安部菜々17歳   作:hatibe

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問十三、事務所内でアイドルに出会う確率を求めよ。ただし、そのアイドルは全く予期しない人物とする

1/鷺沢文香ジト目概念

 

 スモールワールド現象というものがある。知り合いの知り合いを辿っていけば、どんな人にでもたどり着けるという仮説だ。

 そういうわけで僕は、鷺沢さんの付き添いで美城プロダクションに出向いた結果、なぜだか北条加蓮に行き着いた。さすがに世界狭すぎではないだろうか……?

 

「プロデューサー、さっき言っていたのはこの事かい?」

 加蓮の「わかりましビャァ」という奇声によって出来上がった沈黙を破ったのは、エクステ少女、二宮飛鳥の一言だった。というか、さっきのわかりましビャァってなんだビャァって。

 プロデューサーさんは首を縦に振って首肯した。

「はい。アイドルに興味を持っていただいたので、今日は事務所の見学にと」

「なるほど、加蓮に続いてプロデューサー直々のスカウトというわけだ」

 そう言って二宮飛鳥は僕らを見渡して、

「…………んん?」

 二宮飛鳥は訝しげにこちらの顔を見た。

 おそらく、「何で男がいるの?」とでも思っているのだろう。まあ、そりゃそうだろう。スカウトされて見学しに来ているメンバーの中に男がいたらハテナとなるは当然だ。というか僕も正直何でついてきているのか良くわかっていない。

 二宮飛鳥はツカツカと歩き僕の前に立つと、

「失礼、どこかで会ったことは?」

「いや、ないと思い……ます」

 予想とかなりずれた言葉が飛んできて、思わず敬語が出てしまった。

「……どこか顔馴染みと雰囲気が似ていた気が。……いや、気のせいか。そんな不思議なことが早々あるはずないからね」

「はぁ、そうですか」

 そう言うと、二宮飛鳥は僕への興味が失せたらしく、プロデューサーさんと一緒になってアイドル活動とはなんぞやと言う話を鷺沢さんにし始めた。

 一体何だったのだろうか。

 不思議に思いながら鷺沢さん達の会話を聞いていると、ふと隣にいる橘さんの存在を思い出した。そういえば、さっきから一切会話に入ってきていない。

 僕は橘さんの方をみやって、少し引いた。

「飛鳥さんだ……」

 ガチファンの顔をしている橘さんがそこにはいた。右目に「ガ」と言う文字と、左目に「チ」という文字が映り込んでいるから、多分ガチだ。そうだった、橘さんにとって彼女は目指すべき理想であり偶像なのだ。

