――科学と偶然、……そしてオカルトによって開発された「試験召喚システム」……。それを試験的に採用し、学力低下が嘆かれる昨今に新風を巻き起こした、ここ文月学園。その特殊的な環境から、教員にしても通常の高校の職員に比べ、特別な才能を求められる。学園長の方針により、教員もそれぞれ試験を受けさせられ、生徒と同じように召喚獣を与えられる。当然、しっかりと生徒に学問を教えられる資格があるのかという事を、常に問われる状態にあり、1人1人、その準備は入念に行なわれる……。尤も、その業務は多忙を極める為、文月学園では、程度に応じて生徒に手伝いを促す権限も与えられているのだ。
現在、文月学園には『観察処分者』という、問題を起こしやすい生徒を監視すると名目で、その生徒に教員の手伝い……、ありていに言えば、雑用を任せる事ができる生徒がいる訳だが……。
問題を起こす=観察処分者の責務もサボる
この公式が生まれてしまっており、基本的にその業務は各教員の手で行なわれている状況であった。
……………………昨日までは。
「……まさか、お前が自分から進んで観察処分者の仕事をしにくるとはな……」
西村教諭の手伝いをしながら、僕はそんな事を言われる。
「…………そんなに意外ですか……?」
実際のところ、意外なんだろうな……。そう思いながら苦笑する。僕が職員室にやってきて、手伝いたいと言った後、何人かの教師が自らの耳を疑い、保健室に走って行ったくらいである……。
「…………今度は一体何を企んでいる?吉井」
「企んでいるといわれても……」
実際に、何も企んでいないのだから答えようがない。事実、僕にとっては現状確認と、純粋に観察処分者の責務を果たしに来ただけなのだ。
「……しいて言うならば……、お世話になったから、ですかね……」
「…………吉井、お前本当に大丈夫か……?」
本日、何度目だろう台詞を聞きながら、自習用のプリントを召喚獣に運ばせる。午後よりFクラスvsDクラスの試召戦争のせいで、他の教員も召喚フィールド展開に追われる事により、その他のクラスは自習となった為、それに使用するプリントという事だった。
「何度も言いましたが、僕は大丈夫です。じゃあ、次はこれをAクラスに運べばいいですか?」
「……ああ、それよりも吉井、お前も今日の試召戦争に参加するのだろう?そろそろ昼休みも終わるし、俺も補修室に行かなければならん」
実は参加するかどうかも決めかねているんですがね……。心の中で、そうごちりながら、僕は黙々とそのプリントを召喚獣に持たせる。
「……とりあえずこれを運んだ後、Fクラスに戻る予定です」
「そうか……。じゃあ高橋先生、すみませんが……」
「わかりました、じゃあ吉井君、お願いします」
高橋先生に促され、Aクラスに向かおうとしたその時、1人の女生徒が職員室にやってきた。
「失礼します、高橋先生はいらっしゃいますか?」
肩にかかる程度の長さの髪をゆったりと片ピンで縛ったいでたち。一見すると友人である秀吉だと思われるが……、
(秀吉……じゃないな、多分、お姉さんの木下優子さんだ……)
よく見ると制服も男子の物では無く、女生徒の物だ。
「あら木下さん、何かありましたか?」
高橋先生が、そう木下さんに問いかける。彼女も担任を見つけ、こちらの方にやってきた。
「いえ、自習と言われましたので……、課題の確認にきました」
「そうでしたか、今プリントを持っていくところだったので、ちょうどよかったです」
そこで、初めて木下さんが僕に気付いたようだった。
「あれ?あなた吉井君、よね?」
「えっと……秀吉、のお姉さん?」
「そうよ、私は木下優子よ。それで吉井君、貴方はどうしたの?」
「うん、ちょっと観察処分者の仕事をね……」
そう言って、僕は召喚獣に持たせたプリントを彼女に見せる。
「ちょうど吉井君にはAクラスにプリントを持って行ってもらうところだったのですよ」
「そうなの……。観察処分者も大変ね……」
「あはは……。まあ、自業自得だけどね……。さぁ、高橋先生行きましょうか」
「そうですね、木下さんも戻りますよ」
「あ、はい。わかりました」
「そういえば吉井君は何クラスなの?」
Aクラスに向かう途中、木下さんから尋ねられる。ちなみに僕の召喚獣は大量のプリントの束をかかえている為、あまり余裕はない。
「ん?ああ、秀吉と同じFクラスだよ」
「…………秀吉もFクラスなのね……。ところで……、Fクラスならもう試召戦争が始まってるんじゃないの?」
「まあ……ね、正直僕はあまりやる気はないんだけど……」
そう言って僕は溜息をつく。そう、少し気が進まないのだ……。振分試験完了後に、即試召戦争を仕掛けるなど……。
