『皆様、大変長らくお待たせ致しました!これより、文月学園清涼祭のメインイベント……、試験召喚大会を執り行わせて頂きます!!』
校庭に作られた特設会場にて、司会が開催の宣言が行なわれる中……、
「ふう……、ギリギリ間に合った?」
「遅えぞ、明久!」
「全くじゃ。間に合わんかと思ったぞい……」
先に来ていた雄二と秀吉にそう苦言を告げられ、ゴメンと謝りながら、特設会場を見渡す……。今回のイベントにスポンサーの注目も集まっているのか、既に観客も埋まっており、試合が始まるのを今か今かと待っているようだった。そして会場もだが……、数日の突貫工事で作られたとは思えない出来栄えに、よく間に合ったなぁと心の中で呟く。業者も入ったとはいえ、物理干渉のある先生方の召喚獣と僕の召喚獣も資材の搬入だとかを手伝い完成させたモノなのだ。少し感慨深いものがある。
『僅かの期間にて完成させた間に合わせの会場で申し訳御座いませんが、どうかお楽しみ頂ければと存じます!』
…………司会の人、そんな身も蓋の無い言い方をしなくても……。それに、君は手伝ってはいない筈だ。
『それでは……、今回の召喚大会の出場者にて、運営・サポートを任されているFクラスのメンバーに登場して頂く事としましょう!』
そして、会場の中心にスポットライトが当たる。……なにコレ?この中心に、行けと……?
「……なんじゃ?随分事前の話とは違うのう……」
「ババァ……。こんな事されたら負けられねえじゃねえか……」
……全くだよ……。でも、何時までもここで留まっていても始まらないし……。
「……行こう。僕らに逃げる選択肢はないよ……」
僕は溜息をつきながら2人を促し、スポットライトの当たる会場へと向かう……。
『おっと、出て参りましたっ!彼らはFクラスでありながら、先日のAクラスとのエキシビジョンゲームにおいて、大金星をあげたメンバーの内の3人でもあります!盛大な拍手を持って歓迎してあげて下さい!!』
そんな司会の声に併せて、万雷の拍手が送られる……。なんか……、やりにくいなぁ……。秀吉や雄二も、苦笑しながら周りの拍手に応えている。
『なにせ、Fクラスというのは、この学園にとっては最低クラスの認識でありました……。しかし、今では我が校の目玉である召喚獣の操作に関しましてもエキスパートの腕を持っており……』
「なぁ、明久……。あの司会者、さっきから俺達を持ち上げすぎじゃないか……?」
隣の雄二が小声で僕にそう話しかけてきた……。
「うん……、僕もずっと思っていたんだけど……」
「……あやつは確か、Cクラスの黒崎じゃな……。自分のクラスの演劇を辞退して何をしておるのかと思っとったが……」
……そうか、どこかで聞いた声だとは思っていたのだけど……、彼だったのか……。
『さて、紹介だけでは彼らの偉大さがわからないでしょうから、早速試合を開始する事と致しましょう!』
「「「ちょ、ちょっと待て(つのじゃ)!?」」」
何ソレ!?そんな事、聞いてないんだけど!?
