暫くは暇しなさそうですね。
トレセン学園 生徒会室
普段は生徒会役員たちが仕事をしているこの部屋だが、今は二人のウマ娘だけとなっていた。
「ふぅ…いつ飲んでも、君が淹れてくれる紅茶が私には一番美味しいよ」
トレセン学園の生徒会長にして、多くのウマ娘達から羨望の眼差しを集めている『シンボリルドルフ』。
「そう言ってくれると、こちらとしても淹れ甲斐があるというものだ。我が友よ」
ルドルフの一番の友人にして、互角以上の実力を誇るドイツから来た名家生まれのウマ娘『アウセンザイター』。
入学時からの友人であり、お互いに前代未聞の七冠制覇という大偉業を果たした者同士。
彼女達もまた、シービーとモンスニーのようなライバルであり無二の親友でもあった。
「気のせいだろうか。今日の学園はどうも騒がしく感じるが…」
「君もそうか。我が友シンボリルドルフよ。実は、私も同じことを感じていたのだ」
「アウセンザイターもか…」
トレセン学園の誇るウマ娘である二人が、学内に起きた僅かな変化を感じ取る。
その勘が正しかった事を、彼女達はすぐに知ることになる。
「ふむ…私が調べてくるか?」
「いや。別に大丈夫だろう。何か事件でもあったのならば話は別だが、どうやらそうではないようだしな」
「もし大きな何かが発生すれば、すぐにルドルフの元に連絡が来るはずだからな」
「そういうことさ」
そう言い終えたタイミングでルドルフの持っていた紅茶が空になる。
カップがソーサーに置かれたのを見て、アウセンザイターがおかわりの紅茶を淹れようとした…その時だった。
「やっぱり、二人して生徒会室にいらしたんですね」
コンコンというノックの後に、生徒会室の扉が開かれ、一人のウマ娘が姿を現す。
右耳に鉢巻の耳飾りを着け、その頭には寿司職人が被っている帽子を身に着けている。
自信に溢れた余裕ある笑みを浮かべながら、彼女は悠々と中へと入ってきた。
「いつの間に帰って来ていたんだ? ギンシャリボーイ」
「ついさっきですよ。お久し振りですね。シンボリルドルフ。アウセンザイター」
ギンシャリボーイ。
シンボリルドルフ。ミスターシービー。ナリタブライアンに並ぶ、無敗の三冠ウマ娘の称号を持つ、国内屈指の実力を誇るウマ娘。
レースに関しては天賦の才を持っており、なんとその脚質は『自由自在』。
あらゆる状況、あらゆる展開に陥っても、見事な逆転勝利を幾つも見せてきた彼女はいつしか『日本の誇り』とまで言われる程のウマ娘となった。
これまでにもルドルフやアウセンザイターとは何度も熾烈な激闘を演じており、その勝率は一進一退。
ライバル二人からは『ギンシャリボーイならば世界でも通用する』と思われており、いつかは凱旋門賞に挑戦してみるのも良いかもと思っている。
そんな彼女の好きな食べ物は勿論『寿司』であり、実家も寿司の店を経営している。
幼い頃から両親の元で料理人としての修業を積んできただけあって、アウセンザイターとは料理人としてもライバルだったりする。
「もう調整は終わったのか? 我が友ギンシャリボーイ」
「えぇ。バッチリ完了しました。今なら、どんなレース、どんな天候、どんな距離であっても負ける気はしません」
「大きく出たな」
「だが、それでこそだ」
この場にいるのは、いずれも三冠達成者のみ。
圧倒的強者のみが放てるプレッシャーが室内に充満するが、すぐにそれは霧散する。
「なんて、別に私は二人にレースを挑みに来たんじゃないんですよ。単に挨拶をしに来ただけなのに…」
「それは申し訳ない。詫びとして、何か一品作ろうか?」
「なら、私は貴方が作ってくれる『オムライス』が久々に食べたいです。その代り、アウセンザイターにも私の料理を食べて貰いたいです」
「ほぅ…それは?」
「新鮮な魚介類を豊富に使った海鮮丼。実はもう食堂の方に食材は運び込んであるんです」
「ふっ…流石は我が友だ。その手際の良さ…見事の一言に尽きる」
「では、私は味見役をさせて貰うとしようか。実に楽しみだ」
結局、料理好きの性には逆らえず、いつの間にか互いの料理の品評会をすることに。
そして、ちゃっかりとルドルフは食べる気満々になっていて、それに対して何にも言わない辺りが、この三人の絆の深さを感じさせた。
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練習用のターフ。
数多くのウマ娘達がここで練習を重ね、時には併走などを行っている場所。
時間的には、まだフウウンサイキやラモーヌがピンクフェロモンと話している最中の頃。
二人のウマ娘が汗水を流しながら練習をしていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…よっし! 小休止終わり! ダブルアール! もう一丁、付き合え!」
「おう! 望むところだ! ドンと来やがれ! カツラギエース!」
圧倒的な『逃げ』にて他を凌駕し、シービーやモンスニー達を激しくライバル視すると同時に大切な友人とも思っているウマ娘『カツラギエース』。
そんな彼女と併走をしようとしているのは、有マ記念を制した事もある、自らを『地獄』と称するウマ娘『ダブルアール』。
