アテーノ・エクスマキナに与えられた使命とは?
このギリシャという地の正体は?
天文台より焦がれた彼が現れないのは何故か?
──そしてイスト・エクスマキナとは何者なのか。
お前が長きに渡り演じ続けた主人公。
その度の終着点について語ろうじゃないか。
『英雄少女は黒山羊の夢を見るか?』
落ち着け。
いつも通り、いつも通り扉を開けて帰るだけだ。
然し、どんな言葉を口にして渡せば?
「(おら、着いたぞ)」
「ぐばッ?!」
空中で乱雑に振り落とされ地面を転げ回る。
彼女への寄贈品は……無事だ。よかった。
ここで壊してしまったら自死を選んでいただろう。
地面を舐める自分の目の前に大きく佇む建造物。
これこそが人理を正す我々の拠点。
まぁ、大層な名分だが建物自体は漆塗りの二階建て。大きい半球状であり、見る者によっては歪にも見える。
衣服についた汚れを手で払い服装を整える。
そして決意を持ち扉に手を掛け───!
硬直。
おかしい、体が動かない。
………やはり、どうしようも無く不安なのだ。
君にこんな役割を押し付けた自分からの贈り物を喜んでくれるのだろうか。
本当に身勝手極まる。
愚かな男だ。その自覚があるにも関わらず、自分は拒絶されるのが怖くて仕方ない。
それも恐らくは杞憂。彼女は冗談で人を揶揄うことはあっても、他人から与えられた好意を無碍になどは絶対にしない。
例え対象が自分であってもそれは変わらないのだとよく知っている。
なら何故開けられない。
いつもの扉がやけに重く感じる。
やっぱり止めてしまおうかと思ったその瞬間。
「ゴバァっ?!」
扉が勢いよく開き、自分は宙に舞った。
「……何やってんだお前」
呆れたような視線で自分を見下ろす人間の少女。
腰まで伸びた黄金色の髪が月明かりに煌めく。
困惑を口にしつつそっと差し伸べられる絡繰の右腕。
彼女こそ世界を救う為に奔走する人理の防人。
アテーノがそこに居た。
……まぁ、そもそも自分達の拠点だし居るのは当たり前なのだけれど。
「ア、アテーノ。すいません戻るのが遅れて……、それはそれとして、今のは君のせいですからね?」
「冗談だよ。おかえり。もう肉焼けてるぞ」
「……っとと、ありがとう。……また肉ですか」
「太ってから言わんかいこのヒョロガリめ」
「太らないと言っているでしょう」
差し出された手を握り立ち上がる。
人として扱われることを心地良く思う自分自身に、不快感を覚えたことを悟られぬように平然と。
嗚呼、何を喜んでいるのだイスト。体温を感じない彼女の右腕は自分の咎そのものだろうに。
…
……
………
その後。結局、普段通りに二人で食卓を囲み他愛もない会話を交わした。
食事を終え現在は義手のメンテナンスを行なっている。
アレを渡すタイミングを完全に逃したわけでは無い。
幸にも今のところ彼女が勘づいた様子は無さそうだ。
「───ところでお前昼なんかあったの?」
前言撤回、完全にバレている。
「あぁん?!なななななななんのことですかね」
「いや柄悪。まぁ、あんだけ長時間留守にしてボロボロで帰ってきたらそりゃねぇ?」
見定めるかのように細められた双眸が自分を射抜く。ニヤニヤと、いつもの笑みを浮かべながらアテーノは愉快そうに語る。
……本当に敵わないなぁ。
「そうですね……では少しだけ時間を下さい。具体的に言うとこのメンテナンスが終わるまで」
「えー、今でいいじゃん別に」
「良いんですか?感情の昂ぶりのまま自爆機能付ける可能性ありますけど」
「情緒不安定すぎだろ。余計に気になるわ」
アテーノは冗談だと思って笑っているのだろうが、一度だけ無意識で自爆機能を取り付けていた前科がある。勿論、その場で直ぐに気づいた。
出会って日も浅かった時なので信用を失わないように何も言わず即行取り外したが。
整備する際、心を乱してはならないのだ。
……あの凡ミスで全滅してる可能性あったんですね。
「終わりました。どうですかね」
「おー、バッチリ元通り!さっすが鍛治神」
「……“元”なんだけどなぁ」
ぐるぐると腕を回し感触を確かめた後、満足気な表情を浮かべた彼女はもう片方もこちらに差し出す。
「こっちの損傷は比較的軽微ですね」
「剣振るのも殴り飛ばすのも右だからな」
「成程……こっちも完了と。どうぞ。装着して違和感等あれば遠慮なく、可能な限り要望にも応えますので」
「ありが……とっ!うん、大丈夫そう」
サムズアップする彼女の溌剌とした笑顔が眩しい。
