藤丸立香の聖杯鯖になるTSオリ主   作:生き恥マラミュート

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その日、少女は運命に出会う。


英雄回顧録『TS転生』 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は巡り、季節が移ろう。

 

 今は春。

 時間が経つのは案外早いもので。

村では新たな子供が生まれたり、友人が港町へ移住したり、弟が僕の背丈より大きくなったり。

と、まぁ。随分と月日が経った。だからといって僕を取り巻く環境が大きく変わったということは無い。

 

 変わったということは無い。

 

 無い。

 ……無い。

 はい、嘘です。

 

「何故…何故だ……、月女神様…。俺は…父として……子のため…行かねばならないのだ…!」

「分かったから!分かったから父さん!病人は寝てろって!ビレ、お前もそっち引っ張って止めろ!」

「これでも止めてる!病人の出す力じゃない…!」

 

 玄関まで這って進む父を、弟と二人がかりで抑える。

熱い。父の体が火のように火照っている。本来であればこの熊のような大男、たとえ二人でも容易く吹き飛ばされるはずなのだが、弱っているため何とか抵抗が適うといったところ。

 

 けれど、まさかなぁ。

 この父が病に侵されるなど考えもしなかった。

 質実剛健、剛力無双。そういうのとは程遠い人間なのだが、実際にこうなっている以上仕方ない。

 

 

「しかし、娘一人に行かせる訳には…!」

「幾つだと思ってんだ親バカ。大丈夫だよ、今更森を抜けるくらい何とかなる。仮に何とかならなくても、その時は幻術で逃げるさ」

 

 少し前から、この村に異変が起き始めた。

 

 港町とを隔てる森、そこに息づく魔獣達が極端に減った。死んだ……、というよりかは何処かに隠れているという感じ。確か父は"何かに怯えているようだ”と言っていた。まぁ正直、よく分からんが。

 

 そして二つ目、村では病が流行っている。

今、父と母を襲っているのもそれだ。既に何人か死者もでている。村唯一の医者もつい昨日亡くなってしまった。

……妙な話だ。そもそもこの島の人は風邪すらひいたことのない奴が殆どだった。やけに屈強。信仰や加護によるもの、らしい。

魔獣の呪いや魔術によって命を落としたものは居たが、こんなことは初めてだ。

 

 そういうわけだ。

 誰かが港町から医者を呼びに行かねばならん。

 

 

「どうどう、良い子だ良い子だ」

「ブルル……」

「ごめんなぁ、お前だって辛かろうに無理させて。──っし、じゃあビレ。父さんと母さんの看病は頼んだぜ」

 

 何とか父を床へ縛り付けた後、外へ出て村の厩舎から連れてきた馬へ跨る。

……この馬と同時期に生まれた数頭も不自然に死んでしまった。こいつ自身も前に比べ、少し痩せているのが乗ってみて分かる。

 

「うん、姉さんも気をつけて。あと、ほら忘れ物」

「ん?うわ、マジか。普通に忘れてたわ」

 

 弟から弓と矢筒を受け取り背負う。

──てか、危ない。武器もなしに魔獣の居る森通るなんて正気じゃない。

 流石は僕の弟だ、助かった。

 

「動揺している証拠だよ、ほらしっかり」

「ありがとさん」

「で、どれくらいかかりそうなの?」

「港町までこいつにのって半日……いや、空がこれだから一日ちょいかな」

 

 上を指差す。

僕に続き弟も空を見る。

 

 村を包むもう一つの異変。

 空は曇天。黒い雲が一面を覆っている。

 

 最後に青空を見たのは何時だったか。

夜と昼との境も曖昧、今はどちらなのだろうか。

 

 その黒の中、一つの月だけが欠けずに存在している。

 

 あぁ。

 やっぱり気持ち悪い。

 

 

「ただでさえ暗いのに森だからね、前行った時より慎重に行かなきゃなぁ。後はそうだな、港の方でも流行ってたら別の島から医者呼ばないと」

「それ大丈夫なの?」

「そん時はそん時、適当に傭兵でも雇うさ。セイレーンとか出くわしたら多分死ぬし普通に」

「……やっぱり俺も」

「馬鹿言え、誰が二人を看病するんだ。それに僕の方が森に慣れてる。お前は安心して待っといてくれよ」

 

 父と二人で何度も狩りに潜った森だ。港町に行くのだって初めてじゃない。僕が適任だろう。

 

「ビレ!ちょっとこっち来てくれ」

 

 俯く彼に手招きする。

 

「……ちょ、何すんの」

 

 近づいた頭をワシャワシャと撫でる。

背を抜かされる前はよくやった気がする。そのことごとく拒絶されていたわけだけど。今日は随分と大人しい。やはり弟も不安なのだ、無理もない。

てかこいつ僕より髪サラサラじゃないか?

