トレセン学園学生寮。
その廊下にて、ドーベルがラモーヌと何かを話していた。
「フリー・スタイルレースで走って欲しい…? アナタと…?」
「は…はい! お願いします!」
「…何故?」
当然の疑問だった。
別にラモーヌはそんなに非情なウマ娘ではない。
ただ、単純に理由も無しに走るのは嫌だった。
彼女が走る時、それは彼女が『走りたい』と思った時だけ。
「あたし達の…メジロの走りを色んな人達に見せつけたいんです」
「見せつけて…それで?」
「メジロ家への先入観を払拭して、その上で興味を持ってもらいたいんです!」
「先入観の払拭…興味…成る程ね。それは分かったわ。でも…どうして『私』…なのかしら?」
その疑問は当然のように聞かれると思っていた。
だからこそ、その答えもちゃんと用意している。
「…ラモーヌさんは、メジロ家で唯一、トリプルティアラを取った『頂点』であると同時に、今のメジロ家を体現するような存在…そして、メジロ家では最も異彩を放つ存在でもある」
「…………」
必死に言葉を紡ぐが故にドーベルは気が付かない。
僅か…ほんの僅かではあるが、ラモーヌの眉がピクリと反応した事を。
「ラモーヌさんの走りはいつだって刺激的で…だからこそ、数多くの人々の心を引き付けられると思うんです! 実際…あたし自身も、ラモーヌさんの走りに魅了されて…憧れて…同じ道を行こうと決めた一人だったから…」
別にラモーヌの事を特別に想っているのは、何も実妹であるアルダンだけではない。
ドーベルもまた、同じようにラモーヌの事を強く慕っていた。
だからこその今回の『お願い』だった。
「お願いします! 少しでも新しいファンを、今度の『メジロ・クリスマス・ナイト』に呼びたいんです!」
ドーベルの必死の頼みを聞きながら、ラモーヌは真っ直ぐに彼女の瞳だけを見続けた。
「…強い目をしているわね」
「え?」
「これは…さながら『愛の焔』…と言うべきかしら」
「あ…愛…!?」
いきなり突拍子もない事を言われ、思わずドーベルの顔が赤く染まる。
「…いいわ。出てあげましょう」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
「えぇ。ただし、出るにあたって条件があるわ。それも二つ」
「ふ…二つ? なんですか?」
レースに出てくれるのは嬉しかったが、『条件』と言われて少しだけ尻込みする。
一体何を言われるのか分からないから。
「まず一つ。そのレース内で、私の事をアナタの焔で蕩けさて頂戴」
「へ? あ…はい…」
兎に角、必死に走って頑張ればいいのか?
言葉の意味を良く理解出来ず、取り敢えずそう解釈した。
「もう一つの条件、それは…」
「それは…?」
・・・・・
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「ふぇ? 私にフリー・スタイルレースに出て欲しい?」
「はい! お願いします! モンスニーさん!」
カフェテラスにてシービーと一緒にチョコレートパフェを食べていたモンスニーは、いきなりやって来て頭を下げたドーベルに目を丸くした。
「へぇ~…面白そうじゃん。出てあげたら? モンスニー」
「うーん…そう言われてもなぁ~。ねぇ、ドーベル」
「は…はい? なんですか?」
「一応、理由を聞いても良いかな? どうして私をフリー・スタイルレースに誘ったりするの?」
「それは…」
そこでドーベルは、少し言い辛そうにしながらも、ポツポツと話し出した。
メジロ・クリスマス・ナイトの集客が思うように行っていない事。
その原因の一つに、メジロ家と言う名家に対する過度な先入観が関係している事。
それをどうにかする為に、自分がフリー・スタイルレースに出場し、更にメジロ家で最も異彩を放つラモーヌにも出場をお願いし、条件付きで了承を得られたこと。
「条件…ね。もしかしてだけど、ラモーヌが出した条件の一つが『私も誘え』ってことだったりする?」
「はい。『モンスニーお姉さまもフリー・スタイルレースに参加させる事』…それがラモーヌさんの出したもう一つの条件だったんです」
「成る程ねー…」
あのラモーヌが自分の名前を出した。
その時点で彼女の思惑が大体分かった。
(アルダンの次はドーベル…か。そのついでに、私に天皇賞前のウォーミングアップでもさせようって魂胆かな?)