口調こそは乱暴だが、二人とも後輩想いのウマ娘なので、何気に校内では人気があったりする。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! これでどうだぁぁぁぁぁっ!!」
「その程度で『地獄』から逃げ切れると思ってんじゃねぇぞっ!!」
得意の『逃げ』を発揮して前を行くカツラギエースに対し、『差し』の脚質を持つダブルアールが背後からグングンと追いついてくる。
コースの状態なんて関係ない。
天候なんて知った事か。
どこであろうと、自分の走る場所こそが『地獄』である。
そう言わんばかりの力強い走りに、全力で抗うカツラギ。
お前が『地獄』を作るなら、アタシはその『地獄』を攻略してやる。
そんな迫力と意思を全身から溢れ出し、周囲で見ていたウマ娘達は只々圧倒されていた。
…約一名を除いては。
「おうおう! 相変わらず活きのいいブッ込みをしてくれてんじゃねぇか! お二人さんよぉっ!!」
「いいっ!?」
「こ…この声は…まさかッ!?」
いきなりターフに聞こえてきたドスの聞いた声に驚き、二人はゆっくりとスピードを落としながら足を止め、大きく目を見開きながら突然の来客に一瞬だけ思考が停止する。
彼女達の視線の先にいたのは、あろうことか自分の髪をリーゼントヘアーにしてサングラスをしている、少し厳ついウマ娘。
「チョクセンバンチョー…たった今、トレセン学園に戻ってきたんで…そこんとこ夜露死苦ぅっ!!」
「「チョクセンバンチョーっ!?」」
チョクセンバンチョー。
その名が表わす通り、直線でのスピードは国内屈指であり、特にその脅威過ぎる末脚を最大限に利用する『差し』での実力は圧倒的で、その足は三冠ウマ娘達にも決して引けを取らないレベル。
事実、あの三冠ウマ娘であるギンシャリボーイとは何度となく歴史に名を残す程の名勝負を演じたことがある。
嘗ては溢れ出る闘争心を抑えきれずに実力を発揮出来ないでいたが、今のトレーナーと出会った事で自己制御の技術を習得し、見事にその闘争心をフルにレースに使えるようになった。
そんな経緯もあり、性格や過去もよく似ているダブルアールやカツラギエースとは妙にウマが合うようで、よく三人でつるんでいたりする。
「お前…いつ戻って来たんだよッ!?」
「ついさっきだよコノヤロー!」
「水臭ぇ奴だな! 戻って来るなら来るで、一言ぐらい連絡入れろよな! 出迎えぐらいしたのによ!」
「お? それもそうだな…ワリィ。フツーに忘れてたわ」
「「だと思った…」」
なんだかんだ合って長い付き合いになるので、二人ともチョクセンバンチョーの性格は把握している。
良くも悪くも不器用で真っ直ぐで、サプライズなんて考えるような性格はしていない。
そんなに器用でもないし、そもそも隠し事や嘘が嫌いだから。
「にしてもテメェら…人が学園を離れてる間に、随分と強くなってるみたいじゃあねぇか! あぁっ!?」
「あったりめぇだ! お前が外で調整している間に、オレらだって強くなってんだよ!」
「そーゆーこった! あたし等を前のあたし等と同じと思ってたら怪我するぜ!」
自分の言葉にも全く怯まず、それどころか全力で返してくる。
それでこそダブルアール!
それでこそカツラギエース!
全く変わらないどころか、前以上に心身共に強大に成長している彼女達を見て、チョクセンバンチョーの興奮は一瞬で最高潮へと達した。
「最高だ…! さいっこうだぜテメェら!! それでこそ、このオレ様が認めたウマ娘だ!! もう我慢出来ねぇ!! オレも混ぜやがれぇっ!!」
自分が制服を着ていると言う事もすっかり忘れ、チョクセンバンチョーが『良い笑み』を浮かべながらターフへと降りてくる。
二人の元まで行くと、すぐにバチバチと闘争心全開の睨み合いが始まった。
「テメェの産み出す『地獄』とやら…今度こそ爆走してやるからよぉ…そこんとこ夜露死苦ぅっ!!」
「やれるもんならやってみやがれってんだ…! このオレの『地獄』に入ったが最後…大火傷じゃすまねぇぞゴラァッ!!」
「んあ? 地獄も爆走も関係ねぇ…勝つのはアタシだっ!!」
「「「むむむむむ…!」」」
実力伯仲のウマ娘同士が激しく火花を散らす。
もう誰にも彼女達は止められないのか。
皆が本気で心配し始めた時、とある人物の大声が聞こえてきた。
「こらー! チョクセンバンチョーさーん!」
「げっ!? た…たづなさんっ!?」
走って来たのは、理事長秘書の駿川たづな。
普段は優しげな笑みを浮かべている女性なのだが、今回は普通に怒っていた。
「走ること自体は一向に構いませんけど、それならちゃんと着替えてから走ってくださーい!」
「別に制服のままでもいいじゃねぇかよー!? 仕方ねぇ…勝負は一旦お預けだ! また後でな!」
「待ちなさーい!」
「待てと言われて待つウマ娘がどこにいるってんだよー!」
完全に二人を置いてきぼりにして、チョクセンバンチョーとたづなは何処かへと去って行った。
残されたのは、不完全燃焼状態となったダブルアールとカツラギエースだけ。
余りにもいきなり過ぎる出来事の連続に、流石の彼女達も呆気にとられていた。
「…どうする?」
「…帰るか。疲れたし」
「賛成。自販機でなんか買って帰ろうぜ」
「だな…」
こうして、結果として荒々しい三人のウマ娘達の一触即発は回避されたのであった。