 

「いやぁ、そんなこと言いつつ嫌がらないじゃないか!弟が姉を好いてくれているようで嬉しいぜ」

「はぁ…、心配して損した。はいはい行ってらっしゃい」

「うし。不肖   、行ってきます!」

 

 さぁ出発だ。

 

 手綱を握り、馬と村を出る。

 

 

 

 

 月輪は夜空に在る。

 

 

 

 

 

 

 

 

……

………

 

 

 

 

 馬の背に乗り、森の中を駆ける。

 

 目に映る景色が後ろへと流れて行く。

まぁ景色と言っても同じような草木が並んでいるだけで、どこを見てもほとんど変わらないが。それ故に少しでも気を抜けば方向感覚を失ってしまう。

 

 それにしても、分かってはいたが全く魔獣と遭遇しない。安全なのは嬉しいが、こうも何も無いと逆に不安になってしまう。

まだ港町までは随分と距離があるはずだ。暗闇を進むのは骨が折れる、この歳で迷子とかしゃれにならん。感覚を研ぎ澄まし、丁寧に進まねば。

 

 魔術の火による明かりと記憶だけが標だ。

 

「──っと!どうしたんだ危なぁ!?」

 

 急停止する馬。

 投げ飛ばされそうになるのをしがみついて耐える。

 

 怯えているのかブルブルと震えている。

 馬は空を見上げた。

 

「何だあれ」

 

 

 暗い森、鬱蒼と茂る木々の隙間から見えたのは

 

 流れ星だ。

 

 空を翔ける白光が村へと向かっている。

 

 …

 

 ……

 

 ………

 

 …………村?

 

 

「………やばくね?」

 

 

 いやいや。

 いやいやいやいやいやいや、お、お、おち、落ち着け。

 

 明らかに怪しい謎の光が向かった先に、たまたま僕達の村があるだけで。別にそんな、村人達に危険が及んでいる可能性があるというか無いというか無きにしも非ずというか。ど、ど、ど、どどどどうすれば。

 

「なぁおいお前はどう思う!?」

「ヒヒィン!?」

「ヒヒィンで分かるわけないだろちゃんと喋ろ!クサントスはいけるぞ!」

 

 人に馬語が分かるわけないだろ!

どうする一度村に帰るべきか?いやしかし、早く医者を連れて行かないと…。

 

「ああもう!考えがまとまらん!やっぱり引き返そう、悩む時間が一番もったいない!馬、帰るぞ!」

「ヒヒン…!」

 

 やっぱり不安だ。

力強い嘶きを合図に、光を追うため再び村へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

………

 

 

 

 

 何だ

 

 何だこの胸騒ぎは。

 

「──っ!おい、大丈夫か!!」

 

 今度は抵抗も適わず投げ出される。

背中から地面に叩きつけられ、激痛が走る。

 いや、今は私よりも!

 血を吐き倒れた馬へと駆け寄る。

 

「…………」

 

 死んでいる。

 

「………ごめん」

 

 今は弔う時間すらも惜しい

地に矢を刺し、魔術の火を置く。墓ではなく、僕が戻って来るための目印。

 

 立ち上がれば、目の前に広がるのは黒。

夜とはこうも暗いものだったか、

こうも恐ろしいものだったか。

 

 頬を撫でる風の感触がやけに気味悪い。

 

 それでも立ち止まってはいられない。

恐怖と同時に、自分の判断に少しばかり安堵する。戻って来たのは正解だった。これは明らかに異常だ。

 

(この大木の根を右、魔獣の骨骸を飛び越えて左…!

あぁもう!何で身体強化すら使えないんだよ僕は!)