『ああ、そういえば言ってませんでしたっけ?デモンストレーションも兼ねて、Fクラスの紹介と同時に試合をして貰う事になります。存分にその力を発揮して下さいね!』
……事前に貰っていた予定表には、そんな事は全く記載されてはいない……。このあとでくじ引きを行い、それによって対戦相手が決まる……、僕たちはそう聞かされていたからだ。
「……悪意があるのかどうかは知らねえが……、いきなり試合だと……!?」
「多分……、面白がっているだけだと思うよ……。彼はそういう人だった気がする……」
「しかし……、どうするのじゃ?相手が誰かわからぬ以上、対策も立てられんぞい……」
問題はそこだ……。いくら、Aクラスとの戦いで勝ったとはいっても、僕達は基本的にFクラスの人間なんだ……。相手もわからず、ましては科目もわからないままで、いきなり格上の相手と戦わせられる事は、不利以外の何物でもない……。
『では、まずFクラスで出場選手を2人、選んで下さい!』
こちらの困惑も知らずに、司会である黒崎君がそう僕たちに促してくる……。
「……どうする?」
「……正直、俺は遠慮したいところだが……。こんなに持ち上げられた上にあっさり負けでもしてみろ?いい笑いものだぞ……」
「……ワシもこの状況じゃ遠慮したいのう……。何せ、点数もお主らより低いし、相手が誰かわからん以上は……」
まあ……そうだよね……。この空気の中でいきなり戦わせられるのは、僕だって勘弁して欲しいところだ。だけど……、
「……わかった。1人は僕が行くよ。もう1人は……雄二、お願いできる?」
「……仕方ないな。……負ける訳にもいかねえし、これがベストか……」
「すまんのう……、2人とも……」
そして、秀吉は申し訳なさそうに後ろへと下がっていく。
『メンバーが決まりました!Fクラスの代表である坂本選手と、……我が校始まって以来の『観察処分者』にして、当校随一の操作技術を誇る吉井選手……。この2人が戦うようです!!』
また一層歓声が上がる……。黒崎君、君には後で大切な話がある……。隣の雄二もそれには同意見のようで、「あとで思い知らせてやる……」と呟いているのが聞こえた。
『相手の選手も決まったようですね……。それでは、入場して下さい!!』
その声に、対戦相手がやってくる……。やはり、この会場に入ってくるのは少々勇気がいるようで、恥ずかしそうに俯いているようだ……。
『Fクラスの2人と戦うのは、Bクラスの仲良しコンビ、岩下選手と菊入選手だ!彼女達にも健闘して貰いたい所です!!』
……どうして黒埼君は、僕たちが勝つ事を前提に話しているんだろう……。相手は……Bクラスなんだけど……?
『えー、リストによると、2回戦までの科目は既に決まっているようですね……。今回は『数学』で戦って貰う事になります!』
『数学』か……。あまり自信ないんだよなぁ、あの教科は……。何せ僕がやってるのは、まだ中学生レベルだし……。そうひとりごちると、数学教師の木内先生が、会場にやってきた。
「それでは、試験召喚大会一回戦を始めます。科目は数学です。召喚して下さい」
「「「「
木内先生の言葉に合わせ、会場にいた僕たちはそれぞれ召喚獣を呼び出す……!
【数学】
Bクラス-岩下 律子(179点)
Bクラス-菊入 真由美(163点)
VS
Fクラス-坂本 雄二(202点)
Fクラス-吉井 明久(87点)
……まあ、数学だったらこんなものか。雄二も勉強しているのか、Fクラスとは思えない点数を叩き出している。
『さぁ、召喚獣が出揃いました!!それでは、召喚大会一回戦……はじめぇ!!』
司会のその宣言に、大会一回戦が始まった!
「雄二!そっちは任せたっ!」
「ああ、明久も不覚をとるんじゃねえぞっ!」
開始宣言と同時に、僕達はそれぞれにマンツーマンで戦うように相手取る。相手の女子は連係プレイで霍乱するつもりだったのか、1対1で戦う事に困惑していた。
「う……、吉井君を相手にしなきゃ駄目なの……!?」
相手である女の子は、困惑しているだけでなく、僕を見て何やら戸惑っているようだった。
「どうしたの……!来ないんならこっちから行くよっ!」
「ああ……っ!」
彼女が困惑している隙に、僕は相手の召喚獣との距離を瞬時に詰め、召喚獣の持つ木刀を突きつけさせ……!
