安部菜々17歳   作:hatibe

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問八、彼らが真実に辿り着く確率を求めよ。ただし、真実はあってないようなものとする

1/王の不在

 

「気づいていたのに相手に黙ったままでいるって、ちょっと大人気ないと思うんですけど、その辺鷺沢さんはどう思います?」

「子供相手にムキになって齧った知識を振りかざした挙句、人に泣きつくのはそれはそれは大人げないことだと思うのですが、清水さんはその辺どう思われますか?」

 

 しばらく目線を交えたのち、どちらからともなく僕らは笑いあった。

 

「はぁ……なんかもう、これから先何があっても僕はもう驚かないと思うよ」

「えぇ、まあ。私も同じです」

 

 鷺沢書店のご令嬢こと鷺沢文香さんが、僕がいちごパスタの会の清水であると気づいたのは、ひどく簡単な推理によるものだったそうな。

 IRCで薦めた書物を必ず買っていく客の存在。

 そこに違和感を覚えた鷺沢さんは、少しずつ少しずつ探りを入れるようになったらしい。

 確信を得たのは、先日のオフ会だったそうだが(鷺沢さんにとっては、あそこでの邂逅は予想外だったらしい)。

 

 全く、世の中というのは分からないものだ。

 身近な存在がネットの友人だったというありえない事が起きたのだから。

 まあ、こんなことなんて二度と起こらないだろうが。

 そこまで考え、はたと思う、

「……君もアイドルなんてことはないよね?」

「突然何を言ってるんですか?」

 キョトンと目を瞬かせた鷺沢さんの様子を見て、僕はほっと一息ついた。

 加蓮に続いて鷺沢さんまでもが、「私アイドルなんですけど」なんて言い始めたら、僕は卒倒するところだっただろう。

 

 

「あ、本当だ。サーバーにアクセスできないね」

「…………はい」

<500 Imaginarynet Server Error> 

 IRCへ接続を試みると、鷺沢さんの言った通りサーバーがエラーメッセージを吐き出した。

 珍しいことがあるものだ。

 IRCの管理者はギルマスだが、ギルマスがサーバーを落としたことなんて、少なくとも僕は見たことがない。

 24時間稼働しているサーバーだ。もしかすると家のブレーカーが落ちたとか、それともどこかで借りているサーバーの代金を滞納したとか、そういうのなのかもしれないが。

 

「ギルマスさんに限って、そういうことはないと思います」

「そうだよね。今までそういう事ってなかったからね」

「だとしたらやはり、ギルマスさんに何かがあったと考えるべきではないでしょうか」

「何かって?」

「IRCを閉じないといけなくなった理由です」

「……故意にサーバーを落としたってこと?」

「少なくとも、私はそう考えています」

 

 鷺沢さんはそう言って強く頷いたが、僕はその意見に同意しかねた。

 確かに、ギルマスは重い中二病を患っているし、話は長いし、話の進め方も回りくどいし、いちいちルビが必要になりそうな小難しい単語を使うし、唐突に哲学書から引用するし、そうかと思えば急に子供のようなことを言い始めたりと色々と面倒臭い人ではあるけれども、不義理な人ではない。

 もしもなんらかの理由でサーバーを落としたり、あるいはいちごパスタの会を解散する必要が出てきたのであれば、絶対にその事を事前に僕らに伝えるはずだ。

 黙ってサーバーを落とし、僕らが交流できなくなるようにするような人ではない。

 なんたって彼はギルドマスター、そうギルドマスターなのだから。

 

「……それにしても」

「うん?」

「あの、ぬいぐるみはなんですか?」

 鷺沢さんの指差した先には、大きな大きなテディベアがあった。

「……触れないで」

「はぁ」

「なんというか、こう、最近は問題がどんどん山積していってる気がするよ……」

「問題……ですか?」

「そう、問題」

 今回のサーバーに接続できなくなったことはもとより、差出人不明のテディベア、そしてそして……。

 

「橘さんのこと、どうすればいいんだろう……」

「橘さん……ですか?」

 なんのことかと首をかしげる鷺沢さんに僕は、あのライブの後の出来事を語り始めた。

 

 

2/お茶会-1

 

「いやー、今日のライブすごかったですねー!」

「…………」

「…………」

「の、ノーリアクション?」

「あ、すみません。考え事をちょっと」

 

 ライブが終わり、「私はこの辺でお暇します」と言って去っていった鷺沢さんを見送った後、残された僕らはその辺の喫茶店に入った。僕と、橘さんと、安部さんの三人で。

 安部さんはどうやら、先ほどのライブの興奮冷めやらぬらしく、ライブのどこが素晴らしかったかを語りたがっているようだったが、僕としてはそれよりも先に解決しないといけない問題があって、正直なところそれどころではなかった。