 

 視界から得られる情報があまりに少なすぎる。目を凝らし、狩りの記憶を頼りに走る。自身に魔術の才が無いことに苛立ちを覚える。今までは特に不便に感じなかったが、それはきっと平穏だったが故。

 

 息が続かない。

 頭もぼんやりとする。

 

 

 

 

 

 ?

 

 何か妙だ。

 

「……あれ、明るくなってきた?」

 

 視界に移る草木が段々と色を帯び始めている。

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 地に炸裂するは閃光、森に響くは轟音。

 

 流星が森へと堕ちた。

 

 

 

 

 

 

 地鳴りのように伝う衝撃によろめく。

 

 

 近い。

 

 星が堕ちた場所はすぐそこだ。

 

 目を凝らせばぼんやりと白く淡い灯り。

 

 

 

 

 

 気づけば、ふらふらと。

 

 僕は歩みを進めていた。

 

 まるで、火に飛ぶ蛾のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…… 

 

………

 

…………

 

 

 

 

 

 

『──神体結界破損、神体結界破損。動作停止98%。

 ──システムヘファイストスによる修復、不可。

 ──システムアテナによる治癒、不可』

 

 

 

 

 

 

 血溜まりの中に彼女は居た。

 

 欠けた身体でも分かる人間とは思えぬ美貌。

 

 

 

 

 

 木を背に倒れる女性には両足と左腕が無い。

これではもう……助からないだろう。

 

 

『忠告、現時点で聖杯の回収確率────0.43%。

 直ちに機体の交換、並びに聖剣の行使を推奨』

 

 

「………おや、貴方は…」

 

 

 装甲に包まれた彼女が僕に気づき目が合う。

倒れた木々の隙間から覗く月光がその顔を照らす。

鎧と同じ銀の髪、炎のように赤い瞳。

並々ならぬ雰囲気で、彼女の口から出た言葉は……

 

「こんばんは」

「え?あ、はい、こんばんは…?」

 

 何気ない挨拶だった。

 え?この状況で?

 死にかけの人から出る言葉なの?

 

「い、いやそれより、その体は…」

「ん、あぁ。ちぎれた手足が気になるか。少し失敗を…し………て…」

 

 彼女は驚いたように僕を見る。

 

「……もしかして女か」

「え?そ、そうだけど。そんなのどうでもよくないか?」

「………成程」

 

 口角を上げ、静かに笑う姿はどこか艶めかしくて。

 

 

 

 

 

「もし、もしも。貴女の周りの人間が全て死んだとしたら。貴方はどうする」

 

 

 

 なんの脈略もなく振られた質問。

初対面の相手に聞くにはあまりに空気の読めないソレ。

戯言とあしらうのは簡単だ。しかし、どうにも冗談に聞こえない。僕自身が驚く程に、答えが出るのは早かった。

 

 

「僕も死ぬさ」

 

「……何故?」

 

「そりゃこの島と人が好きだからだ。だから多分、耐えられない。……わざわざその質問するってことは何だよ、お前皆を殺したのか」

 

 屈み、死にかけの彼女と目を合わせる。

矢筒から一本矢を取り出し、その眉間に鏃を当てる。

 

「ちょちょちょ!?ま、待って落ち着け……!お願いだから!矢を!その矢を下ろせ!」

 

 何だコイツ…。

拍子抜けだ。なんか馬鹿馬鹿しくなって腕を下ろす。

 

「───てか、結局誰なんだアンタ。どう見てもニンフには見えないな」

 

 

 

 

「あぁそう言えば名乗りがまだだったか。

 えー、コホン。我が名はアテーノ。聖杯を回収すべく、天より遣わされし戦女神アテナの現身だ」

 

 

 

 聖杯?

 

 

 

「……すまん、もう一回言ってくれ」

「ん?だから、戦女神の生まれ変わりだ。…フフ、驚いたか?まぁ無理もないだろう、アテナと言えば貴方達の信仰の対象だからn」

「そうじゃない!その前だ!」

「聖杯か?」

「それだよ!」

 

 

 

 知っている。

 

 あらゆる願いを叶える万能の願望器。

……真に願望器であるかはひとまず置いておいて。

 

 マジか。

 本当に  の世界だったのかここ。

 

(アテーノなんて名前見た記憶ないな……)

「……何故貴女が聖杯を知っているのかはさておき。私から一つお願いがある」

「お願い?」

 

