余りにも働き過ぎなルドルフを見るに見かねたモンスニーは、彼女の身柄をテイオーやツルマルツヨシに強制連行させ無理矢理にでも休ませ、その代わりに自分が代理の生徒会長として仕事の肩代わりをしようとしていた。
だが、想像以上に生徒会長の仕事はハードで、一時間でもう既に疲労困憊状態だった。
そんなモンスニー達の生徒会活動はまだまだ終わりが見えてこない。
「えー…カワカミちゃん? アナタに悪気が無いのはお姉さんもよーく理解してるわ。だから、今後は力の調節をして気を付けるようにしてね?」
「はい! もう二度と、モンスニーさんにご迷惑をおかけしないように致しますわ!」
「うん…返事だけは百点満点ね…」
とはいえ、このまま何もお咎め無しなのは彼女の為にもよくないので、カワカミプリンセスには罰として校舎内のポスターの剥がし作業をお願いすることに。
「ターキーオーンー? もう何度も何度も何度も何度も注意されているにも拘らず、どーしてまた爆発騒ぎなんて起ってるのかなぁ?」
「それはこっちが聞きたいよ。一体何が間違っていたのか…材料は何も間違ってはいなかった筈なのに…温度か? それとも湿度? ううむ…色々と失敗の原因を突き止めなくては。と言う訳だ。大丈夫。今度は失敗などしないと約束しようじゃあないか」
「うん。反省の色は全く無しと」
タキオンのこの情熱自体は本当に称賛するが、その副産物として発生するトラブルはいただけない。
今までにも、一体何回タキオンの失敗という名の爆発騒ぎに巻き込まれてきた事か。
これはもう生徒会云々の話の次元ではなくなってきている。
「そっちがその気なら、私達にも考えがあるわ。ブライアン…あの子を呼んで」
「分かった。出番だぞ、クリーク」
さっきからずっと奥の部屋でモンスニー達の作業効率向上の為にお茶を淹れ続けてくれていたクリークが遂に呼び出された。
彼女の姿を見て、さっきまで余裕の顔をしていたタキオンが急激に青ざめていく。
「はーい♡ 呼びましたかー?」
「ちょ…ちょっと待ってくれモンスニーさん! 流石にクリーク君は反則じゃあないのかいっ!?」
「問答無用。てなわけで…クリーク。実はタキオンってば、最近ずっと実験続きで疲れちゃってるみたいで、貴方なりのやり方でこの子の事を癒してあげてくれない?」
「私のやり方で良いんですか?」
「うん。思う存分にやっちゃって」
「分かりましたー♡」
悪意なんて微塵も無い。
どこまでも眩しく愛情に満ちた笑顔でタキオンにじりじりと寄っていくクリーク。
その手には何故かおしゃぶりと哺乳瓶が握られている。
「さぁ…タキオンちゃん。今から私がたーっぷりと甘やかしてあげますからね~♡」
「や…やめ…やめ…やめ……あ――――――!! お助け――――――!!」
アグネスタキオン。
スーパークリークに強制連行されてリタイア。
「さようならタキオンさん。これで少しは大人しくなってくれると嬉しいのですが…」
「クリークママの甘やかしパワーは絶大だからねぇ~」
「一度でも罠にかかってしまったが最後…抜け出す術は無いからな…」
「ウチの姉貴ですら、クリークの前じゃほぼ無力だからな…」
エアグルーヴにナリタブライアン。
彼女達もまた、過去に一度だけクリークによって強制幼児退行させられた経験があった。
ヒトもウマ娘も、苦痛には耐えられても快楽には耐えられないのだ。
「あー…モンスニーさん。ちょっち報告があるんだけど」
「タイシン? 一体どうしたの?」
「なんか、さっき中庭でデジタルが鼻血を出して倒れたらしいんだけど…」
「適当に保健室にでも運んどいて」
「それでいいの?」
「それでいいの。あの子が倒れるのなんてもう日常茶飯事じゃない。どーせ、10分もすれば勝手に復活するから。でも、だからと言って芝生の上に放置じゃ流石に可哀想でしょ?」
「成る程ね。分かったよ。今から行ってくる」
「お願いねー」
