メジロ家のウマ娘達が登場した事でレース会場は一気に賑わっていく。
誰も彼もが彼女達三人に注目し、それを見て他のウマ娘達は躍起になって『負けるものか』とやる気を見せていた。
そんな中、実況席にもまた動きがあった。
『いやー! 物凄い賑わいですね! こんなにも盛り上がったのはこれまでに一度もありませんでした! 矢張り、今回出場することになった『彼女達』が原因でしょうか!』
実況役の人物が興奮した面持ちでマイクを握りしめ会場を見渡す。
と、ここであることを思い出した彼は、急に冷静な口調に戻る。
『えー…実は、今回のレースに際し、実はあのトレセン学園からトレーナーの方が解説に来てくれました! では、挨拶をどうぞ』
『おう』
それは、白いスーツを着た非常に強面の男。
年季の入った顔に、服の上からも分かるほどに非常に鍛え上げられた肉体。
どんな者も、一目見ただけで彼が只者ではないと一瞬で理解出来る。
『突然やけど、自己紹介をさせて貰いますわ。ワシはトレセン学園で、あの『ジェンティルドンナ』の専属トレーナーをやらせて貰っとる『渡瀬勝』言うもんですわ』
普通に自己紹介をしただけなのに凄まじい迫力。
あの『貴婦人』ジェンティルドンナのトレーナーをしているだけで凄いと言うのに、本人もまた全身から溢れ出る圧倒的なオーラで他を寄せ付けない雰囲気を醸し出している。
実際、実況席の周囲にいる観客達は、渡瀬の出す迫力に完全に気圧されている。
『渡瀬トレーナー。今回のレースで最も注目すべきポイントなどはありますか?』
『そんなん決まっとるわ。あのメジロ家の三人や』
『矢張り、そうなりますか…』
『当然や。一人は、史上初のトリプルティアラの達成者でもある『メジロラモーヌ』。もう一人は、あの『伝説』と二度にも渡って激闘を演じた好敵手『メジロモンスニー』。これだけでも、もう十分なメンツやっちゅーのに、そこへ更にメジロ家期待の若手のホープでもある『メジロドーベル』までおる。こないなメンバーが一堂に会して、注目せんほうがおかしな話やろが』
『確かにそうですね! 彼女達が今回のフリースタイル・レースに出場してくれただけでも驚きなのに、まさか三人も来てくれるなんて! 今回のレースは、いつも以上に波乱の展開となりそうです!』
もう実況は大盛り上がり…というか、一人で勝手に興奮している。
隣に座っている渡瀬は知らぬ顔をしているが。
「あら~…あれはジェンティルドンナさまのトレーナーである渡瀬さま~。どうしてここに?」
「理事長から派遣されて来たんだって」
「まぁ…理事長さまか?」
「うん。フリースタイル・レースに出場するラモーヌさん達のお目付け役として。それとは別にゲストとして学園に誰かトレーナーを派遣してくれ的なお願いもあったらしいよ?」
「では、それに便乗して?」
「そうみたい。さっき渡瀬さんと話して教えてくれた」
どうして渡瀬がいるのか疑問に思っていたブライトに、パーマーが丁寧に教えてくれる。
渡瀬は、顔や雰囲気こそ怖い印象があるが、実際には義理人情に熱い熱血漢なので、学園内で数多くの人物から慕われていて、あの秋川理事長からも信頼が厚い。
その腕っぷしも申し分なく、それ故にあのジェンティルドンナの目に留まり、お互いに意気投合した所でトレーナー契約をしたという経緯があった。
「ある意味、渡瀬さんもこの盛り上がりの一員になってる節があるよね…」
「そうですわね~」
よく見たら、観客席の中にちらほらと『その手の方々』と思わしき人物達も混ざっていて、その人達は一堂に渡瀬の方を見て涙を流していた。
「しっかし、ドーベルの作戦は見事に大成功だね! この盛り上がりは半端じゃないよ!」
「えぇ…この熱狂は、まるでトゥインクル・シリーズのレースを彷彿とさせるような……はっ!」
ここで何かを思い付いたのか、ブライトが両手をパンと合わせる。