「………………あれ?まだ……生きて……?」
まだ戦死していない事に疑問が湧いたのであろう……。相手が恐る恐る瞑っていた目を開ける。……僕は、彼女の召喚獣の喉元に木刀を突きつけた状態で、動きを停止させていた。
「……僕が……怖いの……?」
「……え?」
召喚獣の木刀を引かせ、僕は相手から距離を取る……。木刀を突きつけようとした矢先、目を瞑って震えていた相手に……、僕は攻撃する事が出来なかった……。
(……先の試召戦争で、僕はBクラスに対し恐怖を与えちゃったからな……)
――Bクラス戦……。僕は、根本君を倒す為、10人以上はいた相手の召喚獣を1人ずつ確実に戦死させていったのだ。剣気を開放し『本気』で相対して、全ては根本君を……追い詰める為に……。彼女はその場には居なかった筈だけど、当時の僕の様子は他のBクラスの生徒から聞いたのだろう……。
「……岩下さん、だっけ?」
「う……うん……」
「……ごめんね。仕方なかったとはいえ……、君を怖がらせているのは、僕のせいだね……。あの時は感情に任せてしまったから、こういう事が起きるって事を考えてなかったよ……」
そう言って、僕は岩下さんに頭を下げる。同時に木刀を突きつけていた召喚獣を静かに彼女の元から離れさせる。……そして、卑劣な手を使ってきた根本君への怒りから、他の事が完全に目に入っていなかった事を僕は静かに反省した。一方、いきなりの謝られて何が何やらわからない様子の彼女を尻目に僕は続けた。
「大丈夫?こんな見世物になってるような状態で戦うのは辛いかもしれないけれど……、このまま倒されちゃうのも嫌でしょ?」
「……何でこんな事を……?あのまま、私を倒せたのに……」
「……公衆の面前で女の子を一方的に畳み掛けるって事はやりたくないんだ。まして今回、僕達は召喚獣の操作サポートも任されているからね……。隣も僕と同じ考えのようだし……」
チラリと隣に目をやると、相手の攻撃を見極めようと冷静に捌いている雄二の姿があった。その様子を見て、岩下さんがゆっくりと僕に向き合う。まだ僕に対するトラウマは拭えないようだったけれど、もう困惑した様子はなかった。
「有難う、吉井くん。でも、良かったの?」
「うん、悔いのない試合をしよう。そういえば岩下さんは前の試召戦争ではほとんど戦わずに終わっちゃったんだっけ?」
「……ええ、すぐに姫路さんにやられちゃったから……」
記憶だと雄二が戦っている子と組んでいたようだったけど、姫路さんの腕輪の効果ですぐに退場させられていたっけ?
「なら、最初は君の攻撃を受けるから好きに攻撃してきて?こういった機会でもないと召喚獣なんて呼び出さないだろうし……」
「……そんな事言っていいの?点数では私の方が高いんだよ?」
「別に馬鹿にしている訳じゃないよ?ただ……、召喚獣の操作に関しては自信があるんだ。油断しているつもりはないから遠慮なく攻撃してきてほしい。……さっきも言ったけど、僕達はこの清涼祭では召喚獣の操作指導も兼ねているからさ」
……そう、僕には自信がある。一朝一夕では身に付かない、今までの繰り返しの中で培ってきた召喚獣との確かな絆があるから……。
「そこまで言うのなら……、いくわよ!!」
僕がふさげて言っているのではないとわかったのだろう、彼女の召喚獣は持っていたハンマーを構えなおして、こちらの隙を伺っている。その動きを見て僕の召喚獣にも改めて木刀を正眼に構えさせ、相手に攻撃を促すと、岩下さんは意を決したように召喚獣を突進させてくるのだった……!
「クッ……!」
相方であった律子と分断させられ、相手と1対1で戦う事を強いられたこの戦い。私の召喚獣は不覚をとって武器を落としてしまい、こうしてトドメを待つ状態となってしまっていた。
「まさか……貴方達と当たるなんて……!」
別に相手を舐めてかかった訳ではない。最初は1回戦の相手がFクラスと聞いていたので、これなら勝てると思っていたけれど、相手があの吉井君達と知り、私と律子は愕然とした。とはいっても、男性恐怖症であるもう1人を出す訳にもいかないし、あんな風に紹介されてまるで見世物のようになっている状態で緊張している上に、連携をあっさりと分断されて戸惑っていた事は事実ではあるけれど……!
