己が理想に反し、使命から最も遠い筈の幻を。
君に触れる度、徐々にそれは鮮明になっていく。
違う。違う違う。違う違う違う違う……!!
忘却した自分は言い聞かせることしか出来ない。
感情の昂るまま、君の首を絞める醜い姿はまるで……。
……イスト・エクスマキナは人理を救う存在だ。その筈なんだ。
断じて なワケがないだろう……!
『◼️◼️の◼️』
聖杯を回収し特異点は無事修復、藤丸立香は拠点であるカルデアへと帰還していた。
「お疲れ様でした、また明日。おやすみなさい先輩」
「うん、おやすみ」
廊下でマシュと別れ、マイルームの扉を開く。自分が思っていたよりもずっと疲弊していたようで、ふらふらと導かれるようにベッドへ吸い込まれる。
制服もそのままに、うつ伏せに倒れ枕に顔を埋める。
それも当然。肉体的な疲労に加え、慣れない野営にサーヴァントの使役による魔力の消耗。後輩の前では、と気を張っていた立香だが体力は既に限界だった。
(とりあえずシャワーして着替えなきゃ……)
頭に浮かぶ言葉とは裏腹に体は重く動かない。
次第に目が閉じ微睡みはじめる。
程なくして泥に沈むように眠りへと落ちた。
…
……
………
「……あれ、寝てた…?」
意識が覚醒する。
どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだ。
それにしても何故自分は椅子に座っているのだろうか。疑問を浮かべながらも辺りを見渡してみる。巨大なスクリーンに向かい合うように、段々の床に赤い椅子が行儀良く並んでいる。
見覚えのある場所だ、何度も足を運んだことがある。
「……映画館だ」
自分は今、映画館に居るのだと気づいた。
「や、お目覚めかい?」
「アテーノ、良かったぁ…。てっきり一人かと…」
背後から声を掛けられ振り返るとそこにはアテーノがいた。自分よりも数列後ろの席で腕を組み、にやにやと笑みを浮かべている。
彼女がいたことにホッと胸を撫で下ろす。そういえば冬木に続きオルレアンでも随分と助けられた。
強さはもちろん、その人柄にも。少し胡散臭いところもあるけれど思わず頼りにしてしまう。
「よっと」
アテーノが席を飛び越えそのまま自分の右隣へ座る。
「マナー違反じゃないのそれ」
「いいんだよ、私がここの管理人みたいなもんだしね」
「この状況も君のせい?」
映画館と分かっても何故自分がここに居るのかはまだ分からない。しかし彼女の口ぶりから察するにこの場所を知っているようだ。
俺が尋ねるとアテーノは少し驚き口を開いた。
「え、分かってなかったのかお前。
私の夢の中だぞここ」
「君の…夢?」
「そう、夢だよ。中々ロマンチックじゃないかこれ!」
サーヴァントとそのマスターは魔力で繋がっており、無意識下で記憶を"夢”という形で共有する。……らしい。
……あれ、彼女の生きた時代に映画館なんて無い筈じゃ。
「てっきりマシュが先かと。ん?知らなかったってことはもしや私が初めてか?」
「どうだろ、前にも一回こんなことあったような気が」
「……はぁ?誰だよそいつ」
「何となくだよ、あんまり覚えてないから」
彼女と二人だけの空間、せっかくの機会だ。
オルレアンで少し気になっていたことを尋ねてみる。
「あのさ、勘違いかもしれないけど聞いてもいい?」
「もちろん。何、告白か?まぁ、二人きりの映画館。雰囲気的には分からんでもないなぁ!」
「ち、違うから!えっと…
君は俺のことマスターって一度も呼んでないよね」
冬木で出会い、カルデアで再召喚。同行こそしたわけではないがオルレアンでも共に聖杯を回収した。役職として"マスター”と口にすることはあっても俺の名前を呼ぶ時に彼女はマスターという言葉を使わない。
必ず立香と呼ぶのだ。