 ただ、どういう訳か橘さんは鷺沢さん達の会話に混ざろうとはせず、一歩後ろのところから遠巻きに眺めみていた。

「あの、橘さん。会話、入ったら?」

「え、え? いえいえいえいえ」

 いやいやと、高速でブンブン首を横に振った。

 あ、駄目だこの子、ただのファンと化している。しかも憧れの人を前にして何のアクションも起こせなくなってただただ黙っちゃうタイプのファンだ。

 折角、プロデューサーさんと現役アイドルの話を聞けるのだから、こんな絶好の機会を逃すべきではないだろう。

 そんなことを思っていると、視線の矢が僕の頬を貫いた。めっちゃ痛い。

 どこからメンチを切るような視線レーザーが飛んできてるのかと視線の主を探ると、そこには加蓮がいた。

 加蓮は口をパクパクと開いた。

『は? なんでここに来てるの!?』

『こっちのセリフだ……』

『いやこれこそこっちのセリフだから!』

 声には出していないが、何となくそんな感じのことを言っている気がした。

 どうやら僕も加蓮も、読唇術に対する適性がそこそこあるらしい。驚愕の事実である。この技能が今後の人生で活かされる機会があるかどうかは神のみぞ知る話だ。

 加蓮は腕を組んで僕を非難するような目をした。

『事前に言ってくれても良くない?』

『ごめんさすがに予想外だった』

『いやもうほんと、なんで来てるの?』

『なりゆきかなあ……』

『なりゆき?』

『そう、なりゆき』

『ちょっと説明してみて?』

『ある日僕はちょっとした理由で本屋に顔を出したんだ。その本屋の名前は鷺沢書店、僕の家の近所にある本屋さんだ。そこには看板娘の鷺沢さんという女の子がたまに店番をしている。そう、今僕の横にいる黒髪の彼女だ。彼女とはまあ何というか縁があって、その日も店に立ち寄ったついでにお喋りをしていたんだ。そしたらガラガラガラ、という音とともに店の玄関からスーツ姿の男の人がぬっと現れた。男はしばらく店内を見回った後、鷺沢さんに名刺をすっと差し出してこう言った、「アイドルに興味はありませんか?」と。そう、つまりはスカウトだ。興味があればまずは事務所の見学ツアーをするとの話だったので、鷺沢さんはそれを承諾したんだ。けれどその際にお願いもしていて、その内容というのは僕と橘さんも一緒に見学に付いてきて良いですか?というものだったんだ。女の子一人で事務所っていう知らない場所に行くのはちょっとアレだし、なにより橘さんはアイドルになりたかったからこういう機会は是非ともというわけで、僕らも付き添う形になったわけ。で、今に至る……っていう感じなんだけど、わかった?』

『長いって、わかんないって』

 どうやら読唇術で会話するには文字数制限という制約があるらしい。

 残念。

『橘さんがアイドルなりたいっていうから、良い機会だと思ってついてきた。以上です』

『なるほどね? で、聞きたいんだけど』

『なに?』

『その鷺沢さんっていう黒髪ロングの女の子とどんな関……って……ヒィ』

 加蓮は何かを言おうとしたのだが、途中で絶句した。

 口をパクパクパクパクしている。

 加蓮は何か見てはいけないものを見てしまったような顔をしていた。加蓮の視線の先を追ってみることにした。

 視線を追うと、そこには……。

「………………」

 鷺沢さんが、めっちゃジト目でこっちを見ていた。ジト目だった、ジト目である。

 まるで、この世の不条理を呪うかの如く、ジト目でこちらを見ていた。

「あの……何か?」

「いえ……別に?」

 その顔、別にって顔じゃないです。

 口に出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。

 というか、プロデューサーさんたちがいつの間にか部屋から姿を消していた。

「あれ、ごめん。プロデューサーさんたちはどこに?」

 そう聞くと、ジト目のまま鷺沢さんは口を開いた。

「プロデューサーさんは書類と会議室の予約をしに行かれました。二宮さんは休憩に入るとのことです」

「あ、そうなんだ。会議室の予約って?」

「私のアイドル活動について、少しばかりお話をしたいのでお時間をとっていただきました」

「ん……? ごめん、どういうこと?」

「私、アイドル、やります」

 目がテンになった。リピート・アフター・ミー。

 鷺沢さんが言った言葉を反芻してみよう。

 ワタシアイドルヤリマス。

 嘘でしょ。

「こ、古書店の仕事があるからあんまり乗り気じゃないって……?」

「気が変わりました」

「橘さんの社会見学がてらって……?」

「気が変わりました」

「仮にやるとしても、物事をそうそう即決するのは良くないからじっくり考えるって……?」

「気が変わりました」

 駄目だ、鷺沢さんが気が変わりましたbotに成り果てている。

 というか何でこの人、こんなにやる気満々になってるんだ。

 理由を問いかけても、気が変わりましたの一点張りである。

 そんなこんなで気が変わりました攻防合戦を鷺沢さんとしていると、加蓮が声をかけてきた。

「あのさ、清水。イチャついてるとこ悪いんだけど、そちらの方、どなた?」

「してないって。この人は……」

 この人は、君のよく知っている人だよ。

 そう言おうとして、ハッと口を噤んだ。

 思い出す、鷺沢さんとの先日の会話を。

私のこと(読書子)は、伏せておいて欲しいのです』

『絶対に、絶っ対っにっ。他言無用ですよ』

『破ったらどうなるか、お分かりですね?』

 いや、嘘ついた。たしか、そこまでは言ってない気がする。

 でもまあ、鷺沢さんが自分のことは暫く伏せておいて欲しいと頼んできたのは本当だ。

 本人なりの事情があるのだろう。

「で、清水。どちら様なの?」

「ええと……そりゃ、友達ですけど」

「はーん……? あっそーう」

 僕の回答を聞いて、加蓮は心底楽しそうに笑みを浮かべた。

 この顔はあれだ、おもちゃを見つけた猫の顔だ。非常によろしくない。

 戦略的撤退をしろと、培った危機管理能力が脳内で警鐘を鳴らしていた。

 僕は橘さんの方に向き合うと、

「橘さん、ちょっと喉が乾いたよね」

「え? いえ、別に平気です」

 乾いて。なんでそこで外してくるの。

 退路を断たれた状態で、僕は鷺沢さんの方に助けを求める視線を送ると、鷺沢さんは仕方がありませんねえという顔をした。仕方がありませんねえって本当に顔に書いてあるんじゃって思うくらいの顔をしていた。

