ウマ娘 ~伝説の好敵手~   作:とんこつラーメン

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大人

 喫茶店に入った冴島とライアンは、端の方にある席に向い合せに座った。

 

「この時間帯でも、意外と客で込みあっとるもんなんやな」

「学校帰りや会社帰りの人達なんですかね?」

「多分、そうやろうな」

 

 大柄な坊主頭の男と、女子高生のウマ娘の組み合わせは中々に目立つようで、店に入った瞬間から幾つかの視線を感じていたが、すぐに冴島の体から発せられる威容と威圧感に気圧され、すぐに収まった。

 

「ほな、何を注文しよか? なんでも頼んでええで」

「そう言うトレーナーさんは、何を注文するおつもりなんですか?」

「俺か? コーヒー辺りにしとくわ」

「なら、私はオレンジジュースで」

「それだけでええんか? 別にケーキとかも注文しても構へんのやで?」

「じゃあ…このモンブランで…」

「決まりやな。ほな…」

 

 咳に設置してあるボタンを押し、店員を呼んでから注文をすることに。

 最初、店員も他の客たちと同様に、冴島とライアンの組み合わせに驚いていたが、すぐに二人の雰囲気を察して『大丈夫』と判断し、いつも通りの仕事をした。

 

「ほなら、注文の品が来るまで、さっきの話の続きでもするか」

「そ…そうですね…」

 

 気まずいような、気恥ずかしいような、そんな気持ちを抱えながら、ライアンは少しずつ話し始めた。

 今回のクリスマス・ナイトでドーベルやブライトが頑張っている事を。

 それを見て自分も手伝ってあげたいと思っていたが、当の本人達の遠慮されてしまった事。

 その様子を見て、何とも言えない気持ちになってしまった事を。

 

「…成る程な。今までずっと妹分として可愛がってきた二人が、急に自分の事を頼らんようになった…と」

「はい…。別に悪いことじゃないし、寧ろ喜ばしいことではあると頭では理解してるんですけど…でも…」

「なんだか悲しい気持ちになる…か?」

「そう…なんです…」

 

 それを聞き、冴島は腕を組んでから目を瞑る。

 もう既に答えは出ているが、それをどう言葉にするかを考えているのだ。

 

「要するに、ライアンは妹分たちの独り立ちを見て寂しくなったんやな」

「やっぱり…そうだったんですね…」

「なんや。気がついとったんか」

「気が付いてたって言うか…気が付かされたと言うか…」

「もしかして、ラモーヌとモンスニーの嬢ちゃんたちにか?」

「はい。トレーナーさんと会う前に話してて…その時に言われたんです。『雛鳥の旅達とはそういうものだ』って」

「雛鳥か。またエラくロマンチックな言い方をしたもんやな」

 

 少なくとも、自分じゃそんな気の利いた言い方は出来ない。

 何事もストレートに言ってしまうから。

 

「けどまぁ…そんなに悲観する必要はあらへん。妹分や弟分…後輩たちの独り立ち…それらを見て寂しくなる…みたいなことは誰だっていつかは経験する事や。何もおかしいことやない」

「それって…トレーナーさんも?」

「そやな…俺もあるわ。もう随分と昔やけどな」

 

 文字通り、人生の酸いも甘いもとことんまで経験しつくした冴島にとって、今のライアンの悩みは寧ろ可愛い部類だった。

 だからと言って見下したりもしないし、馬鹿にしたりもしないが。

 どんな事も真っ直ぐに見据え、正面から受け止める。

 それが冴島大河という男の生き様なのだ。

 

「せやから、そんなに深く悩む必要はあらへん。難しく考えず、もっと素直に喜んだらええんや」

「素直に喜ぶ…」

「そや。それに、似たような事を経験したのは、同じメジロ家のウマ娘にもおるんやないか?」

「あ…」

 

 冴島に指摘されて思い出す。

 自分の気持ちに気づかせてくれる切っ掛けをくれた二人のウマ娘達の事を。

 

「そっか…モンスニーさんやラモーヌさんも…」

「特に、モンスニーの嬢ちゃんは誰よりも経験しとるやろうな」

「現役で走ってるメジロ家のウマ娘の中じゃ最年長ですしね…」

 

 モンスニーにとっては、ライアンもまた可愛い妹分なのだ。

 その彼女が一人で立派に頑張れるようになった時、モンスニーは何を思ったのか。

 

「せやけど、妹分たちが独り立ちをし始めたからと言って、決して自分の傍から離れる訳やない。逆に、今までよりも距離は近くなるんやないかと思うで」

「そう…なんですか?」

「そや。今まではライアンが姉貴分やったっちゅーことで向こうも遠慮しとる部分があったかもしれん。せやけど、成長をした今なら限りなく対等に近い感じで話が出来るようになる。それこそ、これまで話せなかったこととかも言えるようになるかもしれん」

「そっか…」

 

 冴島と話をして、ライアンの心の中から『寂しい』という気持ちが薄れつつあった。

 何事も考え方次第。

 彼女達の成長を素直に喜び、その上で先人として『相談』ではなく『談笑』を楽しむ。

 これもまた彼女達が成長した証であり、同時により身近になった事になる。

 

「なんて話とったら、注文の品が来よったな。随分と時間が掛かってたようにも感じるが…」

「もしかしたら、私達の話が途切れるいいタイミングを計ってたのかもしれませんね」

「そうやったら、随分と気の利く店員やな」

 

 そこから二人は相談ではなく、他愛のない話で盛り上がった。

 後に二人から注文を取った店員はこう語る。

 『まるで本当の親子みたいに仲が良かった』と。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 喫茶店から出た冴島とライアンは、そのままトレセン学園まで一緒に行き、寮の前で分かれた。