 アテーノが僕の顎に手を添え、軽く引く。至近距離で向かい合う形となる。彼女の中の赤が、私の青だけを真っ直ぐに見つめている。蟲惑的にも感じるそれから目を逸らせない。

 

「先程"周りの人間が死んだらどうするか”と私は聞いた。薄々勘づいてはいるだろうが、紛れも無い真実だ。

 この先の村の住人は一人残らず死んだ」

 

 今までとは打って変わり、恐ろしい程に冷たい声で、淡々と惨状を告げられる。上手く息が出来ない。気持ちが悪い。理解することを脳が拒んでいる。それでも、警鐘のように響く胸騒ぎが嘘では無いと言っているようだ。

 

「私達とて例外では無い。貴女も、私も、まもなく為す術なく殺される。島を覆うこの夜は、国を呑みやがて天地を喰らう。…… 嗚呼、我等は時を見誤ったのだ」

「………何が言いたいのさ」

 

 

「───私の問いに、"自分も死ぬ”と貴女は答えた。不合理極まりない、熟人間の思考は理解に苦しむ、が。

ならば、どうだろうか。どうせ死ぬのならば、村人達を殺した輩に一矢報いてから死ぬというのは。

 

 

 

 

 

 

 アテーノの名を継ぎ、元凶を殺してみないか」

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の"お願い”は随分、無茶苦茶だった。

 

 

 

 

「ま、待った…っ!

 死ぬ前に人殺せっていうのか!?」 

「概ねその通り」

「そんなの出来るわけ……」

 

 家族が、皆が殺されていたとして。その犯人に恨みが無いわけじゃない。復讐だって、僕に出来るのならばやってやりたい。でも人を殺す力とか、

……何より覚悟とか、そんなものあるわけないし。

 

 

「躊躇わなくていい。殺すのは人ではないのだから」

 

 

 人じゃない?

 

 じゃあ

 彼女は一体何と戦ったんだ?

 

 

 困惑する僕の手をアテーノが指を絡めて握る。

片方だけの、その右手でしっかりと掴んで離さない。

 

 

 

「無意味に殺めるのとは違う。

 これは世界を救う為の戦いである」

 

 

 

「世界を救う戦い」

なんて歯の浮くような台詞だろう。

 ふと、大好きな物語のプロローグを思い出す。

 ……そういえば。

 彼は

 主人公は

 藤丸立香という人間の物語、その始まりは。

 選択肢の無い理不尽な分岐点だった。

 

 本当に、自分でもどうしようもないと思うのだけれど。

恐怖と困惑と不安で埋め尽くされる筈の脳内に、感情がもう一つ。あまりに愚かな憧れだ。

 

 僕は、自分と憧れを重ねて高揚している。

 

 

 解き、虚空に翳される英雄の右手。

大気の魔力が織られ、成した形は一本の剣。赤く、宝石のように輝く剣身に思わず目を奪われる。まぁ、一介の村人が扱っていい物じゃないってのは何となく分かる。

 

 

「この剣を振るえば君は死ぬ。

 それでもどうか、その命を。世界に捧げてほしい」

 

 

 差し出されたその剣を握った。

 

 

 

 

 

 

 自己がドロドロと曖昧に溶けていく。

 

 無駄だと悟りつつ、未練に縋り、己が名を反芻する。

 僕の名前は   …。

    …、   ……?

 

 

 

 ………私の名前は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

………

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 何残っていない。

 

 正直、感情の整理なんてついちゃいない。

抜け殻の中に芽生えた使命だけを頼りに、どこまでも昏い夜を再び駆ける。

 僕なのか、私なのか、アテーノなのか。一つとして確信を持てないのに、見たことの無い何かに対する憎悪だけが確かにそこにある。

 

 これじゃまるで呪いだ。

 それでも彼女への憤りは無い。

 だって英雄役はこれっきり、自分はここで死ぬのだから。

 

 

 どれほど走っただろうか。 

 やがて森を抜ける。

 

 

「ぅ、ぁ…!?…あっ、あぁ……おぇ…げぇ……っ!」

 

 森を出た瞬間、吐き気と寒気に襲われた。

体中の震えが止まらない。その場に立つことすらままならず、膝を着き吐瀉物を地面にぶち撒ける。魔獣なんて比にならない、一度も体験したことのない絶対的な恐怖。

 本当にみんな死んだんだ。

明確に感じ取れる瘴気と狂気に、彼女が放った言葉が真実であると否が応でも理解する。

 

 視線を感じ、空を見上げる。

 

 

 

 月が私を視ていた。

 

 

 

「────違う、違う違う違う違う違う……!

