時間は少し遡り、モンスニー達がやって来た直後。
控室にて奉納劇の準備をしていたキングのスマホに、一件のメールが届いていた。
「…皆。先生からメールが来たわ」
「なんて?」
「ついさっき…先輩方がここに到着したそうよ」
「それって…カイチョー達が?」
「そうよ」
少し前にルドルフからの連絡で、彼女達が自分達の披露する奉納劇を見に来ることは聞いていた。
聞いた直後こそは喜んだり、浮かれたりしていたが、いざ本番直前ともなると流石に話が違ってくる。
「なんだろう…急に緊張してきたね…」
「きっと、会長たちが来ているって知ったからだよ…」
憧れにして、過去の奉納劇を完璧にやりきった偉大なる先人たち。
その彼女達が今度は、自分達の奉納劇を見る側となる。
これで緊張をするなと言う方が酷だろう。
「緊張? どうして緊張してるの?」
「いやだって…会長たちが見てると思うと…」
「そうだね! 皆が私達の奉納劇を見に来てくれてると思うと、なんだかワクワクしてくるよね!」
「「ワクワク…」」
もう本番も間近と言う状況にも関わらず、ウララは普段と全く変わらない笑顔を浮かべている。
これは決して緊張をしていない訳ではない。
緊張と言う状況すらも純粋に楽しんでいるのだ。
「ウララさんの仰る通りですわ!」
「カワカミちゃん…」
「ここまで来たらもう、ウダウダと考えても詮無きこと! やるべき事は全てやったのだから、後はそれを本番で発揮すればいいだけですわ!」
カワカミの言葉にテイオーとツヨシの二人はハッとなる。
何を今になって緊張なんてしているんだ。
目もくらむような大舞台なんて、それこそ何度も経験してきているじゃないか。
思い出せ、その時の高揚感と興奮を。
「…うん。そうだね。ごめん…柄にもなく、ちょっとだけビビってた。けど、もう大丈夫」
「ありがと…カワカミちゃん。お蔭で気合が入ったよ」
テイオーとツヨシの目つきが急に変わる。
まるで、今からG1のレースにでも出場するかのような目つきに。
「良い顔になったじゃない。それでこそよ」
二人に触発されたのか。
キングの顔もまた『良い顔』になる。
黄金世代の一角に名を連ね、幾多のレースを駆けてきた不屈の王がそこにいた。
「偉大な先輩達が私達の奉納劇を見に来てくれている。それだけじゃない…他にも多くの人々が今回の奉納劇を見に来ている筈よ。失敗したら…なんて考えは頭から捨てなさい。真の失敗とは、間違えることを恐れて慎重になることじゃない。臆病になって情けない舞台を見せてしまう事よ!」
キングの声に全員が円陣を組み、その手を中央で重ねた。
「今までの練習の成果…存分に見せるわよ!」
「「「「了解!!!!」」」」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
時間は戻り、モンスニー達御一行は先生に案内されて、嘗てメジロのお婆様が奉納劇を見学していたと言う場所に連れてこられた。
「ここです」
「「「「「おぉー…」」」」」
案内された場所は、木で造られたテラスのような場所で、周囲からは少しだけ高い場所にあり、舞台の高さと同じぐらいになっている。
外側からは美しい景色を一望でき、カメラでも持って来ていたらいい写真が撮れた事だろう。
「こんな場所があったとは…知らなかったな」
「あの頃は練習に勤しんでたからなー」
「あんまし、周囲を散策とかしてなかったよね」
「まだまだアタシ達も未熟だったって事だね」
「いやいや。私達はまだ発展途上でしょ」
久し振りに来た場所で見る初めての景色に、五人のウマ娘は各々に興味深そうに目を輝かせていた。
「ここは嘗て、舞台の建築をした際に余った材木を利用して作られた場所らしいです」
「へー…その割には綺麗に作られてるっぽいけど…」
「そうですね。例え端材で製作しているとはいえ、プロとして適当な代物は作れなかったのでしょう」
軽く足で小突いてもビクともしない。
隅々まで丁寧に作られている証拠だ。
「最初こそ、他の人々と同じ場所で観劇しようとしてらしたお婆様ですが、せっかくなのでと言う事で私がこの場所をお教えしたんです。すると、えらく気に入られて…嬉しそうに皆さんの奉納劇を見ておられました」
「そうですね…私も覚えております。まるで昨日の事のように…」
先生の説明を聞き、じいやが感慨深そうに目を閉じる。
彼の瞼の裏には今で当時の光景が焼き付いていた。
劇の衣装を着た、モンスニーを初めとしたトレセン学園を代表する五人のウマ娘達が華麗に、艶やかに、力強く劇を演じる姿を。
「世代が変わって、演じる側だった私達が、今度は後輩たちの奉納劇を見る側になる…か」
「それだけ時間が経ったってことでしょ?」
「私たちも、まだまだ現役の学生だけどね」
「でも…なんでだろうな。ソレ系の話をすると、途端に物悲しくなるよな」
「あぁ…私達がピチピチの女子高生でいられるのはいつまでなのやら…」
もう既に会話の内容が女子高生じゃない。
その事に誰一人として気が付いていないのが更に悲しい。
