どうか幸せに!
私たちの希望の子、どうか貴女だけでも生き延びて。
ああ、だけど、
一人の旅路は不安でしょう?
英雄様に託しましょう。
『郭公』
嫌な予感は往々にして的中するものだ。
いつも通りの薄っぺらい笑みの下で、どうにもならない現状に頭を抱える。誰を責めるわけでもない、強いて言うならば己の楽観視が原因だ。山羊からの警告はあったにも関わらず、久しぶりに酒を飲んだせいで完全に浮かれていた。
手摺に凭れ快晴の空を仰ぐ。
怠い。面倒臭すぎるな今回の特異点。別に、理由もなくただ腐ってるわけじゃない。
「え、なんで俺じっと見つめられてるの?やっぱり面識あったりする?もしかして逆ナンってやつ?死んでモテ期到来?」
「だーれがテディベアに発情するか!」
「ダーリン今私の悪口言ったぁ!?」
「俺じゃねぇし言ってねぇ!!」
出たな理由1と理由2。甲板の上をてちてちと歩くクマのぬいぐるみ。そしてぬいぐるみに執着するとんでもない露出度の女性。……『黄金の鹿号』の頭から尻尾までかなり距離あるのになんで聞こえたんだ?海賊達も騒いでるのに?
いや、神様についてのあれこれなぞ考えるだけ時間の無駄か。愛の成せる技、と言うことにしておこう。
いつの間にか脚元へと来ていたテディベアがぴょんぴょんと跳ねている。もしや手摺に乗ろうとしているのだろうか。地面から生やした触手で掴んでそのまま運ぶ。
「っとと、サンキュー」
「あー!ダーリンが触手でえっちなことされてる!!」
「されてねぇ!!……悪りぃなアテーノ、少し話しておきたくてな」
珍妙な姿をしてはいるが、彼の正体はあのオリオンだという。オリオンと言えばギリシャ随一の狩人と謳われる人物だ。つまるところ同郷の先輩になる。確かな実力を持ちながらも女好きのプレイボーイ、嘗ての私が参考にしていた英雄像そのものと言っていい。確かに熊のような巨躯だったが、熊では無かった筈。まぁ、これも女神の祝福云々という話だろう。今回の召喚は彼女の付属品のような立ち位置らしいし。
さて、そんな伝説の狩人からのお話だ、身構えるなと言うほうが難しい。優れた狩人であるのならばこそ、私を問い詰めるのは必然だ。どう暈して答えようか。
思案する私に彼は一言。
「で、お前はマシュか船長どっち派?」
そうか、これが、本物の英雄か。
一瞬呆気に取られ固まってしまった。然し、想定していた質問とはかけ離れているがこちらも同じく難問だ。スキルこそ所持していないが二人とも『黄金律(体)』の持ち主、しかし系統は全く違う。マシュは可愛い後輩系でドレイクは勝気なお姉さん系。
いいよね、姐さん。先程まで戦闘していた敵性サーヴァント、エドワード・ティーチが彼女のことをBBAだの好き勝手言っていたが、刀傷の魅力に関しては同意できる。いや、刀傷そのものというよりかは、それを勇気で塗り潰す精神性に惹かれているのかも。
「悩ましいね、エウリュアレはどうなの?」
「いや女神はちょっとなぁ。あと名前的にも少し気まずい。ちなみに俺はマシュ」
「そうだな……この中だとアルテミスかな」
「え、は、嘘だろ正気!?」
「正気じゃないけど」
「笑いづらい冗談やめて!……だってアレだろ、お前ってば多分俺と同じ感じだろ」
歯切れが悪い。
オリオンを付属品として召喚された英雄、そこの地獄耳の彼女こそが女神アルテミスだ。嘗て私の前任であったアテーノは女神アテナを基盤とした存在であり、そのアテナはアルテミスと腹違いの姉妹関係にあるようだ。本物と会うのは初めてだが無関係だったとは言えないな。と、こんなのは別にどうでもいい話だ。彼が正気を疑っているのは姉妹だからって理由では無いのだろう。そもそもギリシャなんてそこらへん爛れまくってたし。
私が神様を恨んでいないのか、そう言いたいんだ。神に弄ばれた男に言われると説得力がある。
「確かに似た者同士だね私達。なら尚更分かるでしょ。神様どうこう関係なくね、純粋に綺麗なものを魅力的に感じてるだけだよ。ま、神様の大抵がろくでなしってのはホントだけど。少なくともお前に堕とされてるうちは人間なんじゃない?」
「••••••いやお前が納得出来てるならいいんだけどよ。にしたって達観しすぎじゃね?カイニスとかカストロならとっくにアヴェンジャーだぞ」
「清算なら既に終わってるからな!この姿にだって納得した。だから偽らずに晒してんのよ」
頭部に生えた片角を撫でる。羊のように巻かれたこれは魔力炉心であり、同時に課せられた使命を遂げた証明でもある。
確かに忌むべき代物だ。然しおかげで護れるモノが随分と増えたのだ。単純な話、あの旅路で採算を取ることが随分と上手くなってしまった。
「これでようやく人並みだったからね」
「確かにな、俺も英霊になってわかったわ。とんでもねぇ魔境だったよなやっぱり」
「ははは!あのオリオンが言うと嫌味もいいとこだ!お前こそ化け物筆頭だよ、このバスターゴリラが!」
この翼も鋼の手足も、過剰な機能じゃない。
神代ギリシャではこれが標準だったのだ。鍛えられた戦士の肉体は剣を砕き、魔術師は当然のように浮遊している。これだけのアタッチメントを用いて何も逸脱していなかったのだ。あらゆる面で劣っていた私への救済措置のようなものだ。生き抜き、戦い抜くためにはどのみち必要だった。
