夏合宿。
それは、トレセン学園に通うウマ娘達にとって色んな意味で大きく大事なイベントの一つでもある。
普段とは違う場所だからこそ出来るトレーニングもあり、鍛えられる所もまたある。
同時に、この合宿にはウマ娘達の息抜きも兼ねていたりする。
昼間はトレーニングなどに明け暮れ、夜は合宿所で皆一緒に過ごす。
この合宿自体は生徒達からも非常に好評で、トレセン学園が誕生してからほぼ毎年に渡って開催されていた。
そして今年も夏合宿の時期が訪れた。
「いやー…またもや夏がやって来ましたねー…カツラギさんや」
「言ってる事が完全におばあちゃんだぞ、モンスニー」
トレセン学園の完全貸切状態となっている浜辺をスクール水着姿で歩いている二人のウマ娘。
メジロモンスニーとカツラギエース。
いつもならばモンスニーの横にはシービーがいる筈なのだが、今回は珍しく別のウマ娘がいた。
と言っても、モンスニーとカツラギも結構仲が良い友人同士だったりするのだが。
「皆、頑張ってトレーニングをやってますなー」
「だなー。アタシ達も負けてられないなー…先輩として」
因みに、この場にいないシービーは今回、共通の友人の一人であるニホンピロウィナーと一緒に行動している。
四人はお互いにライバルでもあるのだが、この時ばかりはライバルと言うよりは友人としての側面が強くなっていた。
夏の陽気がそうさせるのかもしれない。
「そんじゃ…私達もいっちょ気合を入れて……ん?」
「どしたモンスニー?」
「いや…あれ」
「んー?」
モンスニーが見つめるのは海。
正確には海の真ん中辺り。
カツラギが怪訝な顔をしながら彼女の視線の先を追っていくと、そこには水着姿でプカーッと浮いている葦毛のウマ娘がいた。
別にそれだけならば何も不思議な事は無い。
問題があるとすれば、その浮き方にあった。
胴体だけは水面に浮かび上がっていて、両手足はダランと海水の中にある。
誰がどう見てもヤバい状態にしか見えない。
「え…? もしかしてアレって…溺れてる?」
「やっぱ…そうだよね……」
現状確認を終えると流石に行動が早い二人。
伊達に高等部の上級生はやってない。
「カっちゃん! 急いで誰か呼んできて! 万が一って事もあるから! 私は…」
「分かってる! モンスニーはあの子を助けに行くんだろ! 任せとけ!」
顔を見合わせながら頷き、すぐに自分のするべき行動を開始する。
カツラギエースはダッシュで浜辺を走り応援を呼びに行き、モンスニーは見事なクロールを駆使して溺れているウマ娘の元まで急ぐ。
「おんどりゃぁぁぁぁぁっ! 急げ私――――!!」
ウマ娘の全力クロールならばどれだけ遠くてもすぐに辿り着ける。
事実、モンスニーは泳ぎ始めてから20秒足らずで到着した。
「ぷは…そこの子! 大丈夫!? しっかりして!!」
「……ん? なんだ…?」
「……ふぇ?」
眠たそうな声をしながら顔を上げたのは、なんとオグリキャップだった。
必死な形相のモンスニーとは違い、どこまでも呑気な顔をしているオグリのギャップが凄かった。
「オ…オグリちゃん? その…大丈夫…なの?」
「モンスニーさんか。大丈夫とはなんだ?」
「いや…だから。溺れてて大変そうで…」
「別に私は溺れてなんかないぞ? 私はちゃんと泳げる。今もこうして泳ぎの練習をだな…」
「あのポーズでっ!? どこからどう見ても溺れているようにしか見えなかったんだけどッ!?」
何事も無く良かったのではあるが、非常にはた迷惑なオグリキャップの泳ぎの練習だった。
何も知らない者が見れば、誰もがモンスニーと同じようなリアクリョンをしたことだろう。
「…オグリちゃん。あんましこういう事は言いたくないけど…今後の貴女の為に敢えて心を鬼にして言うね」
「なんだ?」
「そのポーズね…どこからどう見ても溺死した人にしか見えないから」
「なん…だと…!?」
まさか、自分の泳ぎが他人からそんな風に見られていたとは。
ショックの余り、オグリは思わず某死神代行のような顔になった。
「いい機会だから、この合宿の間に正しい泳ぎのフォームを練習しよう? ね? 私も手伝ってあげるから」
「そう…だな。モンスニーさんが手伝ってくれるなら百人力だ」
グッと拳を握ってやる気を見せるオグリ。
天然だが、同時に真っ直ぐなのがオグリキャップなのだ。
「モンスニーたいちょー! 偶然にも近くにいたタマちゃんを連れて来たであります!」
「でかしたカッちゃん隊員!」
「あー…なーんかも既にオチが読めたわー…」
完全に巻き込まれただけのタマモクロス。
ジト目で呆れつつ、海に浮かんでいるモンスニーとオグリを見つめていた。
「モンスニーさんは隊長だったのか。凄いな」
「そうだよー。私は『オグリちゃんを助け隊』の隊長なんだよー。それじゃ、一旦浜辺まで戻ろうか」
「分かった」
モンスニーに手を引かれながら戻ってくるオグリを眺めつつ、もう完全に事情を把握したタマモクロスがここで未だに勘違いをしているカツラギに一言物申す。
「そういや言い忘れとったけどな…オグリはあの死体みたいなポーズで本気で自分を泳げると思っとるんやで」
「え? マジ?」
「マジもマジ。大マジや。ウチも初めて見た時は本気で驚いたわ。『オグリが溺れとるー!』って慌てて助けに行って…モンスニーと同じような反応した」
