安部菜々17歳   作:hatibe

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問六、ギルマスがトップアイドルである確率を求めよ。ただし、その人は重い病気であり、味覚もダメなものとする

1/迷子では無い

 

「いえ、迷ってはいましたが、迷子ではありません。迷子ではないんです。だからその孫を見るような目はやめてもらえますか」

「お爺さん扱いされるほど僕は年をとってないけど」

 迷子かどうかはさておき、僕らは本屋にたどり着いた。

 トコトコと後ろをついてくる橘さんの様子からすると、本当に道を知らなかったらしい。

 普段本屋に行かないの? と尋ねたところ、「私、電子書籍派なので」という答えが返ってきた。どうやら最近の小学生というのは、デジタルの世界で生きているらしい。時代の流れを感じた。

 

「そもそも、別にお兄さんが着いてくる必要はなかったんですけれど。道を教えてもらえたらそれで十分だったんで」

「橘さんが何を買うのか興味があったからね」

「……デリカシーのない人ですね」

「デリカシーて」

 言われてみれば、本を買っている姿を知り合いに見られるのは、何となく気恥ずかしさを覚えるものなのかもしれない。ラノベコーナーで立ち読みをしていたら気になるあの子に見られていた、なんて自殺ものだ。

 服や言動といった体裁を保つための道具と違い、本や漫画の嗜好では嘘をつくことができない。ありのままの自分というものが、買っている漫画、読んでいる本から滲み出てしまう。

 考えてみると良い。「ガッコーマジでだり~んすけど~」という定型的な口癖を持ち、休日は原宿系ファッションで着飾り、ナイトにクラブでブイブイ言わせている少女が、家に帰ったらそそくさと部屋に篭り、モンゴメリの赤毛のアンを本棚から取り出して目をキラキラと輝かせながら読む。どっちが本当の私なのかと問われれば、答えるまでも無いだろう。

 普段人に見せている自分という仮面の下に潜む顔が露わになるのは誰しも避けたいものである。

 で、僕のこの行為というのは、橘さんの仮面の下を覗く行為に他ならない。

 ……そりゃあ、デリカシーが無いって言われても仕方が無い気がする。

 

「そういえば、普段お兄さんはどんな本を読むんですか?」

「そうだなあ……基本、人からオススメされた本ばっかり読んでるから……これと言って。あ、ミステリは好きだよ。あとSFも」

「ミステリとSFなら私も読んでます!」

「そ、そうなんだ」

 えっへんと誇らしげに胸を張る橘さんと共に、本屋の中をぐるぐると廻っていると、

「…………あら」

「…………おっと」

 よく行く古書店の店員さんとばったり巡り合わせたのであった。

 向こうは思わぬ遭遇に驚いたのか、手に持っていた本を落とし、しばらくの間慌てふためいていた。

 

 

 

2/鷺沢文香と橘ありすと清水

 

 古書店の店員さん――鷺沢文香という名らしい――が落ち着きを取り戻して早々に、「お兄さん、お知り合いですか?」と口を開いたのは、やっぱり橘さんだった。

 本来ならば軽い挨拶で終わる所が、その「お兄さん」発言がトリガーになり、立ち話が始まったのを嬉しい事と考えるべきか危機的状況と考えるべきか、判断しかねるところだ。

 当然、立ち話の切り口は、「あら妹さんですか?」という所から始まった。橘ありすは妹では無いと鷺沢さんに説明し、塾の生徒だと伝え、変な目で見られる所までが1セットだった。本日二度目の出来事である。デジャブとかそんなんじゃなく、正しく二度目の出来事だ。辛い。

 古書店の店員さんの名前を知る事が出来たのは嬉しかったが、その代償として支払ったものは余りにも大きすぎた。「塾生にお兄さんと呼ばせる人」というレッテルが貼られたのは最早必然であろう。かなり辛い。

 加蓮と違い、この人とは冗談を交わすような仲では無いのだ。単なる客と店員という関係でしか無い。マジ辛い。

 

