安部菜々17歳   作:hatibe

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問十一、友達がアイドルになる確率を求めよ。ただし、予想外の方向から球が飛んでくるものとする

1/ワンダーウォール

 

「壁って穴が空くもんなんだ……」

「ずみまぜんでした……」

 壁にできた穴を見て僕がそう呟くと、安部さんは心底申し訳なさそうにしながら濁点混じりの声でペコペコと頭を下げた。

 先ほど突然壁に安部さんが生えたのはトンネル効果によるところではなく、すっ転んで頭から壁に激突してしまったせいからだそうな。 

 そんなバカな話あるものかと笑ったのだったが、どうやらマジらしい。マジっすかサンデーという気持ちになったのは当然だろう。壁が薄すぎたのか、あるいは安部さんの頭が硬すぎたのか。あるいは両方……?

 まあいずれにせよ、

「安部さんに怪我が無くて良かったね」

「いや、そうだけどよかないでしょ」

 安部さんの頭から埃を払いながら加蓮は、

「この穴、どーすんのよ」

 と、開いた大穴を指差しながら、呆れたようにそう言った。

 

 直径30cmほどの大穴が、僕の家の壁に出来上がっていた。このサイズだと、「いや、入居時から穴空いてましたよ」としらばっくれるのは厳しいものがある。かなり厳しいだろう。

 これ直すのに幾らくらいかかるんだろうか。

「……保険の適用範囲内になるのかな」

「ならないでしょ」

「だよね」

「どんぐらいかかるのかな」

「数万は下らないんじゃない?」

「ウッ! ……修繕とか諸々、もちろん私の方で……」

 アアマタオカネガトンデッチャウ……と虚ろな目で呟く安部さん。

 ……不憫だ。

 最悪、幾らかは負担をすることにしよう。正直なところ、そんなことをする義理なんてないのだろうが、何故だか安部さんを無下にはできないのだ。まだ知り合って間もないはずなのに、なんだかまるで旧知の仲のような、そんな感覚を彼女に覚える。不思議なこともあるものだ。

 とりあえず、管理会社に連絡は入れておいた。近日中に大家に連絡すると言っていたので、そのうち対応含めて方針が決まる事だろう。

 なので今するべきことは、

「穴、本棚か何かで隠そうかね」

「丸見えだもんね、菜々の家がこっちから」

「わー! わー!」

 穴が開いてから、安部さんは穴の前にずっと居座っている。壁の向こう側、つまり安部さんの部屋を絶対に見せないと言う強い意志を感じられた。といっても安部さんが小柄なせいで、隠しきれてないのだが。見られて困るものでもあるのだろうか? まあ、普通に考えたら他人に自分の部屋を覗かれるなんていやだろうし当然か。

 

「で、今更だけど何でコケたの?」

「こが……丸いものに足を取られてしまって」

「あー……なるほど?」

 分かったような分からないような。ペットボトルか何かを踏んづけたのだろう、多分。

 僕らはその後、模様替えと言う名の壁隠し工作を行ったのだった。

 

 

 

2/計画的無計画犯行

 

「ということがあったの」

「加蓮、君の友人は何かに憑かれているのか……?」

 翌日、事務所で清水の身に起きた出来事を加蓮が話すと、二宮飛鳥は若干引きながらそう言った。

「いや、あれは多分憑かれてないと思う。……でもって、憑かれててもその事に気づかないタイプ」

「どんなタイプだそれは……」

「そういうタイプよ」

「一度、小梅にでも会わせてみたいな……」

「見えちゃいけないもの見えちゃうんじゃないの?」

 そうやって、レッスンの空き時間に飛鳥と加蓮が談笑していると、一人の少女がさっと現れた。 

「楽しそうですね、何の話をしてるんです?」

 薄ピンク色の服を着て、花飾りのついたリボンをした少女・佐久間まゆが。

 

