『先生とサイクリングに行きたい』
誕生日に何欲しい? と聞いた砂狼シロコの回答が、それだった。
ものじゃないのかと思いつつ頷いたものの、キヴォトス縦断で距離感と体力がバグってるのは分かっているので、俺がくたばらない範囲にしてくれよとお願いしたら、
『! ん、大丈夫。任せて』
とまあ、耳と尻尾(幻覚)を揺らしつつ嬉しそうにしてたので、これを見れたなら悪くないのかとも思った。
なんて思っていた出発前の自分をぶん殴りたい。
「ぜー、ぜー、ぐええ……」
「……先生、大丈夫? かなり辛そうだけど……」
「大丈夫に見えんのかシロコ……あとかなりじゃなくて、死ぬほどしんどいんだよ……ゲホッ」
「ん。喋れるなら大丈夫そうだね」
「オイ」
鬼かお前はと座り込んだまま半眼を向けると、「冗談だよ」とMTBの上で薄く笑うシロコ。今の俺にその冗談はやめろ、死ぬ(ガチ)
MTB(自前)に着替えて早数時間。延々と休みなくこぎ続けたせいで、俺の足は完全に死んでいた。寧ろよくここまで耐えたよ、大したもんだわ(自画自賛)
「先生なら余裕を持っていけると思ったんだけど……難しいね」
「この距離を余裕でいけたら、並のキヴォトス生徒より体力あるだろ……」
「でも先生、逃げ足はかなり速いし疲れてないよね?」
「あんなもん火事場の馬鹿力に決まってるだろ、翌日筋肉痛確定だよ。
ちなみに、どのくらいいけると想定してたんだ?」
「ん? 成人男性の平均三倍くらいでプランを組んだ」
「過大評価にも程があるわ」
俺は赤くもねえし通常の三倍の体力はねえよ。寧ろ加減しているとはいえ(それでもクッソ早いが)シロコに付いていけてるだけ褒めて欲しい。
「あー……疲れすぎて一服してえ」
「先生、そんな状態でもタバコが吸いたいの?」
「こんな状態だからこそ吸いたーー何してるの」
座り込んだ俺の額に、シロコの手が添えられる。タオルで拭いても汗だくなこちらに対し、涼しげな彼女の手はすずーーしくねえな、運動してるからぬるいくらいだわ。
「……ん。私と変わらないくらいだし、熱でおかしいわけじゃないみたい。いつもの先生だね」
「俺の発言と思考がおかしいって言いたいのかコノヤロー」
可愛らしく首傾げやがって、タバコは空気なんだよ(?)
「……あ。ごめん先生、汗かいてるのに触っちゃって」
「俺がその比じゃないくらいの状態だから、寧ろ謝るべきなんだけどな」
「……」
「いや舐めるな舐めるな」
シロコのやつ、俺に触れた掌に舌這わせやがった。何してんだマジで。
「ん。しょっぱいね」
「……そりゃ汗だからな」
「塩分補給にはいいかもしれない」
「やめなさい汚いから」
「む。先生に汚いところなんてないよ。嘘だと思うなら、もう一回舐められる」
「……シロコ。相当上級者向けなことしてる自覚あるか?」
「え? …………!!?」
普段顔の色はそんなに変わらないシロコが、熟れたトマトみたいになっていた。気付くのおせーよ、なんだこの特殊プレイ(白目)
「ん、んん、んんん。あの、ちが、先生。これ、別に変な意味じゃなくて」
「なんだその動揺の仕方。変な意味じゃなくても怖いんだが」
「……嫌いになった?」
「なってないから。ビックリはしたけど」
だから上目遣い+瞳を潤ませる+手を握るのコンビはやめなさい。どこで覚えたそんなあざとい技、ノノミか(ド偏見)
「ん……そっか、良かった。
……先生、ドキドキした?」
「ビックリ仰天って意味ではしたよ」
「…………」
「痛い痛い、なんで叩くし」
ただでさえ身体ボロボロだからやめて欲しい。足と腰に響くんだよ。
「知らない。……ほら先生、休めたんだから早く行こう。予定より遅れてるし、このままじゃ日が暮れちゃうよ」
「暮れるくらいの距離あるのかよ……」
