「阪神大賞典?」
「日経賞?」
ある日、ラモーヌ以外のチームレグルスのメンバーが勢揃いした状態でトレーナー室へと呼び出された。
そこで開口一番に言われたのが、モンスニーとシービーの今後の予定に付いてだった。
「そうだ。モンスニーには阪神大賞典に、シービーには日経賞に出て天皇賞(春)に向けての最終調整にしたいと考えているんだ」
「阪神大賞典ねェ…懐かしいなぁ~」
「日経賞かぁ~…。何気に初めてだけど、偶にはいいかもね」
まだまだ若い身でありながら、まるで昔を懐かしむように目を細める二人。
それを見ながらクリークがまたおっとりとした笑顔を浮かべているので、室内には何とも言えないまったりとした空気が漂い始めた。
「別に調整の為に出るのは良いと思うけど、阪神大賞典も日経賞も開催は3月でしょ? しかも、その次の月が二人にとっての決戦とも言うべき天皇賞(春)…。ちょっとハード過ぎない?」
「最初は俺もそう思った。けど、途中でこう考えたんだ」
腕組みを解き、両手をパシッと膝に置いて全員の顔を見渡しながら力強く告げた。
「前の月に調整のレースをする事で、その勢いとテンションのまま決戦のレースに挑めるんじゃないかって」
「言いたい事は分かるけどさ…」
「それに、知っての通り『阪神大賞典』は天皇賞(春)のステップ競争に指定されている上に、もしも2着以内に入着できれば天皇賞(春)への最優先出走権が与えられる。それは日経賞もまた同じだ」
「…その言い方だと、まるでもう既にシービーさんとモンスニーさんがレースに勝つって言ってるみたいだけど」
「俺は二人揃ってレースに勝って、その結果を天皇賞に繋げられると信じている」
「…そうだった。トレーナーってそんな人だったね。普通に忘れてた」
頭を抱えたタイシンに呆れられるが、だからと言って決してシービーとモンスニーの勝利を信じていない訳ではない。
シービーの反則級の実力は既に知っているし、ここ最近のトレーニングでモンスニーの実力もまた嘗ての彼女を遥かに超える領域へと至っているのは、モンスニーの事をサポートしているタイシンが一番よく分かっている。
「私的には全然いいと思うよ。
「そうだね。ってことは、今後の予定としては私が日経賞を、モンスニーが阪神大賞典で最低でも2着以上になる事を目標にするって事でいいのかな?」
「そう思ってくれていい。特に阪神大賞典の距離は3000。3200の天皇賞春に向けての予行演習には最適とも言えるだろう」
「たった200…されど200…か。この差が意外と大きいんだよね…」
嘗て、どっちのレースも走った事のあるモンスニーだからこそ言える感想。
この僅かな差が、実際に走った時には凄まじく巨大な差となってウマ娘達の体に襲い掛かってくるのだ。
「というわけだ。クリーク、タイシン。これからもサポートを頼むな」
「当然。やると決めたからには最後までやり通すよ」
「はーい。私も一人のウマ娘として、モンスニーちゃんとシービーちゃんのレースがとっても楽しみだから。一生懸命頑張るわ~」
こうして、決戦前の調整という名の前哨戦が決まった。
後は、それまでに二人がどこまで己を更なる高みへと導けるかだが…。
「その前に私たち全員共通で『やること』があるよねー」
「やること? なんだっけ?」
「「「え?」」」
モンスニーの何気ない一言に素の反応を返したシービー。
それに『冗談だろ?』的な顔を彼女の顔を見た三人だった。
「もしかして…忘れてる?」
「シービーさん…もうすぐ中間テストが始まるから…」
「テスト勉強に専念する為に少しの間だけ練習は中止になるのよ?」
「わ…忘れてたぁ~!!」
走る事をこよなく愛するが故に、逆に別の事が疎かになってしまう。
だからと言って別にシービーの成績が悪いという訳ではないのだが。
