こんなのは何かの間違いだ。
あの時は本気でそう思った。
皐月賞という大舞台に挑むにあたって、私は出来る事は全てやった。
いつも以上にトレーニングに励んだし、体調管理も必要以上に注意を払った。
レース直前も何にも異常はなく、それどころか今までで一番の絶好調だったと言っても過言じゃない。
これなら例え誰が相手でも負ける気がしない。
そんな私の自信は、レースが始まってから木端微塵に打ち砕かれた。
ゲートが開きレースが始まる。
緊張はしていたが、それ以上の高揚感が私の心と体を支配していた。
ブルーターバンにマックスファイアー。
ビンゴカンタにルーキーオー。
あのニホンピロウィナーやカツラギエース。
そこへ更にあのミスターシービーとメジロモンスニーまで出走していた。
こんな錚々たるメンバーと競い合えると言うだけで興奮する。
「やっぱり…!」
私自身は最高のスタートを切れた。
お蔭で、すぐに先頭集団の前方付近に行くことが出来た。
チラッとだけ後方を見てみると、案の定と言うか、シービーとモンスニーは最後尾付近に位置していた。
今回のレースに挑むにあたって、彼女達二人の事は最も注視していたので、過去のレースの映像などを何度も何度も見て走り方の特徴なんかを頭の中に叩き込んだ。
シービーとモンスニーの脚質は揃って『追い込み』。
レース中、私達が最も精神を集中させ、最も油断をし易い場所…最後の直線にて凄まじい追い上がりを見せる走法。
今、自分が前にいるからと言って決して油断は出来ない。
最後の最後まで何が起きるか分からないのがレースなのだから。
…そう自分に言い聞かせながらも、心のどこかでは油断をしていたのかもしれない。
ほんのひと時とはいえ、自分があの二人の前を走っているという事実に。
だからこそ私は思い知る。
彼女達がどれだけ別格の存在なのかと言うことを。
「…………は?」
それは一瞬のことだった。
最終コーナーを回り、ここさえ抜ければ後はゴールを目指すのみとなった瞬間、私は…否、私たち全員は背中に凄まじいプレッシャーを感じた。
ついさっきまで最後尾にいたミスターシービーが有り得ない速度であっという間に私達を追い抜いて行ったのだ。
(なんで…どうしてっ!? 一番後ろから先頭に躍り出られるってのよッ!?)
けど、驚きはそれだけでは終わらなかった。
ミスターシービーに抜かれた私達を同じように追い抜く一つの影が。
メジロモンスニーだった。
「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」
これは…どういう事だ?
あの二人が…ミスターシービーとメジロモンスニーが
まさか…常勝不敗のウマ娘と互角だと言うのかッ!?
彼女達と私達との距離はゴールが迫るにつれて徐々に広がっていく。
気が付けば、先頭はシービーとモンスニーの二人だけとなっていた。
まるで二人だけの舞台。二人だけのレース。二人だけの戦い。
まだ私は前にいる。けど…この差は一体なんだ?
私達の遥か前方にいる彼女達は…なんなの?
背中が…遠くなっていく。
迫ることは愚か、その影すらも踏めない。
どれだけ手を伸ばしても、どれだけ足を動かしても、二人の速度は落ちる事を知らなかった。
『シービー来る! シービー来る! だがメジロモンスニーも追い上げる! これはどっちだ! どっちだ! シービーか! モンスニーか!』
アナウンサーの興奮する声が私達にも聞こえてくる。
もうこっちのことなんて全く眼中に入っていない。
あるのは、圧倒的な速さで私達の前を行く二人のウマ娘だけ。
そして…決着の時は来た。
『勝ったのはシービー! ミスターシービーだ!! 遂に栄光の三冠への第一歩を踏み出した!! 二着はメジロモンスニー! しかし、その差は本当に僅か!! どっちが勝っていたか本当に分からない激戦でした!! あのシービーを此処まで追い詰める!! これがメジロの底力なのかっ!!』
あぁ…そうか。そうなんだ。
口では色々と言っていても、モンスニー…やっぱりお前も『メジロ』だったんだ。
強すぎる。
これが素直な感想だった。
二人から大きく遅れる形で私もゴール。
だが、その差は誰が見ても歴然としていた。
一着ミスターシービー。
二着メジロモンスニー。
そして…三着インターリニアル。
一着と二着には殆ど差なんて無かった。
限りなく同着に近い一着と二着。
そこから大きく離れた末の三着。
この皐月賞において私達は惨敗した。
ミスターシービーにではない。
ミスターシービーとメジロモンスニーの二人に負けたのだ。
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あのミスターシービーとの壮絶な接戦を演じたメジロモンスニーの名前はあっという間に全国に広まっていった。
無論、シービーの方が人気はあったが、それに負けないぐらいにモンスニーの名も世間で聞かれるようになっていった。
「なぁ、この間の皐月賞見たか?」
「見た見た! めっちゃ凄かったよな!」
「シービーは当然のように強かったけどよ、それと互角に渡り合ったメジロモンスニーも凄かったよな!」
「あの子ってあれだろ? メジロのお嬢様なんだろ? やっぱメジロはスゲーよな!」
「だな! 確かあの二人って、次の日本ダービーにも出るんだろ?」
「らしいな。またあの激戦を見れるかもしれねーな! 今から楽しみだわー!」
モンスニーの実力に期待し、次のレースでの活躍を期待する声がある一方で、当然ではあるが批判的な声もあった。
「あんなのは単なる偶然」
「二度も同じことが起きるとは限らない」
「今度こそシービーの圧勝」