「そうですわ! パーマーさま!」
「どしたの?」
「今度のメジロ家へのプレゼンも、このレースの映像を見せれば…」
「それ…いいかも! 確かに、この光景を見せれば、あの人達も…!」
なんせ、今回のレースにはあのラモーヌとモンスニーが出場するのだ。
あの二人が走っている姿を見て、何も思わない筈がない。
「あ…もうすぐレースが始まる! あたし達も移動しようか?」
「はい~。映像を取りつつ、私達も、三人の雄姿をこの目に焼き付けましょ~」
そうして遂に、フリースタイル・レースが幕を開けた。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
ゲートが開き、すぐに他のウマ娘達はターゲットを絞る。
その相手は勿論、メジロ家の三人だ。
だが…そう簡単に捉える事が出来たら誰も苦労なんてしない。
「ちょ…序盤から飛ばし過ぎじゃないッ!?」
「なんなんだよ! あのスピードはッ!?」
「けど、すっごい涼しい顔をしてる…!」
「って事は、まだ全然本気を出してないッ!?」
悠々とした顔で先頭集団にいるのはラモーヌ。
その少し後ろに必死に食らい付こうとするドーベルの姿が。
「メジロモンスニーはっ!? どこにッ!?」
「後ろ! あたし達の背後にいる!」
「えっ!?」
一方のモンスニーは、いつもと同じ飄々とした顔で後方に位置している。
まるでスタートに失敗して出遅れてしまったかのようにも見えるが、これこそがモンスニーのいつもの戦法だった。
「やりぃ! これならなんとか…!」
「バカ! 忘れたのかよッ!? メジロモンスニーの脚質は『追い込み』! レース序盤で後方に位置しているのは当たり前なんだよ!」
「そ…そうだった…!」
前方にはラモーヌとドーベル。
後方にはモンスニー。
結託してメジロ家を包囲するつもりでいたが、逆に彼女達がメジロ家のウマ娘達に挟まれる形となった。
ほんの少しだけチラっと後ろを見る事で、それを確認したラモーヌは、とても嬉しそうに不敵な笑みを浮かべた。
「ふふ…流石はモンスニーお姉さま。初めてのレース場であるにも拘らず、見事な位置づけね」
近くにいるが故に、その呟きを聞いたドーベルもまた、ほんの少しだけ後方を覗く。
そこには、他のウマ娘達に前を阻まれながらも、いつもと同じ笑みを浮かべているモンスニーがいる。
だが、彼女には分かった。
否、ドーベルだからこそ分かってしまった。
(なに…これ…!? あんなに離れてるのに…物凄いプレッシャーを感じる…!)
あれはドーベルの知っているモンスニーではない。
皐月賞、日本ダービー。
三冠を掛けた、あの大レースにて二度も『伝説』と渡り合った歴戦のウマ娘の姿がそこにはあった。
『先頭、かなり速いペースで第1コーナーを通過! やや離れて集団の中、ラモーヌがジワジワとポジションを上げていく! その傍にはメジロドーベルもいるぞ! そして、モンスニーは後方から徐々にではあるがペースを上げている! 渡瀬さん、このレース展開はどう見ますか?』
『そうやな…。どうやら、他の連中はメジロの連中…と言うか、ラモーヌとモンスニーの出すプレッシャーに無意識のうちに気圧されとるな』
『そうなんですか?』
『あぁ。普通よりもレース展開が早よぉなっとるのがいい証拠や。あの二人のペースに合わせようとして、自然と他の連中の足も速くなってしまっとるんや。それが自分達の首を絞めるとも知らずにな』
『確かに…ペースが速くなれば、その分だけスタミナの消費も早くなっていく…』
『最も恐ろしいのは、ラモーヌとモンスニーは、それを意図的にやってないっちゅーことやな』
『意図的ではない…というと…?』
『そのまんまの意味や。アイツ等は普段と同じように走っとるだけに過ぎん。つまり、あれこそがあいつ等の『普段のペース』っちゅーことや』