「…もし私が本当にメジロの当主になって、メジロの子が選ばれてココで奉納劇をする事になったら…見に来ちゃうのかな…」
「モンスニーの事だから来るんじゃない?」
「だな。なんかモンスニーって子煩悩になりそうなイメージだし」
「一体どんなイメージよ」
シービーとエースからツッコまれて微妙な顔になるモンスニー。
普段から後輩たちの相談役をしている事が、彼女のイメージに繋がっているのだろう。
「皆さん、もうそろそろ時間ですよ」
「「「「「お?」」」」」
先生に言われて舞台の方を見ると、そこにはカワカミプリンセスとキングヘイローが、嘗て自分達が着ていた衣装に身を包んで立っていた。
そして…奉納劇が始まった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
拍手喝采。
奉納劇が終わり、それを見ていた観客全員が演者たちに向けて万雷の拍手を送った。
それは、劇を見ていた五人も同じだった。
「見事だった…実に…見事だった…」
自分に着いて回っていたテイオーとツヨシが、こんなにも立派な劇を演じられたことが嬉しくなり、思わずルドルフの眼に涙が溜まる。
子を持つ親の気持ちと言うのを初めて理解出来たかもしれない。
「キングちゃんもカワカミちゃんも…立派になったねぇ…」
「そうだな…。まだレースでは負けるつもりはねぇけど、それ以外の部分じゃ世代交代されちまうかもしれねぇな…」
ピロウィナーとエースもしみじみとしながら劇の終わった舞台を眺める。
そこにはまだ、演者たちの熱気が残っているようだった。
「あのウララちゃんが…凄かったね…」
「なんだか見る目が変わっちゃうね…。やっぱ…ウララちゃんは別って感じがするよ…」
言動が幼く、まだ子供だと思っていたウララが、あんなにも立派に劇を演じきってみせた。
別に今までもウララの事を見下したりはしていなかったが、それでも心配する場面は多々あった。
だが、その評価も今回限りで完全に覆りそうだ。
ハルウララ…やっぱり彼女はタダ者じゃない。
「いかがでしたか? 後輩の演じた奉納劇は」
「いや…マジで言う事無いですよ。本当に凄かった。ね、ルドルフ」
「あぁ…そうだな。こんなにも感動をしたのは久し振りだ…」
「見に来てよかった…本気でそう思った」
「うん。誘ってくれたルドルフに感謝だね」
「いいものが見れた。あの子達から元気を貰った気がするよ」
高等部の上級生たちが全員揃って彼女達を褒め称える。
先生もまた、それを聞いて思わず涙ぐんでしまった。
「ここまでに至るまで、本当に色んな事がありましたが…無事に劇が終わって本当に良かったです。まだお時間がおありでしたら、今からあの子達がいる控室まで行きませんか? きっと喜んでくれると思いますよ?」
「そう…だね」
ここでモンスニーはチラっとじいやの方に視線を向ける。
それに対し、彼は躊躇う事無く静かに頷いた。
「どうぞ。私の事はお気になさらずに、行ってあげてください。私は車の用意をしておりますから」
「ありがと。それじゃ…行って来るよ」
「はい。いってらっしゃいませ」
非常に綺麗なお辞儀にてモンスニー達を見送り、この場には先生とじいやだけが残された。
「…ご立派に成長なされましたね」
「えぇ…そう思います」
「彼女ならばきっと、お婆様の後を継ぎ、立派なメジロ家の当主になられる事でしょう。そして、そんなモンスニーさんを慕い、メジロの子達が成長していく…」
「今や、モンスニーお嬢様がメジロ家の中心にいると言っても過言ではありません。あのお方がご当主になられた暁には、今まで以上に粉骨砕身の心でお仕えするつもりでございます」
お婆様がモンスニーを次期当主に選出したのは決して間違いではなかった。
反対意見は全く出なかったし、分家の者達も何も言わなかった。
後はもう、時間が全てを解決する。
「あの時…彼女達五人が奉納劇の演者に選ばれたのは…本当に三女神さまのお導きなのかもしれませんね…」
まるで運命づけられたかのような出会いを果たした五人。
幾多のレースで覇を競い、学園では良き友人として過ごし、こうして今も共に同じ時間を過ごしている。
これを運命と言わずして何と言うのだろうか。
「それでは、私もそろそろ車に戻らさせて頂きます。この度は本当にありがとうございました」
「いえ…こちらこそ。気を付けてお帰り下さい」
そして、じいやと先生もまた別れた。
この日の出来事は、ここに来た全員の胸に深く刻まれる事になるだろう。
演者の五人は自分自身の精神の成長の切っ掛けと、今の己の雄姿を尊敬する先達たちに見せられたと言う喜びで。
観劇の五人は後輩たちの大きく成長した姿と、自分達のこれからを本気で考える機会となった事に。
時は紡がれ、世代は流れる。
だが、それでも変わらないものは確かにあった。
控室に向かいながら、モンスニー達はその事実を再確認し、同時に大切で可愛い後輩たちが頼もしく成長した事を誰よりも嬉しく思っていた。
だからこそ思う。
これなら…自分達は今度こそ『専念』出来ると。
真の意味で己の過去を断ち切り、大いなる未来へと向かう第一歩を踏み出す為に。
最終回じゃないよ?