もう頭の中ではある程度は決まっていたりします。
メジロの大邸宅から専用のリムジンに乗って学園へと向かっている途中、モンスニーは後部座席から流れゆく景色を眺めつつ、運転席に座っている老執事にポツリと感謝の意を述べた。
「…じいやさん。今日まで本当にありがとうね」
「モンスニーお嬢様…」
「でも、こんな風に私を車に乗せるのは、これが最後になると思うから。これからはマックイーンやライアン、ドーベル達をよろしくね」
彼は長い間メジロ家に仕え、ずっとメジロの名を冠する数多くのウマ娘達の成長を見守ってきた。
それにはもちろん彼女…メジロモンスニーも含まれている。
(幼い頃のお嬢様に比べたら、驚くように変わられた。だが…)
彼は知っている。どうしてモンスニーが今のようになってしまったのか。
その背中にどれほど多くの重責を抱えていたのかを。
だからこそ、悔やんでも悔やみきれない。
(いや…もしかしたら、これで良かったのかもしれない。もう…これ以上は…)
少し前までのモンスニーは見ているだけでも痛々しかった。
『メジロ』の名に縛られ、その栄光の為だけに育てられてきたウマ娘。
その結果が今の彼女なのだとしたら、余りにも現実は残酷すぎる。
「…この道をこうして通るのも、もうこれっきりになるんだな」
「……………」
車内に沈黙が漂う。
もうすっかり外は暗くなり、月が出始めている。
本来ならばとっくに門限が過ぎているのだが、今回は特別な外出許可が出ているので遅れても問題は無い。
そもそも、もうすぐ学園を去ることを決めているモンスニーには校則の一つや二つ破っても痛くも痒くもないのだが。
「モンスニーお嬢様。もうすぐトレセン学園の学生寮へと到着致します」
「ん…分かった」
窓の外の風景が見慣れたものへと変化していく。
だが、この見慣れた風景も二度と見れないと思うと違う風に見えてくる。
「ん? あれって……」
モンスニーが属している『栗東寮』の入り口に、見慣れたウマ娘が立っていた。
彼女は『フジキセキ』。栗東寮の寮長にして、モンスニーにとって他のメジロのウマ娘達と同じぐらいに眩しい存在でもあった。
車が止まりドアが開くと、彼女が中を覗き見ながら手を伸ばしてきた。
「おかえり、モンスニー」
「どうして、こんな場所に立ってたの?」
「これでも栗東寮の寮長だからね。君の事を待っていたのさ」
「別にそんな事をしなくてもいいのに」
なんて話している間にモンスニーの身体を横抱きにし、その間に老執事が運転席から降りてきてトランクから折り畳まれた車椅子を出して地面に置き、それにフジキセキが彼女を静かに座らせた。
「じいやさん、本当にありがとね。おやすみ」
「はい…ごゆっくりとお休みなさいませ。モンスニーお嬢様」
丁寧に挨拶をしてからフジの顔を一度だけ見て、彼女もまたそれに応えるように小さく頷いた。
「では、失礼いたします」
老執事は再び運転席に座り、そのまま車を走らせて夜道へと消えて行った。
残されたのはモンスニーとフジの二人だけ。
「いい人じゃないか。君の事を心から案じている」
「そうだね。昔からずっと世話になりっぱなし。…結局、碌に恩返しも出来なかったけど」
メジロのウマ娘は殆どが一度は彼の世話になっている。
通学やプライベートの外出。他にも色々と。
それこそ、言い出したらキリが無いほどに。
「夜風は冷える。私達もそろそろ行こうか」
「そうね。って、別に押さなくてもいいから。一人で大丈夫だし」
「いいからいいから」
フジに車椅子を押されながら寮内へと入っていく。
実はトレセン学園の学生寮は、所々がバリアフリー仕様になっていたりする。
レースにての怪我が耐えないウマ娘の為に、こうした配慮がされているのだ。
「そういえば、君と同室のメジロブライトは今日は泊まりなんだよね?」
「うん。あの子達はメジロの邸宅に泊まることになってる。私だけが戻ってきたの」
「折角だし、君も泊まってくれば良かったのに。同じメジロとして積もる話もあっただろうに」
「そんなの無いって。私みたいのがいたら、ゆっくりできるものも出来ないでしょうし。それに……」
「それに?」
「今はちょっと…一人になりたい気分だから」
「……そっか」
これまでにもフジキセキは寮長として色んなウマ娘達の悩み相談などに乗ってきたことがある。
その中にはメジロのウマ娘達も当然だが含まれている。
大半はモンスニーの事についてなのだが。
「そういや、シービーはどうしたの? アイツの事だから、寮が違っても関係無しに待ってそうな気がしたんだけど」
「彼女なら、少し前に会長さんに呼ばれてたよ」
「ルドルフに?」
「あの感じは仕事の話じゃなくて、プライベートな話だろうな。また変な駄洒落でも思いついたとかだったりして」
「…普通に有り得そうな話だから怖い」
現在のトレセン学園において生徒会長であるルドルフを呼び捨てに出来るウマ娘は割と少なく、同年代であるミスターシービーやメジロモンスニーを初めとして数名しかいない。
同年代のウマ娘だけならば他にも大勢在籍しているが、彼女達はルドルフの威容と迫力に負けて彼女の事を『会長』と呼び敬語で話しかけている。
シービーやモンスニーのような存在はルドルフにとっても非常に希少なのだ。
「このまま部屋まで送ろうか?」
「そこまでしなくてもいいよ。私の部屋は一階にあるし、大丈夫でしょ」
「そうかい? 別に遠慮なんてしなくてもいいんだよ?」
「違うっつーの」