 佐久間まゆ、彼女のことを北条加蓮はあまり理解できていない。物腰丁寧で、礼儀正しく、そして常に他人と一定の距離を取る。それが、加蓮から見た佐久間まゆの印象だった。

「はぁ……家の壁に穴ですか……」

「嘘みたいだけどホントの話なの」

 先ほどと同様に壁のことを話すと、まゆは「不思議なこともあるものですねえ」と相槌を打った。

「あとテディベアも気になるな……」

「テディベア?」

 飛鳥のその言葉にまゆが首を傾げると、加蓮が口を開いた。

「ああ、家にテディベアっていうか、着ぐるみが届いたの。そいつの家に、クマの着ぐるみが」

「はぁ……着ぐるみですか。あれって、買おうとすると意外と高いんですよね。その方、着ぐるみ趣味とかあるんですか?」

「じゃなくて、贈り物だったらしいんだけど」

「だけど……?」

「届いたとき、中に人が入ってたらしいのよね」

 ピシリ、とまゆの表情が固まった。

 加蓮の言葉を補うように、飛鳥が言葉を紡ぐ、

「なんでも、昼間にインターホンが鳴って、ドアを開けると目の前に大きなテディベアがあったらしい。そしてその家主は何を思ったのかは知らないが、家に持ち込もうとしたんだ。だけど、これが非常に重い。おかしいなと思いながらも、家主はテディベアを何とか家に運び込むと、そのまま放置したんだ。そして後日、テディベアを動かそうとしてみたら……」

「すっごく軽くなっていて。そう、実はそのテディベアは、着ぐるみだったのでした」

「そして、その着ぐるみの中身は杳として知らず……と。どうだい、ちょっとしたホラーだろ?」

「私から言わせたら、何でそんな重いテディベアを運び込んだのかって感じなんだけど……って、まゆ?」

「な、なんですか?」

「あ、汗すごいけど大丈夫?」

 見ると、佐久間まゆは滝のように汗をかいていた。それに、目も凄く泳いでいる。

「あっ、ごめん! もしかして怖いのとか苦手だった?」

「へ、平気ですよぉ」

「平気そうには見えないんだけど……」

「……そ、それで。その家主さんはどうしたんですか?」

「どうも何も、未だにその着ぐるみと仲良く同棲中。どんな神経してるんだか」

「警察には言ったのかい?」

 飛鳥のその言葉に、まゆはビクゥッ!と反応したが、飛鳥と加蓮はそのことに気がつかなかった。

「してないって。証拠不十分だろうし、わざわざ動いてくれないだろうって言って、連絡すらしてなかった。あ、でも流石に怖いから家の鍵は変えるってさ」

「まゆも、け、警察とかには連絡しないほうがいいと思います。ええ。けど心配だったらすぐにでも鍵は換えていいと思いますよ」

 何故か謎の頷きを見せるまゆの姿に、加蓮が不思議そうに小首を傾げた。

 