人の心は千差万別。
皆が皆、褒めてくれるとは限らない。
それが普通であり、当たり前のことなのだ。
そんな声も、私にとっては羨ましい限りだった。
名前すら呼んで貰えなかった私には。
因みに、次の日本ダービーには私も引き続いて出走することになっている。
カツラギエースやマックスファイアーを初めとする面々も。
今度こそリベンジを果たす…その決意を胸に。
世に広がるアンチの声。
あろうことかモンスニーは、それを実力で全て黙らせた。
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『一着はシービー! ミスターシービーだ!! 皐月賞に続いてシービーが日本ダービーをも制した!! これで二冠達成!! 二着はまたもやメジロモンスニー! まさかの二連続の二着!! これは一体どういう事なのかッ!? まるで宿命に導かれるかのようにして、彼女達はこの最高の大舞台で最高の勝負を見せてくれました!!』
また…負けた。
今度は13着と言う大惨敗。
もう何も言えない。
私の中に僅かにあったプライドは…完全に砕け散った。
シービーは化け物過ぎる。
スタートに失敗して完全に出遅れたと言うのに、最後には圧勝してみせたのだから。
そんな奴と二度にも渡って互角以上のレースを繰り広げるモンスニーもまた、私からすれば十分に化け物だった。
「この前までは本当に偶然だと思っていた…。だが、それは間違いだった。偶然や奇跡は二度も起きるものではない」
「これは純然たる事実だ。もう疑いようのない事だ」
「あぁ…そうだ。今の世代で、あの絶対王者に真っ向から立ち向かえるのは彼女しかいない」
【メジロモンスニーこそが、ミスターシービーの最大のライバルだ】
いつしか、彼女はそう呼ばれるようになっていった。
実力のあるウマ娘達には、世間から色々な『異名』が付けられることがある。
メジロモンスニーに付けられた異名は…『伝説の好敵手』だった。
そんな風に世間から言われていいた彼女達だが、本人達はさほど気にする様子はなく、それどころか二度にも渡る互角の死闘を演じた事で奇妙な友情が生まれたようで、気が付いた時には二人は無二の親友同士となっていた。
親友でありライバルでもある彼女達が同じチームに所属したのは、ある意味では必然だったのかもしれない。
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クラシック三冠最後のレースとなる『菊花賞』。
当然のようにシービーとモンスニーもそれに出る予定になった。
もうその頃には世間一般にも『シービーのライバルはモンスニー』の認識が広まっていた。
しかも、専門家の中にはこんな意見を言い出す者達まで出てきた。
「次の菊花賞…もしかしたら、メジロモンスニーのまさかの逆転劇があるかもしれない」
「今や、あの伝説級の実力を誇るミスターシービーと真っ向から勝負をして勝てる可能性があるのはメジロモンスニーしかいない」
「もしもシービーの三冠を阻むウマ娘がいるとしたら、それはモンスニーしか有り得ない」
悔しいが、私も同じような考えを持っていた。
今の私の実力じゃ、シービーにもモンスニーにも到底敵わない。
強者を倒すのは、いつだって同じレベルにいる強者だけ。
格下の奇跡の逆転劇なんてのはフィクションの世界だけ。
現実は悲しい程に無常で非情だ。
その非情な現実は、モンスニー自身にも襲い掛かった。
菊花賞のトライアルである『神戸新聞杯』に出走したモンスニーは三着と言う結果に終わったのだが、問題はその後だっだ。
モンスニーはそのレースの後…足の指を骨折していた。
彼女は足の療養に専念する為に…菊花賞の出走を断念せざるをえなくなった。
療養には一年と言う時間を要し、なんとか復帰はしたのだが…彼女の調子は完全に落ち込んでいた。
それでもやっぱり、その実力は本物で、阪神競馬場で行われた『大阪城ステークス』にて見事に勝利。
そのままの勢いで『天皇賞(春)』にも挑んだが、この時は流石に相手が悪すぎた。
『皇帝』の異名を持つ絶対王者のシンボリルドルフに、彼女のライバルであるミスターシービーも出走していたのだ。
当然のようにモンスニーは惨敗した。9着だった。
あのシービーすらも5着で終わったのだ。
シンボリルドルフと言う存在は、余りにも強大過ぎた。
それでも彼女は心が折れなかったのか、なんとあの『高松宮記念』において見事な勝利を見せたのだ。
どんな苦境に立たされても、メジロの意地だけは忘れないのか。
だが…それが私の知るメジロモンスニー最後の勝利になった。
その後、彼女は再び足を故障し、痛みを誤魔化しながらも何度かレースに出走したが、その全てに大負けをした。
そして…彼女はある日突然、引退をすると言い出したのだ。
けど、そんな事は他の誰でもない、この私が許さない。
まだ私は一度もシービーにもモンスニーにも勝ててない。
勝ち逃げなんて絶対にさせない。
そう言おうと思ったけど、その前にチームメンバーや同じメジロのウマ娘達からの説得、ミスターシービーと話をする事でギリギリ思い止まり、今に至っている。
この間、怪我から復帰したモンスニーの練習風景を少しだけ見た。
アイツと一緒に走った私だから分かる。
今のモンスニーはあの頃とは比較にならない程に強くなってる。
二人が戦うと決めた『天皇賞(春)』…きっと、想像も出来ないような激闘になるに違いない。
だからこそ譲れない。だからこそ負けられない。
勝つのはミスターシービーでも、ニホンピロウィナーでも、カツラギエースでも、ましてやメジロモンスニーでもない。
この私…インターリニアルだ。