「あれで泳いでいる気になれるとは…やるな…オグリ…!」
「いや。なんでそこで感心するねん」
ここでようやく本来の仕事であるツッコミが出来た。
タマモクロスの面目躍如と言えるだろう。
「なんでやねん!!!」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
昼になり、ウマ娘達は各々色んな場所で昼食を食べる。
宿泊予定である旅館で食べる者もいれば、近くの店で食べる者。
そして、浜辺にある『海の家』で済ませる者。
彼女達『5人』もまた海の家に足を運んでいた。
「成る程…なんだか騒がしいと思ってはいたが、そんな事があったのか」
「そうなのよルドルフー。見事に二人揃って驚かされちゃった。ね、カっちゃんや」
「うんうん。あんな風に海のど真ん中で浮かんでたら誰だってビビるでしょ」
「あはははは! 随分と面白い午前を過ごしてたんだね!」
「割と笑い事じゃないような気がするんだけど…」
他にも海の家に来ているウマ娘達は多いが、その中でもこの『五人』は一際目立っていた。
それもその筈。そのテーブルに座っている五人は全員が、トレセン学園に通っている者ならば知らぬ者がいないような面子だったのだから。
シンボリルドルフ。
メジロモンスニー。
カツラギエース。
ミスターシービー。
ニホンピロウィナー。
様々なレースで名を馳せた高等部上級生のウマ娘達が一堂に会す。
本人達は単純に食事をしに来ているだけなのだが、その一角だけは明らかに空気が違っていた。
一言で言えば『非常に近寄り難い雰囲気』だった。
「なんか午前はうやむやになっちゃったし、午後からは気合を入れ直して頑張らなくちゃね」
「その意気だモンスニー。私もお前達が再び激突するレースを今から楽しみに待っているんだからな」
「「「「いや~…それほどでも~」」」」
四人揃って全く同じリアクションと言うのもある意味で凄い。
それだけ仲が良い証拠なのかもしれないが。
「随分と仲のよろしいことで」
「インターリニアルか。君もこっちに来ていたんだな」
「当たり前じゃないのよ、生徒会長殿。折角の合宿なんだし欠席なんてする筈が…」
「いや…私は『海の家に来ていたのか』と言う意味で言ったのだが…」
「し…知ってたし! ちゃんと分かった上でボケてたのよ!! 文句あるっ!?」
((((可愛いリアクションだな~…))))
インターリニアル。
徐々に同世代の癒し係となりつつあった。
「ところでさ…一ついい?」
「どったの?」
「あれ…何?」
「「「「「あれ?」」」」」
インターリニアルが指さす場所には、巨大な二つの『山』があった。
正確には『山』ではなく、超大盛りのカレーライスなのだが。
「あー…あれは『あの子達』でしょ」
「あの子達って?」
「スペちゃんとオグリちゃん」
スペシャルウィークとオグリキャップ。
その高い実力もさることながら、彼女達はそれと同じぐらいに超が付くほどの大食漢であることはトレセン学園に通うウマ娘達ならば誰もが知っている程に有名だった。
「噂には聞いてたけど…実際に見ると凄いわね…。なんかお店の人が涙目になってたし」
「あれだけの量でも、あの子たちにとってはまだまだ『腹八分目』ぐらいなんだろうね」
「…冗談でしょ?」
「本当。ほら見てよ」
ピロウィナーが視線で見るように促すと、もう既にカレーの山は半分以下ぐらいにまで減っていた。
スペとオグリの食べる勢いは全く衰える気配はなく、無我夢中でスプーンを動かし続けている。
「ね?」
「な…なんなのよ一体…」
「あの二人の食べっぷりは見ていて気持ちが良いよねー」
「シービーの意見には同意するが…同時に食費も馬鹿にならないのもまた事実なんだ…」
「「「「「あー…」」」」」
ルドルフの悩みを一発で理解する五人。
そりゃ、たった一食であれだけの量を食えば総合的な食費がどうなるか…推して知るべしである。
「大食いと言えば、マックイーンも気を付けてると良いんだけど」
「彼女がどうかしたの?」
「うん。マックイーンってああ見えて実は太り易い体質だったりするの」
「意外だな…」
「体型維持は本気で頑張ってるから。場合によってはライアンと同じトレーニングメニューをやったりすることもあるし」
「「「「うわぁ…」」」」
メジロライアンと言えば、トレセン学園でも屈指のトレーニング好きとして有名だ。
しかも、彼女の場合はその結果が最高の形で表れているから凄い。
「なのに、実は甘いもの大好きっていうね。まぁ…別にそれ自体は何も悪いことじゃないんだけど…」
「けど?」
「少しでも気を抜いたら、いつの間にかとんでもない量のお菓子を食べてたって事もあるの。前に沖野さんから『減量中なのにマックイーンがこっそりとケーキを食べているのを見た』って言ってたこともあったっけ…」
「典型的なお嬢様と思ってたけど…意外とお茶目な一面もあるんだね…」
「まぁね。そこが可愛いんだけど」
「モンスニー、途中から完全に妹自慢をするお姉ちゃんになってるから」
「だって本当に可愛いんだもん」
「そこで普通に惚気で返すって…どんだけなのよアンタは…」
インターリニアルにドン引きされながらも食事をする手は止めない。
そうして、賑やかな昼が過ぎていくのだった。