「……ん。無理はしなくてもいいよ?」
耳と目を逸らして不機嫌アピールをしていたが、しおれている俺を心配そうに見つめ直してくるシロコ。銀行強盗を常時したがる変わり者だけど、本質的には優しいんだよな。
「大丈夫だよ、そこそこ休んだしな。最後まで付き合うさ」
「……ん! じゃあ行こう、先生。ここからスピード上げていくよ」
「いやそれは勘弁」
これ以上速くなったら、確実に置いていかれるぞ。そんな不満そうな顔(変化は微小だが)するんじゃありません。
「あーー、やっと着いたー!!」
「先生、お疲れ様。ドリンク飲む?」
「飲む、めっちゃ飲む。後のこととか考えないくらい飲むわ」
「ふふ、先生頑張ったからね。えらい、えらい」
「いや子供じゃねえんだし、やめろって……」
その慈愛の目をやめい、なんか壮絶に恥ずかしいわ。
黄昏時に入って間もなく、目的地である穴場の海岸に到着した。周囲に人はいなく、座り込んだ砂浜と、潮混じりの風が火照った身体を冷ましてくれる。
「シロコ、これだけの距離漕いで良く平然としてるな」
「ん、そうでもない。50%くらいだし、そこそこ疲れた」
「どこの宇宙の帝王だお前は」
あれで50%とか、100%はどうなるんだ。いやキヴォトス縦断の時に見てたわ、とんでもないスピードでカッ飛んでいくシロコの姿を。
「でも、それ以上に楽しかった。サポーターもいいけど、先生が一緒に走ってくれたのは、本当に嬉しい」
「……そうかい。それなら、ここまで来た甲斐があったな」
「……ん」
横に並んだシロコの頭を撫で返してやると、機嫌良さそうに耳が揺れた。汗拭いたとはいえ、触られるのは嫌がられないもんだね。
「ん。先生、見て」
「ん? おお、こりゃあ」
沈みかけた太陽が何にも遮られることなく目に映される。いつもと同じ光景のはずなのに、迫りくるような錯覚を覚えるくらい壮観だ。
「空と水面、双方に浮かぶ黄昏か。なんというか、一日の終わりにいいものが見れるのは感無量だね」
「うん、この前のライディングで見つけたの。人も来ない穴場だし、いつか誰かと一緒に来たかった。
……先生」
「ん? おう」
「ーーありがとう。この光景を一緒に見れたのが、最高の誕生日プレゼントだよ」
夕日に照らされながらこちらを見るシロコの姿は、気のせいかいつもより輝いてというか、魅力的に映って見えた。
そんな彼女に、俺は空気を読まずニヤリと笑い。
「ありゃ、そうか。誕生日プレゼントも別に用意したんだが、これを超えられないなら渡してもしょうがないかね」
「え? いや、あの、それは……そっちも、もちろん、嬉しいから、その‥…」
「ん? 何だ、シロコ」
「……んう。先生の、意地悪。プレゼントも、欲しい」
頬を膨らませながら袖を引っ張るシロコに、俺は笑ってもう一度頭を撫でてやる。
「悪い悪い、戻ったらちゃんと渡すよ。アビドスのみんなもパーティーの準備して待ってるだろうしな」
「ん、それなら許す。
それじゃあ、帰ろっか先生。夜までには着かないと、みんなに申し訳ないから」
「達成感の後にまた漕ぐのか……」
「大丈夫、行きの道の三分の一くらいだから」
「三分の一でも十分な距離なんよ。
……次行くなら、もうちょい距離短くしてくれよ」
「! ん、任せて先生。次は完璧なプランを用意する。
あと、アビドスのみんなも誘ってくれると嬉しい」
「それは難しいんじゃないかなあ」
まあ楽しそうだし、ダメ元で誘ってみるかね。
なお翌日、足が死んだどころかろくに動けなくなったのは、言うまでもない。
後書き
シロコの「ん」ってこんなに多用するものだっけ……? と悩みながら書いてました。違和感あったらご指摘ください。
一応日付には間に合ったからセーフ、だよね……? 呼んでくださり、ありがとうございました。