             ……ハハ、何が月女神様だ」

 

 

 アレは星なんかじゃない。

 そう気付けたのはアテーノを継いだからだろうか。

 

 卵だ。

 卵の中にいる誰かが私を視ている。

 

 

「ぁああっ、あぁ……っ!?」

 

 視界が赤く滲み染まっていく。口の中に広がる鉄の味がボタボタと零れていく。体がアレを認識することを拒んでいるのが分かる。悪夢だ、誘いに乗ったことを後悔する。

 まだ生きているのが不思議だ。

 

 走馬灯というのだったか。

思い浮かぶ光景はどうでもいいものばかりだ。父との初めての狩りに、母から学んだ特製のキュケオーン。弟と花冠を作った陽だまりの花畑、……顔を赤く染め想いを告げた友人の顔。

 

 私もみんなのところへ行こう。

 

 ────でも、ただでは死んでやらない。

使命がどう、とかではなくそれ以前の話。この国に、この島に、この村に産まれ生きた人間として、みんなを殺したお前を私は恨む。

 

 さぁ、冥界へと道連れだ。

 

 両手にこびりついた血を滑らないよう服で拭い、授けられた聖剣を強く握り締める。

痛いくらい脳に響く警鐘を無視し、強引に立ち上がる。

 

 取るのは"振る”構えではない、私は今から"投げる”。

あくまでも奴の元へとこれを届け、とどめを刺すだけ。

 

 

 「──Ανατολή ηλίου」

 

 暁の名を呼ぶ。

私の声に応じるように、真紅の刀身から魔力が溢れ出す。神性を纏う魔力は暴風となって吹き荒び、刃となる。

 

「がぁ……っ!!」

 

 嵐が右腕を切り刻み、鮮血が舞う。

 

(まだだ!まだ届かない!)

 

 この剣と私は釣り合っていない。

強力な武器の真価は、担い手の力によって初めて発揮される。それが神様のお手製なら尚更。魔力は人並み、魔術の素養に至ってはほぼ無い私だ。それ相応の犠牲は承知の上。寧ろ傷つくだけで使えるなら上等。

 

 放つのは、限界まで使用者の魔力を喰らったその時。

 つまり私が死ぬ直前。

 

「ぎ、ぐ、ああああああああぁぁ……!」

 

 月の一瞥。

ただ、それだけ。全身の力が奪われ、心が蝕まれる。

 

 それでも

 この手は絶対離さない。

 

 

 握る小指が宙に飛ぶ。

──一本くらい問題ない、まだ握れる。

 

 体内で虫たちが蠢くような不快感。

──幻覚だ、実際にいるわけじゃない。

 

 こぽこぽと内側から湧き出る血に溺れそうになる。

──もうちょっとだけ。

 

 

 

「魔力装填放射角固定。システムアテナ起動」

 

 

 左手を曇天へ翳し、濁る視界の中心に標的を捉える。

 

 狙うは一人。

 夜を母胎とし、今此処に孵らんとする邪なる神。

 

 我が名をアテーノ。

戦神アテナの現身、その意志を継ぐ者。使命において之より聖杯を剥奪する。

 

 さぁさぁ、神よ目に焼き付けろ!

二度目の人生、最初で最後。一世一代の大舞台。

 

 

 

 

 「射ァァァァッッ!!!!」

 

 

 

 渦巻く風が頬を掠めたその瞬間、聖剣を放つ。

視界を埋め尽くす程の黄金に、思わず目が眩む。

 

 神討の奔流が螺旋を描いて空を裂く。

 

(綺麗だな……)

 

 

 ぼんやりとそんなことを考える。

まもなく死ぬというのに我ながら呑気なものだ。

 

「やばっ……」

 

 不意にバランスを崩し地面に倒れる。

自分の体を見れば理由はあまりに明白。

 

