ウマ娘 ~伝説の好敵手~   作:とんこつラーメン

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懊悩

 トレーニング後、学園内を腕組みをしながら歩いていた大久保。

 その顔は険しく、その手には先程のモンスニーとシービーの出したタイムが書かれていた。

 

「はぁ…」

 

 大きな溜息が漏れる。

 別に彼女達の事に関して煮詰まっている訳ではない。

 トレーニング計画はかなり先まで綿密に組まれていて、今までのメニューもきちんとこなし、見事にその成果を出している。

 問題があるとすれば、それは大久保の精神面にあった。

 

「シービーも…モンスニーも…本当に強くなった。前から強い二人ではあったけど…まさか、ここまでだったとはな…」

 

 自分自身の盲目さに、これ程までの強さを誇るウマ娘達の潜在能力を見抜けなかった自分の愚かさに嫌気が差す。

 もっと自分がしっかりしていたら、モンスニーに精神的負担など与えずに実力を発揮させられて、あのシービーの三冠を本気で阻止していたかもしれない。

 互いに切磋琢磨し合い、今以上に良いライバル関係を築けていたかもしれない。

 全ては『もしも』の可能性。

 こんな事を考えても詮無きことなのは、他の誰でも無い大久保自身が良く理解していた。

 

 そんな彼に、ある人物が話しかけてきた。

 

「そないに景気の悪そうな顔をして、一体どうしたんや? 大久保はん」

「アナタは…」

 

 坊主頭に2メートル近くある巨漢。

 かなりの強面ではあるが、どこか優しさを感じる顔つきと声をする男。

 緑色のジャンバーを身に着けていいて、その服の下には凄まじい程の筋肉と、背中に雄々しき猛虎の刺青を持つ。

 

「メジロライアンの専属トレーナーの…」

「冴島大河や」

 

 中々に特殊な事情と経歴を持つ男ではあるが、若い頃に教師を志したことがあると言うだけあって、他人に何かを教えたり、導いたりするのが凄く上手で、トレセン学園内では密かに人気が高いトレーナーでもある。

 因みに、かなり倍率が高いとされるトレーナー試験を一発で合格してみせた逸材でもあり、理事長からもかなり期待されているとか。

 

「そないにデカい溜息なんぞ零しおってからに。なんぞ悩み事か?」

「悩みって言うか…うーん…」

 

 思い切って聞いて貰おうか。

 モンスニーがウマ娘達の悩み相談役ならば、冴島はトレーナー達の悩み相談役のような一面を持つ。

 これまでにも多くのトレーナーと話をし、彼らの悩みを彼なりのやり方で見事に解決してきたことがある。

 それに、冴島は人の悩みや相談事を誰かに話すような人間じゃない。

 大久保もそれはよく知っていた。

 

「…聞いて貰えますか?」

「ええで。時間ならたっぷりある。存分に聞いてやろうやないか」

「ありがとうございます。でも、流石に立ち話ってのもなんですから」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 そう言ってやって来たのは自販機コーナー。

 その近くにあるベンチに座っていた。

 

「あの流れ的に、てっきり喫茶店や食堂辺りに行くと思ってたわ」

「はは…近くにあったもんでつい…」

「ま、別にええけどな。で、何があったんや?」

「えぇ…実は…」

 

 そうして、大久保は静かにポツポツと話し始めた。

 最近になって、自分のチームのウマ娘であるモンスニーとシービーが、今まで以上にメキメキと実力をつけていること。

 その事を上手に見抜けなかった自分自身の愚かさを。

 

「我ながら贅沢な悩みであると自覚してるんですけどね…。でも、つい考えてしまうんですよ。あの時、もっとこうしていたら何かが違っていたんじゃないか。モンスニーも怪我をせず、あの子の内に抱えていた重荷を少しでも減らせたんじゃないか…って。まぁ…今となっちゃもう全て解決済みの事なんで、本当に何言ってんだって感じですけど」

「…………」

 

 冴島は腕組みをしながら、大久保の悩みを黙って聞いていた。

 その顔はまるで、生徒の話を聞く教師のようだった。

 

「モンスニーとシービーの話は俺もよぉ聞いとる。来年の天皇賞でまた対決するらしいやないか」

「はい。あの二人は一番の友人同士であり、ライバルでもありますから」

「友人でありライバル…か」

 

 そう言われて真っ先に思い付くのは、自分が盃を交わした義兄弟の真島の事だった。

 若い頃から殆どの時間を一緒に過ごし、時には拳を交え、時には背中を預け合いながら共に戦った、掛け替えのない大親友。

 

「そういや、モンスニーの事は、ようウチのライアンも話しとったな」

「そうなんですか?」

「おう。同じ『メジロ家』の者として、モンスニーの嬢ちゃんの事はほんまもんの姉貴みたいに尊敬しとる言うとったわ」

「アイツはメジロの子達に凄く慕われてますからね。それに、メジロの次期当主ってのも大きいんでしょう」

「あの飄々としとる嬢ちゃんが、次のメジロの頭張るんか…」

 

 冴島も、学園内におけるモンスニーの評判はよく聞いている。

 多くのウマ娘達から慕われ、今の自分のように悩み相談も受けている。

 時には生徒会の手伝いもし、この間に至っては過剰に働いていた生徒会長で友人でもあるシンボリルドルフを無理矢理に休ませ、その間に自分自身が会長代理を務めて見事に学園内の仕事を片付けてみせた。

