最初は暗い話一辺倒で行くつもりでしたが、実際にメジロモンスニーのレース映像を見て考えが変わりました。
御都合主義でもいい。自分勝手な改変だと言われてもいい。
彼女にスポットライトを当てたい。
無意識のうちにモンスニーの事を目で追って、結果が分かりきっているのに心の中で応援をしていた自分を信じて。
ミスターシービー、シンボリルドルフ、フジキセキと校舎の中で別れたメジロモンスニーは、そのまま真っ直ぐに理事長室へと直行した。
途中でまた多くのウマ娘達から見られたが、彼女はいつもと変わらぬ飄々とした顔を崩さない。
で、ちゃんと入る前に扉をノックしてから室内へと入り、トレセン学園理事長である『秋川やよい』にここまで来た用件を述べたのだが……。
「却下ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
即座に却下された。
手に持つ扇子にはご丁寧に達筆な文字で『却下』と書かれている。
「なんでぇっ!?」
「当たり前であろう! よりにもよって自主退学などと…認められる筈が無い!」
「いや…仮にも学校法人なら、生徒の自主性をですね…」
一応の抵抗をしてみるが、何を言っても『却下』の一点張り。
助け舟を出して貰おうと近くに立っている秘書の『駿川たづな』に視線を送った。
「うーん…モンスニーさんには申し訳ないんですけど、私も賛成は出来ないですねぇ……」
「味方がいない…。いや、最初から私に味方なんていないんだけどさ」
これではせっかく書いた退学届が無駄になってしまう。
心はもう決まっているので、後はここさえ押し切ってしまえば全てが終わるのに。
「私は全てのウマ娘達を大切に想っているし、その希望は可能な限り叶えてあげたいと思っている。だが! 自らの可能性を閉ざすような真似だけは認められない!」
「えぇ~…。別に退学したからって死ぬわけじゃないのに…」
「屁理屈! そもそも、どうして退学なんてしようと思ったのだ?」
「はぁ…この足を見れば分かると思いますけど?」
呆れた顔で包帯の巻かれた足を指でちょんちょんと指した。
それを見てやよいもたづなも暗い顔になるが、急いで首を振って気を取り直す。
「モンスニー…その怪我は大変だとは思うが、それは決して自主退学する理由にはならない。君と同じような困難を経験し、それを克服したウマ娘達はここには沢山いる」
「知ってますよ」
「だったら…!」
「けど、同じような経験をしたからといって、同じように皆が立ち直れるとは限らない。何故なら、私達はそれぞれに背負っているものが違うから」
背負っているもの。
それを聞いて、やよいは真っ先に彼女の家の事が思い浮かんだ。
「…メジロ家のことか」
「えぇ。碌な成績を残せずに恥だけを残してしまった私だけど、それでも『メジロ』の名を冠されている以上は私なりの矜持というものがある」
「それが…退学なのか?」
「その通りです。私はもう燃え尽きた。可能性を出し尽くした。やれることはもう何も無い。それに……」
大きく息を吐きながら、モンスニーは窓の外に広がる青空を見つつ呟いた。
「もう…無駄な足掻きは疲れたんです」
モンスニーの目には何も映っておらず、彼女の言う通り燃え尽きたように見えた。
「…もし仮に学園を辞めたとして、それからどうする気なのだ?」
「まずはメジロ家の療養所でこの足を治すつもりでいます。まずは自分の足で歩けるようにならないと話になりませんから」
「その後は?」
「メジロ家を出て、適当な部屋でも借りて自由気ままなフリーター生活ですかね」
「家まで出るつもりなのかっ!?」
「はい。その事はもう昨日、伝えてきてあります。おばあさまは了承してくれましたよ。私はもうすぐ『メジロ』ではなくなる。後はトレセン学園からいなくなれば全ては万事解決…って寸法です」
「解決ではない!!」