軽く手を振りながらタイシンを見送る。
これでまた問題が一つ片付いた。
「お見事ですねモンスニーさん。ルドルフ会長なんて、前にデジタルが倒れたと聞いた時は慌てて救急車を呼ぼうとしていたのに…」
「もう慣れっこだしね。特に、あの子と同室のさっきまでいたタキオンなんて、デジたんが倒れても表情筋一つ動かさずにベッドに運ぶわよ?」
「同室故の慣れ…ですか」
「かもね」
アグネスタキオンとアグネスデジタル。
どっちも学内では『変人』扱いされているが、その内に秘めた実力は凄まじいの一言に尽きる。
芝とダートの両方を自在に走ってみせるデジタルと、あのルドルフですら戦慄させるほどの走りを見せるタキオン。
色んな意味で目立ちまくっている二人の『アグネス』コンビであった。
「ふぅ…生徒会メンバー以外の皆も手伝ってくれてるから、なんとかなってきたわね…」
「はい。この調子ならば、溜まった書類も終わせられるかもしれません」
「フッ…やっぱりアンタも『上』に立つ側の奴だったんだな」
「上に立つ…ねぇ~…」
確かにモンスニーはメジロ家の次期当主に選ばれてはいるが、未だに『自分なんかで良いのか』という考えは払拭できていない。
どれだけ考えても、もう決まってしまった事なので撤回は不可能なのだが。
「ま…今は別にいいか。それよりも仕事仕事ーっと。ん?」
気を取り直して仕事を再開しようとすると、いきなり机の上にある生徒会専用回線に電話が掛かってきた。
この回線、ルドルフが少しでも効率よく仕事をする為に学園側に頼んで設置して貰ったらしい。
「もしもしもしもし? どなたですかー? …え?」
いつも余裕あるモンスニーの顔が一瞬にて凍りつく。
それを見たエアグルーヴとブライアンは何事かと訝しんだ。
「はい…はい…はい。本当に申し訳ありませんでした。はい…はい。では、失礼致します」
ウマ娘用の大きな受話器を握りしめながら、何度も頭を下げるモンスニー。
彼女がこんな事をするのは本当に珍しかった。
「ふぅ…」
「何があったのですか?」
疲れた様子で受話器を置くモンスニーに、エアグルーヴが思わず尋ねる。
「商店街の中華料理屋さんからの電話。スペちゃんとオグリちゃんが、またやっちゃったんですって」
「大食い…ですか…」
「そ。今回の一件で本人達には申し訳ないけど出禁にさせて貰うって」
「当然だろうな…」
スペシャルウィークとオグリキャップ。
その圧倒的な実力もさることながら、それ以上に特筆すべきはその『大食い』だった。
ウマ娘自体、普通のヒトよりも多く食べる傾向にはあるのだが、あの二人のは明らかに次元が違う。
ウマ娘視点から見ても『食い過ぎ』だと判定されるレベルなのだから。
「もうこれで何件目かしら…」
「数え切れませんね…。幸い、二人ともトゥインクル・シリーズで活躍しているので、そこまで酷い事を言う輩はいませんが…」
「だからと言って放置も出来ないだろう」
「そうよね。取り敢えず、お店に出向いて謝罪しないと…」
仕方なく席から立ち上がった瞬間、ノックも無しにいきなり生徒会室の扉が開いた。
「よぉ…話は聞いたぜ? まさか、お前が皇帝サマの代わりに臨時の生徒会長をやってるとはなぁ…。意外と似合ってるじゃあねぇか」
やってきたのはルドルフやモンスニーとは腐れ縁となっているシリウスシンボリ。
本人は完全にモンスニーの事をからかう為にやってきたのだが、それが運の尽きだった。
「ナイスタイミング! よく来てくれたわねシリウス!」
「はぁ? いきなり何言ってんだお前は?」
もう仕組まれているのではないかと錯覚してしまいそうになる程に見事なタイミングに、思わずブライアンも口を押えて笑いを堪えていた。
「ククク…アンタ…本当に運が無いな…」
「あぁ? それはどういう意味だ、ブライアン?」
「すぐに分かるさ…フフフ…」
