「雨だなあ」
「雨ですねえ」
シャーレの休憩室。俺、シャーレの先生とノアは窓を破らんとばかりな勢いの豪雨を、何をするでもなく並んで眺めていた。
本日は俺とノアの誕生日。生憎の大雨なので外に出るのも楽ではなく、こうして部屋の中でのんべんだらりと過ごしている。
まあ、動かない理由はもう一つあるのだが。
「バレてるサプライズパーティーって、何て言えばいいんだろうな?」
「うーん、難しいですね……この場合は、用意してくださる皆さんの気持ちに感謝するが、正解でしょうか」
「それはもちろんしてるけど、バレたことへのフォローになってなくね?」
足を組み直しながら再度質問すると、顎に指をあてたノアは困った笑みになっていた。まあそうだよな、どうしようもないわな。
余談だが、バレた原因はアリスとモモイであり。シャーレのカフェで何やら慌ただしくしている面々に何してんのと問い掛けたら、
『はい、先生とノアを祝う準備をしています! アリスは飾り付け担当です!』
『ちょ、アリス!? サプライズなんだから言っちゃダメだって!?』
それはまあ、堂々と白状してくれた。アリスの口を塞ごうとしているモモイの後ろで、ユウカとケイが揃って頭痛そうにしていたのが印象的だったよ。
「あんなとこで準備してたら、バレるもんだと思うがねえ。モモアリはともかく、ユウカまで何故いけると思ったのか」
「ふふ、そこがユウカちゃんの可愛いところですから。
でも、手持ち無沙汰になっちゃいましたね」
「仕事してから出掛けるつもりだったしな」
「先生とノアは誕生日特権で休んでください! 仕事は私達で片付けておきますので!」とは、サプライズがバレてヤケクソ気味に叫んだユウカである。ありがたいけど、何言ってんだこいつみたいな顔を後ろでしてたケイの顔が忘れられない。
「先生?」
「んあ? どうした、ノア」
ソファに横になり、何をするでもなく窓の外を眺めていると、読んでいた本から顔を上げたノアが、こちらに近付いてくる。
「何か、嫌な事でも思い出しましたか?」
「……何でそう思うんだ?」
逆さまで見上げる形となったノアの顔は、眉を下げて愁いを秘めたものだ。いつもの笑顔が似合うぞ、お前さんみたいな美人は特に。
「先生がその表情をしている時は、昔の苦い経験を思い出している時と記憶していますので」
「……よく見てるなあ」
「ふふ、先生のことはよく見ていますから」
そんな見るもんかねと首を傾げていると、ノアは楽しげに目を細める。もちろん良く見てますよと言っているようだ、物好きだねえ。
「んで、嫌なことか? まあオオサカ時代なら腐るほど思い当たるが……いつもなら、わざわざ聞かないだろうに」
「はい。同じ顔は時々していたと記憶していますが……いつも、雨の日でしたから、気になったもので」
いつもは刺激の強い話が多いですし。ノアにしては珍しく、首を横に振って記憶を振り払おうとしている。悪かったって、動物園でトラに食われた奴の話が刺激的とは思わなかったんだよ(オオサカ並感)
「雨、ねえ」
「……先生?」
答えは返さず口を閉ざす俺に、ノアは首を傾げてから眉を下げ、
「……もしかして、まずいことを聞いてしまいました?」
「いや、そんなことはない。……そんなことはない、けどな」
ノアに非はない。態度に出していた俺に非があるのだから。申し訳なさそうな彼女から目を逸らし、再度窓の外に視線を向ける。
高層タワーにあたるシャーレでは、地上まで肉眼で見えることは無い。だけど、俺にはそこに黒い、車があるように見えてーー
「…………はあ」
しかめそうになる顔を溜息で強引に誤魔化し、視線を部屋に戻す。
「悪い、今のは忘れて――ノア?」
ソファから身を起こそうとしたら、こちらを見つめ続けていたノアが、何を思ったのか両手を俺の顔の横に付き、起き上がるのを阻止された。
