突如としてラモーヌから申し出された、モンスニーとアルダンとの併走。
余りにも突然の事に皆に動揺が走ったが、当の本人達は割と普通に受け入れた結果、メジロ家の誇る二人のウマ娘による併走が始まった。
「凄い…あのアルダンさんを完璧にマークしてる…」
初めて見るモンスニーの走りに、サクラチヨノオーは大きく目を見開いていた。
常日頃から彼女が強い憧れを抱いている『マルゼンスキー』と同じ時代を生きた歴戦のウマ娘。
トレセン学園にいる以上、モンスニーの噂は嫌でも耳に入ってくる。
曰く『メジロ家の誇る超特急』。
曰く『トレセン学園の良き相談役』。
曰く『ミスターシービーの最大にして唯一無二のライバル』。
曰く『ミスターシービーを打倒しうる可能性を持つ唯一のウマ娘』。
実際にモンスニーがレースをしている姿を見た事は無いが、それでもあのミスターシービーを以てして『ライバル』と言わせている時点で、モンスニーがどれだけ強いウマ娘かが容易に想像がつく。
「マークしている…ね」
「え?」
隣で一緒に二人の併走を見ていたラモーヌが、優雅に腕を組みながらポツリと呟いた。
「ねぇ…タイシン。貴女はどう思う?」
「え? アタシ? うーん…」
いきなり話を振られてびっくりするが、いつもの事なのですぐに順応して顎に手を当てながら考える。
「なんか…おかしくない? この状況…」
「お…おかしい?」
一体どこがおかしいのだろうか。
一見すると、アルダンと今のモンスニーの実力は拮抗しているようにも見えるが。
「だってさ、アルダンの脚質は『先行』で、モンスニーさんの脚質は『追い込み』なんだよ? 普通なら、モンスニーさんがアルダンの後方に位置してないとおかしくない?」
「お…追い込み…?」
初めて聞かされたモンスニーの脚質。
もしそれが本当ならば、確かに今の状況は明らかにおかしい。
「成る程な…これはアレだな。アルダンが完全に『乗せられてる』な」
「乗せられてるって…?」
大久保トレーナーの言った一言が良く理解出来ず、チヨノオーは頭の上に?マークを浮かべて小首を傾げた。
「要は、今のアルダンはモンスニーお姉さまの放つプレッシャーに気圧されているの。お姉さま自身は完全無自覚でしょうけど」
「プレッシャー…」
誰もが一度は憧れるGⅠにおいて、二度にも渡って幾多の強豪を圧倒し、最強の存在と壮絶な一騎打ちを繰り広げた。
まだまだ調整中とはいえ、当時からモンスニーが潜在的に持っていた『圧迫感』は未だに健在だった。
それが今、隣りを走っているアルダンの全身へとモロに浴びせられている。
「モンスニーお姉さまの名の由来となった『モン・スニ』…1953年から2003年までフランスのリヨンとイタリアのミラノをフレジュス鉄道トンネル経由で結んでいた国際列車とされているわ」
「ふーん…だからモンスニーさんは鉄道とか列車が好きなんだ」
自分の名前が列車から取られていれば、そりゃ自然と興味も湧くだろう。
だからと言って、それに巻き込まれる方は溜まったもんじゃないが。
納得しつつも、同時に呆れ顔もしたタイシンだった。
「本当は少しでも前に行きたいと思っているアルダンでしょうけど、モンスニーお姉さまの『座席』に強制的に座らされている以上、行きたくても行けないという状況に陥っている。モンスニーお姉さまは自分の走りをしているだけなのに」
焦りと不安から本領が発揮出来ない。
ミスターシービー。カツラギエース。ニホンピロウィナー。
かの最強クラスのウマ娘達は、常にこのプレッシャーを浴び、その上でモンスニーと互角以上に走ってみせたのか。