不快に感じているわけではないし、寧ろ嬉しい。自分を信頼してくれているからこそそう呼んでくれるのだろう。ただ、理由はそれだけではないと半ば直感的に感じる。
「ん、あぁ、そうだっけ。うん、そうかもな。……もしかして馴れ馴れしかったかな?」
「いやいやいやいやそうじゃなくて!ただ純粋に気になっただけだから大丈夫だよ!……理由、聞いてもいい?」
「………それは」
彼女が口を開いたその瞬間、遮るように会場の明かりが落ちる。
闇に包まれアテーノの表情は見えなくなる。
耳を澄ませば微かにざわめきが聞こえ、それは次第に増えてくる。一人…二人…三人…。
「ね、ねぇ…、俺たちの他にも誰か居るよね?」
「大丈夫、危害は絶対に加えさせないから。ただの観客だよこいつらも」
低く鳴り響くブザーの音。
「……さて、立香。ここ"私の夢”って言ったよな、今なら覚ましてやれるけどお前はどうする?」
暗闇からの問い。
「…いや。もう少しここにいるよ」
今からスクリーンに何かが流れようとしていることは、この状況から容易に想像がつく。
この映画館が英雄アテーノの内側であるということは、今から流れるのは彼女に関するものなのだろう。
自分を信頼してくれる君のことを知りたい。
そんな責任感と少しばかりの好奇心で俺は頷いた。
「…はぁ……うん。分かった、じゃあ上映開始だ」
溜息をついた彼女はどこか諦めたように言った。
『七名のお客様にご案内致します。只今より"英雄回顧録”を上映致します。上映中は携帯電話等の電源をお切りいただきますようお願い申し上げます。また、おしゃべりは周りのお客様のご迷惑となりますので御遠慮下さい』
館内アナウンスが告げる。
訪れた静寂も束の間に、
スクリーンに映し出されたのは少女だった。
◇◇◇英雄回顧録『TS転生』
水面の鏡に映る一人の美少女。
癖のかかった金の髪、高い鼻。つり上がった瞳は空のように青く澄んでいる。
うん、可愛いな。
誰が見ても文句なしの美人だこれは。
まぁ僕なんだけども。
「……何時までそうしてんの姉さん、さすがに気持ち悪いから。早く帰ろうよ、母さんも待ってる」
罵声と共に川に投げ込まれた石により、映る彼女は揺らぐ。
「ビレ~、最近お前冷たくない?悲しい!お姉ちゃんは悲しいぞ…!ちょっと前までは僕にべったりだったのに…!」
「いやいつの話だよ」
さて、彼が"姉”と呼ぶことから分かるように今の"僕”は女性だ。
ただ僕には男性として生きた記憶が、それも別世界を生きた記憶がある。
……いやそういう類の病気ではない。
確かに年齢的にはその年頃だけど違う、決して。
振り返れば、我ながら呆気ない死に方だったとは思う。17の夏、通学中に自転車のブレーキが効かずそのままトラックでお陀仏。
お約束すぎる導入、テンプレもいい所。
そんなこんなを思い出したのは幾つのことだったか。
気づけばこの地で新たな生を授かっていた。
神々への信仰から成る、海に囲まれた小さな島。
その集落に僕は再び生まれた。
名前は 。
何と、生前と全く同じだ。
国も時代も違うのに何の因果か。神様がヤケになったのか。
自分の名前は結構好きだったからいいのだけど、男でも女でも違和感の無い名前だし、不都合は無い。
前世の未練とかは……特に無し。
うん、でも、強いて言うのなら好きな物語の結末を見られなかったことだろうか。
まぁ物語とかカッコつけてるけど、平たく言えばゲームだゲーム。
。
古今東西、一騎当千の英雄達が同じ旗の下に集い
人類史を取り戻すために奔走する。
そういう、狡いくらいに心躍る英雄譚。
騎士王に征服王に英雄王!
異なる時代を駆け抜け歴史に刻まれた、人々に謳われた偉大なる人物。
彼らはなんて…、
なんて……、
なんてカッコイイのだろう!
なんて魅力的なのだろう!