太陽かな?見てるかアポロン、お前には決して到達出来ない境地だ。
点検と修理は恙無く終わった。
通常時であれば安堵の息を吐くところだが、今日ばかりはもう少し時間をかけたかったのが本音。
覚悟を決めろイスト。
己の頬を叩き気合いを入れるのはアテーノの受け売りだ。………だからそんな目で見ないで欲しい。君の真似をしただけなんだ、断じて自傷癖があるわけじゃない。
自分の緊張を察したのかアテーノは咳払いをした後に、椅子へ座り直し真剣な顔をする。
「アテーノ、その、有難いのですが。君がそこまでする程の事ではないので。普段通りでお願いします。自分としてもそっちの方が幾分か楽ですし」
「あ、そう?……いやでもさぁ、お前が自分から話してくれるのが珍しくてな。そりゃ普段空気の読めない私だって気を使っちゃうわけですよ」
「いや。本当に。期待しないで。だって自分だし」
彼女は自分に失望してくれない。
そんな優しさが心地好くて、自分は誤魔化すように話を切り出した。
「……君が五日前に戦った島覚えていますか?」
「五日……あー、蛇の巣窟になってたとこだぁ……」
余程衝撃的な光景だったのか遠い目をしている。
「そこで食糧を調達する際、住人から話を聞きまして」
「え、お前私以外と話せたんだ。……すまん、冗談だから泣くな」
「心は硝子ですよ」
彼女の言葉が自分を容赦無く貫くのにはもう慣れた。……筈なのだがおかしいな、涙が止まらない。
構わず話を続けようとしたのだが、話が入ってこない、と元凶が強引に涙を拭ったことで一時的に中断。
彼女から良しと声が掛かり再び口を開く。
いや、犬か自分は。
「今日は祝祭の日だそうです。祭と言ってもあの付近の島々だけの小規模の文化みたいですが」
「イストそういうの好きそうだもんなぁ」
「ええ。信仰の対象はどうあれ、彼らが創り上げた文化自体は素晴らしいと思います。……何でも『愛する人に花を贈る日』だとか」
「わお、私が思ってたのより平和的だ。祭っていうからてっきり裸の男達が競い合うやつかと思った」
「全部が全部そうじゃありませんよ。……ちょっと待って下さい、それを自分が好きそうってのはどういうことでしょうかアテーノ……?アテーノ、目を合わせて下さいアテーノ」
不毛で不必要なこの会話を過去の己なら理解出来ないだろう。実際のところ、食事も会話も人の文化を模する事も自分にとって無駄だろう。
唯の真似事だ、児戯と変わらない。
だが、堪らなく愛しい。
無駄ではあるが決して無意味ではないのだ。
「それで……その、自分も……っ!用意、しました」
上擦りながらも何とか届いた言葉に彼女は目を見開く。
「マジで?」
「大マジです。……受け取ってくれますか?」
──余談だがアテーノの笑い方は二つに分けられる。
普段のどこか胡散臭い笑みの他にもう一つ。
「当たり前じゃんか」
無邪気で屈託の無い笑顔。
常日頃から笑みを浮かべている彼女ではあるが、その差異が顕になったのはごく最近の事だ。
……いや、違うか。おそらくは前々から、アテーノを継いだ時からそうだったのだろう。二年もの歳月を経なければ自分は気づけなかったのだ。
英雄には似つかわしくない表情なのかもしれない。
でも、自分は彼女が時折見せるこの顔が───
「おーい、イスト?どうしたのさ口開けたまま固まっちゃって。失神?」
「ハッ!?大丈夫です……ではアテーノ。自分からこれを君に」
机の上にそれを置くとカランと脆い音が鳴る。
輪を成す糸を結び付けた赤い水晶。
球形の中心は大きく貫通している。
「なぁ、これって……」
ふと彼女の顔を見ると仄かに紅潮していた。
……やはり不快だったか。
怒らせてしまったことを悔やみ唇を噛む。
「……く、首輪か?」
「はい。……はい?」
「い、いや別に。うん。神様の性癖が拗れに拗れてるのも知ってるし?だからお前の趣味を否定はしないし?何より友達だもんな私達……ハハハ」
何やらとんでもない勘違いをされている。
まぁ確かに言われればそう見えないこともない。
……いやいや!まず誤解を解かねば。
「ご、誤解です!彼奴と同列に語らないで下さい!」
「冗談だって!じゃあそうだな、あれか、轡か」
「ほぼ変わってないじゃないですか?!」
確信犯だ。
自分を揶揄う笑みは胡散臭いものへと戻っている。
「ほら。君、随分と髪が伸びたでしょう?」
「え?まぁそうだけど……」