想像するだけで、当時のレースがどれだけ激しかったかが伺えた。
(アルダン…『今の』モンスニーお姉さまに快勝しろとは言わないけど、そのプレッシャーを撥ね退けるぐらいは出来ないと、この私の背中を追い駆けるなんて夢のまた夢よ。モンスニーお姉さまの『真の実力』はこんなものじゃ済まされない。本格的に『覚醒』をした暁には…モンスニーお姉さまの実力は確実に国内でも五本の指にすら入る。場合によっては、海外で活躍しているウマ娘たちすらも食ってしまいかねない。貴女は今、それ程の相手と共に走っている…。それを自覚しなさい…)
・・・・・
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走っても。走っても。走っても。
全く差が広がる気配が無い。
第一コーナーを回って直線に入り、アルダンとモンスニーとの差はほんの少し…1バ身にも満たない。
本来ならば『先行』であるアルダンは現時点で、『追い込み』であるモンスニーに大きく差を広げているのが普通だ。
『追い込み』の真骨頂は、最後の直線にあるのだから。
今はまだ足を溜めている状況。
であるにも拘らず、二人の差は殆ど無い。
「はぁ…はぁ…はぁ…!」
(なんて重苦しいプレッシャー…! 少しでも隙を見せたら最後…一瞬で追い抜かれる…そんなビジョンが頭から離れない…!)
ほんの僅かとはいえ、前を走っているのは間違いなくアルダンの方だ。
このリードを守れれば、辛うじてではあるが勝ちは見えてくる。
だが、『追い込み』を得意とするモンスニー相手に『リードを守る』なんて呑気な考えは絶対にしてはいけない。
最後の直線で怒涛の大逆転をするのが『追い込み』を得意とするウマ娘達なのだ。
「いやー…やっぱアルダンは凄いねー。お姉さん、タジタジですよー」
(全く…疲れた様子が無い…!?)
他のメジロ家のウマ娘の例に漏れず、モンスニーもまた生粋の『
どのレースでも長い距離を走る関係上、その体内に秘めたスタミナはかなり多い。
特にモンスニーは、今でも国内最強クラスの実力を誇る者達と激走をしてきた。
全方位から浴びせられる圧倒的なプレッシャーは、それだけで心と体を大きく疲弊させるはずだ。
そんな中でも見事にレースを走りきるだけに留まらず、幾つもの重賞レースを制し、大きな舞台であるGⅠで二連続僅差の二着という結果を残した。
本人は即座に笑いながら否定するだろうが、余りにも『度胸』が違い過ぎる。
モンスニーは知らず知らずの内に、本人も無自覚のままに強者たちが放つプレッシャーに耐性が付いていた。
しかも、当人も同種のプレッシャーを当たり前のように放つから質が悪い。
「もうすぐ最終コーナーだねぇ~。んじゃ、そろそろ…」
ゾクッ!
アルダンの背筋に冷たい物が流れる。
まるで、背中に氷柱でも入れられたかのような感覚。
咄嗟に目だけを後ろに向かせると、そこには…。
「『モーター』に電流を流しますかねー…!」
僅かだが、でも確かに、その両目から『紅い火花』を散らし、光の残像が見えた。
(これは…まさか…ラモーヌお姉さまと…同じ…!?)
アルダンは過去に一度だけ、これと全く同じ現象を目撃したことがある。
それは、ラモーヌがとあるGⅠレースに出場した時。
観客席からでもハッキリと分かるほどの凄まじい迫力。
あの時のラモーヌもまた、今のモンスニーと同じように目から火花を散らせていた。
(モンスニーお姉さまも…ラモーヌお姉さまと『同じ領域』に…!?)