「なるほど、塾で先生をされているんですね」

「先生と言っても、アルバイトなんですけどね」

「私もアルバイトですよ。叔父の構える店ではありますが」

「ああ、あの古書店って家族経営なんですか」

「そうですね。昔、叔父が腰を痛めた事があり、その頃手が空いていた私に白羽の矢が立ち、それ以来私が店番をすることになりまして」

「へぇ」

 なんて会話を交わしながら、僕の心臓はバクバクだった。

 何でこのタイミングで鷺沢さんと出会ってしまうのか。よりにもよって橘さんがいるこのタイミングで。

 

 テレビで聞きかじった一行知識を飲み会でしたり顔をして話す事が恥ずかしいように、人から聞いた話をそのまま話すというのは、それはそれは恥ずかしい行為だ。

 そして、先日の授業で僕が橘さんにひけらかした知識の一部は鷺沢さんとの雑談によって得たものであり(ちなみに残りは読書子)、目の前にいるのも鷺沢さんである。そして傍には橘さんがいる。

 なんだこの構図。

 これはあれか、僕を狩りに来ているのか。神様が。

 ヨブに試練を課すついでに、悪ふざけ部門の神様が僕に試練を与えているのか。もしそうだとしたらやめてくれ。

 そんな祈りも虚しく、目の前では文学少女と知的少女の交流が行われつつあった。

 

「橘さんはどんな本がお好きですか?」

「私ですか、そうですね。ミステリとSFが好きです。鷺沢さんはどうですか?」

「ええ、私も好きですよ。ミステリとSF」

 小学生の橘さん相手に丁寧な言葉遣いで対応する鷺沢さんは、橘さんにとっては嬉しい相手だったのだろう。橘さんのようなタイプにとって、自分を子供扱いする事なく話しかけてくれる大人はとても嬉しい存在だ。

 だから、

「へえ、鷺沢さんも好きなんですね。……あ、あと、芥川が好きです。明治が誇るエリートで、えっと、西洋文学の手法を学び日本文学の基礎を作り上げた巨匠ですからね」

「……橘さんは物知りなんですね」

 多少の背伸びを橘さんがしたとしても、非難するべきではなく、むしろ微笑ましく見守る事が年長者の務めだろう。

 会話はしばらく続いた。

 

 

「さて、清水さん」

「はい」

 橘さんが、「買う本を選んできます」と僕らから一旦離れた隙に、鷺沢さんは笑みを浮かべながら僕に語りかけてきた。

「お話を、しましょうか」

「……かしこまりました」

 美人の笑顔は怖い。

 心からそう思った。

 

 

 

3/おや? どうしたんだい? まるで、キミはボクに興味があるみたいじゃないか。……まさか、キミがボクに興味を持つなんてありえないと思うけどね。つまらないボクに興味を持つなんて、ね。ああ、けど、もしもキミがボクの事を知りたいと思うような酔狂な人であるなら、忠告をしておくよ。やめておいたほうがいい。ハハッ、何でかって? そりゃあそうだろう、ボクが何者かなんて、誰にもわかるはず無いんだから。ゴーストを追いかけて何になる? なにせ僕はギルドマスター、そう、ギルドマスターなのだから。このセカイでボクを認識するなんて不可能さ。絶対王政の名の下に君臨する小さな聖域での王様、それがボク。名の無い王様だ。だから、キミはボクの名前すらわかるまい。まあそうだな、あえて言うならば……アウレリウスとでも名乗っておこうか。フフッ、そうだ、ボクは以下省略されました

 

 

 

しみず :という事があった

ギルマス:キミは随分楽しい人生を送っているようだね

 

 家に帰って早々、IRCにINしたところ久しぶりにギルマスと遭遇した。同じ時間帯にINしたのは本当に久々だった。ギルマスが休む暇も無いと愚痴をこぼすほど、ここ最近は特に忙しかったらしい。そんなギルマスだが、仕事もようやく大詰めに入ったらしく、少しばかりの休息が得られたそうな。

 

しみず :まあボチボチ楽しいかな

    :で、色々あった末

    :古書店員さんの本を譲り受ける事になった

ギルマス:何がどうしてそうなったんだ

    :意味がわからない

しみず :与えるに時があり、読ませるに時がある

    :年齢に適した本を読ませるのが教育者の務めだってさ

    :けど小学生にどんな本を読ませたらいいのかわからないから

    :相談してみたら、そうなった

ギルマス:……キミという奴は

 

 本屋でお小言をもらった後、鷺沢さんは何と心の広い事か、自身の本を譲ると提案してくれた。譲ってもらえるのは鷺沢さんが幼少期に読んでいた本らしい。おそらく橘さんも気にいるだろう、と言っていた。

 ただ、本の量があまりにも多いため、今度段ボールに詰めて郵送してくれるとの事。「全集も含まれているので、ダブリもあるかもしれませんが」とは本人談。あの言い方だと、段ボール一箱では済まないだろう。まあ、引っ越したばかりの殺風景な部屋なので問題は無いのだが。

 

ギルマス:贈与論は知っているかい?