(まだ私は坂本君が相手だったからいいけれど……)
相方である律子は、私たちBクラスを相手に鬼神のごとき活躍をみせた吉井君を相手にしなければならなかったのだ。恐らく、まともに召喚獣を動かす事も出来なかったかもしれない……。もしかしたら、もう終わっちゃったかな……、尤も私もこれで終わりなんだけど……。
「…………?」
何時までたっても訪れる気配のない攻撃に疑問を覚え、おそるおそる相手を伺うと、坂本君の召喚獣はこちらに向かって身構えているだけのようだった。
「……どういうつもり?なんでトドメをささないの?」
「どうもこうも……、俺は自分だけが悪者になるつもりはないんでな」
やれやれといった感じで肩をすくめながらそう言う坂本君の言葉に訝しんでいると、
「隣、見てみろよ」
「……え?」
そう促されるようにして見てみると、そこには律子が先程の様子とはうって変わって吉井君の召喚獣に向かって戦う姿があった。律子の召喚獣によるハンマーの攻撃を巧みに受け流しつつも防戦一方である吉井君に私は戸惑いを覚える。とてもさっきまで震えていた律子とは思えなかったから……。
「……ここで俺があっさりお前を倒せばどうなる?こんな大観衆の下、戸惑って力を出せない女子を相手に弱い者苛めしているように思われるだろうな。……まぁ、緊張させているのはあのアナウンスしている奴のせいでもあるかもしれないが……、とりあえず立ってくれ。もう戦えないというのであれば降参して貰えると有難い」
「…………降参はしないわよ」
そう言って、私は再び立ち上がる。召喚獣にも落としてしまったメイスを拾いなおさせた。
「そうか、なら分かっただろ?俺とお前とでは点数こそそんなに差はないが、召喚獣の扱いに関しては見ての通りだ。最近、召喚獣を操る概念みたいなものが掴めはじめてきたからな。だから、力任せに攻撃してくるんなら勝てないぞ?」
「……」
それは……分かる。わかって、しまった……。私と坂本君とでは、召喚獣の操作技術には雲泥の差がある。細かい命令を出す事が出来なかったから力任せに攻撃させて……結果は先程のように不覚をとる事となってしまった……。
「だから……もし俺を倒そうと思うのなら、一撃で倒す事を考えな。闇雲に攻撃してくるんじゃなくてな」
「一撃……?」
「召喚獣に対して綿密な操作が出来ないのなら、むやみにやたらと動かしたところで隙が増えるだけだろ?それなら、自分の攻撃を全て一撃必殺の威力をこめて攻撃した方が効果的だ。勿論かわされたら隙が出来るから、その辺も考えて動いてみな」
……成程、それなら私にも、出来そうだ。どうせ小手先の攻撃しても当たらないだろうし、それだったらかわせなければ致命傷を与えられる攻撃に切り替えた方がいい。それにしても……、
「……いいの?そんな事言っちゃって……。そのまま戦えば貴方の勝ちは決まっていたのに……」
「……俺にも訳あって召喚獣での戦い方を掴んでいく必要があるんでな。だから召喚獣での実戦は一戦一戦大事にしていきたいんだよ。今後の為にも、な……」
「…………そう」
坂本君も本気だという事がわかり、私は自分の召喚獣の状態を確認する。大分傷ついているものの、まだなんとか戦える。それなら、彼の言うとおり、全てを一撃に込めて戦ったほうがいいだろう。
「確か菊入、だったか?来るなら全力でこいよ?つまらねぇ幕切れはゴメンだぜ?」
「言われなくても……、いくわよっ!!」
「……どうやら隣も勝負を決めにいくようだね」
「……そのようね」
「じゃあ、こちらもそろそろ終わりにしない?もう、緊張も解けたでしょ?」
「…………ええ、貴方のおかげでね」