何を言っているのか分からないまま立ち尽くしていると、モンスニーがすぐ近くまで来てシリウスに一枚のメモ紙を手渡した。
「はいこれ」
「…なんだこりゃ」
「スペちゃんとオグリちゃんが出禁になった中華料理店の住所。そこに行って生徒会として謝罪して来て」
「はぁっ!? なんで私がんなことをしなくちゃいけねーんだよ!」
「仕方ないじゃない。こっちはマジで忙しくて生徒会室を動けないんだから。もしシリウスが来なかったら、その時は仕方なく時間を割いて私が謝罪に行ってたけど…シリウスが来てくれたんなら話は別。アナタになら任せられる! いや、これはもうシリウスにしか任せられない!」
「好き勝手言いやがって…」
「などと文句を言いつつも行ってくれるシリウスちゃんなのでした」
「誰が行くか! お前が行け! 会長代理だろうが!」
「会長代理だからこそ、ここに残ってお仕事をしなくちゃいけないんですけど?」
「あー言えばこー言う…! そう言う所だけは本当に変わらねぇな…お前はよぉ…!」
「最高の褒め言葉ね。ありがとう。ってなわけで、お願いねー」
「ちょ…待てコラ!」
シリウスの背中を押して、廊下に出してから扉を閉める。
「いってらっしゃーい」
「「…………」」
余りにも強引なやり方に、流石の副会長コンビも絶句していた。
「あのシリウス相手にあそこまで言えるのはモンスニーさんと会長ぐらいですね…」
「やっぱり…只者じゃないな…モンスニーは…」
「そう? それよりも、ちゃっちゃと終わらせるわよ~! お~!」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「あ~…面白かった!」
「思い切り遊んじゃいましたね…」
「だが、いい息抜きにはなった。ありがとう、二人とも」
「「えへへ~…」」
すっかり憑き物が取れたような顔になったルドルフは、テイオーとツヨシと一緒に生徒会室に戻ってきた。
「ただいま。任せっきりにしてしまって済まない。ここからは私も手伝おう…んっ!?」
扉の向こうに広がっていたのは、モンスニーを初めとする何人ものウマ娘達が疲れ果てたように無言で倒れている死屍累々な光景だった。
「うわ~!? 皆が倒れてる~っ!?」
「ちょ…大丈夫ですかッ!?」
流石にテイオー達も一瞬で我に返る。
生徒会長の机の上に突っ伏しているモンスニーを抱きかかえながら、ルドルフは軽く体をゆすった。
「モ…モンスニー! しっかりしろ! 大丈夫かッ!?」
「あー…ルドルフー…おかえりー…。溜まってた仕事ね…なんとかついさっき終わらせたよー…」
「終わらせたって…まさか全部かっ!?」
「そーだよー…皆で分担とかしてねー…」
ウマ娘達が力を合わせて一つの事を成し遂げる。
ある意味、ルドルフが理想とした姿がそこにはあった…が、流石にこれは心が痛んだ。
「本当に色んな子達が手伝ってくれてねー…。ルドルフもさ…キツいとか大変と思った時は遠慮なく手伝って貰っていいんだよ…? それを断る子なんて一人もいないんだしさ…」
「そう…だな…。私は一人で色んな物を抱え過ぎていたのかもしれないな…」
全てのウマ娘を幸せにする。
それがシンボリルドルフの願い。
その『全て』には自分自身も含まれないといけない。
自分を蔑にする者に他者を幸せにする事が出来ない。
そんな当たり前のことを今になって教えて貰った。
己の代わりに頑張ってくれた大切な親友から。
「本当に…本当にありがとう…モンスニー…皆…」
「どーいたしましてー…。明日が日曜日で本当に良かったー…思い切り寝れるー…」
「そうだな…今夜はゆっくりと休んでくれ」
「言われなくても、そーさせて貰うよー…」
その後、途中で別の仕事も増えていて、結果的に最初よりも仕事の量がかなり増えていて、それらも全てモンスニー達が終わらせてくれていたと知ったルドルフは、暫くの間に渡ってモンスニー達に頭が上がらなくなったのだとか。