「北条さん……ですよね?」

「え? あ、うん。そうだけど、なんで私のことを?」

「いえ。先日のライブ、清水さんからチケットを頂いたので。その時に北条さんのことを」

「あっそうなんだ。というか、こないだのライブ来てくれたんだ」

「はい。とても楽しかったです、チケット本当にありがとうございます」

 そう言って、鷺沢さんはペコリと礼をした。

 その様子を見て、加蓮は僕にちょっかいをかけるタイミングを完全に逸してしまったようだった。さすがは古書店の看板娘といったところか、客の対応はお手の物なのだろう。……あれ、そうだっけ。なんか僕が店行っても大体放置されていた気がするけど。……いや、気のせいだろう、多分。

 そんなこんなで一回流れた場の空気を直すかのように、鷺沢さんは口を開いた。

「さて……。清水さん、次はどこに行きましょうか?」

「……ん? プロデューサーさんが帰ってくるの、待つんじゃないの?」

「いえ、そうではなく。次はどこへ一緒に遊びに行きましょうか?」

「…………は?」

 何言っているんだろうこの人。鷺沢さん、君キャラ違くない?

 あ、違え。これ鷺沢さんじゃない、読書子だ。顔に読書子って書いてある。

「いつも(オンラインのIRCという)お部屋で喋るのも楽しいですが、(折角オフラインで会っているのですからそういうのを無駄にするのももったいないですし)どこか遠くにも行ってみたいですね」

「え? ……え? え!? なに? は? はぁ?」

 加蓮は混乱していた。ステータスがあったら混乱状態と明記される程度には混乱していた。

 ちなみに僕は呆れていた。いやだって、こういった技術を読書子(鷺沢文香)に授けたのは水仙(北条加蓮)だったからだ。自分の技に自分で引っかかってどうする。

「は? え? 清水、マジ?」

「言葉、言葉。言葉遣いめっちゃ乱れてる」

「いいからそんなの! え、ホントなの?」

「なにが?」

「なにって……ええぇぇ」

 そんな加蓮の様子を見て、鷺沢さんは「フフフ……」となっていた。この人、絶対に内弁慶のタイプだよなって何となく思った。

 そんなこんなで、プロデューサーさんが会議室を押さえて部屋に戻ってくるまで、加蓮の混乱と僕の釈明は続いたのだった。

 

 

2/小梅ちゃん

 

 その後、プロデューサーさんから会議室に移動することと相成ったのだけど、面接の日取りや契約のお話といった込み入った内容になったので、僕と橘さんは少しの間退席することになった。鷺沢さんを置いて帰るのもアレだったので、VISITORカードで動けるところを暫くブラついて、時間を潰そうという話に二人でなったのだった。

 ちなみに加蓮はあの後、二宮飛鳥さんに回収されてドナドナとどこかへ連れて行かれた。捨て台詞のように「後で追及するからね!」と言っていたのは記憶に新しい。

 そんなこんなで僕と橘さんは次どこにいくか話をしていた。

「次、どこか行きたいとこある?」

「めぼしいところは大体見せてもらっているので、これといって特にはないですが……。あ、でも、普通に歩き回ってみたいです」

「なるほど?」

 どうやら、橘さんは目的なくプラプラと歩いてみたいらしい。社会科見学も一番楽しいのは自由行動の時だし、気持ちはすごく良くわかった。

「ならぶらつく前にちょっと一休みしよっか。飲み物買ってくるから待っててね、何か飲みたい物ある?」

「いえそれは……あの、私は何でも平気です」

「はいはい、わかった。じゃあちょっと待っててね」

 そして橘さんにちょっと待ってもらって、僕は自販機を探して彷徨った。

 

