9月25日 日曜日
当然だが今日は練習は休みで、ウマ娘達も思い思いの休日を満喫している。
しかし、彼女達だけは違っていた。
市内を走る黒塗りのリムジン。
明らかに目立っている超高級車の中に彼女達は乗車していた。
「あのさ…別に休日にレースを見に行く…ってのは全然いいんだけどさ…」
「どうかしたの?」
「…どうして、よりにもよってメジロ家ご用達のリムジンで行くことになってるワケ?」
毎度の如く仏頂面を見せながら後部座席に座っているのはナリタタイシン。
休日だから勿論、私服を着ている。
「つーかさ、今の私って完全に浮いてない? 場違い感が半端じゃないんだけど」
「そんなの別に気にする必要ないって。ね、クリーク」
「そうですね~。それよりも、こんな凄い車に乗るのなんて初めてですから、少しだけ興奮してます」
これまたいつものようなニコニコ笑顔を見せているスーパークリーク。
雰囲気だけで言えば、完全にクリークの方が車の主のようだ。
「けど、偶にはこういうのも悪くは無いよね。休日にチームの皆でレースを見に行くって。何気に初めてじゃない?」
「言われてみればそうかも。スピカの皆とは違って、アタシ達ってプライベートはバラバラだから」
もう完全にセットとして扱われつつあるモンスニーとシービー。
となると、残りの一人は当然…。
「今後からは、こんな機会を増やしても良いかもしれないわね。折角、モンスニーお姉さまが本格復帰しようとしているのだし」
彼女…メジロラモーヌもいる訳で。
ついでに言うと、保護者としてトレーナーである大久保も一緒だ。
「しかし、まさかラモーヌから外出の誘いが来るとは思わなかったな。しかも、チームの皆と一緒きてる」
「あら。そんなに意外かしら?」
「意外だろ。今までずっと外を放浪してたんだから」
「ふっ…そんな事もあったわね」
完全に受け流す気満々。
やっぱりラモーヌに腹芸では勝てない。
「つーか、リムジンの中ってこんな風になってたんだね。よく映画とかで見た事はあったけど…まさか、本当に飲み物とかが置いてあるとは思わなかった」
「そんなもんなのかな? 私達はもう完全に慣れちゃったけど。ね、ラモーヌ」
「そうですね、モンスニーお姉さま。トレセン学園に入る前はよく皆が揃ってリムジン通学をしていましたね」
「「「「リムジン通学…」」」」
前代未聞のパワーワード。
他のメジロのウマ娘達が学校の校門前で一斉にリムジンから降りてくる光景を想像すると、迫力が半端じゃない。
目の前にいるモンスニーやラモーヌも含め、未だに現役で走っているメジロ家のウマ娘達はいずれもが超一線級の実力者ばかりだ。
知る者が見れば、その光景だけで卒倒してしまうかもしれない。
「そういや、今日はどこのレース場に向かってるんだ? まだ何も聞かされてないんだが」
「あら、言ってなかったかしら?」
「今日、行こうとしてるのは『中京競バ場』だってさ」
「中京で今日あるレースと言えば…」
「『神戸新聞杯』ですね」
神戸新聞杯。
嘗てはURAが阪神競バ場で行っていた重賞競走(GⅡ)である。
『神戸新聞』とは、神戸新聞社が発行している日刊紙で、同社からの寄贈賞の提供を受けている事から、この名で呼ばれるようになっていった。
「昔はよく阪神でやってたけど、ここ数年は中京でもやるようになっていった…んだよね?」
「その通り。よく覚えてたわねタイシン」
「まぁ…これぐらいは当然の知識っしょ…」
モンスニーに褒められてそっぽを向くタイシンであったが、その顔は赤くなっていて、満更でもなかったようだ。
「確か、神戸新聞杯は3着までのウマ娘に『菊花賞』への優先出走権が与えられる菊花賞トライアル…。今回のレース結果次第じゃ、次の菊花賞が荒れてくる可能性があるな」
トレーナーらしく分析をし始める大久保。