    :もらったのなら、返さないといけない

    :これがセカイの法則だ

    :ならキミは、その人に何を返すんだい?

しみず :あー

    :チケットを渡したよ

ギルマス:チケット……

    :クラシックかい?

    :それともオペラ?

    :はたまた……

しみず :いや、アイドルの

ギルマス:はぁ!?

 

 

 加蓮から貰ったアイドルライブのチケット4枚。内一枚は既に橘さんに渡っており、もう一枚は僕のである。となると、残るチケットは2枚なのだが、渡す相手がいない。いやまあいないわけでは無いのだが、アイドルに興味が無さそうなのでやっぱり渡すことにはなりそうにない。

 なので残るチケットをどうしようか考えあぐねていたのだが、橘さんがあの時本屋で、「お兄さん、チケットはまだありますよね? 文香さんも誘ってください」と言ってきた。

 で、深窓の令嬢がまさかアイドルライブに顔を出すはず無いだろうと思いながら誘ってみたところ、まさかの了承。「アイドルですよ?」と再三確認したが、やはり了承。嘘みたいな話だが、本当の話だ。案外、鷺沢さんのような文学少女の方が、アイドルというものに興味があるのかもしれない。

 

ギルマス:……色々と突っ込みたい所はあるが

    :まあいい

    :にしても意外だな

    :キミがアイドルに興味を持っていたなんて

    :今まで全然そんな気を見せてなかったじゃ無いか

しみず :あー、そうだね

    :というか、貰い物なんだよ、チケット

ギルマス:貰い物?

しみず :ここのログ、後で消しといてもらえる?

ギルマス:それは構わないが

しみず :今日オフ会が水仙主催なのは知っているよね

ギルマス:ああ、ログを見てるからそれは知っている

    :それで?

しみず :オフ会の時に水仙から渡されたわけだ、チケットを

ギルマス:何でまた?

    :一緒に観に行く予定だったのかい?

しみず :あー、その辺は水仙に直接聞いて

    :またネットリテラシーどうこうで怒られそうだから

    :で、渡されたチケットなんだけど、4枚なんだよね

ギルマス:4枚?

しみず :そう、4枚

ギルマス:4枚ねえ

    :ああ、そういうことか

    :ボクとキミ、ウサミンに読書子

    :その4人だった、というわけか

しみず :そゆこと

ギルマス:なんだ、チケットを渡すためのオフ会だったわけか

    :それなら郵送してくれたら良いのに

しみず :いやー、今からじゃもう間に合わないからってのが

    :理由の一つにあったんだと思う

 

 水仙こと北条加蓮が渡してきた4枚のチケット。なぜ加蓮は4枚のチケットを用意していたのか。そんなのは考えるまでもない。IRCメンバー全員に配るためだった、それだけだろう。自身の晴れ舞台を観に来てくれという可愛らしい理由が見え隠れしていた。だから、その願いが叶わなかった加蓮の心中がどんなものであったかも、考えるまでも無いだろう。今度、メンバー全員で埋め合わせをするべきだと思う。

 

ギルマス:間に合わない?

しみず :うん、直ぐあるんだ。ホント直ぐに

ギルマス:ふーん?

    :ちなみに、どのライブだい?

しみず :どの?

ギルマス:どこのアイドルライブだってことさ

しみず :えーっと、ちょっと待ってくれよ

    :シンデレラの舞踏会ってやつらしい

    :346の

ギルマス:なんだって!?

しみず :え、なに

ギルマス:シンデレラの舞踏会のチケットを4枚も?