「こればっかりは仕方ないな。学生の本分は勉強ともいうし。俺も高校の時はよくテスト前は友達と一緒にファミレスや図書館とかで勉強してたっけ」
「因みに、トレーナーって学生時代の成績はどうだったの?」
「中の上って感じだな。どの教科も赤点は絶対に取らなかったけど、かといって上位に食い込む程でもない。良くも悪くもそこそこだ。だからこそ、トレーナーの資格試験の時は必死に勉強したんだけど」
ふと大久保の脳裏の辛かった受験生時代の思い出がよぎる。
ずっと机に噛り付きながら視線は参考書とノートを行ったり来たり。
主に口に入れるのは栄養ドリンクと栄養補助食品ばかり。
夜中に母親が作ってくれた夜食のおかゆが死ぬほど美味しかった。
「お前達がテスト勉強に勤しんでいる間に、俺は俺でモンスニーとシービーの今後のトレーニングメニューを更に詰める事にするよ。頑張れよー。と言っても、俺に勉強を聞きに来るなよ。多分、分からないから」
「それ…堂々と言う事…?」
結局、最後の最後までタイシンに呆れられる大久保であった。
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放課後。
テスト期間中という事で図書室ではテストに向けて勉強をしているウマ娘達が多数存在していた。
その中には勿論、彼女達もいる訳で。
「ホントにごめんねぇ~…。テストの時期になると、いっつもモンスニーのお世話になりっぱなしになっちゃうねぇ~」
「別にいいわよ。困っている友人の手助けをするのは当然だし。それに…」
「それに?」
「こうして必死に勉強しているシービーを見るのは面白いから好き」
「はうぅ~…今は教えて貰う立場だから何にも言えないぃ~…」
「はいはい。まだまだテスト範囲は沢山あるからね。そこ、数式間違ってるから」
「ど…どこっ!?」
「こーこ。この問題を解くにはちょっとしたコツがあって…」
シービーが分からずに悩んでいた問題を呆気なく解いてしまうモンスニー。
例え腐れかけてもメジロ家のウマ娘。
学業におけるモンスニーの成績は、学園内でもシンボリルドルフに匹敵する程の結果を残していた。
「はい解けた」
「すっごー…。え? マジでモンスニーの頭の中ってどうなってんの? 脳の代わりのスーパーコンピューターでも内蔵してあんの?」
「んなわけないでしょーが。単純に勉強が好きってだけ。療養中も暇な時はずーっと勉強してたし。復帰した後に授業に置いて行かれないように」
「…アタシ、本当にモンスニーと親友になれて良かったって思うわ」
「そう思うんなら勉強に集中集中。シービーって典型的な文系だから古文とかは大丈夫だろうけど、数学はからっきしだもんね。英語は得意だっけ?」
「普通…だと思う。けど、不安だから教えて」
「りょーかい。モンスニーお姉さんに任せなさい」
メジロ家のウマ娘として英才教育を受けていたモンスニーは、英語だけでなくイタリア語とフランス語も話せたりする。
どこで使うんだと思われるが、それはモンスニー自身もよく分かっていない。
「精が出ているようだな、二人とも」
「あ…ルドルフ」
そんな彼女達の元に近づいてきたのはシンボリルドルフ。
いつもは腕組みをしている彼女に手には参考書が何冊か握られている。
どうやら、ルドルフもまたモンスニー達と同じように勉強をしに来たようだ。
「ルドルフは全然大丈夫よね。ちゃんと普段から予習&復習をやってるし」
「もしも分からない所があれば、君が教えてくれるしな」
「あはは…まさか、他の子達も私が時折、ルドルフに勉強を教えている時があるって想像もしてないでしょうね。皆の中じゃシンボリルドルフ=完璧超人なイメージが定着しちゃってるから」
「私の事をそう思ってくれるのは有り難いが、私でも分からない事は沢山ある。そんな時、頼りになるのがモンスニーのような『私の内面』を知っている相手だ」
「…私達、何気に付き合い長いしねー…」