叫びながら立ち上がり、やよいがモンスニーの事を睨み付ける。
普段はニコニコしている彼女が本気で怒っていた。
「メジロの名がどれだけ重いのかは私には想像も出来ない。君がその名を持つ事でどれだけ苦労してきたのかも」
やよいの目には涙が溜まり、今にも零れそうになる。
流石のモンスニーもバツが悪そうになるが、どうして彼女がそんな顔をしているのかが本気で分からなかった。
「メジロモンスニー…君はもっと自分が皆からどんな風に思われているのかを知るべきだ!!」
「知ってますよ。『メジロの恥さらし』でしょ?」
「違う! 違う! ちっがーう!! そうではない!! そんな事は誰一人として思っていない!!」
「それはないでしょ~」
話には聞いていたが、実際に見て確信した。
これは重症だ。余りにも酷過ぎる。
どうして、こんなにも歪んでしまった。
単なるネガティブ思考では済まされない。
完全に精神病の類だ。
「…一つだけ聞きたい。君が退学する事はトレーナー君は知っているのか?」
「知ってるっていうか、二人で話し合った結果なんですけど」
「反対とかはされなかったのか?」
「されました。けど、根性で説き伏せました」
「…どうして…そこまで……」
「んー…私が弱すぎたから?」
何を言っても暖簾に腕押し状態。
一向に話が進まない。
なので、やよいは自分にしか出来ない方法で彼女を繋ぎとめることにした。
「…やっぱり自主退学は許可できない。君がどれだけ自分の事を卑下しようとも、私は君の中にある可能性を信じたい。それは決して私だけじゃない筈だ」
「可能性なんて微塵も残されていないんだけどな~…」
全てを諦め、全てを捨てた顔。
今のモンスニーに、嘗てのアスリートとしての顔は残されていない。
「…無期限休学。これが私に出来る最大の妥協案だ。その足が治り次第、いつでも復学してくれて構わない」
「二度と戻ってこないかもですよ?」
「その時は…その時だ。それまで、この退学届は預かっておくことにする」
「はぁ…分かりましたよ。理事長の諦めの悪さに免じて、ここは大人しく退くことにします。けど…いつか必ず後悔しますよ? 私の居場所はもう…メジロ家にも、トレセン学園にも無いんだから。私がここにいれば、間違いなく皆に迷惑をかける」
「そんなことは…絶対にない…!」
「その理事長の楽観的な所、嫌いじゃなかったですよ。では、失礼します」
車椅子を反転させてから、モンスニーは何も言う事無く理事長室を出て行った。
残されたやよいとたづなの間には気まずい空気だけがあった。
「たづな…どうしてこんな事になったのだろうな…」
「どうして…でしょうね……」
彼女達は余りにも知らなさすぎた。
メジロモンスニーという少女が抱えた闇の深さを。
その闇が、今の彼女を形作っている事を。
「はぁ…まずは気分を変えよう。たづな…お茶を頼めるか?」
「分かりました。…あら?」
たづなが茶を淹れようとした時、再び理事長室の扉がノックされた。
モンスニーはついさっき出て行ったばかり。
となれば、一体誰が来たのだろうか。
そう思って急いで扉を開けると、そこには意外過ぎる人物が立っていた。
「失礼します。秋川理事長さま」
「あなたは……」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・・
トレセン学園生徒会室。
ここでは生徒会長であるシンボリルドルフや、副会長であるエアグルーヴが主に仕事をしている、トレセン学園のもう一つの中枢とも言うべき部屋である。
因みに、もう一人の副会長であるナリタブライアンは滅多にこの部屋に来ない。
「…………」
「会長? どうかしたのですか?」
「え? いや…ちょっとな」
普段はテキパキと仕事をしているルドルフの手が止まっている事に違和感を感じ、エアグルーヴが声を掛ける。
そこでようやく自分の手が止まっていた事に気が付いたようだ。