    :ありえない

    :ホラを吹くのもその辺にしときたまえよ、キミ

しみず :いや本当だって

ギルマス:……はぁ、キミって奴は

    :そのチケットの価値が

    :毛ほども理解できていないようだ

    :いいかい?

    :シンデレラの舞踏会はシンデレラの舞踏会だ

しみず :なにそのトートロジー

ギルマス:黙って聞くんだ

    :出演するメンバーの豪華さに驚嘆するよ

    :ケミカルフレーバー・一ノ瀬志希

    :戦慄ノ夜・白坂小梅

    :一瞬千撃・佐久間まゆ

    :御霊の依代・依田芳乃

    :直死の魔眼・森久保乃々

    :ファイヤーウォール・日野茜

    :カワイイ・輿水幸子

    :MindCrusher・神崎蘭子

    :白昼夢の幻惑・喜多日菜子

    :そして、二宮飛鳥

    :この豪華さがわからないキミではない筈だ

しみず :ごめん、アイドル事情はさっぱりなんだ

ギルマス:キミの家にはテレビが無いのか!

    :どうなっているんだ、キミの芸能情報の疎さは

しみず :と言われてもなあ

    :知らない名前を挙げられても困るというか……

    :あ、でも、最後の人は知ってる

ギルマス:本当かい!

しみず :なんかすっごく厨二なんでしょ?

管理人 :ギルマスさんが退室しました

    :ONLINE 1人(しみず)OFFLINE 4人

    :ギルマスさんが入室しました

    :ONLINE 2人(しみず,ギルマス)OFFLINE 3人

しみず :リロードミス?

ギルマス:皮相的に人を見るのはやめたほうが良い

    :安易にカテゴライズするのは尚更ダメだ

しみず :あ、ああ

    :わかった

    :で、そんなに凄いの?

ギルマス:ああ、凄いさ

    :そもそもそのチケットを購入するためには

    :特定アイドルのCDを買って

    :シリアルコードを手に入れないといけない

しみず :え、何それ

ギルマス:要は抽選だよ、チケットを購入する権利の抽選さ

    :まあ数字は言わないけど

    :確率的に不可能なんだよ、4枚も入手するなんて

しみず :そんなに?

ギルマス:ああ、不可能だ

    :1枚手に入ったらそれだけで一生の運を使い果たす程さ

    :それを4枚なんて、ありえないね

 

 ギルマスが言う事が真実ならば、4枚のチケットというのはファンからしたらありえない事なのだろう。まあ僕からしたら、身内からアイドルが誕生した事のほうがありえない事なのだが。

 

ギルマス:いや、待てよ?

    :4枚……4枚?

    :いや、まさか、そんな筈は

    :いやでもそれだと筋は通るが、それだって

    :…………

しみず :ギルマス?

ギルマス:しみず、確かに4枚貰ったんだね?

しみず :あ、ああ

ギルマス:ふ、ふふふ

    :クックック

    :アーッハッハッハ!

 

 驚くべき事に、このギルマスとの会話はチャットなのである。つまり、ギルマスは「クックック、アーッハッハ」とタイプしているのだ。キーボードでポチポチと。どんな顔でタイプしているのか非常に気になった。シラフか? シラフなのか? いつもの事なのだが、やっぱり気になった。

 

ギルマス:しみず、もしかしたら

    :僕らは重い腰を上げる事になるかもしれない

しみず :なんの?

ギルマス:おいおい、忘れたのかい?

    :この仮初めの日常でキミの頭は随分鈍ってしまったらしい

    :存在理由(レゾンデートル)を忘れるなんて

しみず :……もしかして、このギルドがまた活動すると?

ギルマス:フフッ、それ以外に何がある?