「……FクラスがDクラスに宣戦布告をしたって聞いたけど?」
「えっと……、それには訳が……」
「見つけたぞ!吉井!!」
そう言い掛けたその時、何処からともなくそんな声が聞こえる。振り返ってみると、そこにはDクラスの生徒3人……宣戦布告の際に僕に殴りかかってきた生徒達がそこにいた……。
いきなり怒声に振り向くと、3人の生徒が吉井君を睨み付けていた。
「さっきはよくもやってくれたな、吉井……」
「覚悟はできてるんだろうな!!」
あきらかに普通じゃない彼らの様子に、気になった私は吉井君に小声で尋ねてみた。
「……吉井君、何かしたの?」
「……さっき宣戦布告した際にちょっと、ね……。で?君達、一体何しにきたの……?」
吉井君も小声でそう返すと、彼らに向き合い、そう尋ねる。
「もちろん決まっているだろ!?テメェを補修室送りにする為に来たんだよ!!」
「……ここはFクラスとは反対の廊下なんだけど……。もしかして、ずっと僕を付けていたの……?」
暇だねぇ……、そう呟く吉井君に、相手の男子はますますいきり立っているみたいだった。
「ちょ……、ちょっと、吉井くん……!」
「テメェは真っ先に潰してやるぜ……、吉井!!」
「木下もいるんならちょうどいい……まとめてやってやるよ!!」
挑発するような態度の吉井君を嗜めようとした私に、彼らはそんな事を言ってくる。
「えっ!?私っ!?私は……!」
「……彼女は関係ないだろ?気に入らないなら僕だけをやればいい……」
いきなり私も標的にされ、戸惑っていたところを吉井君が庇う様に前に出る。
「ちょっ!?吉井君!?」
「……巻き込んじゃってゴメン……。危ないから下がってて」
「カッコつけてんじゃねえよ、吉井!!先生、俺達Dクラス3名、数学で吉井に挑むんで召喚許可を!!」
「待ちなさい!吉井君は今……!」
高橋先生も流石に見かねたのか、彼らに注意しようとしたのだけど、それを意外な人物が止める。
「高橋先生、かまいません……。直ぐに終わりますから……」
彼はそう答え、召喚獣が持っていた資料を自分が持ち直し、戦闘準備を整える。そんな様子を見て、高橋先生は溜息をつき……、
「……分かりました、数学、承認します」
「「「
先生の言葉を受け、Dクラスの3人が試験召喚獣を呼び出す。
【数学】
Dクラス-鈴木 一郎(101点)
Dクラス-笹島 圭吾(96点)
Dクラス-中野 健太(89点)
VS
Fクラス-吉井 明久(51点)
既に召喚されていた吉井君の点数も表示される。クラスの差もあり、吉井君の彼らとの点数差は約2倍……。状況も状況なので、私も先生に願い出ようかと思い、
「吉井君!さすがに3人相手は……」
「……行くよッ!」
ええ!?人数、点数ともにあまりにも不利な状況に彼に声を掛けた瞬間、動いてしまった吉井君に、私は驚きを隠せない。吉井君が動くのに伴い、Dクラスの相手も構えるのがわかった。私はこれから起こるだろう出来事に片目を瞑ってしまうと……、
「舐めるな……、えっ!?」
「なっ!?」
【数学】
Dクラス-鈴木 一郎(101点)
Dクラス-笹島 圭吾(0点)
Dクラス-中野 健太(0点)
VS
Fクラス-吉井 明久(51点)
「な……なんだと……!?」
「一撃で……戦死した……?」
何が起こったのか、私にもよくわからなかった……。吉井君は突っかかってきた相手の攻撃を紙一重でかわした後、すれ違いざまに相手の鳩尾を木刀で突いていた……。そして、さらにあっけにとられていたもう一人に近づき首に突きを入れる……。目にも止まらぬ早業とはこの事で、一瞬の事にやられた相手も呆然としているようだった。
「さて……、君も、覚悟はいい?」
「クッ……調子に乗るなっ!!」
残った一人が武器を振り回すものの吉井君の召喚獣にはかすりもしない。最小限の動きで相手が操作する武器をひらりひらりとかわしていく……。
「クソッ!なんで当たらない!?」
「……隙だらけ、だよ!」
大降りになりバランスを崩したところに足払いをかけられ、相手の召喚獣がひっくり返ったところで、手に持った木刀で冷静に召喚獣にトドメをさす。
【数学】
Dクラス-鈴木 一郎(0点)
VS
Fクラス-吉井 明久(51点)
「戦死者は補習!!」
「「「そ、そんなバカな――!?」」」
決着がついたところを西村先生が現れ、悲鳴を上げるDクラスの3人を担いでいってしまった……。
「す……すごい……」
「時間を取らせてすみませんでした……。それでは行きましょう、高橋先生、木下さん」
私はあまりの手際の良さに半ば放心していると、吉井君は何事もなかったかのように、自分が持っていたプリントの束を再び召喚獣に抱えさせるとAクラスに向かって歩き出していた……。