 意を決して、僕は尋ねた。

 

「アイドルになるって、本気?」

「ブッ!」

 オレンジジュースが空中に散布された。

 げほげほと咳き込みながら、安部さんは涙目でこっちを見てきた。

「ナ、ナンノコトデスカ?」

「ああ、いや。橘さんがアイドルになりたいらしくて」

「な、ナルホド。へ、へえ。へー! え、ありすちゃん、そうなんですか?」

「いえ、違います。それとありすではなくて橘です」

「ち、違うらしいですよ?」

 困惑する安部さんをよそに、橘さんは胸に手を当てて、毅然として言った、

「アイドルはあくまで第一歩にすぎません」

「第一歩?」

「私の目標は、歌で人を感動させることです」

「そ、そうなんだ」

「そして私は、アイドルになればそれができると思いました」

「今日のライブを観て?」

「今日のライブを観て」

「だ、誰のが一番印象に残りましたか?」

 

 安部さんがそう聞くと、橘さんはふんすと鼻をならした後、腰に手を当てて、

 

「二宮飛鳥さんです。あれほどまでメッセージ性の強い言葉をタペストリーのように編み合わせて一つの曲を作り上げるなんて、考えられません。そしてあの、曲に入る前の演出、何もかも全てが考え尽くされています」

「……え、”アレ”を目指してるの?」

「はい。私も、人の心を動かすようなメッセージを伝えたいんです。飛鳥さんのように」

 

 てっきり、加蓮の姿を見てアイドルを目指すと決めたとばかり思っていた僕としては、まさかの回答でびっくりした。

 メッセージ性の強い言葉を発言するアイドル。

 それが、橘さんの将来の夢らしい。

 僕としては言いたいことが山ほどあるのだが、ぐっと飲み込んで「そうなんだ」と答えた。喋れば喋るほどやぶ蛇となるのは世の常であり、真理である。

 だが、安部さんにとっては真理ではないようだった。

 

「ありすちゃん! その夢、絶対叶うと私は信じてますよ!」

「――えっ?」

 安部さんはそう言うと、橘さんの両手を握って「叶う叶う」と祈るように囁いた。

 橘さんからしたら、その反応は予想外だったのだろう。

 しばらく惚けたのち、俯いたあと、

「……だから、ありすじゃなくて橘です」

 と、蚊のなくような声で返事をした。

 

 

 

3/マリオット盲点

 

「というわけで僕は、橘さんのアイドル計画を手伝うことになったわけですよ」

「あなたは何に向かっているんですか……」

 事の顛末を伝えると、鷺沢さんに胡乱気な目つきで見られてしまった。

 塾講師という立場からすると、橘さんの夢を後押しするのは色々な意味でデンジャラスなのだが、まあ乗りかかった船なのだから仕方がないというかなんというか。

 

「夢を持っているけれど実現方法がわからない生徒を導くのが先生の務めだからね」

「聞きかじり知識で先導された生徒さんはスノッブにしかなれませんよ?」

「いや、本当にその節は大変申し訳ございませんでした……」

 どうやら鷺沢さんは、先日の僕が橘さんに施したブンガク講義に未だ腹を立てているらしい。

 平に謝ると、鷺沢さんはくすりと笑って、

「冗談です。それより、いちごパスタの会はどうすれば良いと思いますか?」

「どうすればいいか、ねえ……」

 

 正直なところ、僕としてはこの件は放置して良いと思っている。

 おそらくだけれど数週間後にはIRCが脈絡なく復活していて、そしてギルマスが何食わぬ顔で、「やぁ、遅かったね。待ちくたびれたよ」とか何とか言いながらチャットにひょっこりと姿を現わすと思うからだ。

 けれど、鷺沢さんはそうは思わないらしい。

 ここで動かなければ、これが今生の別れになると、鷺沢さんはそう思っているようだ。

 

 どちらが正しいのか分からないが、もしも鷺沢さんの懸念通り、今後ずっとIRCが復旧しないのであれば、ウサミンとギルマスとはもう一生会えないことになってしまうだろう。

 なにせ、彼らとのコミュニケーションツールはIRCしか無いのだから。

 なら、やるべきことは一つしか無いだろう。

 

 僕はポッケからスマホを取り出すと、連絡帳を開いて北条加蓮の画面をタップした。

 まずは情報共有。話はそれからだ。

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