「今朝のモンスニーの様子が少しおかしかったように思えてな…」
「モンスニー先輩が?」
余り接点は無いが、それでも話ぐらいはエアグルーヴも聞いていた。
皐月賞、日本ダービーと過去二回に渡ってミスターシービーと激戦を繰り広げ、当時から圧倒的な強さを誇っていたシービーを二回も連続で敗北寸前の所まで追い詰めた唯一無二のウマ娘。
シービーとは同年代であり、ルドルフとも同じレースに出た事が切っ掛けとなり仲がいい。
その掴み所が無い性格はこれまでのメジロ家のウマ娘達とはまた異質であり、別の意味で目立った存在となっていた。
「なんて言えばいいのかな…。表情だけならば、私が知っているいつも通りのモンスニーだったんだが…どうも空元気に見えたというか…」
「あの人が飄々としているのは、いつもの事では?」
「そうだが…」
まるで何かが吹っ切れたかのような、そんな顔。
明るさと諦めが混ざり合ったかのように見えた。
「昨日はメジロの家に行っていたと言うし…向こうで何かあったのだろうか?」
「気になるのならば、メジロの誰かを呼んで話でも聞いてみますか? テイオー辺りに頼めばマックイーンを連れてきてくれるでしょうし」
「そうだな…。彼女には申し訳ないが、不思議とこのままにしておいてはいけないような気がする」
「じゃあ、早速テイオーに電話をして…」
エアグルーヴが携帯を取り出してテイオーをに掛けようとした瞬間、生徒会室の扉がノックされた。
誰かと思ってルドルフが入室の許可を出すと、そこにはナイスタイミングな人物達が来ていた。
「失礼します」
「失礼いたしま~す」
「君達は…」
「メジロドーベルにメジロブライト…」
まさか、向こうから来てくれるとは思わなかった。
噂をすれば何とやらとは、まさにこのことだ。
「君達が生徒会室に来るとは珍しいな。一体どうしたんだ?」
「…モンスニーさんの事でお話があって、それで…」
「丁度良かった。実はたった今、私達も彼女の話をしていてメジロ家の誰かに事情を聞こうと思っていたところだったんだ」
「まぁ…素晴らしいタイミングでしたのね」
「そうみたいだね」
中に入った二人は、エアグルーヴに促されるまま備え付けのソファーに座った。
それと対面するようにして、ルドルフ達も座ることに。
「それで、モンスニーに関する話とは何かな?」
「話をする前に聞きたい事があります」
「なんだ?」
「…今朝のモンスニーさん…様子がおかしくありませんでしたか?」
「…っ! あ…あぁ…そうだな。確かにおかしく感じた。矢張り、私の気のせいではなかったんだな…」
自分の予想が当たった事よりも、自分の心配が杞憂ではなかった事に僅かに消沈するルドルフ。
「二人は、彼女の様子がどうしておかしいのか…知っているのか?」
「はい。正直、私達も初めて聞いた時は凄く驚いたって言うか…」
「教えてくれ」
ルドルフの力強い瞳に気圧されるような形で、ドーベルとブライトは互いに顔を見合わせて頷いてから静かに言った。
「モンスニーお姉さまは…メジロの家を出て、そして……」
「この学園も辞めるつもり…だそうです……」
「なん…だって……!?」
大切な親友が実家を出て、しかも学園まで辞める。
余りの衝撃に、ルドルフは言葉を失ってしまった。
それは隣で聞いていたエアグルーヴも同様で、彼女に至っては絶句していた。
しかも、悪い偶然とは往々にして重なって来るものである。
「嘘…でしょ…?」
「シ…シービー…!?」
なんと、生徒会室の扉の前にはシービーが偶然にも来ていて、ルドルフ達の言葉を聞いていたのだ。
「あのモンスニーが…学園を辞める…?」
ここにいる誰よりも衝撃を受けたシービーは、その場に立ち尽くしたまま呆然となっていた。
シリアスなウマ娘ってのも悪くない…けど、どこかで清涼剤のようなシーンは入れたいですね。
主にゴルシを使って。