メジロ家のウマ娘の中で、最も自分の背中を長く、強く見つめ続けたのが他ならぬラモーヌだった。
モンスニー自身は、そこまで自分の事を過大評価などしていないのだが、そんな彼女の事を過剰なまでに信奉しているのがラモーヌ。
最も歳が近い妹みたいな存在と言う事もあってか、モンスニーもまたラモーヌの事はかなり可愛がっている。
だからこそ、彼女から向けられる大き過ぎる姉妹愛に戸惑っているのだが。
「そのフリー・スタイルレースっていつあるの?」
「えっと…今度の日曜日…なんですけど」
「分かった。少しトレーナーと話をさせて。その上で決めていいかな?」
「勿論です! アタシだって…今のモンスニーさんが大事な時期だってのは重々承知してますから」
「…そっか。ま、たぶん大丈夫だとは思うから、期待して待っててよ」
「分かりました」
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「…ってことで、今度あるフリー・スタイルレースに出ても良いかな?」
ドーベルと話をしてからすぐに、モンスニーとシービーは一緒にトレーナー室へと足を運び、さっきあった事を全て話した。
「…もしここで俺が『ダメだ』って言っても、駄々をこねて出ようとするんだろ?」
「さっすが私達のトレーナーさん。よく分かってるじゃーん」
「はぁ…本当はもっと安静にしながら今年の最後を迎えて欲しかったんだが…仕方がないか。あのラモーヌが絡んでいる時点で俺の意見なんて無効化されるだろうし…」
「「まぁねぇ~」」
「二人揃って納得しないでくれるか? 流石に傷つくから」
昔から、大久保トレーナーはラモーヌにだけは頭が上がらない。
あの独特な雰囲気よ口調にいつも振り回されている。
それでも立派にトリプルティアラを取ってみせるんだから大したもんだ。
「分かったよ。来年に向けて、今年最後の模擬レースだと思えばいいか。しかも、相手はあのラモーヌにドーベル…不足が無いどころか、間違いなく極上の相手だ。無理さえしなければ、俺からは何も言うつもりは無い」
「「やった!」」
許可は貰えた。
後はこの事をドーベルに教えるだけだ。
「そうだ! レース当日さ、アタシも見に行っても良いかな?」
「シービーも?」
「うん! 久々にモンスニーがレースで走ってる所を見たい!」
「…だってさ」
「あーもー…行って来い。ついでに、動画でも取って来てくれ。今後の参考にしたいから」
「合点承知の助! 任せておいてよ!」
「どこで覚えたんだ…そんな言葉」
こうして、モンスニーのフリー・スタイルレースの出場が決定したのだった。
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フリー・スタイルレース当日。
レース場は数多くの人達で賑わい、そこには出場予定のウマ娘達だけでなく、レースを見ると同時に幹部たちに見せる動画を撮影するために来たパーマーとブライト、そんな彼女達が心配で思わず来てしまったライアンがいた。
「いーやー…それにしても、まさか本当にあのラモーヌさんがここで走ってくれるとはね! よくOKサインを出してくれたよね!」
「しかも、あのモンスニーお姉さまも一緒に。何があったのかは存じませんけど、きっとドーベルが一生懸命に頑張ったのですわ~」
「だね。モンスニーさんも来てくれたのは良い意味で予想外だったよ。本人は自覚してないっぽいけど、あの人の影響力も凄いからな~」
メジロ家に属する者の中で、モンスニーの事を馬鹿にしたり、下に見たりする者は一人もいない。
何故なら、彼女はそんな者達を全てレースで黙らせてきたから。
ミスターシービーの実力は、それこそ誰もが知っているレベル。
そんな彼女とモンスニーは二度にも渡って互角に渡り合った。
今でもその事実が、メジロ家の者達に色濃く影響している。
「今回のレース…マジで凄いことになるんじゃないの?」
「そうですわね~。今から本当に楽しみですわ~。あ…いらっしゃいました~」