アテーノは首を傾げながら指で髪をすく。
魔術を行使する者にとって頭髪というものは非常に重要な機能を持っている。召喚等に用いる触媒や魔力を溜め込む貯蔵庫の代替。
そのため、より強い魔道を求めるにあたり髪を長く伸ばすのは当然。事実、神代では人間の多くがそうであった。
だが彼女は違った。
あの夜出会った少女の髪はこの時代の人間では珍しく短く切り揃えられていた。
不思議に思い聞けば「魔術の才が無く、伸ばす意味が無かった」と。
神々による争いが集結し、人の世が始まろうとも平穏とは未だ程遠い時代だろうに、彼女を取り巻く環境は魔術を必要としなかったのだろう。
だがそれも過去の話だ。
アテーノを継いだ以上、例え素養が在らずとも彼女は英雄として戦わなければない。
髪を伸ばし始めたのは彼女自身の提案だった。
もう切ってくれる人も居ないからな、と嗤った何時かの顔が今も頭から離れない。
「髪留めです。自作故、拙くて申し訳ありません」
だから、これは感謝と贖罪を込めて。
「グギャバァッ?!」
「……なぜ奇声を上げるのですか」
「あ、あまりのセンスの良さに驚いて……。イスト、お前出来る男だったのか。……あのさぁ、背が高くて顔が良くてこんな気遣いまで出来てどうするんだよ。私とのダメ人間同盟はどうした!」
「結んだ覚えは無いし人間じゃありません」
罵倒に聞こえるが全て賞賛の言葉、喜んでもらえたことに一先ず安堵する。
「着けてみてもいい?」
「ええ勿論、君がいいのなら是非」
「じゃあ早速……」
「て、手伝います。あっやば」
「痛ァ!?なに初手でぶち抜いてんだ!?」
ムム、中々難しい。鍛錬のようにはいかないか。
「こう、ですかね。出来ましたよ」
「ありがとさん。でも自分じゃよくわかんないな。……おーい、もしかしてまた失神してる?」
「……いえ、とても良く似合っているなと。少し待って下さい鏡を……あ」
「そんなスムーズに割ることある?」
振り向いたその姿を見て美しさに暫し見蕩れた。
動揺しながら造った鏡は歪で、作った瞬間手が滑り床に落として粉々になってしまった。
再び鏡を急造し彼女へと向ける。
「おぉー!シンプルで可愛い!」
束ねられた金色が揺れる。
彼女は微笑みを浮かべながら困ったように眉を下げた。
「でも……本当にいいの?君の気持ちを蔑ろにしたいわけじゃないけどさ、私なんかには勿体ない気がして」
その言葉に普段のような巫山戯た雰囲気は無く、本心から来る言葉なのだと理解する。
何度か「卑屈になるな」と彼女に言われたことがある。
……自覚はないのでしょうね。
戦いの日々の中、時折。自信に満ちている態度から自己評価の低さが垣間見える。
分からない。
君は努力と研鑽を積み重ねられる人間だ。
困難に直面しようと立ち上がる人間だ。
にも関わらず何故、自嘲するように嗤うのです。
答えは分かる筈もない。
そもそもの話。君は今を生きる人間であり、自分は人間を模倣しただけの機体という明確な違いがある。
人でない自分に、君を理解することはきっとこの先も出来ないのだろう。
「そのように卑下しないで下さい。ほら、自分はいつも君に貰ってばかりなので、今日ぐらい此方から贈りたいのです」
「……何かあげたっけ?」
「ええ、髪飾りなど釣り合わない程」
この地へ現界し、君と出会い多くを知った。
人間達であれば有り触れた事ばかりなのだろうが、機体のこの身には全てが新鮮で忘れ難い体験だ。
君によって齎されたこの変化の善悪は不明だが、人のように在れるのが何より嬉しくて堪らない。
……出会った当初は疑っていたのだ。
君が「アテーノ」に相応しいのか。
戦士や勇者と呼ぶには程遠い、戦う事を知らぬ唯の少女に使命を託し死んだ片割れを愚かにも感じていた。
だが今は違う。
英雄の「代替品」などもう思うものか。
君にしか「アテーノ」は務まらない。
闘うのが君だから自分は奮い立つ。
救うのが君だから価値が生まれる。
共に歩むのが君だから意味が有る。
「ありがとうイスト、大切にする」
君が笑ってくれるから使命をやり遂げようと思う。
二年前、初めて言葉を交わしたあの日。
自分に投げ掛けられた問いの答えが今ならば返せる。
聖杯に何を願うのか。
アテーノ・エクスマキナとイスト・エクスマキナ。両機は聖杯を回収する為、抑止より遣わされた機構。故に、対象を願望機として用い私欲を満たすなど考えたことすら無かった。
万能を嘯く時代の歪みに何を願う?