 

「それじゃあトレーナーさん。また明日」

「おう。また明日な」

 

 ライアンと手を振りながら別れ、残されたのは冴島一人。

 自分も、このままトレーナー寮の部屋に戻り休もうかと考え始めた頃、物凄く良く知っている声が後ろから聞こえてきた。

 

「おーおー。担当ウマ娘とデートをして帰って来るとは、またえらく色づくようになったのぉ~…兄弟?」

「真島…」

 

 話しかけてきたのは、冴島の兄弟分にして掛け替えのない一番の大親友でもある真島。

 随分と寒い季節になってきたにも関わらず、いつも通りの裸ジャケット姿で登場した。

 

「…お前の姿を見とるだけで寒くなってくるな。大丈夫なんか?」

「へきへーき! …と言ってみてはいるが、実はめっちゃ寒いねん。割とマジで後悔し始め取るわ」

 

 昼間は中々に温かい陽気だったから、今のような恰好でも平気だったが、流石に夕方にもなるとかなり冷えてくる。

 

「ワシも兄弟みたいに厚着をした方がええかもな。こんな事で風邪でも引いたらタマちゃんに笑われてまうわ」

「それがええ。どれだけ体を鍛えても病気には勝てへんからな」

 

 因みに、この事は冴島以外にも『とあるトレーナー』も該当するのだが、その彼は今頃くしゃみでもしている頃だろう。

 

「そや。ワシそこで『あの子』と会って、ここまで一緒に来たんやった」

「あの子? 誰やそれ?」

「私でーす」

 

 真島の後ろから現れたのは、少し前に街中であったモンスニーだった。

 ここにいるということは、どうやらずっと冴島とライアンが帰ってくるのを待っていたようだ。

 

「さっきはありがとうございました。なんだかライアンの事を押し付けるような事をしてしまって…」

「気にせんでええよ。俺はトレーナーとして当然のことをしたまでや」

「そう言ってくれるだけで、こっちの気も楽になります」

 

 こうしてモンスニーと直に話していると実感する。

 彼女もまた相当に無理をしていると。

 メジロ家の最年長ウマ娘として、次期当主として、二重三重の意味で皆を支え、導く立場にいる。

 それに加え、来年には宿命のライバルとも言えるシービーとの決戦も控えている。

 その姿はまるで…。

 

(まるで、話に聞いた昔の大吾を見とるようやな…)

 

 若くして東城会と言う大組織の6代目に就任した彼。

 そこには決して人には言えないような苦労が沢山あった。

 だが、多くの人々との出会いや別れ、幾多の経験の後に誰もが認める立派な会長へと成長していった。

 そんな彼も今は、このトレセン学園で一人のトレーナーとなっているが。

 

「実は、兄弟がライアンちゃんと一緒に戻って来た理由も、ちゃーんとモンスニーちゃんに聞いとった」

「なんやそれ。全部分かった上で、あんな事を言ったんかい」

「まぁな。せやけど、傍から見たらホンマにデート帰りみたいに見えたで?」

「そんなもんか」

 

 生まれてこの方、デートなんてしたことが無いか分からない。

 恋愛自体したことが無いから尚更だ。

 

「それじゃ、私もこの辺で失礼しますね」

「おう。気ぃ付けて帰りや」

「はい。真島さんも、話に付き合ってくれてありがとうございました」

「そんなん別にええて。ワシもモンスニーちゃんと話せて楽しかったさかいな。ほななー」

 

 ペコリとお辞儀をしながらモンスニーも寮へと帰っていく。

 彼女の姿が見えなくなってからすぐ、真島は真面目な顔になった。

 

「…墓参りに行ってきたんか?」

「バレとったか」

「まぁな。お前が一人で出かける用事なんて、今はそれぐらいしかないやろうしな」

 

 これまで一緒に戦ってきた仲間ならば沢山いるが、昔からずっと一緒なのは彼らしかいない。

 故に、二人にしか分からない過去も多々あった。

 

「最初に聞かされた時は驚いたで。まさか、お前とあの浜崎が兄弟分になっとったとはな」

「盃を交わしたわけやないけどな。せやけど、俺は今でもアイツの事を兄弟やと思うとる」

「…そうか。なら、今度はワシも一緒に行かなあかんな。冴島の兄弟なら、ワシの兄弟も同然や。それに…ワシも靖子ちゃんに色々と報告したい事があるからな」

「真島…」

 

 自分に出来る唯一の償い。

 それが出来なかった後悔は、真島の心に深い傷を負わせた。

 それでもまだ真島が立ち上がれたのは、多くの仲間達と…大切な兄弟がいてくれたから。

 

「靖子の墓も、浜崎の墓もちゃんと綺麗にしてきた。花も添えてな」

「勢い余って壊しとらんやろな? お前の怪力は洒落ならんからな。ちゃんと聞いてるんやで? お前が五メートルもある人食い熊と素手で戦ったり、走ってくる車を受け止めたりしたこと」

「そないな事もあったな…」

 

 実際、冴島の力は明らかに人間離れしている。

 学園内では密かに、あのジェンティルドンナと渡り合える可能性がある唯一のトレーナーと言われているとか。

 

「折角やし、久し振りに二人で飲むか?」

「何処かに行くんか?」

「偶には店やなくて、どっちかの部屋でええやろ。つまみ食いながら二人で静かに飲むのも悪くないもんや」

「…せやな。精々…二人で昔話に花でも咲かせるか」

 

 その日の夜、冴島と真島は寮の部屋で深夜まで飲み合った。

 今までずっと出来なかった、若かった頃の話で盛り上がりながら。

 

 

 

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