でも、僕の一番好きだった人物は彼らのような英雄じゃない。
名は藤丸立香。
彼なのか、彼女なのか。
人によって違うだろうけど僕の場合は確か"彼”。
物語に巻き込まれただけの主人公、ただそこに居た一般人。英雄なんかじゃないのだ、普通の人間なのに彼は何度も立ち上がる。
その姿が僕は大好きだった。
ま、回想も程々に。
僕もすっかりこちらの生活に馴染んでしまった。生まれて今まで暮らしているので当然と言えば当然。
村で飼っている馬の世話を終え、可愛い弟と共に家路に着く。
ふと、空を見上げる。
青空にはいつものように満月が浮かんでいる。
「どうしたの姉さん…ああ、あれ。でももう珍しくもないでしょ」
「まぁね、早く帰ろっか」
「俺はずっとそう言ってるよ」
そう、珍しくない。
昼間の満月、いやそれ自体は生前でも見る機会はあったがこれは違う。
常に在るのだ。そして夜に現れる月は別に存在している。
何時からか、この島の上空に現れた二つ目の月。
昼夜を問わず、今まで決して欠けたことがない。
村の人間は「月女神様の加護だ…!」とか言ってるけど、正直不気味だ。
「ただいま母さん」
「う~い愛娘が帰ったぞ母さんや」
「ん、お帰り」
家へと着いた。
村の奥に立つ二階建ての漆喰のボロ家。僕、弟、母、父の四人で暮らしている。扉を開けると母が机に食事を並べている最中だった。
「……また肉なの?」
「お父さんに言って欲しい」
「文句言うなよビレ、肉は美味いだろ」
「姉さんがそんなだから!父さんも張り切って増えるんだよ!」
そんなやり取りをしながら食卓を囲む。
母は寡黙で綺麗な女性だ。父の姿は見当たらない、おそらくいつものように森に篭っているのだろう。
「うし、じゃあ行ってきます!」
昼食を食べ終え、壁に立て掛けられたごくごく簡素な弓を握り矢筒を背負う。
これも日常。うん、準備良し。
「行ってらっしゃい」
「……気をつけて」
再び外へ出る。
小さな村を駆ける。急ぐ必要は全く無いのだけれど何となく。フッ、風がそうさせるのかな…!
目的地まで半分といったところで村の男から声をかけられる。
「やぁ 、これから狩りかい?」
「ん、おうともさ」
僕と歳が近く、そこそこ仲の良い男。
名をエラスティス。普段より何処かよそよそしい彼が、何を話そうとしているのかは容易に想像がつく。
「そうかそうか!トクソティスさんにも宜しく頼む。……ところでその、あれの返事とか貰ってもいいかな」
「うん、無理だな」
「即答かい!?」
この男、昨日僕に告白したのだ。ちなみにトクソティスは父の名。
いや、気持ちは分からんでもない。自分でも美形だと思うし。
「……ちょっと待った、じゃあ君なんで昨日『明日まで待って欲しい』なんて言ったんだ?」
「?、何言ってんだエラスティス。
即断るより一日悶々とさせた方が面白いだろ」
「君の!そういうところ!どうかと思う!」
叫んで嘆くエラスティスの姿に思わず笑ってしまう。一日寝かせた甲斐が有るというもの。
女性としての今世、それはそれは良くモテる。嬉しいのだけれど、一度も誘いに頷いたことは無い。
自分の心がどちらなのかはっきりと分からない。
男性と言えば男性な気もするし、女性と言えば女性な気もする。
半端なスタンスで応えるのは不義理に感じてしまうのだ。
焦って決めるようなものじゃないだろう。
ただ、なるようになればいい。だから、その時までは頷かない。
「あっはっはっは!満足!じゃあそろそろ行ってくるのでここいらで、またな」
「……ああ、行ってらっしゃい。… 、ちょっと待ってくれ!」
「何だよ、まだ何か…」
「俺、諦めてないからね」
真っ直ぐな瞳で見つめる彼の耳は真っ赤に染まっている。
「……そ、そうか。それじゃ…」
顔が熱い、逃げ出すようにその場を去った。
…
……
………
この島に存在する二つの小さな村。
一つは漁村、そしてもう一つは僕達が住んでいる小さな農村。