 

 今となってはINメンバーとのダベリ場になったこのIRCだが、当初は確固とした目的があった。あったからみんな集まった。

 その理由とは、端的に言うと謎解きだ。

 SF作家のアイザック・アシモフが書いた推理小説『黒後家蜘蛛の会』のファン、それが僕らだ。

 『黒後家蜘蛛の会』とは、暗号解読者や画家、作家に数学者といった専門家たちが集まり、ああでもないこうでもないと頭をひねりながら会に持ち込まれた謎を解くという小説だ。

 小説の愛好家というのは得てしてそうなのだが、どうも小説と同じことをしたくなる生き物らしい。簡単な例で言えば、主人公の持っている腕時計に憧れて同じものを買っちゃう感じ。

 『黒後家蜘蛛の会』のファンである僕らは、ファンらしく、謎解きをするメンバーで集まる事を好んだ。そして出来上がったのが僕らのギルドだ。そして、謎解きをするためにみんなでIRCに集まるようになった。

 最初はだ。

 ただまあこういうものにつきものなのだが、脚本と知識によって成り立つ推理小説と違い、アマチュアである僕らがそう簡単に謎解きをできるわけもなく、謎がそうそう現実に存在するわけもなく。

 会を重ねるごとに推理はグダグダとなって行き、当初の高貴な目的は忘れ去られ、いつしかダベリ場となってしまったわけである。今では推理の代わりに大喜利が行われるようになってしまった。よくありそうな話だ。

 

ギルマス:もしかしたらボク達は

    :確率論に挑む事になるかもしれない

しみず :へぇ

ギルマス:まあ、あくまで仮定の話さ

    :ただ、ボクの推理が正しいなら、これから面白い謎解きが始まるさ

しみず :で、どんな謎なんだい?

ギルマス:ふふ、そうだな

    :一言で言うならば――

管理人 :ギルマスさんが退室しました

    :ONLINE 1人(しみず)OFFLINE 4人

しみず :えっちょ

    :言ってないじゃん

    :…………えぇ

管理人 :しみずさんが退室しました

 

 

 

4/平和なムーミン谷に悪魔がやってきた

 

「えっと……誰?」

 時は少し戻り、北条加蓮と清水が分かれた場所から始まる。

 

 プロデューサーからの呼び出しによって現場に向かった加蓮。

 その加蓮の目の前にいたのは、見たこともない少女だった。

 どうやらこの少女、加蓮の友人だと名乗ったらしいが、名前はおろか、顔に覚えすらなく加蓮は困惑した。

 

「こちらが先ほど電話で説明した安部菜々さんです。先ほどスカウトしたところ、北条さんのご友人だと言われたので、話がスムーズに進むと思い……」

「ごめんなさい、意味がわかんないんだけどどういうこと?」

 

 話によると、プロデューサーが用事で外に出かけていたら、ちょうどこの安部菜々という少女を見かけたらしい。

 目利きのプロであるプロデューサーは、この少女を逸材と思い声をかけようとした。が、どうも様子がおかしい。しばらく安部菜々を観察していると、どうやら誰かを追っていた様子だった。

 そしてその視線の先にいたのは、北条加蓮だったというわけだ。

 

「……はあ」

「そして安部菜々さんに声をかけ、事情を聞くと北条さんのご友人だということで」

「……アタシたち、どこかで会ったことがあったっけ?」

「……い、いやぁどうでしょう。ちょっと菜々の勘違いだったみたいで。他人の空似みたいな? な?」

「ふぅん?」

 いまいち要領の得ない答えに疑問符を浮かべながら、それで? とプロデューサーに先を促した。

 

「いえ、まあ北条さんのご友人でないのならそれはそれで構わないのですが。……お忙しいところ、申し訳ありません」

「いやまあアタシは別に良いんだけど」

「そうですか、ありがとうございます。それで、菜々さん。アイドルに興味はありますか?」

「あります!」

 即答だった。自身の受け答えとはまったく違うそのアグレッシブさに、北条加蓮は気圧された。

 それからしばらく、プロデューサーと安部菜々による会話が続いた。

 

「――では後日改めてご連絡をさせてもらいますので」

「あ、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……前歴ってあったら問題になりますかね……?」

 恐る恐る尋ねる菜々に、プロデューサーは首を傾げた。

「前歴……ですか? すでに芸能界でお仕事を?」

「あ、いや。そういうのは全然。ただ」

 菜々は少し口を濁し、

「アイドルやってまして……地下で」

「地下?」

 北条加蓮は聞きなれない言葉に思わず聞き返した。アイドルに興味はあった加蓮だが、地下という言葉が何を意味するのかは知らなかった。華々しい場所しか、病室のテレビの中では映らなかったからだ。

 