もう完全に職業病になっている。
「そう言えば、神戸新聞杯って前にモンスニーさんも出走した事って無かったっけ?」
「あったよー。あれは確かー…皐月賞とダービーの後ぐらいだったっけ。懐かしいな~。あの時の結果は…」
「3着だよ」
モンスニーが首を捻って思い出そうとしていると、横からシービーがズバッと言ってくれた。
「マジでよく覚えてたね…走った本人である私が忘れかけてたのに…」
「モンスニーのレースだからね。神戸新聞杯で3着になったモンスニーは、菊花賞への優先出走権を見事に手に入れた。けど…」
「あの後、足指の骨折が明らかになっちゃって、結果として菊花賞への出生を断念せざる負えなかったんだよねー。あの時は割とマジで悔しかったなー」
にゃはは…と今では他人事のように笑い飛ばしているモンスニーではあるが、当時は悔しいなんてもんじゃなかった。
普段の彼女からは想像もつかない程に本気で悔しがり、ベッドに顔を埋めながら涙を流して歯を食いしばり、己の不甲斐無さを恨み、呪った。
今のモンスニーにとっては完全な黒歴史となっているが。
「当時の評論家の中には、菊花賞でモンスニーお姉さまがシービーを打ち破り、彼女の三冠を阻止できる唯一の存在と言っていたらしいわ」
「まぁ……」
「実際に二人の実力って殆ど互角だし、そう言いたくなるのも当然だよね」
ラモーヌの追加情報でクリークは驚き、タイシンは納得する。
それだけシービーの実力が圧倒的であり、当時にモンスニーの実力が非常に高く評価されていたという証拠である。
「ラモーヌお嬢様。モンスニーお嬢様。もうすぐ到着です」
「ですってよ。一体どんなレースが待っているのかしら…今から楽しみだわ」
運転手から教えられ、ラモーヌの顔が急に変化する。
具体的に言えば、レース前の興奮したような状態だ。
「神戸新聞杯…か」
モンスニーにとっては因縁浅からぬレースの一つ。
楽しみなような、そうでないような。
なんとも複雑な感情を抱えながら、リムジンは中京競バ場への駐車場へと入って行くのだった。
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日曜日と言うこともあって、中京競バ場は平日以上に大きな賑わいを見せていた。
ファングッズを持って応援に来た者。
新聞片手に厳しい目でレースを見に来た者。
誰かに誘われて初めてレースを見に来た者など様々だ。
そんな中、一際目立つ威容を放ちながら観客席を歩く集団があった。
「何処で見ようか? 今からだと空いてる場所は少なそうだけど…」
「ご心配なく。こんな事もあろうかと、ちゃんとチームレグルスの為だけに展望台席を予約しておきましたわ」
「展望台ですって~。素敵ですね~」
「さ…流石はラモーヌさん…全く抜かりがない…」
「アタシ、展望台席って入るの初めてかも。普段は走る側だしね」
「それを言ったら俺もだよ…しがない貧乏トレーナーの身じゃ、学園側がどうにかしてくれた時以外は縁が無い場所だからな…」
「「「「「トレーナー…」」」」」
年頃の少女達に憐れみの目で見られる成人男性。
だが、周囲の人々にとって彼の存在はどうでもよかった。
問題なのは、彼の前を歩く五人のウマ娘達。
「お…おい…あれってまさか…」
「ちょ…嘘だろ…!? なんで、こんな場所にいるんだよ…!?」
急に周りが騒然となる。
無理もない。
何故なら、彼女達は現在進行形で多くの人々に感動を与え続けている有名なウマ娘達なのだから。
「永世三強の一角の…スーパークリーク…! レースじゃ凄い迫力なのに、プライベートだと、あんなにおっとりとしてんのか…」
「BNWの一人…ナリタタイシン…すげー…本物だ…」
「メジロの至宝…メジロラモーヌだ…なんつー存在感だよ…」