「翼なんて人間には必要ないものだ。この手脚だって多分お前の筋肉には及ばない、もちろん人間の姿のね。ま、でも」
「でも?」
「魔眼に翼!角!義手義足!かっこいいぞォ!」
「愉快な性格してんなぁ」
「褒めてる?」
「ホメテルヨー」
嘘だな、完全に呆れてる目だ。
そして何処か気まずそうな雰囲気、何やらまだ私に言うべき事があるようだ。いや、大方の見当はつくな。十中八九あれだろう、一応口封じのため触手を二本ほど喚んで待機させておく。
「あー、アテーノ?知ってるなら悪いんだけどな。お前さんが『魔眼』って呼んでるそれなんだg「はいストーップ」ムガッ!?」
「あーあー、聞こえなーい。大丈夫だよオリオン、理解した上で言ってるんだ。なんせ相手はあの兜輝くヘクトール様、嘯くのならまず味方、自分自身からだ」
「おぼぇ!まっずコレ!?」
「すまん、つい。ほれ解呪」
「解呪?!呪い付与されてたの俺!?」
もちろん軽い冗談だ、触手を引き抜く。••••••なんで糸引いてんだよぬいぐるみなのに。
「まぁ自惚れてるわけじゃないから安心しといてくれよ。ヘクトールも倒す、エウリュアレを取り戻す、聖杯も回収する。全部やらなきゃいけないのが大英雄様のつらいところだなっと、うし、頑張ろう」
「おう、ところでアテーノ。降ろしてくんない?」
そういえば手摺に乗せたままだった。この段差でも手助けが必要か。やはりぬいぐるみの図体だと色々と不便そうだな。いや、さっきの戦闘では割と機敏に動き回ってなかったか?敵船に乗り込んでくれてたし。……まぁ、別にいいか。嘘であれ本当であれ、あのオリオンに必要とされるこの状況は悪くない。
「っとと。胸に飛び込む必要はあるのか?」
「え、あれ。もっかい呪われると思ってたのに」
「何で?呪われたいのか」
「マジか、お前マジか。なんかすまん、そしてありがとう。俺人理の為にがんばるね」
「……はぁ、どういたしまして?」
本物の英雄の思考回路はよくわからん。だがやる気が出たのなら何よりだ。
なんて考えていると内側から羊が警鐘を鳴らした。
───今すぐその俗物を空に投げたまえ、と。
「あああああアテーノさぁん?!」
素直に従って空に放り投げる。私なぞよりよっぽど頭の良い彼の事だ、悪いようにはならないだろう。羊は余程のことが無い限り話し掛けてこない。つまり寧ろ投げなければ危険ということだ。いやー、自分であれこれ難しく考えなくて良いのは楽だね。
私の名を呼んだ刹那、オリオンの身体はざくりと貫かれる。女神によって放たれた矢が、絶え間無く彼に浴びせられる。やがて胴よりも先に頭だけが落ちてきた。死んだろこれ。
「ダーリン、さすがにこれは仕方ないわよね♡貴女も貴女よ?あまり甘やかしすぎちゃ駄目、すぐに調子乗るんだから」
「お、おう。すんません……二人ともどうした」
「アテーノさん、もっと自分を大切にして下さい!」
「よくないよ本当に!」
「あ?あぁ〜……、そういうこと。趣味悪いね彼」
遠巻きに眺めていた立香とマシュが慌ててやって来る。慌てふためく反応で漸くオリオンの行動を理解した。いや、別に鈍感系になった覚えは無いんだ。私そういうお惚け大嫌いだし。これは反省点だ、振る舞い方に問題があったな。必要な状況によっては異性を誑かすような口振りを意識することもある、然しいざそういった目線を向けられれば吃ってしまう。なんて中途半端、プリテンダーの名が泣いてしまう。
「ふ、別にいいとも。熊に揉みしだかれて動揺するほど初心じゃない。我が黄金の肢体、伝説の狩人をも魅了してしまうのか。強力すぎるのも難儀だ、ナッ!!」
「今気付いたんだよね?」
「あてーのは、さわられると、うれしい?」
「待って待て待て待てアステリオス、その言い方は不味いから。そういうのもっと
無垢な瞳で首を傾げるバーサーカーの名はアステリオス、巨大な体躯の心優しき少年。彼の広く認知されているの名は『ミノタウロス』。同郷のビッグネームだ。もちろん存在は知っていたし、本人ではないが何度も殺し合ってすらいる。
しかし、あれだ。話して分かったがミノタウロスという名は似合っていない。精神性まで怪物ならば少しは納得出来るのだが。
私を見下ろすその瞳には多くの感情が入り混じっている。信頼、不安、苛立ち、困惑。怪物がこんな表情できるのかね。
「大丈夫だよアステリオス。ふざけてるわけじゃない、私も同じ気持ちだよ。そのためにもまずはリラックスだ。あの槍兵はそういう揺さぶりを狙ってきそうだし」
「……わかった。えっと、あてーの」
「なんだい」
「ありがとう。なんども、かばってくれた」
「なぁに、友達を助けることくらい当然だとも!」
「とも、だち……。うん、あてーのも、おれのともだち」
エウリュアレとアステリオス。片や人々の偶像とされた女神、片や化け物で在れと望まれた少年。
どこか、懐かしい組み合わせだ。あってはならないことだが、正直少しばかり魅入られてしまっている。傍観という己のスタンスを崩してしまう程に。
願わくば、彼等には肩を並べたハッピーエンドを。
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次話は一週間以内にあげます、嘘じゃないっす。
一話の内容大幅に変更してます。