 右肩より先は無かった。

周囲に散らばる肉片、夥しい量の血溜まり。そして極みつけに喪失感。つまりはそういうコト。

──いや、待て。なぜ右腕だけで済んでいる?彼女は剣を振れば死ぬと言った筈、もしや、届かなかったのか。

 

 燃えるような痛みに悶えながらも再び顔を上げる。

 光の剣先は月を穿たんとしていた。

 

 

 「Gaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!???」

 「──っ……!!」

 

 耳を劈く断末魔。

およそこの世のものとは思えぬ叫びが夜に響く。

 

 でも、杞憂だった。

 光が月を貫き爆ぜる。

 

 私の勝ちだ。

勝利を確信し息を着く、どうやら上手くいったらしい。

 

 

 

 悪夢は終わる。

 

 

 

 空を覆う雲が裂け、その切れ間から朝日が射し込む。

優しく穏やかに、夜の終わりが告げられた。

 あーーー、なんて言うんだっけこういうの。

 

「………天使の梯子だっけ」

 

 これは良い、死ぬ前の景色にしては綺麗すぎる。

意識を保つのももう限界だ。やっと夜が終わったのに眠くて仕方ない。朝の陽射しに包まれて徐々に視界も霞む。

 

 陽光に加えもう一つ。

異質な輝きを放つ魔力体が空から目の前に墜ちる。

ああ、これが聖杯か…………。使命を完遂した証。

 

 さらば、二度目の人生よ。

 不変的で、穏やかで。

 退屈で美しい日々。

 

 もし、この名が遥か未来に残っているのなら。主人公に呼ばれたりするのかも。

 

………?

 

 

 主人公?

 主人公って何の?

 

 ま、

 もう死ぬんだしどうでもいい。

 

 

 

「っ危ない!……聞こえますかアテーノ!聞こえますか!どうか返事を!」

 

 

 

 誰だようるさい……。

 終わったんだし静かにしてくれ………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 画面が暗転し、エンドロールが流れる。周囲から聞こえてくる反応は様々だ。盛大な拍手を送る誰か、涙を啜る誰か、興奮したのか大暴れで駆け回る誰か。右に座っている彼女はどうなのだろうか。

 

「いやぁ、予想以上の駄作だね。でも賞賛も批判も、席に座って初めて許される権利だ。お前も存分に貶すといい」

 

 肩を竦めて笑っていた。

 

「……今の女の子さ、やっぱりアテーノだよね」

 

 胸部の鎧も無く、髪型も違ったけど。それでも間違いなく先程まで映っていたのは君だった。

暫くすると周りの喧騒も落ち着き、静まる館内は再び二人の空間になる。

 

「まぁな、正真正銘。アレが英雄アテーノのプロローグ。僕が死んで私が生まれた始まりの夜だ。……カッコよく言うならそう、"運命の夜”ってやつさ」

 

 彼女は答える。

 その言葉に動揺する。

 

 だって自分の知っている彼女の物語とは違いすぎている。

 彼女の伝説は数あれど、その大元は一貫して圧倒的な強さにある。剣を降れば海を断ち、槍を放てば山を穿つ。生まれながらの大英雄、アテーノとはそういう存在だ。

そういう存在の筈なのだ。

 

 でも、あのアテーノを継いだ少女は違った。

 たまたまその場にいただけだ。

 生きているのが自分しか居なかったから、剣を握った。

 君はまるで……。

 

「俺に似てるって思っただろ?」

 

「──うん」

 

 俺と彼女はよく似ている。

合点がいく。だからこそ名を失った彼女は冬木から帰ったあの日に、俺にあんな提案をしたのか。

 

「その右腕見せてもらっていい?」

 「流石に気づくか。ほら、幻術だけは得意だからね私」

 

 くるりと回り、こちらを向く。先程まで華奢な身体に隠れて見えなかった右腕が差し出される。嫌な素振り一切見せず、躊躇う様子も無く。その腕を見て、驚き、納得する。

 

「もちろん義手だ。無敵の大英雄様がデビュー戦で片腕吹っ飛ばしたんだ。オモロいだろ?」

 

 鋼の腕だ。

 鈍い銀色。派手な装飾は無いが精巧に作られている。

 

 

 ふと、思い浮かぶ。

 

 (いや、まさかそんな……)

 

 彼女を疑っている自分がいる。

それが真実である可能性が恐ろしい。

それが信頼を裏切っているようで、

そう思いつつも、好奇心に突き動かされてか口は開いた。

 

「………その体どこまでが幻術なの?」

 

「知りたいか」

 

 驚くほど無機質な声だった。

 

 目が合う。

あの空のように、ドロドロと黒く濁った双眸。

目を逸らしたいのに逸らせない。呼吸すら忘れ、惹き込まれるかのような感覚。あっ、これヤバい奴……じゃ………?