「まあ、警察は必要ないだろうね。もし呼ぶとすれば、私立探偵あたりだろう」

「私立探偵?」

 飛鳥のその言葉に、加蓮がきょとんとすると、

「ああ、探偵さ。こういう謎が出てきたときには、探偵が出てくるべきだろう。特に、事件性がない謎なんかはね。ミステリではよくある話だろう?」

「あれ、飛鳥ってミステリー好きなの?」

「まあ、嗜む程度にはね」

 そう言うと、飛鳥はコホンと咳をすると、大仰に、

「考えるべきは、『何故その犯人が家主に対して何もしなかったか』についてだ」

「ああ、確かに。そいつの家、荒らされたりもしてなかったんだってさ」

 犯人、という言葉でまゆが再びビクリとしたが、二人はそのことに気づかずに話を進める。

「だろう? 家主に対し危害を加えず、そして家に対しても何もしなかった。これは一体全体どう言うことだと思う?」

「……実は家主の勘違いだった説」

「最初っから中身は空だったってオチかい? まあ、その線も無くは無いけれど、それは一先ず置いておこう。信頼できない語り手ほどつまらないものはないからさ」

「うーん、じゃあ何?」

「事件はこれから起こるってのは、どうだろう?」

「これから?」

「そう、これから。今回の一件で鍵を複製した犯人は、忘れた頃にその家に侵入し、そして……」

「それ、今回何もしなかった理由にならなくない?」

「……確かにそうだ。だったら、監視カメラとかを仕掛けるためにってのは?」

「それはあるかも」

 そうして加蓮と飛鳥は二人して推理を始めるも、どれもロクでも無い結末を予想させるような推理が飛び交っていた。

 そんな中、今まで黙っていた佐久間まゆが、恐る恐る口を開いた。

「あ、あのぉ……もしかしたらその犯人さんも、そんなに悪気があったわけじゃないかもしれないですよ」

「悪気がない? ここまで周到に用意している犯人だ、恐らく何かしらのことをやるに決まっているさ……加蓮?」

 そこまで言って飛鳥は、加蓮が腕を組んで何かを思案していることに気づいた。そして、加蓮が言う、

「実は、ドッキリだったとか……」

「ドッキリ?」

「そう、ドッキリ」

 ドッキーン!と佐久間まゆが再びなったのだが、二人はやはりそのことに気づかなかった。

「何のためのドッキリだ? 家の中で家主を驚かすような?」

「じゃなくて、本当にやりたかったのは、家主が玄関を開けたその瞬間だったとか」

「つまり、『テディベアの宅配便だと思ったら、実は人がいるドッキリでした!』って? でも、それじゃなんで犯人はそれをやらなかったんだ?」

「……着ぐるみの中で寝てたとか」

「…………フッ」

 加蓮の推理を聞いて、飛鳥は鼻で笑った。

「えーそんな反応? でもさ、なくはなくない? 例えば着ぐるみの運搬で疲れていたとか、前日夜遅くまで何かの作業をしていたとか、それとか、着ぐるみの中で待っていたら酸素が薄くなってウトウトしちゃったとか。で、肝心なときに寝ちゃって」

「起きたらいつの間にか部屋の中に運び込まれていた、と。そんなバカな話があるわけないだろう……。キミもそう思うだろう? まゆさん」

「……そ、そ、そうですねぇ。そ、そんなお間抜けさんいないと思いますよぉ」

「……まゆ、なんでさっきから汗だらだらかいてるの」

「……きょ、今日はなんだか暑いですね」

 パタパタと顔を手で扇ぐまゆの姿に、飛鳥と加蓮の二人は不思議そうな顔を浮かべた。

 

「あ、そういえばまゆさん。結局チケットは渡せたのかい?」

「チケット?」

 思い出したと言うように、飛鳥が口を開く。

「そうさ。ライブ前に、『観に来て欲しい人がいるんです……』って思わせぶりの様子で、言っていたからね。で、どうなんだいまゆさん?」

「………………」

「まゆさん?」

「……結果的には、来てくれたみたいですけど」

 頰を膨らませながら、佐久間まゆは小さくそう呟いた。

 

 

 

3/アイドル原子核

 

「ということがあったんだ」

「何をやってるんですか……」

「ほんとにね」

 壁に穴が空いた翌日、僕は鷺沢書店に顔を出した。

 目的は、世間話といちごパスタの会の今後、そして橘さんの今後についてだ。

 で、とりあえず世間話にと昨日あった出来事を話すと、鷺沢さんは呆れ顔をした。

「壁に穴は空くし、テディベアだと思っていた物は着ぐるみだったりと、散々だ」

「散々と言うか、ホラーの域ですね……。なんで平気な顔してるんですか?」

「いや、怖い話って人と共有すると恐怖が半減するじゃないですか」

「聞いた側が怖い気持ちを半分貰いますからね……」

 寒々と自身の肩を抱く鷺沢さん。

 いや、正直自分でも不思議なのだけど、あんまり怖いという気持ちがないのだ。どっちかというと、子供の騒ぎに巻き込まれているような、そんな感覚に近い。

「まあ流石にさ、ちょっと気味が悪いから、あのクマは捨てようと思うけど」

「人形の時間というのを知ってますか?」

「何ですそれ?」

 僕がそう尋ねると、鷺沢さんは楽しげに口を開いた。

「人形の時間。人が寝静まった後、人形たちが静かに動き出すんです。日頃、人形たちに優しくしていれば、人形たちは人に対し優しく振舞います。寝ている家主の掛け布団を直してくれたり、はたまた部屋の掃除をしてくれたり……」

「………………」

「ですが、人形に対し乱雑な対応をしていると、人形たちは人が寝静まった後、ゆっくりと動き出し、家主の近くに忍び寄ると、銀色の刃物を手に……」

「その話の方がよっぽどホラーなんですけど……」

「ふふふ……意趣返しです。まあ、そういう話もありますから、捨てる前に形式だけでも供養だけはすることをお勧めします」

 人形供養は聞いたことがあるけれど、着ぐるみの供養をするなんてのは聞いたことがなかった。でも、今の話を聞かされると、やらざるをえまい。だって怖いし。わっ、本当に急に怖くなってきた。

