安部菜々17歳   作:hatibe

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問五、友人が小学生相手にムキになる確率を求めよ。ただし、その人はやはりジャンクフード好きであるものとする。

1/落日

 

「奇遇ですね、お兄さん」

 橘ありすの口から飛び出した弾丸が、いらぬ誤解を招くことになったのは言うまでもないことだった。

 

「え、なに? 妹さん?」

 と、事情も何も知らない北条加蓮が誤解するのも無理はない。当の本人、橘ありすは誤解を招いていることに気づいていないのか、キョトンとしていた。

 このままでは僕が、オフ会に妹を連れてきた世間知らずとして認識されかねなかったので、慌てて橘ありすとの関係を説明すると、加蓮は眉をひそめた。

「生徒に自分のことをお兄さんって呼ばせてるの?」

 ありえねーって顔をしながらそう言った加蓮に僕は、弁解の余地がなかった。

 言われてみれば確かに危ない奴だろう。いや別に、僕のことをお兄さんと呼べなんて橘さんにお願いした事は無いのだが、端から見れば危ない奴には変わり無い。

 どうやって釈明しようかと頭をひねっていると、クスクスと北条加蓮は笑い出した。

 

「冗談よ、じょーだん。もー、冗談だってばー」

 手をパタパタと振りながら笑う加蓮を見て、僕はため息をついた。そういえば加蓮は……水仙はこういう人だった。

「君は、一度貼られたレッテルがどれだけ剥がしづらいのかよく考えるべきだね」

 僕がそう言うと、加蓮は肩をすくめて、

「あら、ネットで本名出しちゃう人がそう言うこと言っちゃう?」

「あれは、分かりやすさの為だから」

「誰に対する分かりやすさよ、それ」

「もちろん自分だよ」

 ネットの自分とリアルの自分を分け隔てる事は、なんだか僕には難しくて出来ない事だった。

 なので割り切ってネットもリアルも同じ自分で通す事にした。そうそう問題も起きないだろうと踏んでの事だ。

 まあ、弊害はあったが。例えば、年下の少女にネットリテラシーが無いとネタにされる事とか。これ多分だけど、ずっとネタにされる気がする。

 

 等と話していると、服の裾をグイグイと引っ張られた。

 見ると、目を吊り上げている橘さんがそこに居た。

「お兄さん、内輪だけしか分からない話で盛り上がるのって、大変失礼な事だと思いませんか?」

「あーごめんね、ありすちゃん。仲間はずれにしちゃって」

 怒った橘ありすを宥め賺すように、猫撫で声を出した北条加蓮。そんな加蓮に、橘さんはピシャリと言い放った。

「ありすじゃなくて、橘です。名前で呼ばれるのは不快です。気安く呼ばないでください」

 北条加蓮が氷像のようにピシリと固まったのは少し笑えた。

 

「そもそも、アナタは一体、お兄さんのなんなんですか?」

「あー、橘さん。彼女は、その」

 

「そうねえ、強いて言うなら……」

 そこで一旦言葉を区切ると、加蓮は僕の方を見てニヤリと笑った。

「アタシは清水のアイドルよ」

「あい、どる?」

 橘さんが加蓮の言葉の意味を理解すると顔をちょっぴり赤くした。

 そして僕は、目を覆った。

 そうだ、水仙はこういう人だった。

 

 

 

2/聖域

 

 

 

「君、アイドルの自覚あるの?」

「デビュー前だし平気よ平気」

「尚更気をつけるべきだろうに」

「ネットで本名晒す人に言われたくは無いかな」

「もうその話はやめてください」

 降参だと僕が白旗を掲げると、北条加蓮はペロッと舌を出した。からかい上手の加蓮さんに弱みを見せてはならないのだと、再認識した瞬間だった。

 

「ば、バカにしましたね! 私を子供だと思ってバカにしたんですね!」

 暫くの間、顔を赤く染め上げていた橘さんだったが、僕と加蓮の会話を聞いているうちに揶揄われていたと気付いたようだった。

「えー、でもアタシは嘘は言ってないよ? ありすちゃん」

「ありすじゃなくて橘です! で、どういう事ですかお兄さん!」

 かつて無いほどの熱量を放出している橘さんの矛先はぐるりと方向を変え、僕に向いた。

 タチの悪い事に加蓮は嘘を言っていない。だがそのせいで、説明をするのが難しくなってしまった。

 というか、デビュー前のアイドルって存在自体が社外秘密なんじゃ無いだろうか。アイドルだと触れ回る事が果たして許されるのか。

 そう疑問に思った僕は加蓮に訊くと、

「ああ、それは大丈夫。一応、公式ホームページにもアタシの写真、載ってるし」

 と加蓮は言った。

 アタシの写真、というのは恐らく宣材の事だろう。アイドルとしての北条加蓮を売り出す写真というやつだ。プロのメイクとスタイリストによって北条加蓮がどのように変身しているのか興味があったので、後でホームページを確認しようと心に誓った。友人の晴れ姿は是非とも見てみたい。