「よくよく考えるとフロア内に自販機あるの凄いな……」

 自販機は割とすぐ見つかった。見つかったしなんなら三台も置いてあった。もしかして各階にあるのだろうか?大学よりもその辺充実していて凄い気がする。

 橘さんは何を飲むのだろうか。わからないのでとりあえずお茶とイチゴミルクを購入することにした。好きな方を選んでもらうことにしよう。

 そう思いながら自販機にお金を投入していると、どこかから視線を向けられていることに気づいた。

 バッと振り向くと、呆気なく視線の主を発見した。

「あ……」

「あ……ええと、どうも。こんにちは」

「……こんにちは」

 そこにいたのは、金髪メカクレ少女だった。この子は確か、この間のライブに出ていた子だ。名前は確か白坂なんとかさん。さすがは346プロダクションと言ったところか、事務所を歩けば本物のアイドルに出会える。

 その子は僕が自販機で飲み物を買う姿をじーっと眺めていた。

 少し、居心地が悪い。

「……何か飲む?」

 ふるふるふる。

 振り返って僕がそう問いかけると、その子は黙って首を横に振った。

 さよですか。

 見ていて何が面白いんだろうと思っていると、

「ねえ……」

 と声をかけられた。どうやらやはり、僕に話があるらしい。

「はいはい?」

「仲、良いんだね」

「……えっと?」

「あの子と」

「あの子?」

 誰のことだろう、と思って脳裏に浮かんだのは橘さんの姿だった。

 目の前の白坂さんは年齢はわからないけれど、背丈から察するに橘さんと年はそう離れてないだろう。同年代の子が年上の男を引き連れて事務所を歩く姿は、もしかすると白坂さんには奇異に感じられたのかもしれない。

 ……仲が良いという表現が正しいのかは疑問符がつくのだが。どちらかというと……

「うん、まあ、多分、おそらく、仲良いと思う」

「やっぱりそうなんだ、凄く嬉しそう。ねえ、今日はどうしてここに来てるの?」

「ああ、見学でね。友達の付き添い兼見学って感じ。友達がアイドルにスカウトされたんだけど、あの子もアイドル志望でね、一緒に見学しようってことになったんだ」

「…………? アイドルになりたいの?」

「え? ああ、どうやら本気でアイドルになりたいらしいよ」

「そうなの? そうなんだ。へー! そうなんだ!」

 白坂さんは一度変な方向を見た後、「わーすごーい」と喜ぶように喜色を見せた。良い子だ、この子。

 そんなおじさんが親戚の子を見て和む思考と同じ思考回路が一瞬出来上がった後、あっと気づいた。

「あ、ごめんね。待たせてるからもう行かないと」

 そう、うちのお嬢様を待たせているのだった。さっさと行ってあげないと、なんか申し訳ない。

 僕がそういうと、白坂さんは目尻を下げた。

「あ、引き止めちゃってごめんなさい」

「いやいや……そうだ、もし良かったら仲良くしてあげてね。何か縁があったらだけど」

 僕がそういうと、白坂さんは首をブンブンと縦に振った。良い子だ……。

 じゃあね、と言って僕は踵を返して橘さんのところへ向かった。

 

 

 

3/白ウサギを追いかけて

 

 向かったはずだったんだけど、道に迷った。

「嘘でしょ……」

 方向感覚が悪い方ではないと思うのだけど、建物自体が大きすぎてちょっと迷ってしまった。ダサさ極まりない。

 幸いなことに、すぐそばに建物の地図があったのでそれを覗き込んだ。

 地図を見て思ったんだけど、やっぱりこの建物でかい。アミューズメントパークじゃないか?って思うくらい大きい気がする。迷ったときは来た道を辿るのが鉄則なので、まずは会議室の方に戻ろうと決意した。しなけりゃ一生迷子のままになっちゃう気がする。

「会議室どこだっけなあ……」

「会議室だったらその上の方ですねぇ」

「そうなんですね、ありがとうございます」

「あはは、いや私も迷っちゃってでッ゛エ゛ッ゛ツ゛」

「ん……?」

 何だか、聞き覚えのある声のような気がして、声の主を辿る。まあつまりは真横にいるわけなのだけど。

 見て、二度見した。否、三度見した。

「……あの、安部さん」

「………………」

「……なんでここにいるんです?」

「……な、なんでなんでしょう」

 そこには、見知った顔も見知った顔、安部菜々さんがいたのだった。

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