そう言って、私は吉井君の召喚獣の木刀に押し付けていたハンマーを下ろす。このまま押し切れはしないだろうし、上手く受け流されてしまうのが関の山だ。彼の召喚獣の力量がどれほど優れているか、それは戦ってみてイヤという程よくわかったつもりだ。
「……召喚獣同士の戦いは一瞬で決まる。ましてや今のように1対1での戦いにおいては、いかに自分の攻撃を相手の急所に叩きこむか……、それに尽きると僕は思う」
「でも、それだと……吉井君にも勝てない事があるようにも聞こえるけど?」
基本的には点数が全ての基準となり、召喚獣の強さが決まってくるのが大前提であるのに対し、吉井君は低点数ながらもそれを補う操作技術を手に強者と渡り合っているのだ。それにも関わらず自分が勝つという定石を持たずに戦っているという風にも聞こえ、私はそれを指摘した。すると、
「……僕は、今まで絶対に勝てると思って召喚獣を戦わせた事はないよ」
「え?で、でも……!」
「あのBクラスとの戦いにしたって、何か間違いがあれば、やられていたのは僕だったって事さ……。戦っている時に何があるかわからない……。どんなに気を付けていても思いも寄らないところから負けてしまう事だってある。……今までに何度も体験してきたからね」
何かを思い出しているかのような吉井君の様子は、とても深く形容しがたい雰囲気を放っていて、それ以上私は話す事が出来なかった……。代わりに彼は、召喚獣の持つ木刀をまるで鞘に収めるかのようにして、その体勢を保つ。まるで、今にも抜刀するかのような雰囲気を携えて……。
「これって……」
「……居合術。抜刀術とも言うのかな?前に友達に教えて貰って、使えるようになったんだけど……。まぁ、僕の武器は木刀だから鞘なんてないし、抜刀術なんて厳かな事を言うつもりもないけれど」
苦笑しながらそう答える吉井君。でも、その雰囲気はとても仰々しいもので、迂闊に飛び込もうものならば一瞬で断ち切られるような鋭さがあった。
「……これは僕の出せる中でも最速の剣術。これをかわせれば君の勝ち、かわせなければ僕の勝ち……。この勝負、受けるかい?」
「…………ええ、受けるわ」
もし吉井君に1対1で勝とうと思うのなら、多分彼の言うとおり、一瞬にかけるしかないと思う。ようは私が彼の攻撃を避けられるか否か……。幸い私の召喚獣は若干疲れはあるものの、彼のおかげでほとんど負傷もしていない。それどころか大分召喚獣の動かし方もわかってきてもいたし、本当に避けられるかどうかに尽きると思う。
彼の提案を受けるべく、私は吉井君から距離をとり、相手の召喚獣の様子を伺う。彼の召喚獣は全くと言っていい程微動だにせず、私の召喚獣をただじっと見つめているだけ。まるでその一挙手一投足を見過ごさない、そんな集中力が見て取れた。
(吉井君の初太刀をかわせればいいけど……、若しくはその初太刀以上の速さで近付くか……)
ただ正直な話、今の私ではその両方とも難しいだろう。そもそもその初太刀の早さも想像できないのだから。それならば……!
「いくわよ!吉井君ッ!!」
「……ッ来る!!」
私はそう叫ぶと同時に武器であるハンマーを盾代わりに突進する事を選択した。これならば多少の衝撃は受けるだろうけれど、彼の武器は木刀。重量的にも強度的にも私の召喚獣の武器の方が勝っている、そう判断した。
(なんとか受けきったところにそのまま体当たりを仕掛ける……!これが、今の私に出来る全力の攻撃……!!)
そのまま彼の召喚獣ごとぶちかます。そうイメージしながら突進していった時、
「……狙いはよかったよ、でも……!」
彼の間合いに入った瞬間、吉井君がそう呟いたのが聞こえた気がした。そして……、
ドゴォッ!!