「……既にアイドルをされているということでしょうか? ちなみに所属は?」

「あ、いえ。無所属です」

「その年でセルフプロデュースですか……はぁ、すごいですね」

「ぷ、プロデューサーさん、専門用語が飛び交っていて困るんだけど」

 加蓮の疑問ももっともだと、プロデューサーは口を開く。

「ああ、そうですね……安部菜々さんはセルフプロデュース、つまり自分でアイドル活動をされているということです。ライブや歌、CDにグッズを自分でプロデュースして生活されているということですね」

「へぇ……えっ、凄くない!?」

「いやぁ、それほどでも」

「えっだってアタシと2歳しか違わないのに。うわーすごいなあ」

「うぐっ」

「すみません菜々さん、一応、芸名をお伺いしてもよろしいですか?」

「えーっと、AB-77って名前で」

「AB-77……」

 

 スマホを取り出し検索を始めたプロデューサーを尻目に、北条加蓮は矢継ぎ早に質問を始めた。

「えっと、いつからアイドルやってるの?」

「……X年前から」

「X年前!? えっちょっと待って、X年前ってことは、アタシがまだX学生の頃じゃん! えっ本当にX年前からやってるの? てことはXX歳から?」

 カフッと菜々は精神的吐血をした。

 

 しばらくして、プロデューサーはスマホから顔を上げた。 

「これなら恐らく大丈夫です。過激なものでしたら少し難しかったですが、菜々さんのは正統派ですね。ええ、問題無いでしょう」

「見せて見せて」

 

 プロデューサーのOKサインに一安心した菜々だったが、加蓮がプロデューサーのスマホを覗き込むと、菜々は顔を青くした。

 

「えーっとなになに? ウサミン星からやってきた、歌って踊れる声優アイドルAB-77…………ん? ウサミン星?」

 さっと菜々は目を逸らした。

「ちょっと待ってね。アタシの友達なんだよね?」

「そ、そうですねえ。でもでも、他人の空似だったかも」

 苦し紛れの発言である。

 そんな発言で追及の手を緩めるほど、加蓮は優しく無い。

 北条加蓮、勝負のあとには骨も残さない少女である。限界いっぱいまで行く、どちらかが倒れるまで。それこそが、北条加蓮が北条加蓮たる所以である。悪魔か。

 

「アタシをつけてきた、それも今日の今日に」

「いやぁ~、綺麗な人だなあって思って」

「ウサミン星からやってきた。ウサミンねぇ……」

「うぐっ」

「はっはーん?」

「きゃはっ☆」

 きゃはっ☆と安部菜々による渾身のポージングをしても、北条加蓮の指し手は止まらなかった。

 事実上のチェックメイトだった。詰みである。罪でもある。

「そゆこと」

「……きゃはっ☆」

「吐きなさい」

「ワカリマシタ」

 

 

 

5/鷺沢文香先生による、ありがたいお言葉(内容超簡略版)

 

「いいですか、清水さん。ハイカルチャーな本を提示するだけでは教育とは言えません。特にあの年齢の子に対しては気を付けないといけないんです。純文学がなぜ純文学と呼ばれているか知っていますか? 純度が高いからです。文学は薬と同じです。適量であれば薬となりますが、飲みすぎれば毒となります。純文学はその名の通り、猛毒なんです。体内に入れて仕舞えば、必ず人を変えてしまうほどに。ですから、純文学を読むときは、薄めなければなりません。余暇で少しずつ読んでみたり、あるいは娯楽小説と並行して読んだり。心を育みながら、少しずつ触れていかなければなりません。清水さん、もう一度言いますよ。文学というのは毒です。それも、非常に危険な。薄めれば良薬となりますが、そのまま扱えば猛毒です。それをあんな、多感な時期の少女に与えるとは何事ですか。物事には順序という物があります。段階を踏んで、本の世界に入っていかなければなりません。もしも段階を踏まなければ、あっという間に社会から足を踏み外します。そして、本の中に世界の真実があると信じ込み、文学の世界だけに没頭し、気がついたら世界から置いてけぼりになっている。そんな将来を、あの子に示すおつもりですか? もっと可能性を示してあげてください。文学というのは得てして暗く重いものです。それを与えるのであれば、同時にもっと明るいものを与えるべきですわかりましたか」

「ワカリマシタ」

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