聖杯より零れた泥共を殺し持ち帰ることが自分達に与えられた役割だ、と彼女を諭した。
───だからこれはもしもの話。
もしも自分が許されざる聖杯に願いを託すのならば。
自分は……。
人になりたい。
機械ではなく人として生き胸を張って、
後ろを歩くのではなく君の隣にいつか立ちたい。
そうだ。
その時は君に花を贈ろう。
今はまだ相応しい存在ではないから。
「じゃあイスト、次も楽しみにしとくな!」
「あっ、はい……つっ次?!!来年も!?」
「……駄目かな?」
「そんなわけないでしょうが!!!?用意してやりますよとびっきりのをねぇ!」
「お前チョロすぎんか」
仕方ないだろう、君と居ると冷静であれないのだ。
───次も受け取ってくれるのか。
然しそうなると何を用意すればいいのだろう。
今日成功を収められたのは偶然、現に反応を見るまで何の確証も得られていなかった。
……いや一つだけ喜びそうなものに心当たりがある。
異なる時代を生きた英雄達が世界を救う旅の話。
自分が知る限りその特徴が合致する伝説はギリシャに存在しない。生まれ育った地に伝わる伝承なのか、他の伝説と混同しているだけなのか。全くもって定かではないが、唯一確かなのはアテーノだけがその物語を知っているということ。
だがその内容は朧気らしく、登場人物の名や戦いの舞台は殆ど覚えていないのだとか。
それにも関わらずアテーノは目を爛々と輝かせ彼等を語るのだ。
英雄か……。
英雄が集うのなら、ヘクトールやアキレウス。
それにアルゴノーツの面々も居るのだろう。
自分は興味を惹かれ「誰が好きなのか」と聞いたことがある。
『顔も名前も覚えてないのに変なんだけどさぁ。主人公が好き……だったんだよ多分』
『主人公と言うと……あぁ。確か英雄達を束ねる性別不明の人物でしたか。彼等を従えているとなると自身も豪傑なのでしょうね、妬ましい』
『チッチッチ……!甘いなイスト。なんと普通の人間なんだなぁこれが。うろ覚えだけどそいつが唯の一般人なのは自信あるぜ』
めちゃくちゃカッコイイよなぁ、と笑った。
その時初めて幼い表情で笑う彼女を知ったのだ。
浅ましいのは百も承知だが、自分は主人公に妬いているのかもしれない。
君なら、彼女の憧れる君ならば。
アテーノに花を贈るのに相応しいのだろう。
◇◇◇◇
上映は終了した。
画面が暗転しエンドロールが流れる。
映し出されるのは夜の森。
その情景は何処かの誰かさんの宝具に酷似しているもののその性質は対局と言っていい。
あちらが始まりの夜ならば、此方は“終わりの夜”。
一人座る男はその光景を眺め溜息を吐く。
「結局……、最期まで自分は何も変わりませんでしたね。はぁ……。10年、10年ですよ……。我ながら何というヘタレなのですか……」
彼にとってかけがえのない思い出だが、同時に黒歴史でもある。
「それにしても……」
顔を手で覆いながら呟く。
「───藤丸立香。良い名です。願わくば此度こそ、君がその名を忘れませんように」
【挿絵表示】
藤丸立香の夢小説(推定)なんでイスト君の恋路はお察しです。お前の席ねぇから!!
お気に入り、評価、感想嬉しいです。こんな駄作にありがとうございます。
BOXガチャ開幕ということで駆け込み投稿です。細かい修正や編集は投稿後に行うと思います。
では皆様、風雲イリヤ城でお会いしましょう。サラダバー