「あ…あれってまさか、伝説のウマ娘のミスターシービーかよっ!? はは…夢みたいだ…」
「その宿命のライバルであり、同時に伝説の好敵手の異名を持つメジロ家の誇る超特急…メジロモンスニー…! 怪我から復帰したって噂は本当だったんだ…」
もうすぐ始めるレースに夢中になっていた観客達を一瞬で素に戻した集団。
その本人達は、なんとも微妙な顔をしていた。
「なんか…注目されてない? 自意識過剰かもだけど」
「奇遇ですねタイシンちゃん。私も、なんだか周りから見られてるような気がするんですよ~」
「気がする…じゃなくて、実際に見られてるのよ。実際に貴女たちはレースで活躍しているウマ娘達なのだから。プライベートでも、その威容は隠せないってことね」
「アタシたちもなんか見られてない?」
「シービーは当然として、私も見られてる? なんで?」
レースとは別の意味で観客達をざわつかせたチームレグルス御一行は、そのまま隙間を縫うようにしながら移動をし、展望台席へと向かっていくのだった。
道中、大久保トレーナーは全く見向きもされなかった。
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レース終了後。
モンスニー達は中京競バ場内にある食事処にて昼食を食べていた。
「いやはや…見るレースなんて割とマジでいつ以来だろ。普通に楽しくて興奮しちゃったわ」
「喜んで貰えたようで何よりですわ。モンスニーお姉さま」
隣できつねうどんを啜りながら耳をずっと左右に揺らしているモンスニーを微笑ましく見つめているラモーヌ。
もしかしたら、これこそが彼女の本当の目的だったのかもしれない。
「今回勝った、あのジャスティンパレスって子も凄かったね」
「五番人気だったにも関わらず、それを全く気にしない走りでしたね~」
「一番人気だったパラレルヴィジョンを大きく引き離してからの一着だったからな。見事なもんだ」
タイシン、クリーク、大久保の三人もさっきのレースを振り返りながら食事を勧める。
そんな中、シービーは頬杖を付きながら、じっとモンスニーの事を見つめていた。
「…で、ぶっちゃけどうだった? 今日、レースを見に来て」
「…うん。なんつーかさ…割とマジで見に来てよかったって思う。神戸新聞杯って、私にとっても色んな意味でターニングポイントになったレースだったからさ…。見るまでは正直、不安もあったんだよね。でも…」
「でも?」
「不思議と、全く気にしなくなってた。それどころか逆に、前以上に『もっと走りたい。早く走りたい』って気持ちが大きくなってた」
急に箸を止め、澄んだ目でスープの水鏡に映る自分の顔を見つめる。
もう迷いは無い。恐れも無い。
己の道を突き進み、勝つだけ。
「来年の天皇賞…絶対に負けないからね。シービーは勿論だけど、カツラギエースやニホンピロウィナーにも…!」
「それはこっちの台詞。どうやら、休日を返上してまでレース観戦に来た甲斐はあった…ってことでいいのかな? ラモーヌ」
「えぇ…そうね。モンスニーお姉さまのモチベーションを更に向上させられれば…と思って企画したのだけど、どうやら私の想像以上の効果だったみたいね」
目の前で繰り広げられる激戦を見て、モンスニーの中でずっと燻っていたウマ娘としての本能とも言うべき闘争本能に火が付いた。
否…火自体は最初から着いていた。
今回の事で、その『火』が更に燃え上がり『炎』に変わっただけだ。
「明日から、また頑張らなくっちゃね。その為にもまずは腹ごしらえだ。つーわけで…」
残っていたうどんを一気に食べ尽くし、どんぶりを大きく掲げて一言。
「おばちゃん! うどん、もう一杯!」
腹が減っては戦は出来ぬ。
モンスニーにとっての『戦』は、まだまだ始まったばかりだ。