結局、話している間に部屋まで到着してしまい、そのまま室内までフジを来させる羽目になったモンスニーであった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
次の日の朝。
またもや部屋までやって来たフジキセキの手を借りて着替えや車椅子の準備などをしてから、モンスニーは最後の登校をするのだった。
その途中で、二人は案の定な人物達と遭遇することになる。
「おっすー! 今日もいい天気だねーモンスニー!」
「おはよう、モンスニー。帰ってきていたのなら一言ぐらい言ってくれればいいのに」
「おはよ。学園に行けば嫌でも会うんだから、わざわざ言う必要はないでしょ?」
「妙な所で薄情だよねー…モンスニーは」
トレセン学園生徒会長であり、史上初の七冠達成という大偉業を為した『皇帝』の異名を持つ『シンボリルドルフ』。
そんな彼女と並び称されている三冠ウマ娘の『ミスターシービー』。
人々からは『伝説のウマ娘』と呼ばれる事もある。
どっちとも、モンスニーにとっては色んな意味で因縁浅からぬ仲な者達だ。
特にミスターシービーは。
「ここからはアタシがモンスニーの車椅子を押していくよ」
「いいのかい?」
「勿論。昨日話せなかった分、色々と話したいしね」
「そういうことなら交代しようか」
「ちょっと。当事者である私の意見は無視なの?」
モンスニーが困惑している横でフジキセキからシービーへとバトンタッチ。
その様子をルドルフは微笑ましく眺めていた。
「安全運転で頼むわよ? 今の私は受け身を取りたくても取れない体なんだから」
「分かってるって」
「その笑顔が却って心配になってくるのよね…」
シービーは自由なように見えて、変な所で頑固な一面を持つウマ娘だ。
だから、ここは大人しく従っておいたほうが吉なのだが、かといって自由にさせ過ぎたら何を仕出かすか分からないのも事実なのだ。
「ルドルフ。いざって時のブレーキ役をお願い」
「任せてくれ」
「ちょっとぉっ!? そんなにアタシって信用されてないのっ!?」
「信頼はしてる。けど、信用はしてない」
「えっと…それって褒められてる?」
「さぁね」
「そこではぐらかすのっ!? もー…モンスニーってライバルであるアタシに対して冷たくない?」
「前にも言ったけど、それは世間が勝手に言ってるだけでしょうが。私みたいのが三冠ウマ娘のライバルとか、烏滸がましすぎて申し訳ないわ」
「むー…アタシはモンスニーの事を本気でライバルだって思ってるんだけどなー…」
これまでにも何度もした同じようなやり取り。
シービーはモンスニーをライバルだとしているようだが、モンスニーの方は全くそうは思っていない。
ライバルと呼ばれる度に、彼女の心はギシギシと痛みだす。
(あぁ…やっぱり見られてる。なんか小声で話もしてる。どうせまた私の悪口でも言ってるんだろうな…)
その表向きの性格から想像もされないが、モンスニーはかなりのネガティブ思考の持ち主である。
誰かが自分の視界に入った状態で話をしていれば、それは必ず自分に対する悪口や蔭口であると本気で信じている。
だからと言って文句を言ったりはしないのだが。
悪口も陰口も、慣れてしまえばそよ風に等しい存在となる。
もう既に堕ちる所まで堕ちた。
これ以上、何が起きても、何をされても平気だろう。
死体を蹴っても、死体は反撃なんてしないから。
「おや? あのリムジンは……」
「メジロ家のやつ…だよね?」
「マックイーン達が登校してきたみたいだね。あの子達は昨夜、メジロの屋敷に泊まってたから」
彼女達の目の前を大きなリムジンが通り過ぎ、校門の前で停車。
中からはメジロを代表するウマ娘達が次々と降りてきた。
「おーおー。私なんかとは違って優雅な面々ですなー」
「モンスニーも決して負けていないと思うがな」
「ははは…何? 朝から早くもルドルフお得意の冗談炸裂? いいね~」
「…冗談のつもりで言ったのではないのだがな」
車から降りてきたマックイーン達は、モンスニーに気が付いて一瞬だけ止まって悲しそうな顔でこちらを見たが、すぐに前を向いて校門を潜って行ってしまった。
「え…っと…あの子達と喧嘩でもしたの?」
「全然。栄光あるメジロのウマ娘さま達と私とじゃ、喧嘩にもならないよ」
「モンスニーもメジロのウマ娘じゃん…」
「雑魚雑魚な私とあの子達を一緒にしちゃダメだって」
「「………」」
どうして、ここまで自分自身の事を卑下できるのか。
二人には全く理解が出来ない。
彼女達は知っている。メジロモンスニーというウマ娘の本当の実力を。
モンスニーは嘗て、全てのウマ娘達が一度は憧れる『日本ダービー』に出場し、シービーと壮絶な激闘を演じた事があるほどの実力者なのだ。
だからこそ分からない。モンスニーの心情を。
彼女が何を考えているのかを。
ライバルである以上に、大切な友人だとも思っているから尚更。
「そうだ。私、行かなきゃいけない場所があるんだった」
「一緒に付いていこうか?」
「子供じゃないんだし…別にいいって。校舎に入ったら、二人は先に教室に行ってていいよ」
「そうか…因みに、行く場所とはどこだ?」
「理事長室。すっごい大事なお話があるんだよ」
普段と同じ気の抜けた笑みを浮かべるモンスニーだったが、それを見たシービーとルドルフは何故か妙な不安を感じていた。
思ったよりも前回よりは文字数が伸びた。
次回も頑張るぞ! えいっ! えいっ! むん!