「何してんのよ、お前さん」
「……先生が、お辛い顔をしていたので。無いと言ってくださっても、私に責任があると感じてしまいますから」
抱きしめてあげた方がいいかな、と思いまして。そう言うノアの顔は羞恥からか赤く染まっているが、僅かにこちらをからかうような色も感じられる。
普段なら意図に気付いて、、何言ってんだと呆れて流すところだが。
「……ん」
「え、ひゃっ!?」
気付いたら、俺はノアに手を伸ばし。彼女の小さな悲鳴を耳元で聞きながら、その細くて柔らかな身体を腕で包んでいた。
SIDE ノア
本当に抱きしめられるとは思わなかった、というのは言い訳だろうか。先生の男性らしい、少し硬さのある腕が背中に回り、私を巻き込んでソファに倒れ込む。
「あ、あの、先生?」
「んー……」
下敷きになっている形の先生は夢現というか、とにかく下心は感じなくて。それを少し残念に想いながらも、何かを確かめるような、初めて見る弱々しい姿に固まっていると、
「生きてる」
私の胸元に顔を埋めたまま、ポツリとつぶやく先生。服を掴む指は、離さないと縋りついているようで。
「はい。私はここにいますよ、先生」
気付いたら、私は先生にそう語り掛けながら、頭を撫でていた。年上の、よく感情的になるがどこか余裕を感じられるこの人を慈しんでいるのは、なんだか不思議な気分だ。
「大丈夫です。ちゃんといますから、先生」
事情は何となく想像が付く。多分、先生は今の私と、誰かを重ねているのだと。
でも、今は何も聞かず、ただいると伝える私に。先生は幼子のようにうん、と一つ頷き。そのままの体勢で、二人重なって動かなくなる。
悲壮さを感じられる抱擁は、雨のベールが私たち以外の人から隠してくれているように感じた。
SIDE OUT
「あー…………やっちまった」
「ふふ。私は先生の弱々しくて可愛い姿を見られて、嬉しいですよ?」
「勘弁してくれ……」
額に手を当てながら天を仰ぐ俺の横で、顔の赤みは取れないままだが満足気に、同時に悪戯っぽく微笑むノア。事情も知らない年下の女の子に抱き着いて縋りつくとか、本当に何してるんだ俺は。
「大丈夫ですよ。あの時の先生に、何かいかがわしい気持ちが無かったのは分かっていますし。
あ、それでも気にされていましたら、何か誕生日プレゼントをリクエストしてもいいでしょうか?」
「……仰せのままに、お嬢さん。可能な範囲なら何でも用意してやるよ」
「ふふ、ありがとうございます。あと、先生のお話も色々聞けたら、より嬉しいですよ?」
「今話す気分じゃねえよ……」
今日は完全に負けか。ソファに背を預けて脱力する俺に、ノアは手を合わせて何がいいでしょうなどと上機嫌になっている。欲しいものなんてそんなにないだろ、気を遣いやがって。
「……私としては、そういう意図があっても良かったんですけどね?」
小声の独り言は、聞こえないことにしておいた。オオサカならともかく、生徒に手を出したらやばいだろ。
余談だが、横並びに座っていた俺達を見て、パーティの準備が出来たため呼びに来たケイは何故か顔を赤らめ、何してたんですか!? と詰め寄ってきた。
何もねえよ、お前さんが想像してるようなことは。
あとがき
書けたよ、今日終わりのギリギリに!(阿呆)
はい、というわけでノアとの誕生日話でした。話が湿っぽい。
正直、他の二次創作でよく見る『ノアに弄ばれる先生』みたいな構図はあまりピンと来なかったんですが、本作ではこんな感じになりました。普段は言論で勝敗を(無意識に)競っています。
先生があの状況とノアを誰に重ねていたのかは……まあ、いずれ語る機会があれば書かせていただきます(予定は未定)
それでは読んでいただき、ありがとうございました。日付変わる前に書けたので、ノアのASMR買ってきます!(今更)