 

「……もしかして、本当に?」

 頭上を飛び交う僕らの会話を聞いて、橘さんは加蓮がアイドルである事を察知したらしい。

 そうだと僕が頷くと、橘さんは小声でぶつぶつと何かを呟いた。

 そして、

「そうですか、全然アイドルには見えなかったんで信じ難いですが、お兄さんが言うなら本当なんでしょうね」

 と爆弾を投げつけた。

 笑みを浮かべた加蓮の額に青筋がビシリと立ったのを僕は見逃さなかった。

「あ、そう。アタシ、アイドルには見えなかったんだ」

 加蓮のその淡々とした口調に僕が冷や汗をかいたのは言うまでもない。

 だが、橘ありすは意に介さず、

「そうですね。アイドルというものがどういうかは知りませんが、もっと存在感があるものだと思っていました」

 そこまで言って、橘さんは北条加蓮の顔をじっと見つめた。まるで、自分の言葉の効果を確かめるかのように。

 だが、加蓮の表情は先ほどと変わらなかった。微笑したまま、凍りついていた。

 橘さんはそれを見て効果がなかったと判断したのか、さらに言葉を紡ごうとした。

 だから、僕は待ったをかけた。

「橘さん」

「は、はい」

 飛び上がるように返事をした橘さんは、僕の顔を窺い見た。

 まるで、叱られるのを待つ生徒のようだった。

 ただ、待ったをかけたものの、そこから先の言葉が見つからなくて困ってしまった。

 沈黙が僕らの間を流れた。

 

 そんな奇妙な沈黙を破ったのは、加蓮のスマホのコール音だった。

 ちょっとごめん、と加蓮は僕らに断りを入れると、スマホをタッチした。

 

「あ、プロデューサーさん、どうしたの? ああ、うん。今平気。それで? ……へ、何? 知り合い? 私の? 場所は……めっちゃ近くじゃん。えっと名前は? ……聞いた事無い名前だけど。はい、すぐ行きまーす」

 スマホを仕舞うと、加蓮は僕に手のひらを合わせた。

 

「ごめん、ちょっと急用が入っちゃった」

「仕事?」

「まあそんなとこかな?」

 そう言うと、加蓮は橘さんと向き合って、言った。

「ごめんね、橘ちゃん。揶揄いすぎちゃって」

「……ありすです」

「えっと」

「さっきみたいに、ありすと呼んで貰って構いません。だから、その……ごめんなさい、お姉さん」

 少しシュンとした橘さんを見るに見かねてか、ちょっと待ってねと言いながら、加蓮はカバンをゴソゴソと漁り始めた。

 そして、

「はいこれ」

「えっと、これ、なんですか?」

「ライブチケット。アタシも出るんだよ。と言っても、バックダンサーだけど」

 そう言って橘さんにチケットを渡すと、僕の方にも差し出してきた。

「いらない?」

「いるいる。って、3枚あるんだけど、これ」

「プロデューサーさんに4枚貰ってたんだけど、余っちゃったから」

 まあ、誰かに配っちゃってと加蓮は言った。

 

 そして、僕らの見送りを受けながら、北条加蓮は雑踏の中に紛れていった。

 残るは、僕と橘さんの二人だけだった。距離感のつかめない僕ら二人が取り残されたのだった。

 会話の糸口が欲しかった僕は、そういえば、と思い出したのをこれ幸いにと、橘さんに訊いた。

「今更だけど今日はどうしたの?」

 そもそも論である。なぜ今日みたいな日にこんな街中で出会っちゃったのか、僕は非常に気になっていた。

 が、彼女の答えは平々凡々たるものだった。

 彼女は少し恥ずかしそうにしながら答えた。

「あの、本屋に行こうと思ったんですが、道に迷っちゃって……お兄さんは場所、わかります?」

 こうして、僕は大型書店に彼女を案内する命を承ったのだった。

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