 

「───ま、冗談はこんくらいにしとこうや。ほらほらしっかり。おーーいもどってこい立香君や」

「……ハッ!」

「うし、おはよう」

 

 手を鳴らされることでようやく我に帰る。

いつの間にか義手も生身の腕へと戻っている。正確には幻術をかけ直したと言うべきか。

 

「ほら、あれだ。乙女には秘密が付きものなのさ」

「ごめん。君の気持ちも考えずにズケズケと」

「いいよ別に、お互い様だ。ただ、これだけは言っておくぞ」

 

 アテーノの左手が俺の右手を握る。

 

「私がどんな化け物でも君のサーヴァントってことは忘れないで」

「当たり前だよ」

 

 手を握り返し、そう答える。

彼女は何故か呆れたようにため息を吐き、困ったように笑った。

 

「お前はやっぱりそう言うよな……さてと、もう気づいてると思うけど。聖剣を投げた後、アテーノは死んでないんだ」

 

 確かに少し引っかかっていた。

自分の死んだ夜を、"始まりの夜”や"プロローグ”と表現するわけがない。じゃあ何故死ななかったのだろうか?彼女に名を託した先代は嘘をついていた?

 

「お前は人理修復の旅路の中で、英雄アテーノの道程を知ることになる。聖剣を投げて聖杯を回収した後の私の話な。……とは言っても別に必要の無いことなんだ」

「必要無い?」

「そう。別に見なくてもいいし、知らなくてもいい。この夢はただの寄り道でしかない。時間を割かずとも、お前は辿り着ける」

 

 確かに人理を修復する上で、一人のサーヴァントが送った人生なんて本来は知る必要なんて無いのかもしれない。理屈はそうなのだろう。でも、そう思いたくはないのだ。冬木でも、オルレアンでも多くの英霊に助けられた。

 

……力を貸してもらう以上。自分には彼らの物語を、真実を知る責任があると思う。

 

「それでも俺は知りたいよ」

「……そっか。うん、やっぱ馬鹿だなお前!」

「ひっど!?……ていうか手握ってるの忘れてない?」

「あ、すまん。童貞には些か刺激が強すぎたか。おいおいおい冗談だってそのゴミを見る目を止めろ」

 

 なんというか彼女はカッコイイし、頼りになるんだけど所々アレだなぁ……。

 

「良し、じゃあそろそろ閉館と行こうか。来場者特典として"何でも好きな夢見せてあげる券”をやろう。リクエストはあるかい?」

「多彩!う~ん、でもこれと言って特には……」

「良いんだぜ青少年?別にマシュとのデートとか、女家庭教師ダ・ヴィンチちゃんとかでも。私口堅いし」

 

 いや発想が男子高校生か。

 

「ホントそういうとこ。

 ……BIGフォウ君でモフモフする夢とか?」

「天才かよ採用。後で私もお邪魔しようっと。

──はい、オラッ催眠ッ!」

 

 人差し指で額をつつかれる。

「えっ、そんな……いき…な………り…………グゥ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一つ………、聞き忘れていた。

 

 

 君の本当の名前は何て言うのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「良い夢を、立香」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢の中で、再び意識を手放した。

 

 





「ちょっとだけ期待してたよ。
 結局、ノイズがかかって分からなかったけど。
 家族の名前だってそうだ。ビレもトクソティスも、全く懐かしいと思えない。……あくまでそう言う名前の配役ってだけ。本当の名前は多分違う。
だから、もう泣きやめよ、鳥。

 は?名前を着けて欲しい!?私に!?
 いや名付けとか一番やっちゃいけない人間だろ…。
 ……そうだな。ち、ちょっと時間をくれ。

 は!?お前らも!?ええい解散だ散れ散れ!図々しいぞお前ら!!」
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