「……どこ行けばいいんだろ。供養寺にあの着ぐるみを持ってくの、すごく大変そうなんだけど」

「……確かにそうですね。聞いた話では、最近では人形供養のため、住職の方が家まで読経しに来てくださるそうですよ」

「ピザ屋の配達じゃあるまいし……」

「ふふ……。そして、部屋の壁に穴が空く、ですか。まるでアンリ・バルビュスのようですね」

「もしかして、バルビュスの『地獄』のこと言ってます?」

「はい。……ああ、そういえば、清水さんは赤を全部読んだのでしたね」

 少し嬉しそうに、鷺沢さんはそう言った。

 赤というのは、波岩文庫の赤色背表紙の本群のことだ。

 いちごパスタの会が健在だった頃、鷺沢さん(読書子)の勧めで読み始めたのが赤だった。当時、何から手をつけるべきかとんと見当がつかなかった僕は、とりあえずと赤色背表紙の本を一から順に読んでいった。まあ、鷺沢さん(読書子)からは受験勉強の如くマークシートを埋めるかのように読むのはいかがのものかと苦言は受けたが。

 

「それで、いちごパスタの会に何か進展は……?」

「今の所は何にも。ウサミンからの連絡はないし、ギルマスは未だに音信不通」

「そうですか……」

「そんなことより、橘さんのことなんだけど」

「そんなことで済ませていいんですか……」

 いいも悪いもないだろう。

 今の所打てる手というのはないのだから。ただひたすらに待ちの状態である。もどかしいものではあるのだが、こうなってしまった以上はしょうがない。

 そういわけで、僕は鷺沢さんに橘さんの夢について相談したのだった。

 

「――というわけなんですよ」

「……ちなみに、アイドルに大手とかってあるものなんですか?」

「うん、あるみたい」

 僕もこの手の知識には疎かったのでネットで調べた情報程度しかないのだけど、どうやら今の所765プロダクションという事務所と、346プロダクションという事務所の二大巨頭がアイドル業界の中で鎬を削っているらしい。その他にも男アイドルだけを集めた315プロダクションや283プロダクションという新興の事務所もあるそうだが、とりあえず大手と言ったらその二つだそうな。

「こないだ行ったライブは、今言った346プロダクションのライブなんだってさ」

「ああ、346っていうのは、ウサミンさんがたまに話題に挙げてましたね」

「そういやそうだ」

 確かに、言われてみればウサミンは346プロの話をたまにしていた。していた、と言っても、『チケットをご用意できませんでしたチケットをご用意できませんでしたチケットをご用意できませんでした』っていう謎の呪詛をずっと書き込み続けてる感じだったが。

 

「私も、橘さんのようにアイドルを目指してみましょうか……」

「えっ!?」

 予想もしないその一言に、僕が驚きの声を上げると、鷺沢さんはいたずら成功といった表情を浮かべながら、

「冗談です。……私のような人間は、アイドルなんて輝いたものよりも、濫読家の方が向いてますから」

「いやいや! そういう意味じゃなくって……鷺沢さんならなれると思う、本気で」

「……ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」

「いや、本気だって。なんなら今日にだってなれるよ」

「……本当ですか?」

「本当ですよ」

「……ふふふ、ありがとうございます」

 そうやって僕らが話し合っていると、カランコロンと来客を告げる鐘の音がなった。

 ドアの方を見やると、背広姿の男の人がいた。背丈は高い。

 珍しいこともあるものだ。僕が知りうる限り、この鷺沢書店にスーツ姿の人が訪れていることなんて見たことがなかった。

「いらっしゃいませ」

 鷺沢さんがそう言うと、その男の人は会釈をして暫く店内を見回した後、

「……お喋り中のところすみません。今、少しお時間よろしいでしょうか……?」

 と、丁寧な物腰でそう言った。

「あ、はい。どうぞ」

 接客の邪魔をしてはまずいので、僕はその辺の本を眺めることにした。

 したのだが、その人の第一声でその気が吹っ飛んだ。

「アイドルに、興味はありませんか……?」

「…………?」

 鷺沢さんがきょとんとした。僕もきょとんとした。

 その様子を見て、その人は慌てて言葉を紡いだ。

「すみません、先を急ぎすぎました。私、346プロダクション第一芸能科でプロデューサーを務めております――」

 

「――というわけで、鷺沢文香さんには是非とも弊社に来ていただきたく。もしも興味がおありでしたらご連絡ください、事務所の見学ツアーをさせて頂きます。ご友人様と一緒でも構いませんので、興味がおありでしたら是非とも」

 そう言って、その人はポカンと惚ける僕らを残して去っていった。ビジネスマン感がすごかった。

 暫く、僕らはそのまま惚けた後、顔を見合わせた。

「…………」

「…………」

「………………」

「………………」

「どっ、どうしましょう……」

「ええぇぇ……」

 最近、驚くこと多すぎ。

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