それらを隔てるように位置する広大な森。
「む、来たか 」
「はいはい愛娘参上ですよ……って、やっぱり多くない?」
「そうか?」
森の入り口に立つ父、トクソティス。
彼の後ろには獣の死体が山のように積み上がっている。その全て、彼の背負う矢によって撃ち抜かれた獲物。
ちなみに、ただの生物ではない。
魔獣だ。
築き上げられている死体を見れば狼に獅子、厳密に言えばそれっぽい何か。魔獣として括られる彼らは決して特異なものではなく、ただ当たり前にこの世界に息づいている。
父と合流し親子並んで森へと入る。
「そう言えば 」
父に名を呼ばれる。
「無理はしていないか、最近は働きっぱなしだろう。今日は帰っても構わない」
筋骨隆々の風貌と顰めっ面から極悪人にも見える父だが、見た目とは裏腹に優しい。威厳を出すために厳しく振る舞おうとしているが、村の人達も父の性格をよく知っている。
そして娘である僕と息子であるビレには更に甘い。嬉しいのだけれど過保護というか……。
「いや大丈夫、誰かさんが肉ばっか取ってくるから体だけは強いのさ。それに親バカには娘がいてやらないと、射れるものも射れんでしょ」
「……感謝する。…と、見つけた。中々にデカいぞ。では 、少し本気で行く。そこに伏せていろ」
にかりと口角を上げる大男が、獲物を見据え弦を引き絞る。鏃が獰猛に輝く。
「──魔力装填、放射角固定。擬似システム、アルテミス起動」
何とも臭い口上と共に矢が魔力を纏う。
そう、魔力だ。
前世では創作物の中でしか存在しなかった概念だが、今世では皆が持って当たり前。
魔力を用いた魔術の行使、これもまた日常。
射ッ…!!」
凄まじい風圧に思わず目を瞑る。
「よっ、流石村一番の弓使い」
「……その弓使いがお前の父だ。誇るがいい愛娘」
再び目を開けると既に矢は魔獣を貫いていた。
……てかデカい。民家を軽く越える大きさだ。このおじさん涼しい顔してるけど、こんなの村襲ってきたら普通に壊滅の危機だったのでは。
「さて、そろそろお前の狩りも見せてくれ」
「期待しすぎないでよ」
自身の数倍はあるだろう獲物を、肩に担ぐ父が私にそう言う。
単なる力だけで持っているわけではない。先程、も言ったようにこの世界には魔力、そして魔術が存在する。
その中でも初歩的なものである身体強化を使えばこんなことも容易い。いや、それにしても父は剛力すぎる気がする。
父は目を輝かせながらこちらを見るが、少し荷が重い。
なぜなら。
「魔術使えねぇんだからな」
そう、僕には魔術が使えない。
──訂正、殆ど使えない。
「何を今更、承知した上で頼んでいる。素養が無くともお前は強いとも、いつものようにやればいい」
「ワーオべた褒め」
「当然、事実を述べたまでだ」
「……そうだな、よしやろう!」
意気込み、背負った弓を持つ。
何の変哲もないただの弓。魔力が込められてるわけでも、特別な力を持つわけでもない。扱う者にその才が無いのだからこれで十分、ていうか、これしか扱えない。
似ていると思う。
僕が憧れた世界と、僕が生きるこの世界。
魔獣に魔力、月女神アルテミス。
……たまたま酷似した世界へ生まれ変わったのか、それとも
その世界そのものなのか。
「どうかしたか?」
「ん、ちょっとぼーっとしてただけ」
「そうか、では行くぞ。月女神様への捧げ物に加え、育ち盛りのお前達だ。張り切らねば」
「いやだから多いんだって…」
父と森の更に奥へと潜っていく。
嗚呼、楽しく美しい日々だ。
女性としての生活はどこか新鮮で。
生前好きだった物語こそ見れないが、十分満たされているし、幸せだ。
ただ、
強いて言うのなら。
(……ちょっと退屈だなぁ)
空には変わらず、二つの月が浮かんでいる。
お気に入り、評価、感想ありがとうございます。
感想は無愛想な返答になっておりますが来る度に跳ねてます。本当にありがたいです。ちゅっちゅ♡
後編なるべく早く上げたいですね。