シンボリルドルフ。ミスターシービー。マルゼンスキー。メジロモンスニー。
この四人の付き合いは、それこそ入学時にまで遡る。
だからこそお互いに良きライバルであり、同時に良き友人同士でもあるのだ。
「ところで…シービーは大丈夫なのか?」
「心配ないでしょ。確かに抜けてる所はあるけど、基本的に頭は良いし。今から頑張ればテストまでには何とかなると思う」
「正確には『なんとかする』…だろう?」
「まぁね。こんなの、シービーとかじゃないと絶対に出来ないわよ。もし仮にターボちゃんやウララちゃんに同じことをしたら、一時間と持たずに知恵熱で倒れちゃいそう」
「それはそれで中々に不憫だな…」
学内のマスコット的存在であるツインターボとハルウララにそんな事をしたら、それこそ色んな意味で大変なことになってしまう。
というか、モンスニーがそんな事を絶対に許さない。
「ま…ターボちゃんには『チーム・カノープス』の子達がいるし、ウララちゃんには同室のキングちゃんがいるから大丈夫か」
モンスニーはトレセン学園の他のウマ娘達に対してそこまで心配をしたことが無い。
ここに通っている子達は絶妙なバランスで互いを支え合っているから。
その『支え合っている』にはモンスニー自身も含まれるのだが。
「…モンスニー」
「どしたの?」
「ごごの問題がわがらないよぉ~…(泣)」
「どこ? あ~…これね。ここはこの間の授業を聞いていれば楽勝なんだけど…」
「…練習に疲れて爆睡してました」
「はい追加♡」
「モンスニーに慈悲が無い…」
授業中の居眠りが発覚した途端、突如として机の上に参考書のビルが出来上がった。
それを見てシービーは生まれて初めて顔面蒼白になった。
「ル~ド~ル~フ~…」
「…申し訳ないが、こればかりは擁護できない。頑張ってくれ…としか言えないよ」
「おっふ……」
頼れる友人から見放されたシービーはガックシと肩を落とす。
そんな彼女にモンスニーが『素敵な笑顔』を浮かべながらポンと肩に手をやる。
「一緒に頑張りましょうね。シービー?」
「ハイ…ヨロシクオネガイシマス…」
ミスターシービー…逃げ場をなくす。
「ルドルフを見て思い出したけど、ブライアンは大丈夫なの? あの子もシービーと似たり寄ったりな部分があるでしょ?」
「それなら心配無用だ。彼女の姉であるビワハヤヒデが連行していったよ」
「連行って…」
普段から誰に対しても強気なナリタブライアンだが、姉であるビワハヤヒデにはどうしても逆らえないのか、彼女の前ではまるで借りてきた猫のような状態になることが多い。
それだけ姉を意識しているという証拠でもあるのだろうが。
「今にして思えば、ハヤヒデってブライアンの他にもチケットちゃんの勉強も見てるんだよね…普通に大変そうだわ。タイシンも一緒だろうけど、あの子はあの子でチケットちゃんに色々と言ってそうだし…もし見かけたら私も手伝ってあげようかな…」
「そうなったら、彼女達も喜ぶだろうな。特にチケットにとってダービー出走者は全てが憧れの存在だ。あのレースでシービーと壮絶な激戦を繰り広げたモンスニーと一緒に勉強となると……」
「またぞろ号泣しそうだよね…物凄く涙脆いから…あの子」
タイシン繋がりでBNWの三人とも話す事が多いモンスニー。
それで一番驚いたのはウィニングチケットの涙腺の緩さだった。
まさか、映画の告知を見ただけで泣くとは想像すらしない。
「もうそろそろ私も行くよ。お互いに勉強を頑張ろう」
「うん。ルドルフも、分からない所とかあれば遠慮なく聞きに来ていいからね」
「その時は遠慮なく頼りにさせて貰うよ。ではまた」
「またねー」
手を振りながら図書室を後にするルドルフを見送りながら、モンスニーは再びうんうんと頭を捻らせているシービーに視線を向けるのであった。
結局、この日は使用時間ギリギリまで図書室で勉強をした。