激しい衝撃音と共に盾として構えていたハンマーが砕け散り、そのまま会場外に吹き飛ばされ動かなくなる自分の召喚獣が横たわっていた。その頭上の点数は0点を示している。
『け……決着~!!ななな、なんと!!木刀で巨大なハンマーを叩き割っての勝利ぃ!?こ、こんな事が起こりうるのかぁ~!?何はともあれ、先に決着をつけていたFクラス坂本選手同様、吉井選手も相手を倒しました!!前評判はあったものの、通常FクラスがBクラスを下すという大番狂わせ!!今年のFクラスは何かが違うぞぉ~!!デモンストレーションを兼ねた第一試合はなんと、Fクラスの勝利でーす!!』
再び仰々しいアナウンスで試合の決着を告げると同時に歓声が巻き起こる。観客席のほとんどがスタンディングオベーションで私達の健闘を称えていた……。
「……有難う、岩下さん。最後の動きはすごく良かったよ。迷いのない突進だった……。僕が剣術を習っていなかったら、いや、あの居合術がなかったら負けていたのは僕だった」
そう言いながら吉井君がこちらへ歩いてくるのを感じ、彼を見る。
「……完敗よ、吉井君。でも……まさか木刀であんな事が出来るなんてね……。貴方の武器を見て、侮っていたのかもしれないわね……」
「それが普通さ……。ただ、僕にとって木刀は身近に触れる機会の多い慣れ親しんだ物だからね。特に……僕の召喚獣の持つ木刀はとても愛着があるものだし」
「答えになってない気もするけど……もういいわ。有難う、さっきの吉井君、なかなか格好良かったわよ?」
「そう……って格好良い!?」
「じゃ、またね!吉井君」
何やら赤くなっている吉井君を横目にしながら私は会場を降りる。また何やら大げさなアナウンスが流れるも今回はそんなに気にならなかった。そして、先に会場を下りていた真由美と合流する。
「お疲れ様、律子。お互いやられたわね……」
「ええ……。でも、彼らのおかげで恥ずかしい事にはならなかったね」
あのまま何も出来ずに終わっていたなら、それこそ恥をかく為に会場に上がったようなものだった。あの過剰なアナウンスも相成り、格下のクラスにやられたという事で酷く恥ずかしいことになっていたに違いない。
「そうね……、まさか一回戦からあんなにお客さんが入るとは思わなかったし……、そこは坂本君達に感謝かな?私も負けたけど……、悔いはないし」
「……ごめんね、2人とも……」
そこに、私達を待っていた友達……、もう1人の選手でもあった友人が声をかけてくる。
「ううん、それより私達こそゴメンね……。ミナが出てたら……、負ける事もなかったかもしれないのに……」
「そうよね……、ウチのクラスで普通にテストが受けられていたらAクラス並の点数が取れるミナが出ていたら……といっても相手がほぼ男子しかいないFクラスが相手だったから、私達が出場するしかなかったんだけど……。ゴメン、負けちゃった……」
私達がそう答えると、彼女はふるふると首を振り、
「……私じゃ、あの2人には勝てなかったと思う。とても強かったし……。でも、よかった。本当に……」
「そうね……。さらし者みたいにならなくて済んだし……」
「最初はどうなるかと思ったけどね……。吉井君に感謝しないと……」
相手が吉井君だと知って、どうしても皆から聞いていたあのCクラスであった出来事が頭に過ぎり、恐怖で身体が動かなくなってしまったけれど……。でも実際の彼の身なりとその心に触れて、その恐怖も克服できたような気がする。
「へぇ~、吉井君に感謝ねぇ……。そういえば会場から下りる時も何か話していたみたいだし……。律子、惚れたかぁ~?」
「な、何言ってるのよ!?それを言うなら真由美こそ坂本君に感謝ねー、とか言ってなかった!?そっちこそ坂本君に……!」
「ま、まぁまぁ……とりあえず、行こう?彼らの活躍は今度は観客席から見られるから……ね?」
「「み、見ないわよ!!」」
”ミナ”にそう促されながらも、私達はBクラスの教室へと戻っていく。そして、最後にチラッと後ろを振り返り、同じく会場をしようとしていた吉井君達の背中にお礼を言う事を忘れなかった。
