑みを浮かべるモンスニーの笑顔に、一瞬だけその場の全員が固まった。
特に、メジロ家の娘達はほぼ同時に僅かではあるが頬を赤らめた。
「よーし! なんか私も急にお腹が空いてきた! 療養中はゴルシの料理以外には碌に食べられなかったからねー! 今日はバリバリ食うわよー!」
「あのっ!? なんか聞き捨てならない言葉が聞こえて来たんですけどッ!? あのゴールドシップさんの料理ッ!? 大丈夫だったんですのッ!?」
「大丈夫も何も、普通に絶品だったけど?」
「嘘ぉッ!?」
「あの子…ああ見えて、かなり女子力高いわよ? あの破天荒な性格さえどうにか出来れば、割と理想のお嫁さんになるんじゃないかしら?」
「し…信じられませんわ……」
普段からゴルシの被害に遭い続けているマックイーンからしたら、到底考えられない真実だった。
まさか、あのゴルシがモンスニーから絶賛されているとは…。
「世の中…まだまだ分からないことだらけですわ…」
そう呟きながら、もっと自分磨きをしなくてはと思うマックイーンなのであった。
・・・・・
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・・
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もうすっかり空が暗くなっているのに、まだチームレグルスのトレーナー室に明かりが灯っている。
「今日のモンスニーの走り…復帰直後とは到底思えないような快調な走りだった。あれが、あの子の本来の姿なのか…」
昼間のトレーニング風景を思い出しつつ、大久保が椅子をギシギシと鳴らしながら感慨に耽る。
前にシービーが言っていた『真のモンスニーの実力の幻影』というのが、今回の事でかなり現実味を帯びてきた。
「…取り敢えずは、体調管理を徹底しながらブランクを取り戻すことに専念すべきかな。細かな調整はそれからだ」
背凭れから背中を剥がし、机の上にあるノートパソコンと向き合おうとした時、いきなり部屋のドアがノックされた。
このような時間帯に一体誰が来たのだろう。
そんな疑問を抱きつつも、一先ずは返事をする事に。
「誰だ?」
「私…モンスニーだよ」
「モンスニー?」
どうしてまた彼女が?
もうとっくに寮に戻ったんじゃなかったのか?
なんてことを考えている間に、ドアが勝手に開かれてモンスニーが入ってきた。
「お邪魔しまーす。差し入れもってきたよーん」
「まだ入っていいって言ってないのに、勝手に入って来るんじゃねぇよ…。まぁ…別にいいけど」
のんびりとした足取りで入ってきたモンスニーは、差し入れを机の上にそっと置いた。
「はいこれ。夜の作業のお供」
「差し入れって…缶コーヒーじゃないか。しかもブラック」
「微糖よりも、こっちの方が目が覚めるでしょ?」
「それはそうだけど…」
実はこの大久保と言う男、コーヒーは基本的に砂糖を入れないと飲めない人物であった。
だが、折角モンスニーが持って来てくれた差し入れを飲まない訳にはいかない。
彼女が去った後でチビチビと飲んで消費しようと決意する。
「寮の窓から、ここの電気がまだついてるのが見えたから、まさかと思って来てみたら案の定まーだ仕事をしてたなんてね。もしかして、ここ最近はずっとこんな感じだったりするの?」
「まぁな。久し振りにお前とシービーが激突するってんで、学園中がお前達の噂で持ちきりだからな。それに恥じないように、こっちだってトレーナーとして気合を入れないといけない」
「トレーナーさんも大変だぁねぇ~」
「お前にも同じぐらい頑張って貰わないといけないんだけどな」
「分かってますって」
少し前のモンスニーであれば、この言葉は完全な強がりだった。
けど、今は違う。
言葉は口調とは裏腹に、彼女の目には確かな『決意』が漲っていた。
他のウマ娘達と同じような『炎』が宿っている。
「そうだ。折角だし、明日お前に話そうと思ってたことを今の内に話しておくか」
「なにそれ?」
「来年の天皇賞(春)に備えて、これから色んな事をしていかなくちゃいけない。今のモンスニーはシービー以上に時間的な意味で切羽詰まっているからな」
「それは私もちゃんと分かってる。でも、だからこそ逆に急ぎすぎず慎重にならなくちゃいけない事も…ね」
「お前と話してると本当に楽だわ。こっちの言いたい事を先読みしてくれるから」
「それ程でも」
この察しの良さが、彼女の『追い込み』スタイルと良い感じにマッチしているのだろう。
だからこそ、過去二回に渡ってシービーを追い詰めるほどの活躍を見せた。
「もう少しお前の調子を取り戻してからにはなるが…レースの感覚を少しでも取り戻す為に『GⅢ』か『GⅡ』に出て欲しいと思ってる。練習をするのもいいが、レースの感覚はレースでしか取り戻せない。テイオーみたいな復帰直後のぶっつけ本番ってのは例外中の例外だ。それは沖野自身も良く分かってるだろうがな」
本命前のレース出場。
実はそれはモンスニーも考えていた事だった。
天皇賞という大舞台は、完全にブランクが抜けきっていない状態で勝てるほど甘いレースではない。
特に、出場するのはあのミスターシービー。
他にも数多くの歴戦のウマ娘達が出走することだろう。
生半可な覚悟じゃ、この歴戦の強敵たちを倒すことは不可能だ。
「…どれに出るとかは…もう決まってるの?」
「それはまだだ。明日以降のお前次第だな」
「ん…分かった」
そう聞かされれば、嫌でもトレーニングにも気合が入るというもの。
モンスニーは心の中で密かにほくそ笑んだ。
「…じゃ、トレーナーさんの様子も見れたし、私はそろそろ行くね。あんまり徹夜し過ぎないでね」
「お互いにな。それじゃ…おやすみ」
「おやすみー」
モンスニーが去ってから、大久保は溜息交じりに笑みを浮かべた。
「あーあ…自分で自分に発破掛けちまった。今になって、テイオーとマックイーンが対決した時の沖野の気持ちを理解するなんてなー…」
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もうすぐ深夜に差し掛かろうと言う時間。
モンスニーは久し振りに寮の自分の部屋のベットに寝転んでいた。
隣のベットには、同室であり妹のように可愛がっているメジロブライトが寝ている。
「半年間も部屋に一人にさせてごめんね」
「私なら大丈夫ですわ~…と言いたいんですけど……」
徐にブライトが自分のベットから出てきて、そのままモンスニーのベットの中へと潜り込んできた。
「本当は…凄く寂しかったです……」
「ん……」
「ですので、今日だけでいいので一緒に寝させていただけませんか?」
「全然いいよ。私と一緒に寝る事でお詫びになるんなら幾らでも」
「嬉しいです…♡」
掛布団に入り込むようにモゾモゾと動き、そのままモンスニーの胸へと顔を寄せる。
それを見たモンスニーも、彼女の背中に手を回してから抱き寄せるようにした。
「なんか…こうしてると落ち着くなー…」
「お互いに人肌の温もりを感じているから…ではないでしょうか~?」
「そうかもしれないね。今日は久々に熟睡できそうな気がする…」
「私もです…」
そうして話しているうちに段々と瞼が重くなり、数分後には二人揃って静かな寝息を立て始める。
抱きしめ合いながら寝ているその姿はまるで、本当の姉妹のようだった。