『あ…あの速度が普段のペースッ!? あれが恒常的に続くってことですかッ!?』
『そや。伊達に、あのトゥインクル・シリーズで名を上げてる連中やないってことやな。ふっ…面白くなってきたで…ほんま…! まさに他の連中からしたら『前門の虎、後門の狼』って所やろうな』
渡瀬の言う通り、メジロ家の三人以外のウマ娘達の顔には、早くも疲労の色が見え始めていた。
「ど…どうして…!? 息が苦しい…足が重い…!」
「いつもと同じレース…いつもと同じように走ってるだけなのに…!」
「なのにどうして…メジロの三人は普通にしてるんだよ…!」
ラモーヌやモンスニーは勿論だが、同じプレッシャーを傍で浴びている筈のドーベルも同じように涼しい顔をしていた。
そもそもの話、メジロ家の誇る二大ウマ娘を相手に、そんな事を感じている余裕なんて微塵も無いのだが。
「およ? 良い具合に隙間が空いたね~。んじゃ、お先に失礼しまーす」
「し…しまっ……ヒィッ!?」
第二コーナーに差し掛かろうとしたタイミングで、モンスニーが追い上げを開始する。
彼女の速度は物凄く、あっという間に他のウマ娘達を追い抜いて行く。
だが、他のウマ娘達が驚いたのは決してモンスニーの追い上げの速度だけではない。
「で…電車が…!」
「電車が迫ってくるぅぅぅぅぅっ!?」
「こっち来ないでぇぇぇぇぇっっ!?」
モンスニーの姿に電車の幻影を見てしまった。
その名の如く、まるで電車のような速度で次々と前にいるウマ娘達を抜き去って行くモンスニー。
まさに『追い込み』の本領発揮だった。
「いつもとは違う形だけど…やっぱりレースは楽しいねぇ~! お姉ちゃん…久々にマジで興奮してきちゃったよ!」
「は…速過ぎるぅぅぅぅぅっ!!」
「む…むぅぅぅぅりぃぃぃぃぃぃ~!」
気が付いた時にはもうモンスニーに先を行かれている。
ほんの少し前までは最後方に位置していた筈のモンスニーだったが、第二コーナーを曲がり切った頃にはもう完全に先頭集団…ドーベルの姿を捉えていた。
「やっほー。ドーベルー」
「モ…モンスニーさんがもう後ろにっ!? いつの間にっ!?」
一気に先頭に立って後続をグングンと突き放していくラモーヌにばかり気を取られ、完全に後方への注意を怠っていた。
その結果、モンスニーがドーベルの隣を走りながらニコニコと笑っている。
「…遂に来ましたね…モンスニーお姉さま…。ならば…私も! はぁぁっ!!」
常に優雅な笑みを絶やさないラモーヌから叫び声が。
その瞬間理解する。
あのメジロラモーヌが本気になったのだと。
「ラモーヌ…! だったら…私も! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
今度はモンスニーの叫びが聞こえた。
なんと言う強さ。
なんと言う速度。
これが『伝説』に挑み、追い詰めた者の実力。
だが、だからこそ負けられない。
いや…負けたくない。
「私も…私だって!! はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
徐々にゴールが迫ってくる。
メジロのウマ娘達は完全に横並びになり、抜きつ抜かれずの攻防を繰り広げる。
最後の一瞬まで決して気が抜けない。
まるで、この場所が正規のレース場…トゥインクル・レースであるかと錯覚してしまいそうな程の迫力。
この熱気と興奮に観客達も一体となっていた。
「そのまま行けえぇぇぇぇぇぇぇっ!! ラモーヌゥゥゥゥゥッ!!!」
「追い抜け! そこだ! やれ! モンスニィィィィィィィィッ!!!」
「まだ諦めるな!! 今だ! ドーベルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」
全力全開で足を動かし走り抜け、三人はゴールを通過した!
果たして…勝敗の結果は…?