「ふぅ……」
「はぁー、なんとか終わったー」
「お疲れ様なのじゃ、2人とも」
会場から下りた僕達を、控えに回っていた秀吉からそう労いの言葉を受ける。
「明久は良いとしても……、雄二もよく動いておったのぅ。何時の間にあんなに召喚獣を動かせるようになったのじゃ?」
「別にどうもこうもないさ。ただ、明久から聞いていた通り、召喚獣を動かすには、その召喚獣にかわって動かすイメージをする事らしいからな。実際の俺が召喚獣ならって事を意識しながら動かすように心がけるようにしているだけだ。そこは多分、秀吉と大差ないだろ?」
「へぇ……、すごいね雄二。それって召喚獣になりきっているって事だよね?」
雄二の言葉は、つまりはそういう事だ。自分を召喚獣に投影して操縦する……、自分が実際に出来る動きを投影する事。すなわち悪鬼羅殺と呼ばれていたその身体能力を召喚獣へと投影でき始めているという事だ。自分とは違う別の存在を操縦するといった考えでは決して出来ない動きが出来始めているという事なのだ。秀吉ならいざ知らず、まさか雄二までもこういった芸当が出来るとは……。
「まぁ、そういうこった。もしかしたら召喚獣の点数が高い分、力や攻撃威力はお前よりはあるかもな」
「……じゃが、木刀でまさかあのハンマーを叩き壊すとはのう……。アレも何か特別な力でも使ったのかの?」
「ん……あれは別に特別な事はしていないよ。少しフィードバックを上げてシンクロ状態にはしたけど、基本的には自分の動きを
前に自分が浩平とともに学んだ『剣術』……。今でも時間があれば自己鍛錬はやっているし、一度身に付いた動きは、自転車の乗り方とかと一緒でそう簡単には忘れるという事はない。
「……て事はお前に木刀を渡したら、その気になれば同じ事が出来るって訳か……」
「それは流石に無理だと思うけど……。ただ、どんなに強固な物でもそれが物質である限り必ず弱いところはあるらしいから……。そこをつければ先程のようにはなるかもしれないね。別に僕でなくとも……」
「何はともあれ……、2人とも格好良かったぞい」
「そういえば岩下だったか、アイツにもそんな風に言われてたな、お前。どうだ?秀吉や他の女子からそんな事を言われる感想は?」
ニヤニヤしながらそんな事を言ってくる雄二。折角考えないようにしていたのに……。ま、全く、雄二め……、僕をからかうなんて10年早いよ……。まぁ、ここは雄二の奴に乗っておくとするかな?
「ま、まぁ僕は365度何処からみても格好良いからね!そんな風に言われてしまうのも分かるけど……」
「…………実質、5度じゃな」
「…………この辺はやっぱり『明久』か……」
なんか可哀想なものを見るような感じで溜息をつく2人。あれ?からかわれていた筈なのに、いつの間にかバカにされているような気がするんだけど……。
『じゃあ20分後にいよいよ本大会の第一試合を開催するぜ!さっきのような熱い勝負を期待してるからな~』
そんな時、また黒崎君?のちょっとおかしなテンションの実況が聞こえてくる。あ、忘れるところだった。
「……明久のバカをからかっていたせいで忘れてたが……、もう一つやっておく事があったな……」
「バカかどうかは置いておくとして……、そうだね、あんな放送で僕達をさんざん煽っておいて、そのままで済むと思われるのも困るしね……」
どうやら雄二も僕と同じ事を考えているみたいだった。そこはやはり悪友ってところかな?
「お、おい、2人とも!何処へ行くつもりなのじゃ!?」
「「便所!!」」
気が合うじゃないか、とばかりに僕にニィと笑う雄二。
「じゃ、チャチャっと済ませるとするか。秀吉は先に戻ってFクラスの様子を見といてくれ」
「20分位しか時間がないから急いで行かないとね」
「やれやれ……、まぁ程々にしとくのじゃぞ」
呆れながらもそう答える秀吉を尻目に、僕と雄二は黒崎君がいるであろう『便所』へと足を向けるのだった……。
(2018年7月27日追記)誤字、脱字のご報告、誠に有難う御座います。