驚愕しながらも二人は最終コーナーへと突入していく。
僅かしかなかった二人の差が徐々に縮まっていく。
そして、最終コーナーを抜けた時…。
「…………え?」
モンスニーの背中が目の前にあった。
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「えっ!? い…いつの間にモンスニーさんが前にっ!?」
二人の姿はずっと目で追っていた筈なのに、チヨノオーにはモンスニーがアルダンを抜き去った瞬間が全く見えなかった。
本当に刹那の出来事。
瞬きをした一瞬の内に前に出たと言われても信じてしまう。
それ程までに『一瞬』だったのだ。
「勝負あり…ね」
「だね。この状況で前に出たモンスニーさんを止めるのは容易じゃないよ。特に『先行』や『逃げ』を得意としている連中は…ね」
「この状況での逆転を狙えるとすれば、それこそ同じ『追い込み』か『差し』じゃないと難しいだろうな」
ラモーヌ、タイシン、大久保トレーナーがそれぞれの意見を言っている間にも両者の差はグングンと広がっていくばかり。
やがて、二人の差は3~4バ身ぐらいにまで広がっていた。
「き…来ました! ウソ…あのアルダンさんが…!?」
チヨノオーが驚いている間に、モンスニーが目の前を通過して行った。
「ゴール! お姉ちゃんの勝ち~!」
ゆっくりと速度を落としていきながら、皆の元まで戻ってくる。
それから数秒後にアルダンもゴールをした。
「お疲れ様、アルダン。はい、タオルとスポドリ」
「はぁ…はぁ…はぁ…ありがとう…ございます…」
まるで併走とは思えないような迫力。
模擬レースだったと言われても違和感が無い。
息も絶え絶えなアルダンに対し、モンスニーも呼吸が激しくはなっているが、彼女ほどにはなっていなかった。
そんな二人にラモーヌが静かに近づいていく。
「モンスニーお姉さま。お見事でした。流石ですね」
「いやいや…併走でそこまで褒められてもね~」
なんて言いつつも、照れ隠しに後頭部を掻いて誤魔化すモンスニー。
飄々としている彼女の貴重な瞬間だ。
「それで…アルダン。どうして私が貴女をモンスニーお姉さまと併走させたのか…分かったかしら?」
「はい…十分過ぎるほどに…」
「それは良かったわ」
これは、姉なりの激励と注意喚起。
この程度でへこたれていては、これからのレースでは勝てない。
彼女の同期には、スーパークリークやタマモクロス、イナリワン…そして、あのオグリキャップが存在している。
いずれも生半可な覚悟では勝つ事が出来ない強敵揃い。
嘗て、伝説級のウマ娘達と激動の時代を共に生きたモンスニーとの併走は、アルダンにとって良い意味で刺激となった。
「モンスニーお姉さま。今回は本当にありがとうございました」
「いやいや。お礼を言うのはこっちの方だから。急な併走に付き合わせちゃってゴメンね?」
「お気になさらないでください。走る前も言いましたけど、私も前々から一度、モンスニーお姉さまと走ってみたかったですし」
「そう?」
「もし機会があれば、その時はまたお願いできますか?」
「そりゃ勿論。可愛い妹たちの頼みとあれば喜んで」
「ありがとうございます」
まるで本当の姉妹のような会話を聞きながら、チヨノオーはメジロモンスニーというウマ娘の凄さを改めて知ったような気がした。
実力も、その性格も、全く底が見えない。
だけど、どこか親しみを覚えてしまう不思議なウマ娘。
「チヨちゃんもごめんね? 変に時間を取らせちゃって」
「い…いえいえ! 全然大丈夫ですから! 寧ろ、凄い勉強になったと言いますか…」
とはいえ、正面から話すとまだ緊張が抜けない。
それは単純にモンスニーが年上だからだろう。
誰もが一度は経験する独特の緊張感だ。
「流石に疲れたから休憩するねー。いいよねトレーナー?」
「当たり前だ。ゆっくりと休んでくれ」
「やったー。んじゃ、ここはお姉さんが皆にジュースを奢ってあげよー。何がいい?」
こうして、いきなり始まってしまったアルダンとモンスニーの併走という名の模擬レースは幕を閉じた。
この時の経験が、後にアルダンを大きく成長させる切っ掛けとなるのだが…それはまた別のお話。