 誰かの為にここまで頑張れる者は中々いない。

 それだけでも十分に評価するに値する。

 

「ふっ…まるで大吾みたいなやっちゃな」

「大吾って、もしかして、あのオルフェーブルのトレーナーをやってる…?」

「そや。アイツも色々と苦労しとってな。ある意味、立場的にモンスニー嬢ちゃんと大吾はそっくりなんや」

「へー…そうなんですねー」

 

 堂島大吾と言えば、色んな意味で学園内で有名人だ。

 冴島たちと同じように、ある日突然に学園長がトレーナーとして連れてきた謎多き人物。

 少し顔は怖いが、根は真面目で仲間想いで、勤勉で、困った時は迷わず誰かを頼れる。

 傲岸不遜で癖が強いオルフェーブルに苦労はさせられているようだが、それでも着実に信用と絆は紡いでいるようで、今ではよく二人一緒にいる姿を見る事が多い。

 

「最初こそ未熟者全開の若造やったが、アイツはそれを自覚しつつ、周囲からの信用と信頼を実力で勝ち取っていった。気が付いた時には、俺も自然とアイツを本気で支えてやりたいって思ってたわ」

「モンスニーも、いつかそうなると?」

「多分な。あの嬢ちゃんには独特のカリスマがあるように思えるんや。ウマ娘としてもそうやが、当主としても凄い奴になるで…きっとな」

 

 そう言われるとそうかもしれない。

 今はまだ少女だが、いずれはあの『お婆様』みたいに威厳溢れる女傑になるの…か?

 

「話が逸れてしもうたけど、自分のチームのウマ娘が強くなるに越したことはないんちゃうか? 寧ろ、大久保はんの想像すらも越えていったって思ったらええんやないか?」

「俺の想像すらも越える…」

 

 ウマ娘達の可能性は、文字通り無限大だ。

 少し前まで実力を発揮しきれずにいたウマ娘が、ある日やあるレースを境にして突如として大化けする…なんて話はそこらじゅうに転がっているから。

 昔から全てのウマ娘達の中でも屈指の実力を誇っていたシービーとモンスニーが更なる成長をしても全く不思議ではない。

 

「せやから、そんなに気にする事は無いで。あの子達が明確な成長をしたって事は、大久保はんのやってきたことが正しかった証拠や。悩む事は無い…堂々と胸を張ったらええ。そして、これからも見守ってやったらええんや。あの子達の行く末をな」

「…そうですね。どうやら、俺は物事を難しく考えすぎてたみたいです」

「そや。別に悩むこと自体は決して悪いことやない。せやけどな、時には単純に考えてみる事も大事なんや。少なくとも、俺はそう思うで」

 

 不思議と冴島の言葉が胸に染み渡る。

 成る程、教師志望だったと言うのは伊達ではないようだ。

 もし、今からでも冴島が教師になったら、きっと多くの生徒達から好かれる良い先生になっていたに違いない。

 

 もうそろそろ話を切り上げるか。

 そう思い始めた時、突如として無駄にテンションの高い声が聞こえてきた。

 

「なーんや冴島! こないな所におったんか? お? よぉ見たら大久保の兄ちゃんも一緒やないか! こらまた珍しい組み合わせやなぁ~!」

 

 やって来たのは、冴島の義兄弟にして友人でもある真島吾朗。

 その左目に眼帯を着け、他の例に漏れず強面な上に、ジャケットの前を開けて堂々を刺青を見せているので、初見でのインパクトは非常に大きい。

 だが、実際に話す事で彼の人柄の良さなどが簡単に浮き彫りになるので、こう見えて実は意外と学園内での人気は高い。

 そんな彼が担当しているのは、同じ関西繋がりで『タマモクロス』だったりする。

 

「いきなりどうしたんや真島。なんか用事か?」

「実はなー…今からトレーナー連中で一緒に飲みに行こかーって話してたところなんや。んで、折角なら冴島たちも呼ぼう思てな。こうして呼びに来たっちゅーわけや」

「そういう事か」

「ついでや! 大久保ちゃんも一緒に来たらええ! シービーの嬢ちゃんとモンスニーの嬢ちゃんのトレーニングで忙しいのは分かるけど、偶にはパーッと飲んでストレス発散でもせんと、どこかで潰れてまうでー?」

 

 真島の言う事も尤もだった。

 最後の酒を飲んだのは一体いつだったか。

 少なくとも、モンスニーが復帰する前だったような気がする。

 

「そう…ですね。それじゃあ、お邪魔させて貰います。真島さん」

「おー! 話が分かるやないかー! ほな、善は急げや! とっとと行くでー!」

「気持ちは分かるけど、そう急かすなや。ったく…トレーナーになっても相変わらずやな…真島の兄弟は」

 

 などと言いつつも、冴島の顔には笑みが浮かんでいた。

 なんだかんだ言いつつも、大切な義兄弟と一緒に飲めることが純粋に嬉しいのかもしれない。

 

「そんじゃ…行くか。大久保はん」

「ですね。冴島さん」

 

 そうして、二人は真島の後を追って皆が待っている居酒屋に急ぐのだった。

 そこで、冴島と真島、そして黒沼の予想以上に凄い歌唱力に驚かされ、完全に酔っぱらった『理子ちゃん』こと樫本理子が全力全開で某ニチアサ変身少女系アニメのOP曲を歌ったりと、中々にカオスな飲み会となったのだった。

 

 

 

 

 

 

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