安部菜々17歳   作:hatibe

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問十五、教え子がアイドルを目指す確率を求めよ。ただし、周囲からの手厚いサポートがあるものとする

 

1/橘ありすジト目概念

 

「やっぱり無理じゃないですか」

「………………」

 そう言って、橘さんは手にとったパンフレットをひらひらと振ると、当てつけのようにふんと鼻を鳴らした。

 ドリームステアウェイプロジェクト。これが今回僕たちが発見したパンフレットの題名だった。

 あの後、目当てのものはすぐに見つかった。恐らくどの事務所にもあるであろう、アイドル募集のパンフレットを意気揚々と取りに行った僕たち。見つけたとこまでは良かったのだが……。 

「募集要項の一行目、読んでみてください」

「……応募には親権者の署名・捺印が必要です」

「声が小さいです」

「親権者の署名・捺印が必要です!」

「その通りです」

 そう、思えば当たり前なのだが、応募するには保護者の同意が必要なのである。

 パンフレットには応募から面接までの流れが細かく書かれていたのだが、僕らはそこに駒を進める前に、立ちはだかる大きな壁があることを再認識したのだった。

 無理無理と言いながらも乗り気になっていた橘さんも、この一文を見た瞬間に意気消沈したようだった。

 考えてみるといい。塾に通い始めた娘が、急にアイドルオーディションのパンフレットを持ってきたらどう思うだろうか。大抵の親は、ダメだと言うだろう。それを回避するためには、相応の努力が必要となるはずだ。

 例えば、

「何か条件つきでお願いする、とかが無難かなあ」

「条件付きですか」

「うん。例えば、テストで良い点取ったとか」

「……自分で言うのもなんですが、私はいつも良い点なので」

「……それとか、受験で合格したらとか」

「……通っている学校がエスカレーター式なので受験はないですね」

「……そういえば。そもそもなんで塾に通い始めたの?」

「ああ、それは……いや、今それはいいじゃないですか。とにかく、その手の条件提示で両親から同意を得ることは難しいと思います」

「そっか……でもそうなると当たって砕けろするしか無い気がするね」

「だから、前言ったように、射倖心を煽るような謳い文句で両親を説得するしかないんです」

「だからその言葉の使い方はやっぱり間違っていると思う」

 とは言ったものの、どうするべきなのだろうか。

 

 

 

2/教えて鷺沢先生

 

「というわけなんです」

「と言われましても……」

 アイドル活動の概要説明会が終わった鷺沢さんとプロデューサーさんの二人と合流した僕らは、ことの顛末を語り相談したのだった。

「……正直に言うしか、ないのではないでしょうか?」

「それが賢明でしょう」

「そうですよねー」

 鷺沢さんの解答に、プロデューサーさんも同意するように頷きを返した。プロの視点から見て、今回のような場合には率直に両親に言うべきらしい。まあそりゃそうだろう。

 プロデューサーさんは顎に手を当てて、思案顔になった。

「……確かに橘さんには光るものを感じます」

 その言葉には恐らく、スカウトをする余地があるという意味を含んでいたのだろう。

 そしてそれを汲み取った橘さんは、いいえと首を横に振った。

「私は、オーディションに出てアイドルになろうと思います」

「……理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「私は、アイドルは、”与えられる”ものではなく、”なる”ものだと思うからです」

「なるほど、そうですか」

 その答えを聞いて、プロデューサーさんはなぜか少し笑みを浮かべていた。

 これがもし、道端でたまたまスカウトされたのであれば、橘さんの反応も違ったかもしれない。街の雑踏の中で、自分を見出されたのであれば了承していたのかもしれない。

 しかし、今回の場合は鷺沢さん御一行の一人として、自身が色眼鏡で見られていると思っているようだ。それを橘さんは嫌ったらしい。

「じゃあ、やっぱり親を説得するしかないね」

「やっぱり、話はそこに戻るんですね」

 僕の言葉を聞いて、橘さんは今断ったことを後悔したような声でそう答えた。読んで字の如く、後になって悔やんでいるようである。

「でも、どうしたらいいんでしょう。私の両親は、否定はしないと思いますが……積極的に肯定もしないと思います。やる事を止めないとは思いますが……」

 やる事を止めはしないが、勧めもしないと思う。そこまで言うと、橘さんは口籠った。

 その先の言葉は出てこなかったが、両親が快諾した上でやりたいという意志は伝わってきた。

「どうしたら一番良いんでしょうか……やっぱり、まずは言ってみるべきでしょうか……」

「……子供のキラキラとした姿」

「え?」

 僕がそう呟くと、橘さんは目を丸くして首を傾げた。

「ああ、いやさ。塾講師やってる身としてだけどさ、うちの生徒の保護者が喜ぶのって、生徒が良い点とって喜んでる時なんだよね。別に満点とか高得点じゃなくても、前より良い点取れて子供が喜んでたら、だいたいの親って喜ぶんだよ」

「えっと、それはそうかもしれませんけど……?」

「だからさ、橘さんがキラキラとしている姿。……それを見せられたら、もしかしたらって。……いや、弱いかな」

 自分でも言っていて弱いなと思って言葉が尻窄みになった。

 なったのだが、思わぬところから声が上がった。

「いえ、良い着眼点です」

 プロデューサーさんが頷いてそう言った。

「そ、そうですか?」

「ええ、とても」

 少しお待ちください。もしかしたら、空きがあるかもしれません。

 そういってプロデューサーさんはどこかに電話をした後、

「衣装室が使えます。よかったら、最後に見学して行かれますか?」

 と言った。

 僕はその言葉を理解するまでに数秒要した後、 

「……橘さん、もしかしたら衣装着れるかもね」

「……え。……え?」

 どうやら、橘さんはまだ理解していないようだった。

 

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