ブライトの視線の先には、勝負服に身を包んだドーベル、ラモーヌ、そしてモンスニー達の姿が。
特に、物凄く久々に勝負服に身を包んだモンスニーは、心なしか嬉しそうにしていた。
それを見たドレッドヘアーのウマ娘が三人の姿に反応する。
「あぁー…そういや、今日ってメジロ家のウマ娘も参加するんだったっけ。へぇー…あの三人が…」
彼女の言葉を聞き、他のウマ娘達も引き付けられるように三人に視線を向ける。
その内の一人…指輪を沢山付けたウマ娘と両腕に腕輪を付けたウマ娘が、ドーベル以外の二人の姿を見て仰天する。
「ちょ…え? マジでッ!? あ…あれってメジロラモーヌじゃねっ!? マっ!? 冗談でしょっ!? 本当に走んのっ!? ウチらとっ!? あのレジェンドがっ!?」
「もう一人に至っては、あのメジロモンスニーじゃん! ミスターシービー最強のライバル! 今は来年のレースに向けて調整中だって噂なんじゃ…」
メジロ家と言う時点である程度の覚悟はしていたが、まさかラモーヌとモンスニーと言う大物が出場している事に、他のウマ娘達だけでなく、観客達も驚きを隠せないでいた。
「おいおい…なんつーオーラ出してんだよ…! 迫力がハンパねぇんだけど…」
「勝負服までビシッと着こなして…けど、あのお嬢様方が果たして、このレースで通用するのかねぇ~…」
彼女達の実力自体は認めているが、公式のレースとフリー・スタイルレースとは趣が大きく違う。
故に疑うのだ。
今までずっと『綺麗なレース』ばかりしてきたお嬢様たちが、こんな『野良レース』を走れるのかと。
その疑問はすぐに解消されるのだが。
そんな周囲の反応を見て、密かにドーベルは拳を握りしめた。
(ラモーヌさんとモンスニーさんの二人が現れただけで、こんなにも注目されている…! あたし達の想像通り…いや、想像以上にあたし達の走りで興味を引く事が出来る…!)
提示された条件を満たす為にモンスニーにも出場して貰ったが、それは見事な相乗効果として実を結んだ。
今や、メジロ家の中心にいると言っても過言じゃない二大ウマ娘が揃ってこの場に立っている。
その存在感、迫力は他の追随を許さない。
「…ドーベル。気合が入っているところ申し訳ないけど…これだけじゃ足りないわ」
「え? 足りない?」
「えぇ。足りない。いいこと? 『熱狂』だけが…心を虜に出来るのよ? モンスニーお姉さまもそう思いませんこと?」
「確かにそうかもね~。私達が立っているだけでどうにかなるのなら、最初からレースに出場する必要はないよね~」
「……!」
二人に指摘されてハッとする。
今日、自分は何の為にここに来たのか。
メジロモンスニーとメジロラモーヌという偉大なウマ娘達の姿を晒す為か?
否。
今日の自分達は走りに来たのだ。
本気の走りによって、人々の心を掴み、虜にする為に。
(そう…だった…! 姿を見せるだけじゃ…走るだけじゃ…熱狂も…興味も生み出せない! 本気の…真剣な勝負だからこそ皆の心を熱く出来る!)
最も大切で重要な事を忘れかけていたドーベル。
だがすぐに二人の言葉によって、それを思い出せた。
故に彼女は改めて決意する。
今回のレース…自分の持てる力の全てを出して走ると。
(脚が…身体が…震える…! だけど…だからこそ! アタシの…アタシ達の全てをぶつけて! メジロの走りで皆の事を魅了してみせる! 必ず!)
ドーベルの心と瞳に『火』が灯る。
それを感じたラモーヌとモンスニーは、視線を交えてから微笑を浮かべる。
「そうよ…それでいいのドーベル。焚き付けなさい…貴女の焔を! そして…欲するのならば、その手で、その足で勝ち取ってごらんなさいな!」
「いいねぇ~…燃えてるねぇ~…! なんだろうね…不意に昔の事を…初めてシービーと対決した皐月賞を思い出したよ?」
同じように情熱に火が付いたラモーヌと、飄々としながらも闘争本能が剥き出しになったモンスニー。
目の前にて対峙しているのは、メジロ家を代表する二人のウマ娘。
ドーベルは今…挑戦者となる。